鬼子母神

神無ノア

文字の大きさ
3 / 25

しおりを挟む
「遅いの」
 間もなく部屋に来る、そう言われてから半刻は過ぎた。だが輝宗てりむね輝宗が来る気配すらない。自身が連れてきた侍女じじょも部屋の外で呆れているのが分かった。
 ばたばたと急いでこちらに向かってくる足音が複数、聞こえてきた。やっと来たのか、そう思った。
「申し訳ない。遅くなってしまった」
 そう言って、男が優しく笑い、義姫をじっと見つめてきた。この男こそ、伊達 輝宗、義姫の夫になる人物である。
「わたくしの顔に何かついておいでですか?」
 思わずむっとして義姫は男に突っかかった。遅かった上に、じっと見つめてくるだけなのだ。
「いや、すまない」
 そこまで言うと、案内してきたであろう従女や家臣達をさげ、自分の目の前にどかりと腰を降ろしてきた。だが、相変らずじっと義姫の顔を見つめ、ただ笑っているだけだった。
「ですから、わたくしの顔に何か…」
「いや、そういう訳ではない。『鬼姫』と聞いておったからどの様な鬼女かと思うていたが」
「殿にはわたくしがどのような鬼に見えておいでですか?」
 そう義姫が言うと輝宗はからからと笑い、首を振った。
「私には鬼には見えぬ。その自身の意思を宿した目が私には良きものに思える」
「意思を宿した目、ですか」
「そうだ。私はそれがうらやましい」
 初めて言われた。鬼といわれても、羨ましいなどと言われたことは無い。
 輝宗は話を続ける。
「私は父から家督かとくを受け継いだ。だが、父と私は仲が悪い。先のような内乱を父は起こしたくなかったから、私に家督を譲ったにすぎない。
 私にも兄がいる。その兄は別の家を継いでいる。それに私は穏和と言われれば聞こえは良いが、結局のところ私は決断を下すのに時間が掛かる。それが父は嫌なのだ」
 苦々しげに輝宗が言う。輝宗の父と祖父は天文てんぶん年間に奥州一帯巻き込んで内乱を起こした。自身たちが産まれた辺りだ。元は上杉家に養子を出す、出さないかから始まった内乱と聞く。後に言われる天文の乱である。その二の舞を起こしたく無かっただけだと言う。
伊達家が領地を伸ばせない理由は、この輝宗にある。それを義姫は瞬時に悟った。そして何故それを言うのかが不思議だった。
「しかし、その穏和さがよろしいという家臣も居りましょうぞ」
「……かもしれぬが、離反も数多ある。それが現実だ」
 苦々しげに輝宗が言う。この人は戦乱の今の世に向かない人だ。義姫はそう強く思った。天下泰平てんかたいへいの世ならば、この人は名君と呼ばれるに相応しい人物だろう。しかし、こうも戦乱が続けば領地を拡大など到底無理。今の領地を守るのが関の山だ。
「そなたには私に出来ない事をしてほしいのだ」
「殿に出来ぬ事ですか?」
 思わず聞き返した。すると優しく笑い、頷いてきた。
「何をと言われても困る。ただ私と違う目線で見てもらえればそれでいい」
「この『鬼姫』にそのようなことを頼むのですか?」
「私は『鬼姫』に頼むのではない。私の妻に頼むのだ」
「これは一本取られましたね」
 優しいこの人の治世に少しでも役立てるならと本気で思った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
輝宗……政宗の父、伊達輝宗のこと。てるむね/てりむねどちらの読みが正しいか分からないが、当時、妻の義姫や子の政宗の侍女までもが「てり宗公」と呼んでいたという話が残っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

影武者の天下盗り

井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」 百姓の男が“信長”を演じ続けた。 やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。 貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。 戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。 炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。 家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。 偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。 「俺が、信長だ」 虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。 時は戦国。 貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。 そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。 その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。 歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。 (このドラマは史実を基にしたフィクションです)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

処理中です...