玲眠の真珠姫

紺坂紫乃

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空の章

肆、空の試練 壱

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肆、「空の試練 壱」



 神龍姿のフロンの背に乗り、ロンとエイルは久遠城が見下ろせるほどの高さにまで上昇する。目指すのは巨大な積乱雲の中央らしい。
 エイルは「寒い」とぶつぶつ言って、自身を抱きしめている。

「将軍、ババ様から渡された霊廟までの地図を確認しろ」

「ざっと見た限りでは、、参つの試練とやらがあるらしいな」

「侵入者対策だ。王以外が霊廟に入ろうとすると発動する。君たちは免除してやりたいのだが、如何せん古流術式が難読で、ババ様も解除が間に合わなかったらしい」

 古い巻物に試練の内容は書かれていない。文字も古代文字なのか、ただ作成者が達筆すぎたのか、ところどころ読めず、もはや暗号だ。
 そもそもご丁寧に侵入者除けの術の攻略方法を記載してくれる訳はない。ロンは虫食いの被害を避けられている霊廟までの地図だけを頼りにしようと巻物を革袋の中に戻した。

「さて、入り口が見えてきた。私はあそこまでしか行けない。武運を祈っている」

「ああ、感謝する。元帥、帰りは飛び降りたらいいのか?」

「……死にたいのか。貴殿は時に無謀だな。霊廟にたどり着けば、王城に遷移できる扉がある。それを使え」
「あいわかった」

 積乱雲の中央には、ぽっかりと空いた黒い穴があった。フロンは入口の前で止まり、二人が入ったのを見届けると、再び久遠城へと戻る。

「将軍の頭脳なら心配は無さそうだが……果たして『勿忘草の爪』に飲まれずに済むかは、彼らの運次第か……」

 帰路でフロンはそんな独り言を呟いた。




 ロンとエイルがひたすら暗い一本道を歩いているとまた太刀と弓が光り始めた。

「こいつは本当に突然だな」

「俺は少々楽しみになってきたぞ」

 エイルとロンが見守っていると、ロンの太刀は刀身が空石によく似た透ける水色の短刀になり、エイルの弓に至っては人の姿となった。形を形成し終えた弓は少女の頃のセツカになった。

「え、義姉上!?」

「エリンの武器は千変万化だな。しかし、刀が人型になるとは……これでどうやって試練を乗り越えろと言うのか……」

 ロンが困ったように呟くと、少女はにんまりと笑った。

『空の試練は龍の試練。青き刀は鍵。ここで求められるのは武力ではなく、心の深淵の強さです』

 幼い姫には、ロンとエイルは記憶されていないらしい。ここの案内役の為にわざわざセツカ姫の姿を採用したならば、仙界の武器は随分と悪趣味だ。
 まろぶように二人を先導する幼い姫の後に付き従って、二人は細い一本道を進む。透明な筒の中を進んでいると、周囲には雷が縦横無尽に走るのが見える。

「あれ……ここには落ちない、よな?」

「たぶん。あの巨大な積乱雲の中を進んでいるのだから、稲妻が発生するのは当たり前だ。まだ一つ目の試練にもたどり着いていないのに、そんな体たらくでどうする」

「苦手なんだから仕方ないだろ!! ……それより、お前はどうしてこの状態で暢気に巻物を読んでいられるんだ……」

「姫がここに武力はいらんとおっしゃったからな。ならば、必要なのは知恵と度胸。それに『天地開闢廉書』を未読だったと思い出した」

 絶え間なく鳴り響く雷鳴にびくつくエイルをよそに、少女は飛び跳ねるように先を行き、背後のロンは無心で巻物を読み進めている。
 ここに緊張感というものはないのかと、エイルが「うー」と唸ると、赤銅の扉の前で小さいセツカが「ここが第一の試練です」と扉を紹介した。

「ふむ、行こうか」

 巻物を読んでいたはずのロンが扉に触れようとしたのを、飛びつくようにエイルが止めた。

「待て待て!! 対策もなにも無しで進むのか!?」

「対策など立てようがないだろう。あるなら教えてくれ」

「う、それは……」

「渋る気持ちは解るが、あと二つもあるのだ。最終試練まで、せいぜい胃を大事にしろ」

 むくれるエイルを余所に、ロンは赤銅色の扉に手を付いた。
 扉はあっけなく開く。古い金属が立てる独特の音が耳に障る。
 中はシャボン玉が部屋中を覆い、ぷかぷかと浮かぶ緑青石エメラルド・グリーンに似た色の狭い部屋だ。広さはせいぜい六畳くらいだろうか。シャボン玉が浮いているだけで、何の飾りもない部屋――ロンは壁に触れる。わずかに温度がある。人肌程度の温度は妙に心地が良い。

「材質がまったくわからんが、興味深いな」

「其方はなんにでも興味を持つのね……」

「待望の男の子なんだ。好奇心旺盛なのはよいことではないか」

 呆れつつも喜色を含んだふくよかな女と、白髪交じりの黒髪を頭頂部でまとめた細身の男が立っていた。
 ロンは二人の姿に唖然とする。エイルや幼いセツカの姿が見えないことすら忘れて、忘れたくても忘れられない二人の姿に釘付けになる。

「……父上……母上……」

 幼い頃に別れ、生死すら解らぬ両親が目の前で微笑んでいた。

「ロン」

 母の声は柔らかな繭のようで、父の声は温もりが感じられる。二人が差し出した手に、ロンも笑みを返す――二人とは正反対の歪んだ笑みを。

「これが心の深淵を試す試練だと言うのならば、随分と舐められたものだ。実の両親が俺にくれたものは、思い出すのもおぞましい罵詈雑言と暴力だけ。呪いすらかけられた俺がこの二人の手を取るはずがない。ただ人と異なる左眼を持って生まれただけの俺を、ろくな食事も寝床も与えなかった両親も、いたぶられる弟を嘲笑っていた姉らの身を案じたことなど一度もないわ……!!」

 自身の中で黒い渦が生まれる。痛みならば鮮烈に覚えている。心に刻まれた傷も。

 しかし、それらをすべて包み込んで、隻眼から溢れる涙に触れ、眼帯を取った左眼に口づけをくれたのは、ただ一人の姫だった。

「頼むから消えてくれ。親不孝と罵られようとも、俺は海底龍王家の家族にしか感情が動かぬ」

 ロンが氷のように怜悧に言い放つと、両親は嘆きながら泡と消えた。ロンは露と消えいく両親をどこまでも凍てついた心と視線で見ていた。

「ロン、大丈夫か?」

 はっとしたらエイルが幼いセツカと共に覗き込んでいた。状況が判断できないロンは、むくりと起き上がった。

「びっくりしたぞ。部屋に入った途端に倒れるから」

「……エリン、お前は何も見なかったのか?」

「あー……亡くなった母上が現れたけど、俺が生まれてすぐに亡くなった方だし、よく覚えてないから……手を差し出されたけど、断ったんだ。そしたらお前も倒れてて、険しい寝顔をしてた」

 エイルはどこか他人事のように斜め上を眺めながら、ロンの荷物である革袋を抱きしめていた。

「お互い、実の親の幻影を見せられていた、か……。まあいい。先に進もう」

 ロンの顔色は、少しだけ悪いように思えたエイルは「ちょっと待て!!」と、ロンを引き留めた。

「どうした?」

「これ、飲めよ。仙界でもらった袱紗ふくさの中に入ってた。滋養強壮の丸薬らしい。お前、まだ顔色が悪いぞ。ロンは鈍いから自覚がないかもしれないけど、念のためだ――飲め!!」

 押し付けるように丸薬を差し出したエイルの表情が、あまりにも真剣だったので、ロンはふと笑って丸薬を受け取った。

「では、ありがたく」

「おう」

 黒い丸薬はひどく苦かったが、せっかくのエイルの好意だ。ロンは我慢して水も無しに飲み下した。

「……エリン……気のせいではないのだがな……お前がくれた丸薬を飲んでから発熱して、疲労が三倍増しになったぞ。説明書はちゃんと読んだんだろうな……?」

 エイルは「おかしいな」と怪訝に思いながら、もう一度袱紗に入っていた説明書を読んだ。

「あ、しまった」
「……なんだ」
「怒らないか?」
「場合による」
「滋養強壮薬で合ってるんだが、副作用で一、二時間ほど高熱が出るって書いてある……」

 それを聞いたロンはうつ伏せに倒れた。

 ――第二の試練へは、回復したロンによるエイルへの文句が一通り終わってから進んだ。二人の様子を幼いセツカは袖で口を覆って笑っていた。

続...
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