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番外編 清水一家の長い春〜初めての誘拐
5 親の心、子の心
しおりを挟む突如と状況が変わり、諸共倒れてしまった2人を連れ、すぐさま向かった『南雲総合病院』。
事前の連絡によって待ち受けていた健と志穂は、圭介の血塗れた姿と苦しげな美優を見て驚愕した。
一刻の猶予も許せない、と医療スタッフらが慌しくなる中…司に抱えられていた流がジタバタと身体を揺らす。
「とうたん!かあかんっ!」
「わ、若っ…危ねぇす!」
「流!…大丈夫だっ、父ちゃんは瞬パパが絶対助けっからな!だから良い子で司と待ってろっ。」
「うわぁあぁーんっ、とぉたん!かぁかーん!」
泣き叫ぶ流の声を背に、南雲はオペ室を兼ねた処置室の向こうへと消える。入った途端、圭介があらん限りの力でガッ!と南雲の腕を掴んだ。
「…なぐ、もっ…みゆっ、…美優、は?…」
「今、健が処置に入ってる。恐らく『切迫流産』手前だと思う。」
「ッ、たの、むっ…美優、と…ガキを助け…ッ…」
「わかったっ…わかってるから心配すんなっ。ンな事より自分の心配しろっ。」
「…オレは…大丈夫なんだろ…?…てめぇがっ、治してくれ、から…」
「あぁそうだ。…だから俺は『医者』になった。いつかこんな日が来るって、わかりきってたからな。」
この会話を最後に、圭介はその意識を手放す。…話しながらも打たれた『麻酔』によって強制的に。
術前検査の結果、南雲が事前に察したように弾はその体内に留まっていた。タトゥーがあるとMRIやCTが使えないのが一般的…だが南雲は『ンな事知るか。』と程よく無視して検査を勧めていったのだった。
「院長、弾の位置が…」
「…。肝臓を傷つけたか…だいぶ出血が腹腔内に溜まってるな…」
「オペの準備します。」
助手に付いた男性医師によって準備が整い、更なる麻酔で眠る圭介の側に南雲が立つ。
「…。こんな形で“見る”なんて…な。」
見下ろす彼の視線の先で鮮やかな真紅の薔薇が咲いている。妻となった美優への真愛の証…決して誰の目にも触れさせなかった圭介の『ホンモノの愛』。今ではその薔薇に寄り添うように飛ぶ小さな“蝶”も彫り込まれていた。
言わずともわかる、息子の流を意味する『蝶』だ。
「…。ったく…まさかお前が、心底本気で女に惚れるなんてな。昔の俺らに教えてやりてぇよ…」
こうして始まった弾丸摘出の手術は1時間と少しで終了。弾によって傷ついた肝臓は僅か切除となったものの、その他に大きな影響はなく閉じられた。
時を同じくして美優も処置が終わり、担当した健が報告する。
「美優さん、処置が終わりました。…切迫しかけていましたが、無事に危機は回避。赤ちゃんも無事です。」
「…はぁー、良かったぁ…ご苦労さん。」
「清水さんの方は?」
「こっちも問題なく、弾とダメになった肝臓一部を取り出して閉腹した。しばらくは入院が必要だな。…美優さんもだろ。」
「はい。1週間は安静にしてもらいます。以後は様子見、ですね。」
「こっちはどんだけになるかな…」
「……。」
兄弟で交わされた圭介と美優の結果を、心配して待つ司や霧山らにも知らせる。とにもかくにも無事に済んだ事に皆が安心し息を吐く。
「…ありがとうございました、南雲先生…健先生。」
「いやいや。…ンな事より…だ。」
「……。」
「若、良かったすね!お父ちゃんもお母ちゃんも、もう大丈夫す!」
「うん!」
「…あとの問題は『流』だな。…んー…」
圭介も美優も、この札幌に親類縁者はいない。父方となる圭介の母は函館在住、母方となる美優の両親は今は亡く…祖父となるミスターロゼーニョがいるものの海の向こうの『ロシア』だ。
「…自分が、若をお連れします。」
「おい霧山くん…本気で大丈夫?子育てがどんなか知らんでしょ。」
会の若頭たる霧山が名乗りを上げるが南雲はそれを一蹴する。霧山にとっては一組織のナンバー2を担う者としてトップの“子息”を保護し守るのは当たり前。だが南雲は親友の子という意外に“医師”としてそれを突っぱねた。
「…おし。流っ、しばらく瞬パパんちに行こ!」
「う?…なんで?」
「父ちゃんも母ちゃんも、今からココにお泊りなんだ。ちょっとの間、お家に帰れない。…だからパパんちに行こっ。」
「…。……」
「あ、あの相談役…若は自分が…」
「だから。昼間一緒に過ごすのとは訳が『違う』んだ。…悪りぃがお前らに任せるのは不安。それに…気に掛かる事もあるしな。」
「……。」
「志穂…いいか?流を連れ帰っても。」
「もちろんよ。…流ちゃんっ、瞬おじちゃんと志穂ママと、3人でネンネしましょうねっ。」
そんなこんなで話を半ば無理矢理付けた南雲は、流を預かり家へ連れ帰る。…処置後、まだ眠り込んでいる2人には説明出来ないが、何も言わないだろうと当たりを付けて。
家に着き、風呂に入ってご飯を食べ…南雲と志穂、流は川の字でベッドの中に入り眠りにつく。素直にくうくうと寝入った流だったが…
「…っ、うえっ…ひぐっ…」
「……?、流ちゃん…どうしたの?おめめ、覚めちゃった?」
「んぅ…流、どした?」
「うえっ…とぉたんっ…かぁかんっ…ひぐっ…」
「「……。」」
普段は1人でベッドで寝ている流だが、それはすぐ隣の部屋に両親がいるから出来ている事。…増して今日の出来事や見ていた事を鑑みても、起こりうる事象だった。加えて処置室に運ばれて以降は両親と会えず話すらしていない。…流は不安で目が覚めてしまったのだ。南雲の医師としての勘が当たってしまった。
「流ちゃん…大丈夫よ。いらっしゃい、志穂ママが抱っこしてあげる。」
「ふぇっ…ちほママっ…」
「良い子ね流ちゃん…お父ちゃんもお母ちゃんも、大丈夫よ…」
志穂が抱っこしてしばらくの間あやすものの、流が泣き止む事はなく…もはや『お手上げ』だ。
「…。ヨシ…流っ。父ちゃんに会いに行ってくるかっ。」
「でも瞬くん…清水さん、まだ…」
「さすがに麻酔はもう切れてる。どうせ起きてるだろ…痛みもあるだろうしさ。」
「……そうね。さすがに可哀想で…私も辛いわ。」
かくして再び病院へと戻った南雲らは、別々の部屋で入院となった親の元へと向かう。
美優はなるべくそっとしておきたい…なので院内の奥にある圭介のいる部屋に行く。
まずは南雲が1人で先に入り、容態と様子を見てからにする。
「おぉい…圭介?起きて…って、やっぱ起きてたな。」
「麻酔が完全に切れたからか痛くてな。…ンだよ、こんな時間まで仕事か。」
「まさかだろ。今夜の当直は健だし。」
「…、…南雲、流は…?」
「フッ、やっぱ『父親』だな圭介…てめぇそっちのけで息子の心配するなんてよ。昔のお前を知り尽くしてるから、未だに信じられねぇわ。」
「るせぇな…ンな事より流…」
「父ちゃんも母ちゃんも揃って仲良く入院しちまったからな、流をウチに連れ帰ったんだけどよ…」
「…あ?」
「とうたん!」
話の途中にも関わらず、志穂に抱っこされた流が両手を広げる。…どうやら待ってる間中騒いでいたらしい。
「流、まだ起きて…ってぇ!」
「とうたん!…ひぐっ、とうたんっ!!」
「……。」
「「……。」」
えぐえぐ言いながら『父ちゃん』の首に縋り付く流に、圭介のみならず南雲夫妻も言葉を失う。…やはりなんと言っても『親』が一番なのだ。
「な、んだってんだよ流…男がぴーぴー泣くな…父ちゃんの『倅』だろ。」
「ん…ひぐっ、ちぇがえっ…」
“わかった、わかった”と大きな手が、息子の小さい頭をグリグリと撫で付ける。…その姿は正に『父親』たる様。
不思議なもので、父親をあまり知らないはずなのに…『父』とは何かを圭介はちゃんとわかっていた。
「…どうやら流にフラれちゃったな、志穂。」
「そうね。」
「かなり不安だったみたいだ。…いつもいるはずの父ちゃん母ちゃんが『いねぇ』んだから当然だな。」
「…悪かったな、南雲…志穂もよ。流はここに寝させるわ…いいか?」
「あぁ。特別に許可してやるよ。」
「流、父ちゃんと一緒にここで寝んぞ。」
「ん!とうたんといゆっ。」
こうして。流は父である圭介と一緒に過ごし寝る事が決まり、南雲夫妻が去って行く。
「さぁて…いつもの寝る時間、とっくに過ぎてっからな…寝るぞー。」
「おーっ!」
後は寝るだけなはずなのに何やら気合い十分な流の手足が父ちゃんを攻撃する。それは見事に手術を終えたばかりの脇腹にヒットし、圭介は悶絶した。
「いっ?!…っくぅ~…」
「……とうたん。いちゃいの?」
「おーまーえーのっ、手と足が当たったんだっ…只でさえ瞬のオッチャンに色々されて…」
『弄られた上、切り刻まれた。』と続けようとしたが口を噤んだ。すると…
「!…とうたんっ、ちゅんおじたんにいぢめらえた!」
「違うっての。…そうしねぇと、父ちゃんが元気になれねぇんだ。」
「むぅ…ほんと?」
「あぁ、本当だ。…つうか寝るぞっ。母ちゃんに『め!』ってされちまうからな…」
「…。かあかん…」
「…流、明日になったら…母ちゃんの顔見に行こうな。」
「ん。かあかんと、ポンポンのあかたん…ナデナデしゆ。」
「…だな…」
父と息子は僅かなひと時を経て、ようやく眠りにつく。だが…
「い?!…ってぇ…」
「…すぴー…」
「…。こんな寝相悪りぃのか、流のヤツ…ったくなぁ…」
父ちゃんの腕の中で寝る流が無意識下で何かと戦っているらしく、“げしげし”と暴れながらにパンチと蹴りを入れてくる。
「…そういや…美優の腹ん中にいた頃からコイツ、蹴りまくってたモンな…」
『ペンペンと蹴るから“ペンちゃん”。』
『ゲシゲシ蹴るから“ゲシオ”。』
…そんな事を言い合った美優との会話を脳裏に過らせた圭介。だがあの頃は何故か『ゲシオ』と呼ぶとピタリと無反応になってしまったのだが。今となっては何より大事な『思い出』の1つである。
「……お前が無事で、怪我一つしてなくて…マジで良かった…、…ありがとな、流。」
「すぴぴぃ~…」
「…。鼻詰まってんのか?…大丈夫か?」
寝息に混ざって聞こえてくる“ぴー、ぴー”という音を心配しながらも、息子と共に寝て過ごす時間は温かく…圭介にもようやくホッとしたような微笑が浮かんだのだった。
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