4 / 15
妊婦のお茶と子供の珈琲
4
しおりを挟む小さな淑女はその間退屈しているかと思ったが、朔がいつの間にか餌付けをしていた。勿論、餌は翠の作ったお菓子だ。
母親にアレルギーはあるものの、娘にはないらしい。林檎が大好きだということで、マスターは吽形から林檎と檸檬を取り出す。
檸檬は色変わり防止に。他は林檎で。それをミキサーにかけ濾す。今回使うのは酸味の強い紅玉と、甘みを出すためのふじ。
「炭酸にもできますが」
「りな、しゅわしゅわにがてなの」
「失礼いたしました」
「私には炭酸を入れていただけますか?」
少し落ち着いた母親も微笑んで注文してきた。ここに来た頃の顔色よりもはるかにいい。
「かしこまりました」
グラスはちょっと気分転換になるようなものを。莉奈の前に数個グラスをだし、選ばせればキラキラとした目で見つめていた。
「りな、これがいい!」
さすがというべきか。莉奈が選んだのはボヘミアグラス。チェコの蚤の市で購入したものだが、調べて驚いた経緯がある。盗品でなかっただけましだと思うしかない。……その時の出店者とは今でも付き合いがある。
「……マスター、いいの?」
「構いませんよ。使わないほうが道具に失礼ですし」
奥方は「適当なのに淹れてください」と引きつった顔で言われた。うんうんと頷く朔を眺めつつ、マスターは二人にジュースを出す。
そのあとで申し訳ないのだが、護衛たちには疲労回復にいいとされるハーブティを出しておく。勿論、アレルギーの有無は聞いてからだ。
「そのグラス、実は掘り出し物でして。とある銘家で来客用として使用していたそうですが、使用人が間違えて欠けさせてしまったらしいのですよ」
「……そうなれば出せないのは分かるけど、それを蚤の市で売る主が凄いよね」
経緯を知っている朔が、ぼそりと呟いた。
売った金は新しい来客用を揃える足しにさせた、というのが家の主の言い分。そして、売っていたのは、欠けさせた使用人だったという顛末付き。
「こ……これの数世代後のグラスが……」
奥方の実家にあるという。だからこそなおさら、奥方は価値が分かったようだ。
ものには巡り合わせというものがあり、うまい具合に合わさる時がある。おそらく、その時なのだろう。仕入れたときには四つあったグラスが、今ではこの一つになっている。
「おいしい!」
ぱぁっと綻ぶ莉奈の顔を見て、マスターはそれを確信した。
この子がしかるべき時が来るまで、保管しておこうと。
ちなみに、ここでマスターが請求したのはジュース二杯分と、注文を受けて出した護衛の分だった。
「最初の緑茶とルイボスティの分は……」
「試飲していただいたものまで貰うつもりはありませんよ」
購入するかしないかは、客の決めること。
ひたすら飲む馬鹿には請求するときはあるが、基本そんな客はやってこない。
「さて、このグラスは……」
「あの子に行くのか。翠が聞いたら拗ねそう」
「翠ちゃんにも巡り合わせがありましたから、拗ねませんよ」
「そうなの?」
「えぇ。妻の使っていたウェッジウッドのカップと対になるやつが、手元にありますので」
「……またいいもんを」
「そうですか? ちなみに私のところに預けてありますが」
「ここで飲むときに使いたいと」
「えぇ。翠ちゃん自身が見つけてきたようですからねぇ。わざわざ妻が使っていたカップにコーヒーを注いでくれという、傍迷惑な注文までするくらいですから」
「ここお茶専門店……」
朔の頬が引きつっていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる