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第一章:旅の始まりと騎士の英雄
7話:お菓子みたいに素敵な子
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――じゃあ仲直りのしるしに、一緒に遊びましょう?
暑い日差しの中、額ににじむ汗を拭う。通りの喧騒は相変わらずで、そこら中に人が溢れている。背を預けた壁からじんわりと熱が伝わってくる。時折通る馬車が緩やかな風を運んできて、その涼しさだけが救いだった。
ソフィアからの提案を思い出す。一時間ほど前、俺とソフィアが和解した時のこと。俺は少し悩んだけど、頷いた。
――支度をしてきたいの、だから待っていてもらってもいいかしら?
上目遣いにそう頼まれ、美人への耐性がなかった俺はほとんど何も考えずに了承してしまった。今思えば外がこんなに暑いのだから待ちたくないと言えば良かったのかもしれないが、まだ涙が残ってうるんでいた瞳で言われれば、首を横には振れなかった。まさしく不可抗力だ。
ぼーっとすること少し。様々な表情をした人が通り過ぎていく。
そんな風に人の流れに気を取られていると、突然視界の左側から、カラフルな棒みたいなものが前に伸びていった。
急に現れたそれに驚き、俺は棒の伸びてくる元を見ようとして、顔を左に向けようとした。だが棒はそれより早く先の方を曲げ、俺の目元にぐるぐるとすさまじい速さで巻きついてきた。
動けない。
「――あはは、だーれだ?」
何が起こったのかわからず、俺は動けなくなった。
だが聞こえたのは、小さな女の子のようにかわいらしい声だった。
「……ソ、ソフィアか?」
びびって噛んでしまう。
いたずらを仕掛けてきたのだろうか。しかしソフィアがそんなことをするイメージはない。それにソフィアの声はもっと透き通っていて、美しいとすら感じるものだったはず。この声の主はどちらかというとかわいい声。
おそるおそる、俺は目をふさいでいる謎の物質に手で触れた。
表面はつるつるしているが、ところどころべたついている。それにすこし甘い匂いが鼻腔をくすぐっていた。爪でつついてみるとコンコン、と意外にも結構硬そうな音がして、ますますこれが何かわからなくなる。
「ざーんねん。私はソフィアちゃんじゃないよ?」
またかわいらしい声。
視界を奪ったというのに何もしてこないらしい。とりあえず命の危険はないのかも知れない、と俺は胸を撫でおろした。ならばと動いて拘束を外そうとするが、視界を奪っている何かががっちりと頭をホールドしており、逃げることも出来ない。
「だ、誰だ?」
震える声で尋ねると、声の主はあれ? と疑問を浮かべた。
「……もしかして、怖がらせちゃった?」
言葉とともにしゅるしゅると拘束が解けていく。隙間から光が差して目を開けると、目の前では赤と白でらせん状の模様がついたカラフルな棒が動き回っていた。そしてそれが形と大きさを変えながら、いつの間にか目の前にいた人物の手の中に収まるサイズになる。
「ステッキ……キャンディー……?」
杖の形をした飴。元の世界では結構有名なものが握られていた。
「ああこれ? ううん、これはケーンっていう魔法のお菓子なの。すごいでしょ、私が作ったオリジナルのお菓子なんだぁ!」
「……そ、そうか」
魔法と言われればこの不思議な現象にも納得がいく。というかそれ以外ないだろう。
そうして俺は、拘束をしてきた張本人であろうかわいらしい声の主に目を向けた。
すると一瞬で頬がひきつった。
その少女は、この世界では全然見たことがない、すごく独特な格好をしていたのだ。
赤いリボンとフリルで過剰に装飾された白いドレス。腰にまでウェーブしながら下ろされた赤毛は、前髪の一部が白く綺麗に染められている。頭には、団子状に髪が一部結ばれていて、それを留めているのは見間違いでなければ銀色に輝くフォークとナイフだった。
なんとなく、ショートケーキっぽい印象。
長いまつげの目。黒い瞳。低い身長にあったかわいらしい顔立ちは、ソフィアとも負けず劣らずの整い具合だ。
少女がにこっと音が聞こえるくらいの笑みを浮かべる。
「ごめんね? びっくりさせようとしただけで、怖がらせちゃうとは思わなかったの!」
見た目のインパクトが強すぎて言葉があまり頭に入ってこなかった。
「あ、ああそうなんだな」
「うんうん! 許してね!」
「ああ……」
周囲からの視線を感じる。なにあの格好……と喧噪のなかから小さく聞こえた。やはり勘違いとかではなく彼女は異質な存在らしい。
だからと言って、すごい格好だな、とかは言えない。もし怒らせたら何をされるかわかったものではないのだから。
じっと得体のしれない少女を見つめていると、少女は首をかしげた。
「なんでそんなにおっかない顔してるの? もう怖いことはなんにもないよ? ……あ、そっか! 自己紹介がまだだもんね! そりゃあしらない人にはなしかけられたら怖いよね!」
少女は手のひらにこぶしをポンと乗せてうんうんと頷いて、
「私ドルチェっていうの! ソフィアちゃんの……うーん、従者? 友達? ……まあ、付き人でいいや! よろしくねトーヤちゃん!」
「付き人……?」
トーヤちゃんと呼ばれたことについては、あまり深くつっこみたくない。なんとなく疲れそうだから。
しかし、ソフィアにそんなものがいるとは知らなかった。そういえば魔王は領主でもあると言っていたし、元魔王とはいえ付き人くらいはいて当然なのかもしれない。
素性を知れたおかげで、少しだけ警戒心が解けた。
「一度君の部屋にも遊びに行ったんだよ? おぼえてない?」
ドルチェが眉をハの字に曲げて、そう疑問を投げかけてきた。
「俺の部屋に?」
「ソフィアちゃんと一緒にいたの。もしかして気づいてなかった?」
「……ああ、もしかして!」
ソフィアが地下室にやってきた時のことを思い出した。そういえばソフィアの他に、あと二人あの場にはいたはずだった。ならばおそらく、この子がそのうちの一人なのだろう。
「思い出してくれたんだね! あの時は、しゃべっちゃだめってソフィアちゃんに言われてたから話しかけられなかったんだけど、こうして話せて良かった!」
いきなりドルチェに手を握られ、ぶんぶんと上下に振られる。よろしくねトーヤちゃん、と元気な笑顔を向けられた。
しばらくして満足したのかドルチェに手を離される。
俺は完全にこの子のペースに巻き込まれていた。
「ああ、よろしく……? ところで、そのソフィアの付き人が俺になんの用だ?」
「ソフィアちゃんのことでお礼を言いに来たの」
「お礼?」
「そう。さっきソフィアちゃんがようやく帰ってきたの。家を出てった時はひどい顔してたのに、帰ってきたときはすごくすっきりした顔してた。最初乞食をするって行った時はびっくりしちゃったけど、無事に帰ってきてくれて良かった! だからありがとうね、トーヤちゃん!」
どきりと嫌な感じに心臓がはねた。
違う。それは、俺に礼をいう話じゃないはずだ。
視線を落とした。
「君は、ソフィアをとめなかったのか?」
「うん。とめないでって言われちゃったから。私と、もう一人の付き人はソフィアちゃんと契約しているから、ソフィアちゃんの命令には絶対に逆らえないの。なんていうのかな……私たちの間には、そういうすごく大きな力がはたらいているの」
「そう……だったのか」
「うん。まあそうじゃなくとも、ソフィアちゃんはやるって言ったらやる子だから。いくら止めても無駄。正直、トーヤちゃんの部屋に行った時、ソフィアちゃんが罰は受けるって言った瞬間から、こうなることは覚悟してたんだ」
「すまない。俺のせいで」
「ううん、もう謝らないで? ソフィアちゃんがトーヤちゃんを許したんだから、私たちに負い目を感じる必要なんてないよ。その代わり、トーヤちゃんもソフィアちゃんのことを許してくれたんだよね?」
「ああ。色々あったが、結局俺はここで生きているわけだし、恨んだって仕方ないからな」
「だったら大丈夫! この話は笑顔でおしまいにしよ?」
「そうしてくれるなら、ありがとう」
ドルチェの笑顔につられて、俺はとまどいながらも笑うことができた。
それにしても。ドルチェはそう口に出す。
「話してみてわかったけど、トーヤちゃんってすごく素敵な子だね。まるでお菓子みたい」
ほめられているのかと思ったら、急に変なことを言われて思考が止まる。
お菓子? 尋ねるとドルチェは大きく頷いた。
「強火で焦げちゃった部分が、ハチミツみたいに甘くなるから」
「どういうこと?」
シンプルな疑問が口から飛び出した。
ドルチェは思い出すように目を閉じて、人差し指を左右に振って指揮のような身振りを始める。
「バターにハチミツ。小麦粉、溶き卵。あとはお砂糖? オリーブオイルで揚げて、レモンの皮で最後に味付けをすれば……うん、いい感じ! ボーレン!」
「え、なに、ボーレン?」
さっきからドルチェは何を言っているのだろう。
「小さなパンみたいなお菓子なの。手の平で転がせるくらい丸くてかわいらしくて、それに焦がしちゃっても甘くておいしいんだ。私ボーレンは好きだよ?」
「もしかして、俺をお菓子にたとえてるのか?」
「そう。私お菓子が好きなの。あ、そうだ! 今度ボーレン、作ってあげるね」
「あ、ああ、そうなんだ。ありがとう」
わけがわからない。だからとりあえず適当に返事をしておく。
……最近、変な人に出会うことが多くなってきたなぁ。
「もうすぐソフィアちゃんが来るとおもうよ」
「そうなのか。それはありがたい」
するとドルチェが両手をぱんと合わせる。
「ええっと。ここで、ソフィアちゃんと仲良くなるためのポイントを紹介してあげるね!」
「え?」
「かわいいとか、すごいとか、そういうことを思ったら素直に伝えてあげて。ソフィアちゃんほめられるのがすごく好きなの」
「あ、ああそう」
突拍子もない会話の連続に頭が追いつかなくなってきた。
「ということで、私はそろそろ行くね?」
「そ、そうか。わかった」
「うん。じゃあね!」
もう最後の方は全然話を聞いていなかった。そうしてドルチェが手を振って去っていく姿をみてから、ようやく俺の頭の中に言葉が届いた。
「じゃ、じゃあな?」
そう口にした時にはもうドルチェの姿は人ごみの中に消えていた。
「なんだったんだ。今の子……」
つぶやきはむなしく風にさらわれていった。
暑い日差しの中、額ににじむ汗を拭う。通りの喧騒は相変わらずで、そこら中に人が溢れている。背を預けた壁からじんわりと熱が伝わってくる。時折通る馬車が緩やかな風を運んできて、その涼しさだけが救いだった。
ソフィアからの提案を思い出す。一時間ほど前、俺とソフィアが和解した時のこと。俺は少し悩んだけど、頷いた。
――支度をしてきたいの、だから待っていてもらってもいいかしら?
上目遣いにそう頼まれ、美人への耐性がなかった俺はほとんど何も考えずに了承してしまった。今思えば外がこんなに暑いのだから待ちたくないと言えば良かったのかもしれないが、まだ涙が残ってうるんでいた瞳で言われれば、首を横には振れなかった。まさしく不可抗力だ。
ぼーっとすること少し。様々な表情をした人が通り過ぎていく。
そんな風に人の流れに気を取られていると、突然視界の左側から、カラフルな棒みたいなものが前に伸びていった。
急に現れたそれに驚き、俺は棒の伸びてくる元を見ようとして、顔を左に向けようとした。だが棒はそれより早く先の方を曲げ、俺の目元にぐるぐるとすさまじい速さで巻きついてきた。
動けない。
「――あはは、だーれだ?」
何が起こったのかわからず、俺は動けなくなった。
だが聞こえたのは、小さな女の子のようにかわいらしい声だった。
「……ソ、ソフィアか?」
びびって噛んでしまう。
いたずらを仕掛けてきたのだろうか。しかしソフィアがそんなことをするイメージはない。それにソフィアの声はもっと透き通っていて、美しいとすら感じるものだったはず。この声の主はどちらかというとかわいい声。
おそるおそる、俺は目をふさいでいる謎の物質に手で触れた。
表面はつるつるしているが、ところどころべたついている。それにすこし甘い匂いが鼻腔をくすぐっていた。爪でつついてみるとコンコン、と意外にも結構硬そうな音がして、ますますこれが何かわからなくなる。
「ざーんねん。私はソフィアちゃんじゃないよ?」
またかわいらしい声。
視界を奪ったというのに何もしてこないらしい。とりあえず命の危険はないのかも知れない、と俺は胸を撫でおろした。ならばと動いて拘束を外そうとするが、視界を奪っている何かががっちりと頭をホールドしており、逃げることも出来ない。
「だ、誰だ?」
震える声で尋ねると、声の主はあれ? と疑問を浮かべた。
「……もしかして、怖がらせちゃった?」
言葉とともにしゅるしゅると拘束が解けていく。隙間から光が差して目を開けると、目の前では赤と白でらせん状の模様がついたカラフルな棒が動き回っていた。そしてそれが形と大きさを変えながら、いつの間にか目の前にいた人物の手の中に収まるサイズになる。
「ステッキ……キャンディー……?」
杖の形をした飴。元の世界では結構有名なものが握られていた。
「ああこれ? ううん、これはケーンっていう魔法のお菓子なの。すごいでしょ、私が作ったオリジナルのお菓子なんだぁ!」
「……そ、そうか」
魔法と言われればこの不思議な現象にも納得がいく。というかそれ以外ないだろう。
そうして俺は、拘束をしてきた張本人であろうかわいらしい声の主に目を向けた。
すると一瞬で頬がひきつった。
その少女は、この世界では全然見たことがない、すごく独特な格好をしていたのだ。
赤いリボンとフリルで過剰に装飾された白いドレス。腰にまでウェーブしながら下ろされた赤毛は、前髪の一部が白く綺麗に染められている。頭には、団子状に髪が一部結ばれていて、それを留めているのは見間違いでなければ銀色に輝くフォークとナイフだった。
なんとなく、ショートケーキっぽい印象。
長いまつげの目。黒い瞳。低い身長にあったかわいらしい顔立ちは、ソフィアとも負けず劣らずの整い具合だ。
少女がにこっと音が聞こえるくらいの笑みを浮かべる。
「ごめんね? びっくりさせようとしただけで、怖がらせちゃうとは思わなかったの!」
見た目のインパクトが強すぎて言葉があまり頭に入ってこなかった。
「あ、ああそうなんだな」
「うんうん! 許してね!」
「ああ……」
周囲からの視線を感じる。なにあの格好……と喧噪のなかから小さく聞こえた。やはり勘違いとかではなく彼女は異質な存在らしい。
だからと言って、すごい格好だな、とかは言えない。もし怒らせたら何をされるかわかったものではないのだから。
じっと得体のしれない少女を見つめていると、少女は首をかしげた。
「なんでそんなにおっかない顔してるの? もう怖いことはなんにもないよ? ……あ、そっか! 自己紹介がまだだもんね! そりゃあしらない人にはなしかけられたら怖いよね!」
少女は手のひらにこぶしをポンと乗せてうんうんと頷いて、
「私ドルチェっていうの! ソフィアちゃんの……うーん、従者? 友達? ……まあ、付き人でいいや! よろしくねトーヤちゃん!」
「付き人……?」
トーヤちゃんと呼ばれたことについては、あまり深くつっこみたくない。なんとなく疲れそうだから。
しかし、ソフィアにそんなものがいるとは知らなかった。そういえば魔王は領主でもあると言っていたし、元魔王とはいえ付き人くらいはいて当然なのかもしれない。
素性を知れたおかげで、少しだけ警戒心が解けた。
「一度君の部屋にも遊びに行ったんだよ? おぼえてない?」
ドルチェが眉をハの字に曲げて、そう疑問を投げかけてきた。
「俺の部屋に?」
「ソフィアちゃんと一緒にいたの。もしかして気づいてなかった?」
「……ああ、もしかして!」
ソフィアが地下室にやってきた時のことを思い出した。そういえばソフィアの他に、あと二人あの場にはいたはずだった。ならばおそらく、この子がそのうちの一人なのだろう。
「思い出してくれたんだね! あの時は、しゃべっちゃだめってソフィアちゃんに言われてたから話しかけられなかったんだけど、こうして話せて良かった!」
いきなりドルチェに手を握られ、ぶんぶんと上下に振られる。よろしくねトーヤちゃん、と元気な笑顔を向けられた。
しばらくして満足したのかドルチェに手を離される。
俺は完全にこの子のペースに巻き込まれていた。
「ああ、よろしく……? ところで、そのソフィアの付き人が俺になんの用だ?」
「ソフィアちゃんのことでお礼を言いに来たの」
「お礼?」
「そう。さっきソフィアちゃんがようやく帰ってきたの。家を出てった時はひどい顔してたのに、帰ってきたときはすごくすっきりした顔してた。最初乞食をするって行った時はびっくりしちゃったけど、無事に帰ってきてくれて良かった! だからありがとうね、トーヤちゃん!」
どきりと嫌な感じに心臓がはねた。
違う。それは、俺に礼をいう話じゃないはずだ。
視線を落とした。
「君は、ソフィアをとめなかったのか?」
「うん。とめないでって言われちゃったから。私と、もう一人の付き人はソフィアちゃんと契約しているから、ソフィアちゃんの命令には絶対に逆らえないの。なんていうのかな……私たちの間には、そういうすごく大きな力がはたらいているの」
「そう……だったのか」
「うん。まあそうじゃなくとも、ソフィアちゃんはやるって言ったらやる子だから。いくら止めても無駄。正直、トーヤちゃんの部屋に行った時、ソフィアちゃんが罰は受けるって言った瞬間から、こうなることは覚悟してたんだ」
「すまない。俺のせいで」
「ううん、もう謝らないで? ソフィアちゃんがトーヤちゃんを許したんだから、私たちに負い目を感じる必要なんてないよ。その代わり、トーヤちゃんもソフィアちゃんのことを許してくれたんだよね?」
「ああ。色々あったが、結局俺はここで生きているわけだし、恨んだって仕方ないからな」
「だったら大丈夫! この話は笑顔でおしまいにしよ?」
「そうしてくれるなら、ありがとう」
ドルチェの笑顔につられて、俺はとまどいながらも笑うことができた。
それにしても。ドルチェはそう口に出す。
「話してみてわかったけど、トーヤちゃんってすごく素敵な子だね。まるでお菓子みたい」
ほめられているのかと思ったら、急に変なことを言われて思考が止まる。
お菓子? 尋ねるとドルチェは大きく頷いた。
「強火で焦げちゃった部分が、ハチミツみたいに甘くなるから」
「どういうこと?」
シンプルな疑問が口から飛び出した。
ドルチェは思い出すように目を閉じて、人差し指を左右に振って指揮のような身振りを始める。
「バターにハチミツ。小麦粉、溶き卵。あとはお砂糖? オリーブオイルで揚げて、レモンの皮で最後に味付けをすれば……うん、いい感じ! ボーレン!」
「え、なに、ボーレン?」
さっきからドルチェは何を言っているのだろう。
「小さなパンみたいなお菓子なの。手の平で転がせるくらい丸くてかわいらしくて、それに焦がしちゃっても甘くておいしいんだ。私ボーレンは好きだよ?」
「もしかして、俺をお菓子にたとえてるのか?」
「そう。私お菓子が好きなの。あ、そうだ! 今度ボーレン、作ってあげるね」
「あ、ああ、そうなんだ。ありがとう」
わけがわからない。だからとりあえず適当に返事をしておく。
……最近、変な人に出会うことが多くなってきたなぁ。
「もうすぐソフィアちゃんが来るとおもうよ」
「そうなのか。それはありがたい」
するとドルチェが両手をぱんと合わせる。
「ええっと。ここで、ソフィアちゃんと仲良くなるためのポイントを紹介してあげるね!」
「え?」
「かわいいとか、すごいとか、そういうことを思ったら素直に伝えてあげて。ソフィアちゃんほめられるのがすごく好きなの」
「あ、ああそう」
突拍子もない会話の連続に頭が追いつかなくなってきた。
「ということで、私はそろそろ行くね?」
「そ、そうか。わかった」
「うん。じゃあね!」
もう最後の方は全然話を聞いていなかった。そうしてドルチェが手を振って去っていく姿をみてから、ようやく俺の頭の中に言葉が届いた。
「じゃ、じゃあな?」
そう口にした時にはもうドルチェの姿は人ごみの中に消えていた。
「なんだったんだ。今の子……」
つぶやきはむなしく風にさらわれていった。
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