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第一部 V.S.クルセイダーズ篇
1-epilogue
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ep.
――この状態はなんなのだ。
刹那はダラダラと変な汗を流しながら、疑問を口にできないでいる。
「どうよ?」
「どうって……本人も無意識だったんでしょ? 見てない私には何とも言えないわよ」
「ふうむ……。アーヤの眼を以てしても謎、であるか」
モンマルトルの隠れ家の応接室のど真ん中、帰宅するやいなや、刹那は左文字に正座をさせられた。そして左文字、アーヤ、デュークの三人に囲まれ、全身を隅々まで調べられた後、三人の影の中で小さくなっている。
議論のテーマは刹那の異能力だ。あの不可視の剣――あれこそが刹那の異能なのかと三人は珍獣でも調べるかのように意見を交わす。
「一度、その不可視の剣とやらを見てみたいけど、刹那が自制できないんじゃあ危険なだけだし、かと言ってリチャードみたいに特訓してどうこうなる類ではないみたいだし……刹那、貴方は本当に何も覚えていないの?」
クライストの死でしおらしくなるかと思ったのに、アーヤは変わらず「アーヤ」だった。
上から見下される威圧感が単純に恐ろしい。
「無いので、私も困っている……」
「だよなあ。とりあえず、刀を持って入れない風呂と便所の度に斬りまくるのはやめておけ、な」
「お主、少々馬鹿にしすぎではないか?」
左文字の悪い笑みでからかわれていることは一目瞭然だ。
デュークも思案顔でアイデアを考えているようだが、こういう時の彼は往々にして何も考えていないか、料理のことだという事は長い付き合いから解りきっている。その証拠にアンリが「僕、お腹すいちゃった」とデュークのシャツを引っ張れば、アンリを伴ってキッチンへと向かう。
離れた窓辺のソファに腰掛けているリチャードとルイーズは静観を決め込んでいるし、刹那はとにかく早くこの状況から解放されたかった。
「左文字の冗談は捨て置いて、刹那が異能力者なのか否か、それだけでも判明させてくれないと、うちの奥義である『最終解放』に問題が生じるわ。あれは刹那のカルマが軸なんだから」
「それは承知しておる」
「……万博が終わるまでに自制できないようだったら、四年ぶりに『プロフェッサー』をお呼びしようかしら?」
頬に手を当てたアーヤが口にした『プロフェッサー』なる人物に、刹那と左文字は「そ、それは考え直せ!! 頼むから!!」と叫び、キッチンからも何かを落とした物音がする。百戦錬磨のメンバーを震え上がらせる『プロフェッサー』とは、とリチャードが尋ねた。
「そんなに恐ろしい人物なのか? その『プロフェッサー』とやらは……」
「異能力の専門家なのよ。彼女自身も異能力使いでね」
「ほお、異能力の専門家か。それをなぜ皆がそんな反応をするんだ。専門家に意見を仰ぐのは別段おかしくはないだろう」
リチャードの正論に左文字とキッチンから顔を半分出したアンリが睨んでくる。
「……あの人を知らないから、そんな暢気な事が言えるってか……」
「僕、ぜえったい逢いたくないからね……!! あの人が来たら、刹那よりもリチャードが餌食になるよ。一番能力が弱いんだもん」
地を這う低い声で二人はリチャードを睨めつける。ホラーだ、とルイーズは思った。
「こ、怖い人なの?」
「男に厳しいだけ。私とルイーズは心配いらないわよ」
怯える男どもに対して、アーヤは余裕綽々で答える。この時代に女尊男卑の女性とは珍しい、とルイーズは混沌としているこの場を冷静な眼で分析していた。
「お、おい、刹那!! 何が何でも異能を使いこなせるようになれ!! 山籠もりだ!! 熊と戦えばなんとかなる!!」
「混乱しているな、左文字……日本の修行とは違うのだぞ。不可視の剣では熊を相手にしてもただ熊の乱獲になるだけだ。それに、フランスで山ならモンブランかピレネーか……それなら私はピレネーを越えてスペインに逃げる」
「逃げる時は声かけろよ」
「おうとも」
刹那の胸倉を掴んで揺らしていた左文字だが、刹那の逃亡計画を知るとそれに乗っかってきた。アーヤが居る限り逃げられはしないと解っていても、逃げたくもなると言うのが二人の心境であった。
「冗談はさておき、確かに私の異能か否かの判断は急を要するな。アーヤ、毎夜、夜だけでいい。屋上に『部屋』を作ってくれぬか。万博終了までにはなんとかしよう」
「はいはい。そんなに嫌なのね、あの人をお呼びするのが」
男衆の拒否反応から、アーヤはふあと欠伸をすると「食事ができたら起こして」と自室に入って行った。
まだ不安な顔をするリチャードとルイーズに、やっと左文字から解放された刹那が笑いかける。
「心配いらぬ。私がもっと早くに解決せねばならない問題を先延ばしにしたせいだ」
「しかし、『プロフェッサー』なる女性を呼ばねばならないほどなのだろう?」
「まあ、そうだが。彼女は世界を放浪しておるゆえ、来る時は呼んでもいないのに来るし、音沙汰が無ければ生死も不明だ。対策など立てようが無い」
リチャード達の対面に座った刹那は刀を抱いて、窓の外を眺めた。自分も知らない大きな力を抱えていることの恐怖を今更痛感している。
日本に居た時は、戦時下でも三人もの師が剣をいう武器の使い方を教えてくれた。だが、今、師はいない。自身の力のみでなんとかするしかないのだ。
――期限はあと四カ月もない十月三十一日までだ。
長いようで、籠釣瓶と過ごしてきた数十年を考えると短すぎる時間だ。
「一握の砂、だな」
確かに手にしたようで、その実、指の間から零れていく――刹那の剣術と異能はそれに似ていた。
◇
十四日、革命記念日――通称・パリ祭。
画伯・クロード・モネが描いたモントルグイユ通りの絵画の通り、マンションの窓という窓から、青、白、赤の三色が彩るフランス国旗がはためき、通りを覆い尽くす。 モネが描いたのは、一八七八年六月三十日の「祝日制定記念」である。
パリ祭は昼間からメトロが封鎖され、凱旋門を臨むシャンゼリゼ大通りを埋め尽くす軍事パレードや夜には花火と大いに盛り上がる。これが終われば八月はバカンスシーズンになるからだ。
「セツナ、デューク!! 早く!!」
アンリは初参加であるリチャードとルイーズの案内を買って出て、万博期間と重なったパリ祭の警護を忘れてはしゃぎまわっている。
「……左文字め、あやつも警護のことなどすっかり忘れておるな」
アーヤ以外は全員出てきた。だが、左文字は知らない酔っ払いに捕まり飲み比べを始めて、早々に離脱した。アーヤは例年の如く大量の買い物リストだけを押し付けて部屋で過ごしている。
「修行は順調かね。刹那」
アーヤとアンリの荷物でふらふらの刹那を手伝う気配もないデュークが、静かに尋ねた。
「まだ始めて三日だ……何も得られてはおらぬよ。それどころか、私は意識を失ってしまうゆえ、何が起こっておるのかもさっぱりだ」
話していて悲しくなるほどに何も得られていない。最近では本当に異能が備わっているのかすら怪しくなっている。
「愛刀とは語らったか?」
「語らう?」
刹那はデュークの言葉をおうむ返しに尋ねた。
「君が刀の妖力を制御しているように、また刀も無意識に君を制御している。刀は君の過去を知り、哀しみや喜びを傍らで共有してきた。ならば、次は君が刀の全てを知らねば、刀は君の求めには応じてはくれんぞ」
デュークの意見に刹那は唖然とする。籠釣瓶の過去など考えたこともなかった。ただ壬生寺で出逢い、戊辰戦争を駆け抜けてきた戦友で刹那に遺された故国からの遺物――ただそれだけの認識だった。
「そうか……デューク、礼を言う」
「君ならば成し遂げられる。なぜならば絶望を知っている君は誰よりも強いからだ」
白いハンカチーフで口を覆ったデュークに刹那は微笑む。腹の底を揺らすかのような花火が夜空を彩る。花火は日本では鎮魂を意味すると昔土方が語っていた。
――なあ、相棒。帰ったら、なにから話そうか。
刹那は腰に差した籠釣瓶に問う。教えてくれるだろうか。その血塗られた過去を。
否、刹那は聞かねばならないのだ。
青は矢車草。優雅や上品、清楚を表す。
白はマーガレット。貞節、誠実、秘めた恋。
赤はひなげし(コクリコ)。意味は悲しみ。
三色の花火は正しくフランスを表すに相応しい。
月さえも凌駕する群青のキャンバスに置かれた三色を、刹那は目に焼きつけるように鑑賞して夜は更けていく。
◇
刹那は夜毎紅緒と再会したアズライールの形成した無の空間に似た闇の中で、籠釣瓶の拵と鞘を外した抜き身の刀身に語りかける。
もう何週間、この遣り取りを続けているのだろうか。
「教えてくれ、秘められたその過去を。お前が私を抑え込んだように、お前は私の全てを知っている」
西洋では日本の刀剣は美術品としても価値が高い。ゆえに高値で取引される。籠釣瓶もガラスケースの中に神々しく閉じ込められてもおかしくはない程に美しい。
「そんなお前が妖刀だなどと。やはり私とお前は似た者通しだなあ。仮面の下に修羅が潜んでいる」
自分の知らない自分が居る。それを閉じ込めていた愛刀。無意識に刹那は眉間の傷をつっ、と撫でた。すると耳慣れない声が聴こえ、籠釣瓶の刀身が明滅する。
『乾クノジャ』
「籠釣瓶、か?」
『我、血ヲ求ムルニ斬ッタ。吉原デ百人斬ッタ』
「吉原……八代将軍・吉宗公の御世にあった吉原百人斬りか!!」
『血ヲ寄コセ。オ前ノ因業ニ相応シイ 魔王ガ屠ッタ数ノ如ク』
刹那と籠釣瓶の対話、というよりは籠釣瓶の要求である。
「血を求めるのならば、なぜ私の異能を封じるのだ?」
『斬ル 刹那ノ存在ノ証明デアリ マタハ人生 ソシテ存在意義デアル』
「そうだ」
『シカシ アノ能力ハ我ガ血ヲ吸エヌ。故ニ封ジタ』
籠釣瓶の真意に、刹那は愕然とした。相棒が求めるのはただ血のみ。
『血を吸うまで鞘に収まらぬ』村正伝説を如実に表す刀が籠釣瓶であった。
「は、はは、ははは……!! そうか、お前が私を使い手に選んだのは血を求めるがゆえ、か。私はなにを期待していたのだろうなあ……」
刀に情を求めていた。きっと籠釣瓶は私の意を汲んでくれているのだと。
――とんだ道化だ。
だが、籠釣瓶の言葉は的を射ているのも確かだ。刹那の人生は斬ることだと左文字も言っていた。死んだ土方の言葉を体現する為に刹那は斬るのだ。
「良いだろう、ならば斬ろう。切り捨てよう!! 籠釣瓶、お前の求めに応じて斬ろう。ゆえに力を貸せ。あの不可視の剣でもお前に血を与えるために、今一度、一蓮托生として地獄の獄卒すら斬るに供をせよ!!」
刹那は抜き身の刀身を素手で強く握る。涙の代わりに刹那の手から溢れた血は滴り落ちることなく、籠釣瓶が吸い取った。
『委細承知シタ』
再契約は成立した。
◇
「セツナ!!」
屋上から応接室に戻るなりアンリが刹那に駆け寄ってきた。確かに朝から『部屋』に居て、出た時には空はとっぷりと暮れていたが、刹那の腰に抱きつくアンリの心配は過剰ではないだろうかと感じた。
「どうした、アンリ?」
「どうした、じゃないよ!! 一週間もアーヤの『部屋』から出てこないから、皆が心配してたんだよ!?」
アンリの怒りに、驚いたのは刹那の方だった。
「い、一週間!?」
「そうだよ。なにも感じなかったの?」
むくれるアンリに「はは、すまぬ。時間の概念が全くなかった」と刹那は苦笑する。他の面々も一様に胸を撫で下ろす。
「それで、それだけの成果は得られたの?」
アーヤは『部屋』を見張っていたはずだが、刹那に改めて確認を取る。
「ああ、皆、いらぬ心配をかけた。もう大丈夫だ。籠釣瓶が離れても、私は異能を御しきれる」
腰の籠釣瓶に手を添えて、刹那は深く笑った。つられて、他の面々にも笑みが戻る。
その時、刹那が入ってきたドアを高いヒールで蹴り開けて、近所迷惑なほどのでかい声の奇怪な女が入ってきた。
「ほっほーう、これはエクセレント!! ただの古ぼけた侍人形から脱却したか、刹那!!」
バカンスにはまだ早いのに、大きなサングラスとビキニを着て、腰に大判のアフガンストールをスカート代わりにした奇怪な銀髪の女だ。汚れすぎて変色した筒バッグを下し、サングラスを押し上げて白い歯を見せてニカリと笑った。
「……プ、プロフェッサー・マハ……!?」
刹那が女の名を口にすると、左文字はダイニングテーブルに座っていたところを脱兎の如く窓に飛び移って逃亡を試みる。だが、胸を張って高笑いしたマハが人差し指を少し曲げると左文字の首に革の首輪が現れ、それに引き戻されて左文字は床に転がった。
「離せ!! せめて殺してくれ!!」
「セツナあ……しっかり盾になっててね……!!」
笑い続けるビキニ女、殺せと喚く左文字、刹那を盾にして離れないアンリ、デュークは十字を切ってエプロンのまま祈りを捧げる。茫然と阿鼻叫喚の部屋をリチャードとルイーズ、そしてアーヤが見守る。
今夜は新月。噂をすれば影が差す。
――『KARMA』の夜はまだ明けない。
★第一部 end... 『第二部』へ
――この状態はなんなのだ。
刹那はダラダラと変な汗を流しながら、疑問を口にできないでいる。
「どうよ?」
「どうって……本人も無意識だったんでしょ? 見てない私には何とも言えないわよ」
「ふうむ……。アーヤの眼を以てしても謎、であるか」
モンマルトルの隠れ家の応接室のど真ん中、帰宅するやいなや、刹那は左文字に正座をさせられた。そして左文字、アーヤ、デュークの三人に囲まれ、全身を隅々まで調べられた後、三人の影の中で小さくなっている。
議論のテーマは刹那の異能力だ。あの不可視の剣――あれこそが刹那の異能なのかと三人は珍獣でも調べるかのように意見を交わす。
「一度、その不可視の剣とやらを見てみたいけど、刹那が自制できないんじゃあ危険なだけだし、かと言ってリチャードみたいに特訓してどうこうなる類ではないみたいだし……刹那、貴方は本当に何も覚えていないの?」
クライストの死でしおらしくなるかと思ったのに、アーヤは変わらず「アーヤ」だった。
上から見下される威圧感が単純に恐ろしい。
「無いので、私も困っている……」
「だよなあ。とりあえず、刀を持って入れない風呂と便所の度に斬りまくるのはやめておけ、な」
「お主、少々馬鹿にしすぎではないか?」
左文字の悪い笑みでからかわれていることは一目瞭然だ。
デュークも思案顔でアイデアを考えているようだが、こういう時の彼は往々にして何も考えていないか、料理のことだという事は長い付き合いから解りきっている。その証拠にアンリが「僕、お腹すいちゃった」とデュークのシャツを引っ張れば、アンリを伴ってキッチンへと向かう。
離れた窓辺のソファに腰掛けているリチャードとルイーズは静観を決め込んでいるし、刹那はとにかく早くこの状況から解放されたかった。
「左文字の冗談は捨て置いて、刹那が異能力者なのか否か、それだけでも判明させてくれないと、うちの奥義である『最終解放』に問題が生じるわ。あれは刹那のカルマが軸なんだから」
「それは承知しておる」
「……万博が終わるまでに自制できないようだったら、四年ぶりに『プロフェッサー』をお呼びしようかしら?」
頬に手を当てたアーヤが口にした『プロフェッサー』なる人物に、刹那と左文字は「そ、それは考え直せ!! 頼むから!!」と叫び、キッチンからも何かを落とした物音がする。百戦錬磨のメンバーを震え上がらせる『プロフェッサー』とは、とリチャードが尋ねた。
「そんなに恐ろしい人物なのか? その『プロフェッサー』とやらは……」
「異能力の専門家なのよ。彼女自身も異能力使いでね」
「ほお、異能力の専門家か。それをなぜ皆がそんな反応をするんだ。専門家に意見を仰ぐのは別段おかしくはないだろう」
リチャードの正論に左文字とキッチンから顔を半分出したアンリが睨んでくる。
「……あの人を知らないから、そんな暢気な事が言えるってか……」
「僕、ぜえったい逢いたくないからね……!! あの人が来たら、刹那よりもリチャードが餌食になるよ。一番能力が弱いんだもん」
地を這う低い声で二人はリチャードを睨めつける。ホラーだ、とルイーズは思った。
「こ、怖い人なの?」
「男に厳しいだけ。私とルイーズは心配いらないわよ」
怯える男どもに対して、アーヤは余裕綽々で答える。この時代に女尊男卑の女性とは珍しい、とルイーズは混沌としているこの場を冷静な眼で分析していた。
「お、おい、刹那!! 何が何でも異能を使いこなせるようになれ!! 山籠もりだ!! 熊と戦えばなんとかなる!!」
「混乱しているな、左文字……日本の修行とは違うのだぞ。不可視の剣では熊を相手にしてもただ熊の乱獲になるだけだ。それに、フランスで山ならモンブランかピレネーか……それなら私はピレネーを越えてスペインに逃げる」
「逃げる時は声かけろよ」
「おうとも」
刹那の胸倉を掴んで揺らしていた左文字だが、刹那の逃亡計画を知るとそれに乗っかってきた。アーヤが居る限り逃げられはしないと解っていても、逃げたくもなると言うのが二人の心境であった。
「冗談はさておき、確かに私の異能か否かの判断は急を要するな。アーヤ、毎夜、夜だけでいい。屋上に『部屋』を作ってくれぬか。万博終了までにはなんとかしよう」
「はいはい。そんなに嫌なのね、あの人をお呼びするのが」
男衆の拒否反応から、アーヤはふあと欠伸をすると「食事ができたら起こして」と自室に入って行った。
まだ不安な顔をするリチャードとルイーズに、やっと左文字から解放された刹那が笑いかける。
「心配いらぬ。私がもっと早くに解決せねばならない問題を先延ばしにしたせいだ」
「しかし、『プロフェッサー』なる女性を呼ばねばならないほどなのだろう?」
「まあ、そうだが。彼女は世界を放浪しておるゆえ、来る時は呼んでもいないのに来るし、音沙汰が無ければ生死も不明だ。対策など立てようが無い」
リチャード達の対面に座った刹那は刀を抱いて、窓の外を眺めた。自分も知らない大きな力を抱えていることの恐怖を今更痛感している。
日本に居た時は、戦時下でも三人もの師が剣をいう武器の使い方を教えてくれた。だが、今、師はいない。自身の力のみでなんとかするしかないのだ。
――期限はあと四カ月もない十月三十一日までだ。
長いようで、籠釣瓶と過ごしてきた数十年を考えると短すぎる時間だ。
「一握の砂、だな」
確かに手にしたようで、その実、指の間から零れていく――刹那の剣術と異能はそれに似ていた。
◇
十四日、革命記念日――通称・パリ祭。
画伯・クロード・モネが描いたモントルグイユ通りの絵画の通り、マンションの窓という窓から、青、白、赤の三色が彩るフランス国旗がはためき、通りを覆い尽くす。 モネが描いたのは、一八七八年六月三十日の「祝日制定記念」である。
パリ祭は昼間からメトロが封鎖され、凱旋門を臨むシャンゼリゼ大通りを埋め尽くす軍事パレードや夜には花火と大いに盛り上がる。これが終われば八月はバカンスシーズンになるからだ。
「セツナ、デューク!! 早く!!」
アンリは初参加であるリチャードとルイーズの案内を買って出て、万博期間と重なったパリ祭の警護を忘れてはしゃぎまわっている。
「……左文字め、あやつも警護のことなどすっかり忘れておるな」
アーヤ以外は全員出てきた。だが、左文字は知らない酔っ払いに捕まり飲み比べを始めて、早々に離脱した。アーヤは例年の如く大量の買い物リストだけを押し付けて部屋で過ごしている。
「修行は順調かね。刹那」
アーヤとアンリの荷物でふらふらの刹那を手伝う気配もないデュークが、静かに尋ねた。
「まだ始めて三日だ……何も得られてはおらぬよ。それどころか、私は意識を失ってしまうゆえ、何が起こっておるのかもさっぱりだ」
話していて悲しくなるほどに何も得られていない。最近では本当に異能が備わっているのかすら怪しくなっている。
「愛刀とは語らったか?」
「語らう?」
刹那はデュークの言葉をおうむ返しに尋ねた。
「君が刀の妖力を制御しているように、また刀も無意識に君を制御している。刀は君の過去を知り、哀しみや喜びを傍らで共有してきた。ならば、次は君が刀の全てを知らねば、刀は君の求めには応じてはくれんぞ」
デュークの意見に刹那は唖然とする。籠釣瓶の過去など考えたこともなかった。ただ壬生寺で出逢い、戊辰戦争を駆け抜けてきた戦友で刹那に遺された故国からの遺物――ただそれだけの認識だった。
「そうか……デューク、礼を言う」
「君ならば成し遂げられる。なぜならば絶望を知っている君は誰よりも強いからだ」
白いハンカチーフで口を覆ったデュークに刹那は微笑む。腹の底を揺らすかのような花火が夜空を彩る。花火は日本では鎮魂を意味すると昔土方が語っていた。
――なあ、相棒。帰ったら、なにから話そうか。
刹那は腰に差した籠釣瓶に問う。教えてくれるだろうか。その血塗られた過去を。
否、刹那は聞かねばならないのだ。
青は矢車草。優雅や上品、清楚を表す。
白はマーガレット。貞節、誠実、秘めた恋。
赤はひなげし(コクリコ)。意味は悲しみ。
三色の花火は正しくフランスを表すに相応しい。
月さえも凌駕する群青のキャンバスに置かれた三色を、刹那は目に焼きつけるように鑑賞して夜は更けていく。
◇
刹那は夜毎紅緒と再会したアズライールの形成した無の空間に似た闇の中で、籠釣瓶の拵と鞘を外した抜き身の刀身に語りかける。
もう何週間、この遣り取りを続けているのだろうか。
「教えてくれ、秘められたその過去を。お前が私を抑え込んだように、お前は私の全てを知っている」
西洋では日本の刀剣は美術品としても価値が高い。ゆえに高値で取引される。籠釣瓶もガラスケースの中に神々しく閉じ込められてもおかしくはない程に美しい。
「そんなお前が妖刀だなどと。やはり私とお前は似た者通しだなあ。仮面の下に修羅が潜んでいる」
自分の知らない自分が居る。それを閉じ込めていた愛刀。無意識に刹那は眉間の傷をつっ、と撫でた。すると耳慣れない声が聴こえ、籠釣瓶の刀身が明滅する。
『乾クノジャ』
「籠釣瓶、か?」
『我、血ヲ求ムルニ斬ッタ。吉原デ百人斬ッタ』
「吉原……八代将軍・吉宗公の御世にあった吉原百人斬りか!!」
『血ヲ寄コセ。オ前ノ因業ニ相応シイ 魔王ガ屠ッタ数ノ如ク』
刹那と籠釣瓶の対話、というよりは籠釣瓶の要求である。
「血を求めるのならば、なぜ私の異能を封じるのだ?」
『斬ル 刹那ノ存在ノ証明デアリ マタハ人生 ソシテ存在意義デアル』
「そうだ」
『シカシ アノ能力ハ我ガ血ヲ吸エヌ。故ニ封ジタ』
籠釣瓶の真意に、刹那は愕然とした。相棒が求めるのはただ血のみ。
『血を吸うまで鞘に収まらぬ』村正伝説を如実に表す刀が籠釣瓶であった。
「は、はは、ははは……!! そうか、お前が私を使い手に選んだのは血を求めるがゆえ、か。私はなにを期待していたのだろうなあ……」
刀に情を求めていた。きっと籠釣瓶は私の意を汲んでくれているのだと。
――とんだ道化だ。
だが、籠釣瓶の言葉は的を射ているのも確かだ。刹那の人生は斬ることだと左文字も言っていた。死んだ土方の言葉を体現する為に刹那は斬るのだ。
「良いだろう、ならば斬ろう。切り捨てよう!! 籠釣瓶、お前の求めに応じて斬ろう。ゆえに力を貸せ。あの不可視の剣でもお前に血を与えるために、今一度、一蓮托生として地獄の獄卒すら斬るに供をせよ!!」
刹那は抜き身の刀身を素手で強く握る。涙の代わりに刹那の手から溢れた血は滴り落ちることなく、籠釣瓶が吸い取った。
『委細承知シタ』
再契約は成立した。
◇
「セツナ!!」
屋上から応接室に戻るなりアンリが刹那に駆け寄ってきた。確かに朝から『部屋』に居て、出た時には空はとっぷりと暮れていたが、刹那の腰に抱きつくアンリの心配は過剰ではないだろうかと感じた。
「どうした、アンリ?」
「どうした、じゃないよ!! 一週間もアーヤの『部屋』から出てこないから、皆が心配してたんだよ!?」
アンリの怒りに、驚いたのは刹那の方だった。
「い、一週間!?」
「そうだよ。なにも感じなかったの?」
むくれるアンリに「はは、すまぬ。時間の概念が全くなかった」と刹那は苦笑する。他の面々も一様に胸を撫で下ろす。
「それで、それだけの成果は得られたの?」
アーヤは『部屋』を見張っていたはずだが、刹那に改めて確認を取る。
「ああ、皆、いらぬ心配をかけた。もう大丈夫だ。籠釣瓶が離れても、私は異能を御しきれる」
腰の籠釣瓶に手を添えて、刹那は深く笑った。つられて、他の面々にも笑みが戻る。
その時、刹那が入ってきたドアを高いヒールで蹴り開けて、近所迷惑なほどのでかい声の奇怪な女が入ってきた。
「ほっほーう、これはエクセレント!! ただの古ぼけた侍人形から脱却したか、刹那!!」
バカンスにはまだ早いのに、大きなサングラスとビキニを着て、腰に大判のアフガンストールをスカート代わりにした奇怪な銀髪の女だ。汚れすぎて変色した筒バッグを下し、サングラスを押し上げて白い歯を見せてニカリと笑った。
「……プ、プロフェッサー・マハ……!?」
刹那が女の名を口にすると、左文字はダイニングテーブルに座っていたところを脱兎の如く窓に飛び移って逃亡を試みる。だが、胸を張って高笑いしたマハが人差し指を少し曲げると左文字の首に革の首輪が現れ、それに引き戻されて左文字は床に転がった。
「離せ!! せめて殺してくれ!!」
「セツナあ……しっかり盾になっててね……!!」
笑い続けるビキニ女、殺せと喚く左文字、刹那を盾にして離れないアンリ、デュークは十字を切ってエプロンのまま祈りを捧げる。茫然と阿鼻叫喚の部屋をリチャードとルイーズ、そしてアーヤが見守る。
今夜は新月。噂をすれば影が差す。
――『KARMA』の夜はまだ明けない。
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しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
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