鬼子母神

神無ノア

文字の大きさ
2 / 25

しおりを挟む
 二

 輿入れの籠の中で義姫よしひめは思う。あの二人の価値観の違いはどこから来るのだろうかと。父、義守よしもり伊達だてとの融和を図りたかった。逆に兄、義光よしあきは伊達からの完全な脱却をしたかったのだ。だから兄はこの婚儀には当初から反対の意を示していた。

 ――お義、この婚儀こんぎどう思う?――
 兄に問われた言葉だ。どう思うと言われても、この婚儀に意味は無い、そう言いたいのがよく分かった。
 ――兄上、この婚儀により最上もがみと伊達、戦が起きなければよき事にございましょう――
 ――よき事とな?――
 ――はい。兄上が思うておりますこと、この義も分かっているつもりです――
 その上で自分は嫁ぐのだと、兄に諭す。だが、兄はそれでもなお、渋っていたのだ。
 ――できうることなら、お義は家臣の誰かに嫁がせたい――
 ――兄上、それは兄上の我が侭にございます――
 兄が自身を頼りにしている事も知っていた。父は多少自分に手を焼いていた。それもそうだろう。すでに兄が元服する頃には「義守の娘は鬼姫」そう奥州中から揶揄やゆされていたのだ。
 ――それがしの我が侭とな――
 困った顔をした兄をじっと見つめて、その後頷いた。
 ――この『鬼姫』を嫁にもらうという物好きがいらっしゃるのですから、それも父上には嬉しき事にございましょうとも――
 そう言って笑い、自身の意思は変えぬと兄に言った。

 そういう経緯はあったが、こうやって米沢に嫁いでいる。それはまぎれもない事実だ。これから夫になる輝宗てりむねは義光よりも一つほど年上と聞く。自身とは三つ違う事になる。
「…の鬼…が通…」
 外から声が聞こえてくる。自分を「奥州の鬼姫」と揶揄する声だ。自身の意思を持って行動し、父や兄に意見するのが「鬼」になるのか、毎回そう思ってしまう。
 「鬼姫」と呼ばれる所以はそれだけでない事も自分は知っているが、それもだから何なのだ、そう言いたくなってくる。

「……姫様。米沢に入りましたよ」
「左様か。なれば我が殿になられる方とも間もなくお会いできるという訳か」
 外にいる従女を労いつつ、義姫は返す。どんな方なのだろう。信心深い人と聞く。兄も信心深い。そんなものは慣れている。
「わざわざありがとうございます。輝宗様は何処ですか?」
 出迎えてくれた伊達家家臣団を見渡して義姫が言う。
御堂みどうにおられます。いつもの日課で…」
 家督かとくを継いでからはなおのこと、日々神仏に祈りを捧げていると家臣の一人が言うのを聞いて義姫は驚いた。兄以上の信心深さだ。
「お部屋の方でお待ちくださいとのことです。ご案内いたします」
 そう言って従女が義姫を促してきた。
「今、輝宗様が御堂にいらっしゃるというのなら、わたくしも御堂に行きとうございます」
 それを聞き、出迎えた家臣も従女も、無論自身が連れてきた従女も驚いていた。
「輝宗様が御堂で祈りを捧げるのが日課ならば、わたくしもそれにならうのがよろしいかと」
「では、それは明日からという事で、今日のところはお部屋へ。間もなく殿もお戻りになられるかと」
「承知いたしました。ではご案内よろしくお願いします」
 そう義姫が言うと、出迎えた従女が義姫を促した。案内した先は米沢城の東側に位置する場所だった。これより先、義姫は「お東の方」と呼ばれる事になる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
義守、義光……最上義守・義光のこと。義守は義姫の父、義光は兄。仲が悪かったとされているが、その辺りは創作ではないかとすら言われている。義光は嫁いだ妹を大変に頼りにしていた。ある意味シスコン。でも、羽州うしゅうきつねと呼ばれるほど、頭は切れていたらしい。知将としても名高く、名君でもある。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

影武者の天下盗り

井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」 百姓の男が“信長”を演じ続けた。 やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。 貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。 戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。 炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。 家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。 偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。 「俺が、信長だ」 虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。 時は戦国。 貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。 そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。 その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。 歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。 (このドラマは史実を基にしたフィクションです)

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

処理中です...