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第三章 雪上の足跡についての考察
侵入
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部屋の中の様子は大方の予想通り、烏丸のときとほぼ同じだった。
部屋中に赤黒い血が飛び散っており、ベッドには首なしの死体が横たわっている。
前回との違いは、不破の首から下が仰向けではなくうつ伏せで倒れていることと、ベッドの脇に大きな剣が一本立て掛けられていることだ。
現場の状況から見て、恐らく不破は烏丸と同じ方法で殺害されたものと考えられる。
だとすると問題は、犯人は如何にして不破の部屋に侵入したのかという点だ。
烏丸が自らが死ぬことを良しとしていたのに対して、不破は当然犯人が自分を狙いに来ることを警戒していただろう。
そんな不破がむざむざ犯人を部屋の中に招き入れるだろうか?
ベッドに立て掛けられている剣に使われた形跡はない。
ということは、やはりこれは不破が護身用に地下室から持ち出したものと考えるのが妥当だろう。
「……ティーカップが二つ出ているな」
切石がテーブルの上を指差して言った。
確かにそこには空のティーカップが二つ並んでいる。わたしと城ケ崎の部屋にそんなものはなかったので、恐らく不破の私物だろう。
つまりこれが意味することは、犯人は不破に招かれて部屋に入ったということか?
「こうなると俄然怪しいのは助手ちゃんだよねー」
飯田がすまし顔で言った。
「えッ、わたしですか?」
わたしは思わず声を上げる。
思わぬ展開に、わたしはすっかり動揺してしまう。
「だってこの中で一番格闘が弱いのって、明らかに助手ちゃんじゃん」
「…………」
名探偵とはこの世で最も事件の真相に近い存在である。
よって、真相の発覚を恐れた犯人に命を狙われることも少なくない。
名探偵はそうした暴力から身を守る為に、何らかの武術をマスターしている場合が殆どである。
例えば、城ケ崎はシステマと呼ばれるロシアの軍隊格闘術を身につけている。切石は居合いの達人である。鮫島はナイフを使った格闘術を得意とし、飯田は柔術、綿貫は合気道を習得している。
――つまり、わたし以外の全員が腕に覚えのある強者なのだ。
「そう考えたら不破さんが気軽に部屋の中に呼べる相手なんて、この中だと助手ちゃんくらいのもんだよ」
「でも、それって矛盾していませんか?」
わたしは飯田の推理に必死に抵抗する。
「矛盾?」
「仮に不破さんがわたしを部屋に上げたとして、どの道わたしに不破さんを殺すことは出来ないことになるじゃないですか。わたしには皆さんのように武術の心得なんてないんですから」
不破は天才マジシャンとしてだけではなく、空手道場の師範としてもその名を轟かせている。
逆立ちしたって、わたしなんぞが太刀打ち出来る相手ではない。
「それはやり方によるでしょ」
そう指摘したのは綿貫だ。
「そりゃ格闘になれば助手さんが不破に勝てる見込みなんて殆どゼロに近いけど、烏丸のときと同様、不破の遺体にも争った形跡はない。更に現場に二つのティーカップとくれば、これは毒か睡眠薬を盛ったと考えざるを得ないじゃない」
飯田と綿貫が揃ってわたしを睨みつける。
「そんな……」
わたしはいよいよ恐慌状態に陥る。無意識のうちに掌と背中にジットリと汗をかき、手足がブルブルと震えていた。
わたし自身には、わたしが犯人でないことなど分かり切っている。身に覚えがないのだから、当たり前だ。
しかし、情けないことにいざそのことを第三者に証明しろと言われれば、わたしには成す術がない。
心拍数が徐々に上がっていき、今では早鐘を打つようだ。
不安と恐怖と焦りがない交ぜになって、わたしは頭を抱えて蹲る。
「ふん、とんだ茶番だな」
そこで城ヶ崎がつまらなそうに鼻を鳴らした。
茶番?
「……どういうことです?」
わたしは縋るような思いで、城ケ崎の言葉の真意を尋ねた。
「犯人は不破の首を切って部屋の外に持ち出したのだから、当然不破の部屋の中を好きに偽装工作することも可能だ。つまり部屋の中に何があったとしても、そんなものは何の証拠にもならない。それに鮫島の不在で回答権が使えない今、飯田や綿貫が本気の推理を喋る筈がないことくらい、少し考えれば分かることだろう」
「まァそうね」
「そーゆーこと」
「…………」
どうやら、わたしは飯田たちに一杯食わされたらしい。
わたしは安堵の溜息を吐いた。
――これでは探偵たちのいい玩具だ。
しかし、お陰で気がついたこともある。
もし仮に不破が犯人を部屋に招き入れたとすれば、それは午後11時より前の時間帯だということだ。
何故なら幾ら不破が油断していたとしても、毒ガスが館内を満たしている状況で訪問してくる客を部屋に上げることは考え難いからだ。
今までわたしは漠然と考えてきた。
殺人が起こるのは毒ガスが館内を満たす深夜の時間帯である、と。
毒ガスは犯人を単独で動き易くする為のギミックなのだ、と。
しかし、不破が殺されたのが日中だとしたらどうだろうか?
毒ガスが単なる目晦ましなのだとしたら?
部屋中に赤黒い血が飛び散っており、ベッドには首なしの死体が横たわっている。
前回との違いは、不破の首から下が仰向けではなくうつ伏せで倒れていることと、ベッドの脇に大きな剣が一本立て掛けられていることだ。
現場の状況から見て、恐らく不破は烏丸と同じ方法で殺害されたものと考えられる。
だとすると問題は、犯人は如何にして不破の部屋に侵入したのかという点だ。
烏丸が自らが死ぬことを良しとしていたのに対して、不破は当然犯人が自分を狙いに来ることを警戒していただろう。
そんな不破がむざむざ犯人を部屋の中に招き入れるだろうか?
ベッドに立て掛けられている剣に使われた形跡はない。
ということは、やはりこれは不破が護身用に地下室から持ち出したものと考えるのが妥当だろう。
「……ティーカップが二つ出ているな」
切石がテーブルの上を指差して言った。
確かにそこには空のティーカップが二つ並んでいる。わたしと城ケ崎の部屋にそんなものはなかったので、恐らく不破の私物だろう。
つまりこれが意味することは、犯人は不破に招かれて部屋に入ったということか?
「こうなると俄然怪しいのは助手ちゃんだよねー」
飯田がすまし顔で言った。
「えッ、わたしですか?」
わたしは思わず声を上げる。
思わぬ展開に、わたしはすっかり動揺してしまう。
「だってこの中で一番格闘が弱いのって、明らかに助手ちゃんじゃん」
「…………」
名探偵とはこの世で最も事件の真相に近い存在である。
よって、真相の発覚を恐れた犯人に命を狙われることも少なくない。
名探偵はそうした暴力から身を守る為に、何らかの武術をマスターしている場合が殆どである。
例えば、城ケ崎はシステマと呼ばれるロシアの軍隊格闘術を身につけている。切石は居合いの達人である。鮫島はナイフを使った格闘術を得意とし、飯田は柔術、綿貫は合気道を習得している。
――つまり、わたし以外の全員が腕に覚えのある強者なのだ。
「そう考えたら不破さんが気軽に部屋の中に呼べる相手なんて、この中だと助手ちゃんくらいのもんだよ」
「でも、それって矛盾していませんか?」
わたしは飯田の推理に必死に抵抗する。
「矛盾?」
「仮に不破さんがわたしを部屋に上げたとして、どの道わたしに不破さんを殺すことは出来ないことになるじゃないですか。わたしには皆さんのように武術の心得なんてないんですから」
不破は天才マジシャンとしてだけではなく、空手道場の師範としてもその名を轟かせている。
逆立ちしたって、わたしなんぞが太刀打ち出来る相手ではない。
「それはやり方によるでしょ」
そう指摘したのは綿貫だ。
「そりゃ格闘になれば助手さんが不破に勝てる見込みなんて殆どゼロに近いけど、烏丸のときと同様、不破の遺体にも争った形跡はない。更に現場に二つのティーカップとくれば、これは毒か睡眠薬を盛ったと考えざるを得ないじゃない」
飯田と綿貫が揃ってわたしを睨みつける。
「そんな……」
わたしはいよいよ恐慌状態に陥る。無意識のうちに掌と背中にジットリと汗をかき、手足がブルブルと震えていた。
わたし自身には、わたしが犯人でないことなど分かり切っている。身に覚えがないのだから、当たり前だ。
しかし、情けないことにいざそのことを第三者に証明しろと言われれば、わたしには成す術がない。
心拍数が徐々に上がっていき、今では早鐘を打つようだ。
不安と恐怖と焦りがない交ぜになって、わたしは頭を抱えて蹲る。
「ふん、とんだ茶番だな」
そこで城ヶ崎がつまらなそうに鼻を鳴らした。
茶番?
「……どういうことです?」
わたしは縋るような思いで、城ケ崎の言葉の真意を尋ねた。
「犯人は不破の首を切って部屋の外に持ち出したのだから、当然不破の部屋の中を好きに偽装工作することも可能だ。つまり部屋の中に何があったとしても、そんなものは何の証拠にもならない。それに鮫島の不在で回答権が使えない今、飯田や綿貫が本気の推理を喋る筈がないことくらい、少し考えれば分かることだろう」
「まァそうね」
「そーゆーこと」
「…………」
どうやら、わたしは飯田たちに一杯食わされたらしい。
わたしは安堵の溜息を吐いた。
――これでは探偵たちのいい玩具だ。
しかし、お陰で気がついたこともある。
もし仮に不破が犯人を部屋に招き入れたとすれば、それは午後11時より前の時間帯だということだ。
何故なら幾ら不破が油断していたとしても、毒ガスが館内を満たしている状況で訪問してくる客を部屋に上げることは考え難いからだ。
今までわたしは漠然と考えてきた。
殺人が起こるのは毒ガスが館内を満たす深夜の時間帯である、と。
毒ガスは犯人を単独で動き易くする為のギミックなのだ、と。
しかし、不破が殺されたのが日中だとしたらどうだろうか?
毒ガスが単なる目晦ましなのだとしたら?
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