玲眠の真珠姫

紺坂紫乃

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空の章

伍、空の試練 弐

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伍、「空の試練 弐」


 第二の試練へは、また透明な筒状の道を通ってる。しかし、今度は一本道ではなく、かなり複雑に入り組んだ迷路になっていた。案内役のセツカ姫もきょろきょろとするばかりで、ロンがタオから貰った地図を頼りに歩いている。

「次に仙界の薬を口にする時は、瀕死状態でも説明書を読まねばな……」

「しつこいな……!! まだ根に持ってるのか。悪かったって言ってるだろ!!」

「いや、西王母様からご忠告を頂いていたのに、失念していた俺にも責はある」

 そんなやり取りをしながら、一刻半かかってようやくまた赤銅色の扉にたどり着いた。

 二つ目の部屋には中央に大きな石像が鎮座していた。灰色のみかげ石に彫られた三匹の龍――羽根が生えた神龍、筋骨隆々とした龍人、そして海底の龍神の三龍が絡み合う像だ。どれも今にも飛び出してきそうな躍動感に溢れている。
 石像以外にはなにもない。壁も床も、赤煉瓦で組まれたような簡素な部屋である。
 入室すると、部屋の扉が勝手に締まり、鍵もかけられた。

「……第二の試練は密室ということか」

『龍神に問う』

 ロンが入口に目をやったら、部屋中に低い男の声が響き渡る。像に視線を戻せば、龍神の眼だけが明滅していた。声の発生源は朗々と木霊するせいで、どこから発せられているのかは解らない。

『始祖の龍が三つに分かれたのはなぜか?』

「え、っと……確か風水火土の安定した供給を維持する為、だったよな?」

「そうだな。『天地開闢廉書』にもそうある」

 正解かどうかは解らないまま、石像は次の質問に移った。どうやら正解だったようだ、とロンとエイルは顔を見合わせる。

『四大元素の安定した供給が目的――では、なぜ世界は争うのか?』

「……そ、それは……」

 言いよどむエイルに代わって、淡々とロンが答える。

「始祖の龍が三つに分かれ、『国』が成り立った。『国』は民の意向を纏める為に王を戴き、王は国土の安寧と民の統率を図る。だが、国土には明確な線引きがない。ゆえに意見の食い違いが起こる。望んで争う者は一部だ。大多数の者は争いで家族や恋人を失う。誇りや尊厳を掲げて散るのはある種の存在意義の確認とも言えよう。だが、自己満足と言い換えることもできる」

『争いをいとう龍神よ、が抱く真なる願いはなにか?』

「俺の願い? 奇妙な問いだな。俺は……海底龍王エイシャ様の姪にして、我らが戴く唯一の龍王姫・セツカ様の覚醒と龍王エイシャ様が思慮を巡らせている目的を知ることだ」

 ロンの答えは常に明瞭だった。石像は『よかろう』と告げた。

『ならば、その目で真実を見定めるがよい』

 地鳴りのような声が、そう言うとロンとエイルの立っている部屋は暗転した。

「ロン」

「エリンの声は、ちゃんと聞こえる。では二人で同じ世界を見せられていると考えるのが定石だな」

「お前、本当に冷静って言うか、動揺が少ないって言うか……」

「俺の分までお前が騒いでくれるからだ――っと、なにか光が迫ってきたぞ」

 足元も危うい闇の中に一筋の光がだんだんと大きさを増しながら二人を通過する。
 目を開けていられないほどの輝きは、やがて潮の匂いを運んできた。

「……海底竜宮の、匂いだ」

「誠か幻か……俺達が連れてこられたのは竜宮のようだな」

 二人はセツカが眠る水晶玉の上に浮遊して、エイシャが眠るセツカに語り掛ける様子を観察していた。
 エイシャの衣服から、ロンが旅立った直後だと予想ができた。

「セツカよ、空石と肉石が揃えば、其方の眠りは解ける。そのあかつきには海の秘宝たる桜真珠も渡してもらうぞ。三つの秘宝が集まり、其方が目覚めれば海底龍神族の兵力は盤石。海が空と地を支配下に置けば、両者の争いも絶えよう。どちらが暴れようとも、秘宝の力で抑え込める。其方が夫に選んだ男は、まこと良い駒として動いてくれるわ」

 水晶玉に眠るセツカ姫からの返事はない。エイシャはくつくつと水晶玉に笑いかける。

「……父上、そんな……嘘だろ……?」

 エイルが四つん這いになって、下で笑い続けるエイシャ王に「信じられない」と震える声で呟く。
ロンは無表情で黙ったままだ。
 そのうちに海底の映像は消え、元の赤煉瓦と石像の部屋に戻った。

「あれが、俺の見定めるべき真実だと言うのか?」

 まだ立ち上がる力のないエイルに手を貸して、ロンは無感情な声音で石像に問うた。

『左様。あれが其方の望み――』

 ロンは水色の刀身に変じた短刀を、光る龍の目に投げた。短刀は龍の光る右目に刺さると、この世のものとは思えぬ凄まじい大絶叫が部屋中に響く。
 あまりの大音響に、二人は両耳を手で押さえるが、それでも塞ぎきれないほどだ。

「石像が痛みを感じるとは異なこと。何かが化けていたな。正体を現したらどうだ?」

 ロンが意地悪く誘いをかけると、石像はぽんと軽い音を立てて、小さな神龍の子供になった。

「……なんだ、これ……」

「ううー……刀を投げるなんか反則だぞお。目が痛いよお……」

 小さな仔龍はぽろぽろと涙を零しながら、右目を小さな前肢でさすっている。
 ロンは煉瓦の上に落ちた短刀を回収し、仔龍の前に膝をついた。革袋を漁って、袱紗を取り出し、説明書を念入りに読んでから傷薬を指先に取った。

「そら、薬を塗ってやるから手をどけろ」

「お前、なんで騙されないんだ?」

「ここは空の『試練』で『侵入者』避けだと元帥が言っていたからな。ここに入った時からすべてを疑うようにしている。お前は、いにしえの天空龍王に命じられて、ずっと石像の姿になっていたのか?」

「……うん。王が霊廟に訪れる時しか喋ってはいけない決まりなんだ……。退屈すぎて、さっきは頑張りすぎちゃった。お前は、さっきの映像も信じていないんだな」

「お主は誰かさんと同じで詰めが甘い。王の寝間着、襟の合わせが反対だったぞ……」

 エイルと仔龍は「え」と顔を真っ赤にして、羞恥から顔を両手で覆った。「それに」とロンは付け加える。

「たとえ、あの映像が王の本心だとしても、姫がお目覚めになれば全てが白日の下に晒される。ならば、王に抱く疑念よりも姫様のお帰りをお待ちするのが賢明だと思っているのだ」

 手当を終え、仔龍の右目を包帯で覆ってやる。ロンは「俺と反対だが、隻眼は揃いだな」と微笑んだ。

「あ、待て!! ボクもお前たちに付いていくぞ!!」

 ぴょんとロンの肩に飛びついた仔龍に、エイルが「はあ!?」と叫ぶ。

「この部屋は放置していいのか?」

「お前たちが久遠城に戻るまでだ。最後の試練は、きっとお前にはつらい。ボクはお前がそれをどう乗り切るのか、観てみたいんだ」

「好きにすればよいが、お前、名は?」

「テム」

「では、テム。次に進もうか」

 やたらとロンに懐いたテムを連れて、さっさと進もうとするロンにエイルがもう諦観を隠しもせず「来る者も多少は選ぼうぜ……」と隣に並ぶ。

「まあ、そう邪険にするな。仔龍とは言え、我らよりも年上だぞ」

「よお、色男。さっきの絶望顔は最高だったぜ!!」

 からかわれたエイルが「やっぱりこのチビ、気に入らねえ!!」と騒いでいるのを無視してロンが奥の扉を開ける。
 開けて、ロンは言葉を失った。
 小さな案内人だったはずのセツカが大人の――水晶に眠っている姿で微笑みかけてきたからだ。

「……あれはエリンの武器だったはずだが、ここにきてなぜ大人の姿になるんだ?」

「わからん。あの武器に関してはもう時間を割く方が無駄だと悟った」

 エイルの言葉に、ロンは「それもそうだな」と返して先導するセツカの後ろを付いていく。 
 長い黒髪を飾る歩揺ほようの一つに勿忘草を模したものがあるとは知らずに――。

続...
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