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第二章 切断された首についての考察
探索②
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12月26日。
午後1時40分。
「やあ助手ちゃん」
厨房にいたのは飯田だった。
飯田はどんぶりを抱えるようにして、巨大な鍋の前でカレーを食べている。口の周りはカレーで酷く汚れていた。
「……まさか一人でこの量を?」
「腹が減っては推理は出来ぬ」
飯田はわたしの方にスプーンを握った拳を突き出して、親指を立てた。満面の笑みなのはいいが、行儀が悪い。
「……はァ」
流し台には既に空になった釜が幾つも置かれている。ここまでくると、もはや感心するしかない。
大食い探偵の異名に違わぬ食べっぷりだ。
「良かったら助手ちゃんも食べてく?」
「え?」
飯田からの思わぬ申し出に、わたしはゴクリと唾を飲み込んだ。
さっきから唾液の分泌が止まらない。
身体は正直である。
「ええ、飯田さんさえ良ければ」
本来ならこんなところで仲良く和気藹々と昼食をとっている場合ではないのだが、目の前のカレーの誘惑には敵わなかった。
それに飯田の持つ独特の緩い雰囲気に、わたしはつい烏丸が尋常ではない殺され方をしていたことを忘れてしまっていた。
「円でいいよ」
「え?」
「呼び名。歳は助手ちゃんの方が少し上なんだからさ、『飯田さん』じゃなくて『円』って呼んでよ」
「いや、流石にそれは……」
わたしは困ってしまう。
幾ら年下でも、飯田はキャリアでも実力でもわたしよりずっと上、雲の上の存在なのだ。そう親しげに呼ぶわけにもいかない。
「呼んでくれなきゃカレーあげないよー」
「うぅッ……」
仕方がない。カレーの為だ。
わたしは渋々飯田の申し出を了承した。
「ねぇ、円」
「なーにー?」
飯田はキラキラと目を輝かせてこっちを見ている。名前で呼ばれたことが余程嬉しいと見える。
「…………」
何となくやりずらい。
しかし、今ならどんな質問にも答えてくれそうだ。飯田から情報を引き出すチャンスかもしれない。
「……素朴な疑問なんだけど、円はあのとき何故わたしたちの分の寿司まで食べてくれたの?」
残酷館に集められた七人の名探偵。
その中でも最も謎めいているのが飯田円と言っも過言ではない。
わたしと城ヶ崎と切石の三人が寿司を食べず、鮫島と言い争いになったあのとき、飯田は躊躇なく残りの寿司を全て口に入れた。
あの段階では寿司に毒が盛られてある可能性もあったにも拘らず、だ。
「ああ、あれねー」
思った通り、飯田は上機嫌で答える。
「答えは簡単だよー。何せ私には残りの寿司に毒が入っていないことが分かっていたからね」
「それって……」
わたしの頭の中で一つの仮説が組み上がる。
飯田円は館の主人。
だからこそ、残りの寿司が安全であることを知り得たのではないか?
「匂いだよー。私には食べられるものと、食べられないものが匂いで分かるの。あの寿司に仕込まれていたのは、青酸系の毒だったみたいだしね。どれに毒が盛ってあるか、匂いですぐに分かったよ」
「匂い?」
それは俄かには信じ難い話だった。
もしそれが本当なら、飯田には犬並みの嗅覚が備わっていることになる。
「ま、別に信じてくれなくてもいいけどさー」
飯田はそう言って背中を丸めると、そっぽを向いてしまった。
「ご、ごめん、円」
どちらにせよ、飯田が只者ではないことに変わりはなさそうだ。
「んじゃ助手ちゃん、後片付けよろしくー」
「……え?」
やられた。
わたしにカレーを勧めてきたのも恐らくこの為だったのだろう。
飯田はふらりと厨房を後にし、残されたわたしはカレーのこびりついた鍋と格闘するハメになる。
午後1時40分。
「やあ助手ちゃん」
厨房にいたのは飯田だった。
飯田はどんぶりを抱えるようにして、巨大な鍋の前でカレーを食べている。口の周りはカレーで酷く汚れていた。
「……まさか一人でこの量を?」
「腹が減っては推理は出来ぬ」
飯田はわたしの方にスプーンを握った拳を突き出して、親指を立てた。満面の笑みなのはいいが、行儀が悪い。
「……はァ」
流し台には既に空になった釜が幾つも置かれている。ここまでくると、もはや感心するしかない。
大食い探偵の異名に違わぬ食べっぷりだ。
「良かったら助手ちゃんも食べてく?」
「え?」
飯田からの思わぬ申し出に、わたしはゴクリと唾を飲み込んだ。
さっきから唾液の分泌が止まらない。
身体は正直である。
「ええ、飯田さんさえ良ければ」
本来ならこんなところで仲良く和気藹々と昼食をとっている場合ではないのだが、目の前のカレーの誘惑には敵わなかった。
それに飯田の持つ独特の緩い雰囲気に、わたしはつい烏丸が尋常ではない殺され方をしていたことを忘れてしまっていた。
「円でいいよ」
「え?」
「呼び名。歳は助手ちゃんの方が少し上なんだからさ、『飯田さん』じゃなくて『円』って呼んでよ」
「いや、流石にそれは……」
わたしは困ってしまう。
幾ら年下でも、飯田はキャリアでも実力でもわたしよりずっと上、雲の上の存在なのだ。そう親しげに呼ぶわけにもいかない。
「呼んでくれなきゃカレーあげないよー」
「うぅッ……」
仕方がない。カレーの為だ。
わたしは渋々飯田の申し出を了承した。
「ねぇ、円」
「なーにー?」
飯田はキラキラと目を輝かせてこっちを見ている。名前で呼ばれたことが余程嬉しいと見える。
「…………」
何となくやりずらい。
しかし、今ならどんな質問にも答えてくれそうだ。飯田から情報を引き出すチャンスかもしれない。
「……素朴な疑問なんだけど、円はあのとき何故わたしたちの分の寿司まで食べてくれたの?」
残酷館に集められた七人の名探偵。
その中でも最も謎めいているのが飯田円と言っも過言ではない。
わたしと城ヶ崎と切石の三人が寿司を食べず、鮫島と言い争いになったあのとき、飯田は躊躇なく残りの寿司を全て口に入れた。
あの段階では寿司に毒が盛られてある可能性もあったにも拘らず、だ。
「ああ、あれねー」
思った通り、飯田は上機嫌で答える。
「答えは簡単だよー。何せ私には残りの寿司に毒が入っていないことが分かっていたからね」
「それって……」
わたしの頭の中で一つの仮説が組み上がる。
飯田円は館の主人。
だからこそ、残りの寿司が安全であることを知り得たのではないか?
「匂いだよー。私には食べられるものと、食べられないものが匂いで分かるの。あの寿司に仕込まれていたのは、青酸系の毒だったみたいだしね。どれに毒が盛ってあるか、匂いですぐに分かったよ」
「匂い?」
それは俄かには信じ難い話だった。
もしそれが本当なら、飯田には犬並みの嗅覚が備わっていることになる。
「ま、別に信じてくれなくてもいいけどさー」
飯田はそう言って背中を丸めると、そっぽを向いてしまった。
「ご、ごめん、円」
どちらにせよ、飯田が只者ではないことに変わりはなさそうだ。
「んじゃ助手ちゃん、後片付けよろしくー」
「……え?」
やられた。
わたしにカレーを勧めてきたのも恐らくこの為だったのだろう。
飯田はふらりと厨房を後にし、残されたわたしはカレーのこびりついた鍋と格闘するハメになる。
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