Hold on me〜あなたがいれば

紅 華月

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結実ノ章

43 進化した天使はチョコ王子になる

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時は経ち、数年後…

北の地に氷の結晶と化した雪が降る季節が巡って来た。空からハラハラと降ってくるそれを、家のベランダからほげーっと見上げる幼な子は、どうやら初めて知覚したらしい。

「…どうしたの?何見てるの?」

「かあかん、おしょらから『ちろいの』おちてゆ。…なあに?」

「ふふ♪あれはね…お空から降ってくる氷で『雪』って言うの。とっても冷たいの。」

「…こおり?…あいしゅみたい?」

「うん。でも雪は食べられないけど、お家にある氷とアイスは食べても大丈夫よ?」

「あいっ♪」

教えてもらった事に元気に返事をして笑った子は『清水流』。俄かな吊り目が特徴的な流も時期に3歳となり、よく話しよく笑い…そして礼儀正しい子に成長していた。

母である美優も歳を重ね33歳となっていたが、相変わらず年齢不詳でその可愛らしさと美貌は健在だ。

そして相変わらずなのはもう1人…

「お疲れさんです、会長。」

「…おう。幹哉もご苦労さんだったな…ゆっくり休め。」

開け放たれた車のドアから姿を見せたのは、黒スーツに肩からコートを引っ掛け、サングラスを掛けた清水圭介…その人である。

『北斗聖龍会』2代目会長となって2年と少し…30歳という若さでありながら、その手腕は見事なものであり今では初代以上の権勢を誇っている。だがそれを鼻に掛けるでもなく、今まで通りを貫かんという姿勢に今や若者の間では会と圭介の名を知らない者はいない程だ。

それが為に彼はサングラスを掛けて歩くようになったのだが…自宅マンションのエレベーターに乗ってさえしまえば無用の代物。疲れたようにそれを外して胸元へと差し入れる。

「おーい、美優~、流~、戻ったぞ~。」

玄関のドアがガチャリと開いた音と同時に呼ぶ声を聞いて、流がきゅぴん!と反応して一目散に走っていく。

「とうたん!」

「おう流、父ちゃん戻ったぜー。」

「ただいま!」

「…。違う…『お帰り』だ。それは父ちゃんが言うんだって…」

自分の足元に飛びつきにゃはは♪と笑う息子を「おらせっ。」と片手で抱き上げ、中へと入っていくと

「お帰りなさい、圭介さん。」

そう言って笑う嫁がいた。

何かと一線を引きがちな父とは違って人懐こい子である流は、大好きな人がたくさんいる。

いつでも遊んでくれる『とうたん』、ニコニコ優しい『かあかん』、たまにしか会えないけど『ひいじい』も大好き。

そして『みじゅきママ』も、『やぐもパパ』も、『しゅんおじたん』と『ちほママ』も。

でも『しゅんおじたん』は、流の怖い『ちゅうしゃ』をするからたまに『キライ』になる。

中でも1番大好きな人は…

「若~っ♪若はどこっすかー?」

「ちゅかしゃ!」

翌朝になって。入って来るなりその人に飛びついた流は満面の笑みで『ちゅかしゃ♪ちゅかしゃ♪』と大ハシャギだ。その相手たる司も『若~っ♪』とぎゅーぎゅーと抱きしめ…もはやこうなると誰にも邪魔出来やしない。

いつもの光景ながら後から入って来た将也や幹哉は、モヤモヤを抱きつつ不思議に思う。

「毎度ながらラブラブだなぁ。…この差は何なんすかね。」

「んー、若と司には『近いもの』があるんじゃねぇか?…ホラ、司は精神年齢が低い…」

「何すか幹哉さん。ナンカイイマシタ?」

「…。いや、別に。…若?若は1番誰が好きなんすか?」

「う?…、…みんなちゅき!」

「へ、みんな…すか?」

意表を突いた質問をしてみた幹哉だが、その返ってきた言葉に逆に意表を突かれてしまった。それはどうやら司も同じだったようだ。

「ん!とうたんも、かあかんも、ひいじいも、ちゅかしゃも、まちゃやも、みっきーも、みんなちゅき!」

「あっははは!流ぐれぇの小せえガキなんざ、みんなそんなモンだぜ!…?」

「…圭介さんっ…」

「ッ…小せえ『子供』!の言う事だ、軽く聞いとけ。」

「……。」

ついガキと言ってしまった父圭介は、嫁に睨まれ『子供』と力強く言い直す。…こんな所も相変わらずだ。

司と将也は日頃の仕事である取立てに関する報告の為、圭介と共に事務所へ出向くのを送り出した美優は、流にジャンバーを着せ背には小さなリュックを背負わせる。…それには息子の『魔法』が入っている。

「かあかん、おでかけしゅゆの?」

「うん、そうだよ。幹哉お兄ちゃんに連れてってもらおうね?」

多くを言わない母はニコリと笑って息子の手を握り家を出ると、すぐさま車に乗ってチャイルドシートに座らせる。

やがて着いたのは『南雲総合病院』。決められた通り裏口から入り、診察室へ入ると待っていた人が破顔して流を迎えた。

「流~っ♪しゅん『パパ』は会いたかったぜー!」

「…。『パパ』はメ!なの…」

「何でだ?志穂の事は『ママ』って言ってるだろ?」

「とうたんが、しゅんおじたんは『おじたん』ってゆえって。」

「……野郎、圭介ぇ…。まぁいいや、流!まずは抱っこだッ、どんだけ重くなったかな?」

さぁ来い!と両腕を広げる南雲だが…流は母から離れようとせずしがみつく。…どうやら違和感に気づいたようだ。

「ん、どうした流?おいで!」

「や。…しゅんおじたん、ちろいのきてゆの…」

「……白いの?…あ。」

自らの格好を見下ろした南雲が『やべ!』と顔を顰める。…来るまでに脱ごうと思っていた白衣を指摘されてしまったのだ。

「あーあ、作戦は見事に失敗ねぇ、院長…」

「いやぁ面目ない、済まない美優さん…かといってココで怯んでいたんじゃあ医者なんかやってらんねぇッ。」

「…お願いします。」

あれよあれよの間に準備は進み…流は母に抱っこで捕まってしまい、問答無用で南雲の前に連れて来られる。次の瞬間、彼の目に写ったのは…鋭利に尖った針がキラリと輝く『注射』だった。

「っ!ふえ…」

「流ちゃん大丈夫よー。痛くない痛くない…」

「若、すぐ終わりますからね、頑張りましょう!」

「や!やだぁー…うえぇ、かあかん!みっきー!うえぇー」

「流ッ、すぐ終わるからなッ、お前は父ちゃんと違って『良い子』だろ?頑張れるよなッ。」

「ちょっと院長!ひと言余計っ。」

「ゔえぇー!とーたぁん!かーかぁん!びえぇー!」

「頑張ろうね流くんっ。すぐに終わるからねっ。」

大人達がヤイヤイと宥める中、それに便乗して南雲はプスリと細い腕に注射を刺し薬剤を打つと「ギャー!」と断末魔かという声が響く。終わっても尚、流はえぐえぐと母の首元にしがみつく。

「…ふぅ、今回も大騒ぎだったな…」

「毎度毎度すいません…流くん、ほらオヤツのチョコ食べよ。いらないの?」

「…ひぐっ…たべゆ…」

「はは!流のチョコ好きはこんな時でも健在か。…よかったな流、頑張ったご褒美だってさ。」

「…ひぐっ、しゅんおじたん、きやい…」

「ありゃ。…嫌われちまった…ショックだなぁ~おい~…」

トホホと肩を落とす南雲を他所に、流は母が自分の背中から下ろしたリュックの中から出してくれたチョコ菓子にはぐはぐとありつく。

…そう、彼の『魔法』とは大好物のチョコレートの事。チョコ菓子を食べると、大概の事ならば機嫌が良くなる。現にもう既に涙は止まり、笑みすら浮かびつつある。

「だけど…自分の大好物を自分で背負って持って歩くって…なんか可愛いわね♪」

「ふふ♪チョコだけじゃなくて、この間までは自分の『オムツ』もリュックに入れて持って歩いてましたよ。ねぇ流くんっ。」

「そういや…そうだった。『かあかん、チッコ!』って言ってリュック開けろって背中向けてたもんな。…あれには笑ったッ。」

「私が入れてるのを見て、オシッコしたらリュック見せれば良いんだって覚えちゃったみたいで…というか、圭介さんが『母ちゃんにリュック見せろ。』って言って聞かせたみたいなんです…」

「でも流ちゃん、もうオムツいらないし、トレーニングパンツなんでしょう?」

「はい、夜だけ。昼間は普通のパンツ…」

「かあかん、チッコ。」

「え、今?あ、はいっ…」

「おし、流!しゅん『パパ』と!一緒に行こう!おら来い!」

「…。やぁね、意地でも呼ばせたいみたい…『パパ』って。ほら、笛木さんがパパって呼ばれてるじゃない?…地味に悔しいの、あの人。」

「…あ、ははっ…」

かくして注射騒動(?)も無事終わり、帰りにはスーパーで買い物を済ませて帰宅した美優と流。事のあらましを報告された父圭介は…

「…ほぅ、そら難儀だったな。」

と、やや無表情で口にする。だがそれにはちゃんと理由があるのだ。

「けどな美優。それと『コレ』は別なんじゃねぇか?」

「…。注射を頑張ったご褒美で買ってあげたんですけど…」

『やっぱりですか?』と美優は小さな息を吐く。2人の間に座る流は現在、買ってもらったチョコ菓子を抱えて大はしゃぎだ。

だが時期に夕飯となる時刻…お菓子を食べる時間ではない。ちなみにメニューはこれまた流が大好きな『ハンバーグ』。

親としてどうするべきかは決まりきった事であり、父圭介は息子の肩をトントンと叩き自分を向かせる。

「流、もうすぐ晩飯だ。母ちゃんに買ってもらったチョコは明日食え。…わかったな?」

「や。」

「やじゃねぇ。晩飯はお前が好きなハンバーグだぞ。母ちゃんが一生懸命作ったのに食わねぇのか?」

「たべゆ。」

「ならチョコは明日な。明日のおやつに母ちゃんに出してもらえ。父ちゃんも母ちゃんに言っとくから。」

「や。ちょこもたべゆっ。」

「…。流…父ちゃんの言う事聞かねぇのか?ダメなモンはダメだ、菓子はメシじゃねぇんだッ。」

そう言うと流の手からチョコを取り上げ、美優に渡すと片付けろと目配せる。すると…

「ちょこー!りゅうのちょこ~っ!!」

『チョコ』を連呼し、まるでこの世の終わりかのようにチョコを持って行く母を追おうとする。それを阻むのは当然ながら父圭介。

「流ッ。チョコばっか食ってると『虫歯』になっちまうぞッ。瞬じゃねぇ知らねぇおっさんに痛え事されちまうんだぞ!」

「やぁ!りゅうのちょこ~っ!!」

「いい加減にしろッ、ケツ叩かれてぇか?!」

「っ!?…ふぇっ…」

父圭介の口から『ケツ叩く』が出て、狂ったように叫んでた流はピタリと収まるも…代わりにみるみる内に涙が滲む。

そして「うえっ…ひぐっ…」と言いながらトボトボと歩き…何故か向かうはベランダだ。そんな息子に父圭介はハテナを浮かべ首を捻る。

「…あ。」

「あァ?」

「完全にヘソ曲がっちゃいました…流くん。」

やがて流は小さな手でベランダのカギを背伸びでガチャリと開け、カラカラと開けると自らベランダの外へと出て閉めてしまう。

「おいおい…」

さすがにこれには慌て父が追うと…流はえぐえぐ言いながら隅っこで丸まり泣いていた。

「……。おい美優…まさかと思うが、チョコに関して叱ると『いつも』こうなのか?」

「…ハイ。大概こうなります…んー何故なんでしょう?チョコの事もそうなんですけど、ベランダのカギの開け方もいつの間にか覚えちゃったみたいで…」

「……。何かに執着するとそれに一直線なのは『オレ似』だな…完全。」

「…?」

息子の『異様なチョコ好き』にドン引きしつつ、結局のところ有耶無耶にしてしまった父圭介はすぐさま流を部屋へと入れ…ぎゅーぎゅーと抱きしめてやるのだった。
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