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結実ノ章
42 新たな『時代』
しおりを挟む会長である笛木が口にしたその言葉は『冗談ですよ、あはは!』で済む事ではない。
…もしそれを言ってしまったら、彼はこの場で2人から容赦なく袋叩きにされてしまう…間違いなく。
それだけそれには重さがあり、只事ではないのだ。
「…笛木さん、今なら許して“やります”…冗談ですよね。」
「私の今の顔が冗談言ってるように見えるんですか?瞬。」
「ッ…」
「…会長…百歩譲って伊達や酔狂で言い出したんじゃあねぇにしても、随分といきなりじゃないすか。」
「そうですか?私はずっと考えていましたよ。…あの女と手切れとなった『あの日』から。」
「……。」
結論を既に出し決意を固めた笛木はあっさり言って退ける。その腹の据わり様は生半可ではない。
「あの女とようやく縁が切れて私は清々しましたが『されど嫁』…例え名ばかりだったといえ、あの女がやらかした全ての事に私は責任を取らなければならない…」
「…何でっすか。ンなモン、あの女が果たす責任であって会長がッ…」
「それは何の意味がない。…あの女は会とは『無関係の人間』だったのですから。」
「ッ!…」
「肩書きを持つ者がその責を全て請け負ってこその『長』…そういうものなのですよ?清水。」
「けど笛木さんッ、貴方が会長職から退いたらこの界隈の連中は調子付きますよ?!この先誰が睨みを利かせるってんですッ。」
「…。私が退いた後の『2代目』には…清水、お前を指名します。」
「……は?」
「け…圭介を、2代目の会長に?!」
突拍子もないまさかの言葉に、南雲も圭介も口をパッカンと開け呆けた。笛木はそんな2人にその理由を語る。
「お前は確かに会の『若頭』という地位にいます。若頭は謂わば『副会長』のようなもの。ですがお前がその地位“だから”2代目に、という事ではありません。…この先の会を思えばこそです。そして何より美優さんという良き妻を得て、流という息子の父となったお前ならば…会に属する皆の良き『親父』にもなれると。」
「…ッ…」
「瞬…お前には、2代目となった清水の『相談役』となってもらいたいのです。まだまだ暴走するところがある男ですからね…歯止めが必要でしょう?」
「い、いやッ、だからそいつはまた話が違いますって。俺はもう足洗った人間すからッ…」
「…頼む、この通りだ…俺の、この笛木八雲の最後の我儘、叶えちゃくれねぇか…なぁ圭介、瞬…」
「…、…笛木さん…ッ…」
「……ッ…」
膝に手を置き頭を下げて懇願する笛木に、2人はもはや何も言えなくなる。結局この話の返事は時間をもらう事となり…その後、彼は流としばらくを遊んで過ごし帰っていった。
それからというもの、圭介も南雲も悶々とした毎日を過ごす事なる。それぞれが嫁にも相談し、どうしたものかと共に頭を抱え…時には嫁同士で電話で話し合ってみたり。
そんな苦慮と熟慮の果て、ある晴れた日…市内にある高級料亭をある団体が貸し切った。
控え室として1室を借りて身支度を済ませるのは紋付袴を着た圭介である。
「…はい、出来ました圭介さん。」
「おう、サンキュー美優。」
「どういたしまし…あ!流くんがいないです!」
「あァ?」
近頃めっきりヤンチャになった流は、ハイハイを覚えた事で黙ってはいない。目を離そうものならすぐ何処かへと行ってしまうのだ。
「わ、若!どこ行くんすかっ、そっちは危ねぇっすよ!若ぁ!」
「ヤベ!若が落ちる!」
高速ハイハイで元気に室内をクルクルと回っていたのだが、何故か道を逸れたらしい流は縁側へと向かって一直線だった。だが後ろから追っかけていた司が慌ててキャッチした事で事なきを得る。
「…。っふぃ~…おっかねぇっす…若ぁ、勘弁して欲しいす。こっちは危ねぇんす、『メッ!』すよ?」
「ぶぅ…だぅ!」
「むぅ、ダメなモンはダメなんす。こんなとこから落ちたら、ちっこい若はケガどころじゃ済まねぇんすよ?…あて!」
掲げ上げられた流が切々と語る司の顔をぺちん!と小さな手で叩く。まるで『しつけぇんだよ!』と言っているかのようだ。
「流くん、司お兄ちゃんを叩いちゃ『メッ』。助けてくれて『ありがとう』でしょう?」
「っだぅ!」
堅気な生活を送ってきた美優は、基本的に暴力的な事は好まない。平和主義とも言えるその心を息子にも持って欲しいと、夫が思いを乗せ付けた名の元に育てようと思っているのだ。なので例え小さな事だろうと許しはない。
「どう?支度は出来たの…あらあら流ちゃん♪貴方もお父ちゃんと同じ格好してるの?ふふふっ♪」
控え室にやって来たみずきは、司から流を抱き受けると嫋やかに笑う。流もまたその笑顔が好きなのか一緒になってきゃらきゃらと笑った。
この日、会の一大行事に挑む圭介は和を重んじる極道らしい和装姿。美優との挙式の際は『白っぽいグレー』だったそれが『白地』になったものだ。
そんな夫であり父である彼に合わせ、共に場に出席する流も黒の紋付袴を着せられている。とはいえ大人のものとは仕様が違い、マジックテープで簡単に脱ぎ着が出来る優れ物。
これらは「絶対に可愛いから!」と豪語した翠が用意した。…当然、美優が着ている黒の留袖着物もである。
けれど彼女が今1番気にしているのは、息子の流が飽きずにちゃんと良い子でいてくれるか?と言う事と、胸元でプラプラと揺れる『ボンボン付きの紐』を齧らずにいられるか?…だ。
先程から見ている限りでは揺れる度に両手で掴み、口へと放り込んで噛り付いている。その代わりにとおしゃぶりを与えるのだが…嫌なのか、すぐにポイ!と捨ててしまうのだった。
かくして始められた『代替わりの儀』は、厳正な雰囲気を滲ませ粛々と進められる。
初代会長を務めた笛木八雲から、後を引き継ぐ清水圭介へ…その様を幹部を始めとする会員全員が見守り見届けた。当然そこには美優と流、そしてみずきや志穂の姿も1番後方である末席にある。
気掛かりでもあった流は、式が始まると弁えたように大人しくなり父圭介の姿をジッと見ていた。
「…これにて終了となり、これを持って会に置ける全権は2代目会長清水圭介へと移行されます。…初代笛木氏に置かれましては長きに渡り、我ら会員の親となりその身を持って盾となって頂きました事…感謝し尽せんばかりです。ご苦労さんでした!」
『ご苦労さんでした!!』
取り交わしが済み、正面を向いた2人に霧山による口上と感謝が述べられる。
「皆、ありがとう。これからは2代目の元、各々の限りを尽くしなさい。…人はいつか報われる…例え後ろ指差されようとも。私も己の限りを持って会を影ながら支えていきます。…2代目、頼みましたよ。」
「…はい。お任せ下さい…」
「それでは…代替わりに伴い、2代目会長清水圭介と全会員との杯事(さかずきごと)を執り行います。これにより2代目は我ら会員の『親』となり、子となる会員は裏切りなど一切許されない。また2代目と既に兄弟盃を交わしている者は、更なる固めの盃となります。…今回は代表して、新たに幹部として加わる南雲瞬…前へ。」
「……。」
名を呼ばれ立ち上がった南雲は、スルスルと進み出て圭介の前で正座する。その顔は僅か緊張が滲んでいた。
「…圭介、いや『2代目』…この盃受ける前に念を押しておくぞ。俺は幹部の『相談役』として籍を受けるが、本業は堅気の『医者』だ。そっちを最優先させてもらうし、何があってもよほどじゃねぇ限りは『荒事』には参加しねぇ。…それだけは覚えておいてくれ。」
「わかってる。ンな事したらオレが志穂に殺られちまうわ。…あぁ見えて怖え女だからな、お前の嫁は。」
こうして満たされた盃を掲げた2人に倣い、やがて全員で飲み干し空にすると「よろしくお願いします!」と声を張り上げた。
それを区切りと見た圭介は人差し指をチョイチョイと動かし司を呼ぶと、何かを伝えられた彼はすぐさま動く。向かう先は末席の美優の元だ。
「…姉貴、兄貴が若をって言ってるっすけど…」
「え?…流くん、ですか?」
「多分、緊張して落ち着かねぇんだと…」
「わかりました、お願いします。…流くん、お父ちゃんの所で良い子でいてね?」
膝にいた流を司を託すと、彼は抱きかかえて連れて行き…圭介へと抱き渡す。そのまま流は父の胡座する膝の上に座っている事になる。
無事に杯事が済み、残すは人事や役割の発表だ。それは2代目となった圭介の初仕事とも言えよう。
「…。初代会長の『勇退』に伴い、これまで若衆頭を長く務めた小田切がその肩書きを返上する事となった。また若頭であったオレが会長となる事でその籍が空席となる。よって人事及び役割を新たに割り振る。」
「……。」
「幹部は全員留任、新たに相談役として南雲瞬と初代会長を務めた笛木八雲が加わる。但し、各々本業を持ち、また立場を下がった人間だ。よって役目はあくまで『相談役』としてのみ。…まずこれに関して何かある者は今この場で言って欲しい。」
「……。」
「異議はないようですね。」
「…なら、続けて…役を下がって平の会員となる小田切に代わって、新たな若衆頭に笹木、本部長には春原鷹文…そして新たな若頭は…霧山悠斗。」
“おぉ…”という響めきが起きる中で霧山はどこか優雅に一礼するが、笹木や春原は信じられないと言いたげな顔をする。どうやらまだまだ『下っ端心』が抜けないようだ。
「また会の主要会社『北斗信用商会』については主だった変更はない。これまで通り支店長は霧山が、社長はこの清水圭介が引き継ぐ。伴って空きとなる取立て担当には那須司と和泉将也が就く。尚…、…流、止めろ…」
「…あー…あぅ♪っだぁっ…」
「……??」
話の途中で息子の名を呼ぶ2代目に、皆がハテナを浮かべ首を傾げる。よく見ると、圭介の膝にいる流が人事の書かれた長半紙に興味を示し手を伸ばして引っ張ろうとしていた。
「…流、父ちゃんは『仕事中』だ、止めろ…あ。」
「あぅ♪」
『……、…』
息子の手から遠ざけようと更に持ち上げた父だが…その瞬間ビリ!という最悪の結果を迎え、場には何とも言えない微妙な空気が流れていった。
「…。尚…余談となるが、会員椎名幹哉は会長側付き及び会長姐となる清水美優、そして長男流のボディーガードを務め…那須、和泉両名もまた兼務とする。…以上だっ。」
半ば強引に且つ投げやりに締めた圭介にメンチを切るかのような眉間にシワが浮かぶ。…そんな『会長』に何が言えると言うのか。
結果、会員は全会一致(?)で『う、うす!』と戸惑いながらも応えたのだった。
「…先が思いやられると思うのは俺だけっすか…笛木さん…」
「はは!何々…良いじゃないですか。あれでこそですよ?」
こうして儀式は終いとなり酒会へと突入する。もはや決まりきった流れの中、圭介は変わらず息子を離そうとせず膝に座らせたままだ。
だが流は黙ってなんていたくない。父の胡座の上から脱走してハイハイで何処ぞへ行こうとするのを、父圭介が後ろからむんずと捕まえては再び膝の上に座らせる…を、先程から飽きずに幾度と繰り返していた。
「2代目、是非酌をさせて下さい。…、…しかし可愛いすね…しかも親父と同じ格好たぁ、姐さんも粋な事しなさる。」
「クッ、ンなんじゃねぇよ。翠の口車に乗せられて『絶対似合う、可愛い』の言葉でホイホイ買っては着せてるだけだ。」
幹部の1人は酌を済ませ、ははは!と笑って離れて行くと次に待っていたのは南雲だ。
「よぅ、飲んでるかぁ?…おう流、父親に似ず行儀良いなぁ♪ホラ、瞬兄ちゃんが抱っこしてやるぞ?」
「何が『兄ちゃん』だ、この酔っ払いが。…流、コイツの事は『おっさん』って呼んでやれ。いいな?」
「あぅ?」
「なっははは!そんな顔すると美優さんに似てるなぁ。父ちゃんからもらったのが『吊り目』だけでマジで良かったぜ♪」
「…。随分と険のある言い方すんじゃねぇか…あァ?喧嘩売ってんのか。」
「言いたくもなるだろが。せっかく足洗ったってのによぉ~…ったく。…けどな圭介…」
「…あ?」
「お前が腹決めたってのに…俺が尻込みしてる場合かって思ってよ…」
「……。南雲…」
「ま、改めて宜しく頼むぜ…『2代目』。」
南雲と圭介は互いに笑みを浮かべ握手を交わす。そんな2人を離れた場から笛木やみずき、美優や志穂が温かく見つめていた。
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