KARMA

紺坂紫乃

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第一部 V.S.クルセイダーズ篇

【番外編】「汝、すべからくーー」

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 これは戦いに明け暮れる七人のかけがいのない一ページ。金や宝石よりも尊い日常である。


 七月某日。
 パリ名物・のみの市で買い込んだ布やら雑貨を持ってよろよろとモンマルトルまで帰ってきたルイーズは、一旦荷物を置いて一息ついた。
 今日はモンマルトルの丘がある十八区から、隣のオペラ座がある九区の市場まで足を運んだが、さすがに疲れた。
 ここから隠れ家までは坂道なので、気合いを入れ直そうとしたら、通りすがりの黒い頭が荷物をひょいと片手で持ち上げて去ろうとする。

「おいおい、女が一人で持つ量じゃねえだろ。リチャードはどうしたよ?」

「あ、さ、左文字……!! リチャードはノートルダム大聖堂に行ってる。まだ観光しきれてないから、って」

「ちっ、てんで役に立たねえな」

 一瞬、置き引きかと思ってしまったルイーズは荷物を軽々と持ち上げて、ルイーズを待つ左文字に謝罪を口にする。

「ごめんね、ちょっと置き引きかと思っちゃった」
「気にすんな。声を掛けなかった俺も悪い」

 左文字は荷物を担ぎながら、ルイーズに歩調を合わせて歩いてくれる。隠れ家までの道中も何気ない話をしてくれるので退屈はしなかった。

「どこの蚤の市に行ってたんだ?」

「九区よ。初めて行ったけど、本当にいろいろな物が出されていて見ているだけでも楽しかったよ。おかげで、つい買いこんじゃった」

「パリの名物だからなあ。次は誰か連れて行けよ。今日の買い物はぼったくられてる可能性があるぜ」

「え!? 嘘!!」

「財布に優しい買い物がしたかったらアンリを連れて行け。あいつ、泣き落としが上手いから交渉役にはぴったりなんだ」
 豪放磊落ごうほうらいらく、竹を割ったような性格だが、その実は生真面目で面倒見が良い――ルイーズが抱いている左文字の印象だった。彼は我が儘なリチャードのいい喧嘩相手でもある。彼をいい意味で叱り、蹴り飛ばす。
 異能に苦しめられたリチャードを圧倒的な強さと温厚に諭してくれるのが刹那なら、荒療治ながらも飾らない言葉と行動で先陣を切って鼓舞してくれるのが左文字だ。この日本人コンビは『KARMA』を引っ張っていく存在である。

「ありがとう、左文字。助かったわ」
「どういたしまして」

 隠れ家に着いたルイーズは左文字に礼を言い、彼はひらひらと手を振ると風呂に入って行った。

「荷物、左文字が持ってくれたの?」

 買い込んで来た品をあらためていると、アーヤがルイーズに尋ねてきた。

「うん。思っていた以上に買いすぎたから、通りすがりに助けてもらっちゃった」

「最初から荷物持ちに連れて行けばよかったのよ」

「それはさすがに悪いよ……」

 ルイーズが苦笑すると、同時にふと思い至ったことをアーヤに問いかけた。

「ねえ、アーヤ。左文字はあんなにかっこいいから、女性の人気が高そうよね」

 ルイーズの何気ない褒め言葉に、アンリは声を上げて笑い、窓際で刀の手入れをしていた刹那はくわえていた懐紙をぷっと飛ばした。同意を求められたアーヤは形容しがたい表情をしている。

「そうか、ルイーズはまだアレを見たことがないのか」
「結構作ってくるよね」

 刹那とアンリの困ったようで、しかし、和むような笑みの意味をルイーズが知ったのはタイミングの良いことに翌日であった。





 左文字のアレを見たアーヤは「また? 通算で何個目かしら?」と左文字の怒りをわざと買うように笑う。いつもなら抗戦する左文字も今日ばかりは肩を震わせて耐える。

 彼の左頬には真っ赤な手の痕がくっきりと付いていた。

「どうしたの? それ」

 氷水で冷やしたタオルを渡すと左文字はぽつりと「女に殴られた」ときまりが悪そうに答えた。

 これ以上は追及することを左文字の纏う空気が拒否するので、退散したルイーズをソファの刹那が手招く。左文字に聞こえない程度の小声でルイーズに刹那はこう耳打ちした。

「あやつは男らしい性格であろう。ルイーズの言う通り、うら若い女性には人気があるのは確かだ。だが女性からすれば、自分だけに優しいと勘違いをしてしまい、よく修羅場になる。『どっちが大事なのか』と問われても、素直に『別にどっちが大事という感情は無い』と答えてしまうから、何度も殴られて帰ってくるのだ」

「……そうなんだ。左文字、お世辞とか嘘とか吐けないもんねえ」

「左様。ましてや女性を褒め称える美辞麗句びじれいくなど逆立ちしても言えん。それが長所であり短所でもある」

 こういう日はそっとしておくに限る、と刹那は締めくくる。ルイーズは素直に頷いた。問題はリチャードとデュークが帰ってきてからだと刹那は考えていた。

「左文字、何度も言うようだが」

 予想通り、愛の国・フランスの民であるデュークの恋愛指南が始まった。リチャードはからかおうとしたところを、先手を打ったルイーズが口を塞いで黙らせる。


◇ 


 いつも通り、デュークの恋愛論を聞き流した左文字は夜のモンマルトルに出て行った。いつものバーに入れば、刹那が居て少し上等のスコッチをロックで頼んでくれる。

「デュークはよく毎回同じ説教して飽きねえもんだ」

 透明な美しい球体に琥珀色の酒を絡ませて飲むと、何度味わっても心地よい。
 説教の後はこれに限る。左文字のいつものお決まりのコースだった。

「お主が恋愛に目覚めるところを期待しているのだ。興味が無ければ語らぬであろう」

 刹那も相槌の打ち方を心得ているから、いつものお説教やらアーヤの嘲笑にも耐えられる。

「今日は新しいタイプだった。片言の日本語で『トーヘンボク』って言われたぞ。ちょっとだけ、あの女は勿体ないことしたな」
「……やはりお主の好感を持つ指標がわからぬ」

 刹那も同じスコッチをちびちびと飲みながら左文字の愚痴に付き合う。今日はまだ落ち着いた飲み方をしている辺り、へこんではいないのだろう。へこんでいる時の荒い飲み方は見るに堪えない。いつも早々に潰して引きずって帰るのだ。
 平時は気ままに行動する刹那を左文字が面倒を見ているが、こういう時だけは立場が逆転する。

「お前が潰れたところって見たことないな。ザルだっけ?」
「いや、潰れるまで飲んだ経験が無いだけだ。女に溺れたから、酒くらいは溺れずにいたい」
「ふうん」

 ここで刹那の過去に首をつっこんで来ないところが左文字と飲んでいて良いところだと刹那はグラスを傾けた。

「俺はフランスで酒の飲み方を覚えちまったからなあ……なあ、マスター、美味い日本酒を出す店って、まだ無いのか?」

 カウンターでシェイカーを振っていたマスターに、顔が赤くなってきた左文字が絡みだした。

「んー、俺の耳にはまだ入ってこないねえ。十七年前のオーストリア万博では日本酒が出たって話だろ。この国もそろそろだとは思うんだが、今回の万博の目玉はオランダのビールだもんなあ」

 陽気なマスターはひょろりと細長くて、酒場のマスターなのに下戸だという。二人がモンマルトルに来てからは常連なので、少しだが日本語も話せる気のいい男だった。
 フランスに居るからにはワインも二人は一通り嗜むが、左文字が振られた日には上品なワインではなく、苦くて喉を焼いてくれるようなスコッチが三人の間の暗黙の了解である。

「ま、今日は客が来ちまった。悪いな、マスター」

「おうよ。そろそろ祝い酒を振る舞いたいもんだよなあ、セツナ」

「そうなのだが、まだ先は長いようだ。馳走になった」

 勘定をカウンターに置くと、ほろ酔いで鼻歌を歌う左文字が腕の筋を伸ばしてストレッチをしている。

「はあ……今日はどんな女性を泣かせたのだ」

「さあ。前にチンピラに追われているって言うから、三人ほど柄の悪いのをぶっ飛ばしただけだぜ?」

「なるほどな。チンピラの親玉の女をフった訳か」

 刹那もやや酒の効果が表れているが、チンピラ相手ならば刀を抜く必要もないかと左文字に続いて、店を出た。親玉らしき大柄で顔に傷のある男に「付いて来い」と言われ店に迷惑がかからない距離になった途端に左文字の飛び蹴りで二、三人が飛んだ。刹那は火の粉だけを適当に払う。刹那は柔術も使えるが、左文字の頬に紅葉がある時は彼が中心だ。

「弱いなあ」

 ざっと五十人は居たかと思ったが、左文字は一撃で複数ふっ飛ばすので、ケリが付くのも早い。
 殴られ、酒を飲んで乱闘までが紅葉の日の約束だった。

「ちっ、発散にもなりゃしねえ。刹那、帰ったら相手しろ」
「あい解った」

 こうして壁に凭れていた刹那はそっと歩き出す。今日はやけに月が明るい。また鼻歌を歌いながら、刹那と左文字は暗い路地を鼻歌に合わせて上がって行く。

 光陰矢の如し。早いもので、この相方と出逢って十年が過ぎた。空気を読み合うにも、充分すぎる年月だ。
 戦争では戦友はどんどんと死んでしまった。失うばかりであった故国から連れ立ってきた今の戦友はちょっとやそっとでは死なない。
 なにもかも失った刹那に「まだ刀を握っている」と笑ってくれた永倉を思い出しながら、長い坂を登っていく。その先はモンマルトルの丘である。パリを一望できる最も高い丘だ。

 先生、今はここに守りたい人達がいるのです。

 
 ――汝、すべからく「誠」に尽くすべし。

 永倉からそう答えが返ってきた気がして、刹那は儚く笑った。

★end...
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