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二
二
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「遅いの」
間もなく部屋に来る、そう言われてから半刻は過ぎた。だが輝宗輝宗が来る気配すらない。自身が連れてきた侍女も部屋の外で呆れているのが分かった。
ばたばたと急いでこちらに向かってくる足音が複数、聞こえてきた。やっと来たのか、そう思った。
「申し訳ない。遅くなってしまった」
そう言って、男が優しく笑い、義姫をじっと見つめてきた。この男こそ、伊達 輝宗、義姫の夫になる人物である。
「わたくしの顔に何かついておいでですか?」
思わずむっとして義姫は男に突っかかった。遅かった上に、じっと見つめてくるだけなのだ。
「いや、すまない」
そこまで言うと、案内してきたであろう従女や家臣達をさげ、自分の目の前にどかりと腰を降ろしてきた。だが、相変らずじっと義姫の顔を見つめ、ただ笑っているだけだった。
「ですから、わたくしの顔に何か…」
「いや、そういう訳ではない。『鬼姫』と聞いておったからどの様な鬼女かと思うていたが」
「殿にはわたくしがどのような鬼に見えておいでですか?」
そう義姫が言うと輝宗はからからと笑い、首を振った。
「私には鬼には見えぬ。その自身の意思を宿した目が私には良きものに思える」
「意思を宿した目、ですか」
「そうだ。私はそれが羨ましい」
初めて言われた。鬼といわれても、羨ましいなどと言われたことは無い。
輝宗は話を続ける。
「私は父から家督を受け継いだ。だが、父と私は仲が悪い。先のような内乱を父は起こしたくなかったから、私に家督を譲ったにすぎない。
私にも兄がいる。その兄は別の家を継いでいる。それに私は穏和と言われれば聞こえは良いが、結局のところ私は決断を下すのに時間が掛かる。それが父は嫌なのだ」
苦々しげに輝宗が言う。輝宗の父と祖父は天文年間に奥州一帯巻き込んで内乱を起こした。自身たちが産まれた辺りだ。元は上杉家に養子を出す、出さないかから始まった内乱と聞く。後に言われる天文の乱である。その二の舞を起こしたく無かっただけだと言う。
伊達家が領地を伸ばせない理由は、この輝宗にある。それを義姫は瞬時に悟った。そして何故それを言うのかが不思議だった。
「しかし、その穏和さがよろしいという家臣も居りましょうぞ」
「……かもしれぬが、離反も数多ある。それが現実だ」
苦々しげに輝宗が言う。この人は戦乱の今の世に向かない人だ。義姫はそう強く思った。天下泰平の世ならば、この人は名君と呼ばれるに相応しい人物だろう。しかし、こうも戦乱が続けば領地を拡大など到底無理。今の領地を守るのが関の山だ。
「そなたには私に出来ない事をしてほしいのだ」
「殿に出来ぬ事ですか?」
思わず聞き返した。すると優しく笑い、頷いてきた。
「何をと言われても困る。ただ私と違う目線で見てもらえればそれでいい」
「この『鬼姫』にそのようなことを頼むのですか?」
「私は『鬼姫』に頼むのではない。私の妻に頼むのだ」
「これは一本取られましたね」
優しいこの人の治世に少しでも役立てるならと本気で思った。
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輝宗……政宗の父、伊達輝宗のこと。てるむね/てりむねどちらの読みが正しいか分からないが、当時、妻の義姫や子の政宗の侍女までもが「てり宗公」と呼んでいたという話が残っている。
間もなく部屋に来る、そう言われてから半刻は過ぎた。だが輝宗輝宗が来る気配すらない。自身が連れてきた侍女も部屋の外で呆れているのが分かった。
ばたばたと急いでこちらに向かってくる足音が複数、聞こえてきた。やっと来たのか、そう思った。
「申し訳ない。遅くなってしまった」
そう言って、男が優しく笑い、義姫をじっと見つめてきた。この男こそ、伊達 輝宗、義姫の夫になる人物である。
「わたくしの顔に何かついておいでですか?」
思わずむっとして義姫は男に突っかかった。遅かった上に、じっと見つめてくるだけなのだ。
「いや、すまない」
そこまで言うと、案内してきたであろう従女や家臣達をさげ、自分の目の前にどかりと腰を降ろしてきた。だが、相変らずじっと義姫の顔を見つめ、ただ笑っているだけだった。
「ですから、わたくしの顔に何か…」
「いや、そういう訳ではない。『鬼姫』と聞いておったからどの様な鬼女かと思うていたが」
「殿にはわたくしがどのような鬼に見えておいでですか?」
そう義姫が言うと輝宗はからからと笑い、首を振った。
「私には鬼には見えぬ。その自身の意思を宿した目が私には良きものに思える」
「意思を宿した目、ですか」
「そうだ。私はそれが羨ましい」
初めて言われた。鬼といわれても、羨ましいなどと言われたことは無い。
輝宗は話を続ける。
「私は父から家督を受け継いだ。だが、父と私は仲が悪い。先のような内乱を父は起こしたくなかったから、私に家督を譲ったにすぎない。
私にも兄がいる。その兄は別の家を継いでいる。それに私は穏和と言われれば聞こえは良いが、結局のところ私は決断を下すのに時間が掛かる。それが父は嫌なのだ」
苦々しげに輝宗が言う。輝宗の父と祖父は天文年間に奥州一帯巻き込んで内乱を起こした。自身たちが産まれた辺りだ。元は上杉家に養子を出す、出さないかから始まった内乱と聞く。後に言われる天文の乱である。その二の舞を起こしたく無かっただけだと言う。
伊達家が領地を伸ばせない理由は、この輝宗にある。それを義姫は瞬時に悟った。そして何故それを言うのかが不思議だった。
「しかし、その穏和さがよろしいという家臣も居りましょうぞ」
「……かもしれぬが、離反も数多ある。それが現実だ」
苦々しげに輝宗が言う。この人は戦乱の今の世に向かない人だ。義姫はそう強く思った。天下泰平の世ならば、この人は名君と呼ばれるに相応しい人物だろう。しかし、こうも戦乱が続けば領地を拡大など到底無理。今の領地を守るのが関の山だ。
「そなたには私に出来ない事をしてほしいのだ」
「殿に出来ぬ事ですか?」
思わず聞き返した。すると優しく笑い、頷いてきた。
「何をと言われても困る。ただ私と違う目線で見てもらえればそれでいい」
「この『鬼姫』にそのようなことを頼むのですか?」
「私は『鬼姫』に頼むのではない。私の妻に頼むのだ」
「これは一本取られましたね」
優しいこの人の治世に少しでも役立てるならと本気で思った。
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輝宗……政宗の父、伊達輝宗のこと。てるむね/てりむねどちらの読みが正しいか分からないが、当時、妻の義姫や子の政宗の侍女までもが「てり宗公」と呼んでいたという話が残っている。
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