【完結】残酷館殺人事件 完全なる推理

暗闇坂九死郞

文字の大きさ
24 / 44
第三章 雪上の足跡についての考察

雪上の足跡についての考察

しおりを挟む
 12月27日。
 午前7時15分。

 城ヶ崎の部屋に戻ったわたしと城ケ崎は、さっそく不破殺害について話し合うことにした。

「不破が殺されたことは、オレたちにとって好都合だったのかもな」

「…………」

 城ヶ崎の第一声にわたしはいきなり絶句してしまう。

「不破が犯人でないことは既に分かっていた。その意味でオレたちのアドバンテージは失われたことにはなるが、競争相手として一番厄介だった不破の脱落はオレたちにとって都合のいい展開でもある。天才マジシャンを相手にトリック当ての勝負は正直分が悪いからな。
 加えて、オレたちには烏丸殺しがあった夜のアリバイがある。そしてこのアリバイはオレたち二人しか知らない情報だ。更に、回答権も二人分有している。これらは大きなアドバンテージになる。オレたちがゲームに勝つには、手掛かりを集めながらこの有利を保つことが重要になるだろう」

「…………」
 わたしは城ヶ崎のこの発言に少なからず失望した。

 不破の死を喜ぶような言い草にショックを受けたことも事実だが、それよりも城ヶ崎がまだ真相を突き止めていないことに対する落胆の方が大きかった。

 とはいえ、今のわたしには城ヶ崎の他に頼れる人間はいない。
 ならばわたしが見聞きした情報から、城ヶ崎が推理を組み立ててくれることに期待する他ない。

「そう言えば、昨日、不破さんが玄関で何かを探しているのを見かけました。わたしが声をかけると慌てて立ち去りましたけど」

 不破がしゃがみ込んでいたのは、ちょうどファラリスの牡牛の正面だった。
 本人はコンタクトレンズを落としたのだと言っていたが、あのときの不破は明らかに挙動不審だった。

 不破はあそこで一体何をしていたのか?

「ああ、不破が探していたのは多分これだろう」

 そう言って、城ヶ崎が溜息混じりにスーツの内ポケットから取り出したのは黄色い蛇である。

「きゃあ!」
 爬虫はちゅう類が苦手なわたしは思わず悲鳴を上げてしまう。

「大丈夫だ、もう死んでいる」

「え?」

 城ケ崎の言葉通り、蛇はロープのように垂れるだけで少しも動こうとしない。
 体長一メートル程の錦蛇にしきへびだ。

「昨日、館内を歩いていて偶然これを見つけた。恐らく、深夜に館内を満たす毒ガスの有無を確認する為に放ったのだろう」

 なるほど。
 確かに午後11時以降に毒ガスが館内を満たすというのは烏丸がそう説明しただけで、実際にそんな仕掛けが用意されているとは限らない。毒ガスが嘘なら、また違った生き残る方法があるかもしれない。

「でも、どうしてそれが不破さんの蛇だと?」

「まァ見ていろ」
 城ヶ崎は左手で蛇の頭を掴むと、右手に持ったナイフで蛇の腹を引き裂いた。

「ひッ!」

 血や内蔵に紛れて出てきたのは、赤身の刺身に米。
 紛れもなく一昨日の寿司だ。

 不破は服の下に忍ばせた蛇に寿司を飲み込ませていたのだ。
 マジシャンである不破なら、常に手品のタネを身につけていたとしても不自然ではないだろう。

「今更不破が寿司を消したトリックを暴いたところで、何がどうなるものでもない。この蛇からオレたちが得られた情報は、夜間の毒ガスは間違いなく存在するということくらいのものだな」

  予想はしていたが、やはり有力な手掛かりにはならなかった。
 城ヶ崎が解けない謎にわたし如きが挑もうだなんて、土台無理な話だったのだ。

「…………」

 否、待てよ。
 わたしは今まで何故こんな大事なことを忘れていたのだろうか?

「先生。今朝わたし、大変なものを見つけてしまったんです」

 わたしは城ヶ崎に今朝見つけた、雪の上にあった何者かの足跡のことを話した。

「ほゥ。詳しく聞かせろ」
 城ケ崎の姿勢がやや前のめりになる。

 どうやらこれにはかなり興味を惹かれた様子だ。
 これはイケるかもしれない。

「それが、足跡が館をぐるりと一周するように続いていまして……」

 そこでわたしは、はたと思いつく。
 館の周辺に足跡があったということは、当然実際に館の外を歩いた人間がいたということだ。
 つまり、館から外に出入りする方法があるということではないのか?

「先生、やはりこの残酷館には外に通じる隠し通路があるんですよ! 一見しただけでは分からないように、巧妙に隠されているんです!」

「……ふむ」
 しかし、城ヶ崎の反応は鈍い。

 わたしは興奮したまま、構わず続ける。

「つまり、犯人はこの隠し通路を使って外に出たんです!」

 そしてあの足跡の主として考えられるのは、犯人=館の主人の他にいない。館の主人なら壁や扉に自由に細工することだって出来ただろう。

「それはどうだろうな」
 城ヶ崎はそこでピンと人差し指を立てる。

「もし仮にお前の言う、外に通じる隠し通路なるものがこの館に存在するとして、それが館の中の殺人とどう繋がる?」

「えーと、それは……」
 改めて問われると返答にきゅうする。

「……そ、それはですね、例えば犯人は推理ゲームの参加者ではなく、外部の人間だという可能性もですね」
 自分でも苦しいとは思いつつも、わたしは推理を語るしかない。

「それはまず有り得ない。ルールの説明のとき、烏丸が犯人はオレたち七人のプレイヤーの中の一人だと明言している。犯人がこのルールを無視するとは考え難い。また同じ理由で、犯人に共犯者がいる可能性も考えなくていいだろう。犯人が探偵の中にいて、単独犯であることは間違いない」

「しかし、烏丸さんが言ったことが本当だという保証はどこにもないですよ。実際、烏丸さんには犯人の息がかかっていた可能性が高いです。先生はそんな人間の言葉を信じるんですか?」

「ああ、信じるね」
 城ヶ崎は事も無げに言う。

「お前の言いたいことは分かる。だがしかし、館の主人が望んでいるのはそんなチャチな勝ち方ではない。この事件の犯人は正々堂々オレたちに謎を解いてみろと言っているんだ。本格推理小説でいうところの、フェアプレイとでも言ったところか」

「フェアプレイ?」

「顔認証システムに深夜の毒ガスといった道具立てにしても、その為に用意したと見るべきだろう。そして、一般的には隠し通路のようなトリックは本格推理小説ではタブーとされている」

 城ケ崎が隠し通路の話に反応しなかったのはこの為だ。

「そんな、これは小説ではなく現実に起きた殺人事件なんですよ!?」
 わたしはそんな城ケ崎の考え方に愕然とする。

 馬鹿げている。
 現実と虚構の区別がついていないのではないか?

「ああ、分かっているとも。ただオレが言いたいのは、ここで行われていることは現実であって現実でないということだ。犯人はオレたちが想像だにしないやり方で殺人を行っている。これは推理というより確信だな。お前の見つけた手掛かりにも、常識では推し量れないような意味が隠されているのだろう」

「…………」

 城ケ崎は表情のない顔をわたしから背けると、再び詰将棋を始めた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その人事には理由がある

凪子
ミステリー
門倉(かどくら)千春(ちはる)は、この春大学を卒業したばかりの社会人一年生。新卒で入社した会社はインテリアを専門に扱う商社で、研修を終えて配属されたのは人事課だった。 そこには社長の私生児、日野(ひの)多々良(たたら)が所属していた。 社長の息子という気楽な立場のせいか、仕事をさぼりがちな多々良のお守りにうんざりする千春。 そんなある日、人事課長の朝木静から特命が与えられる。 その任務とは、『先輩女性社員にセクハラを受けたという男性社員に関する事実調査』で……!? しっかり女子×お気楽男子の織りなす、人事系ミステリー!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

隣人意識調査の結果について

三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」 隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。 一部、確認の必要な点がございます。 今後も引き続き、調査をお願いいたします。 伊佐鷺裏市役所 防犯推進課 ※ ・モキュメンタリー調を意識しています。  書体や口調が話によって異なる場合があります。 ・この話は、別サイトでも公開しています。 ※ 【更新について】 既に完結済みのお話を、 ・投稿初日は5話 ・翌日から一週間毎日1話 ・その後は二日に一回1話 の更新予定で進めていきます。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...