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台風
第5話
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ふみ香にはさっぱり状況が掴めなかった。
小林声は、浜地を殺した犯人は国枝雅也だと言った。しかし、何がどうなって小林がそう推理したのか、ふみ香にはさっぱり理解が追い付かない。
「……ば、バカ言うな、何で僕が犯人なんだよ!? 浜地は僕をいじめから救ってくれた恩人なんだぞ!? 何でその恩人を僕が……」
「さてね。生憎、私は殺人の動機にはとんと興味がなくてな。何故お前が浜地を殺したのかは知らないが、どうやって殺したのかならわかるぞ」
小林は獲物を狙う鷹のような目で、国枝を睨みつけている。
「まずお前は、家庭科室に浜地を呼び出し、薬か何かで眠らせた。その後、午後8時に警備員が巡回に来るまで家庭科室の教卓の裏側に身を隠していた。眠らせた浜地は、掃除用具のロッカーにでも隠しておいたのだろう。そして校舎に誰もいなくなった後、家庭科室の中を水道の蛇口を捻って水で満たした」
「……水で満たした?」
「そう。眠っている浜地は発泡スチロール製の筏に乗せて、溺れないようにしておく。そのまま水が溜まって水位が上がっていけば、水は開いている窓から外へと流れ落ちる」
「……まさかッ!?」
ふみ香はそこから先を想像して絶句する。
「そのまさかだ。発泡スチロールの筏に乗せられた浜地の首には、ロープの輪が通されている。水流に流されて筏が窓から落ちると、ロープで浜地の首が締まって、首吊り死体が完成するという寸法だ。外は台風だから軽い発泡スチロールの筏は強風で飛ばされて、証拠は残らない」
――何ということだ。
閉められた窓付近のカーテンまで水で濡れていたのは、このトリックの形跡だったのだ。
「でも待ってください。確かに家庭科室の中は床も机も水で濡れていましたけど、窓から人が落ちる程の水位ではありませんでしたよ。それにです、学校の教室に水がそんなに溜まる程の気密性があるとは思えません。ドアの隙間から、廊下に水が流れていってしまいますよ」
「当然、それくらい犯人も考えているさ。犯人は教室を水で満たす為に、外から液体窒素を使ってドアの隙間を凍らせていたのだ。これにより教室は完全に密閉され、文字通り水も漏らさなくなる。そして液体窒素や分厚い氷でドアの隙間や排水口に栓をしておくことで、時間が経てば教室を満たしていた水が自然に引いていく」
「…………」
小林が語る恐ろしい殺人計画に、ふみ香は言葉が出ない。
「このトリックの利点は、浜地の死亡推定時刻に国枝はアリバイを作ることができるということだ。浜地の死亡推定時刻は、午後11時から午前1時の三時間。恐らく国枝はこの時間のしっかりしたアリバイを用意していたのだろうが、私に午後8時から午後11時のアリバイを訊かれて慌てた。それでわかったのだ。国枝は浜地の死が自殺でないことを知っており、かつ実際の犯行時刻が午後11時より早い時間であることを知っているのだと」
小林が国枝を犯人だと見抜いたのはそういう理由だったのだ。
「……アイツが悪いんだ。アイツが余計なことをするから」
犯人である国枝がとつとつと動機を語り始める。
「浜地が僕とあさ美との関係に首を突っ込んできたから。あれから、あさ美は僕に構ってくれなくなった。だからアイツさえいなくなれば、あさ美はまた僕だけを見てくれると思って……」
「そんな、浜地先輩は貴方を助ける為に行動したのに……!!」
「誰が助けてくれなんて頼んだよ! 僕はあさ美の関心を独占することに生き甲斐を感じていたんだ! それをアイツは全部横取りしやがった!!」
「……ふん、外から見えている景色と当人の認識にズレがあったということだな。美里、これでわかっただろう。殺人者の動機など考えるだけ無駄だ」
小林が冷たく言い放つ。
「何にせよ、この男はただの人殺し。その事実に変わりはない」
〇 〇 〇
こうして小林声の活躍によって、事件は無事に解決した。
「小林先輩は毎日こんなことをしていて大変じゃないんですか?」
警察に連絡し、理科室で国枝を引き渡した後、ふみ香は小林に質問する。
「毎日ではない。探偵をするのは事件があったときだけだ。まァ何もないときは、大抵事件を探しているが」
「…………」
ふみ香には到底真似できない生き方だ。
「……私としては、うちの学校でもう二度とこんなことは起きて欲しくありませんけど」
「ああ、そう願いたいものだな」
小林は目を細めてそう言った。
「……え?」
ふみ香は小林の意外な発言に思わず目を丸くする。
「……何だその目は。さてはお前、私が殺人事件が大好きなサイコパスだとでも思ってるんじゃないか?」
「違うんですか?」
「……まァ否定はしないがな。だが身の回りで事件がなくても、毎日どこかで必ず殺人事件は起きているのだ。ならば何も自分の学校でなくてもいい。隣町くらいが丁度いいかもな」
何気にさらっととんでもないことを言う小林。
だが小林にとって、事件こそが日常なのだ。今回の殺人事件も小林にとっては、ありふれた日常に過ぎない。
やはり、小林声はふみ香とは住む世界が違う。
これからもふみ香は小林と同じ学校に通う。顔見知りになったのだから、顔を合わせれば挨拶くらいはするだろう。
しかし、これでもうふみ香の事件は終わったのだ。小林声と関わることはもうないだろう。
事件が終われば日常が戻ってくる。
――その筈だった。
小林声は、浜地を殺した犯人は国枝雅也だと言った。しかし、何がどうなって小林がそう推理したのか、ふみ香にはさっぱり理解が追い付かない。
「……ば、バカ言うな、何で僕が犯人なんだよ!? 浜地は僕をいじめから救ってくれた恩人なんだぞ!? 何でその恩人を僕が……」
「さてね。生憎、私は殺人の動機にはとんと興味がなくてな。何故お前が浜地を殺したのかは知らないが、どうやって殺したのかならわかるぞ」
小林は獲物を狙う鷹のような目で、国枝を睨みつけている。
「まずお前は、家庭科室に浜地を呼び出し、薬か何かで眠らせた。その後、午後8時に警備員が巡回に来るまで家庭科室の教卓の裏側に身を隠していた。眠らせた浜地は、掃除用具のロッカーにでも隠しておいたのだろう。そして校舎に誰もいなくなった後、家庭科室の中を水道の蛇口を捻って水で満たした」
「……水で満たした?」
「そう。眠っている浜地は発泡スチロール製の筏に乗せて、溺れないようにしておく。そのまま水が溜まって水位が上がっていけば、水は開いている窓から外へと流れ落ちる」
「……まさかッ!?」
ふみ香はそこから先を想像して絶句する。
「そのまさかだ。発泡スチロールの筏に乗せられた浜地の首には、ロープの輪が通されている。水流に流されて筏が窓から落ちると、ロープで浜地の首が締まって、首吊り死体が完成するという寸法だ。外は台風だから軽い発泡スチロールの筏は強風で飛ばされて、証拠は残らない」
――何ということだ。
閉められた窓付近のカーテンまで水で濡れていたのは、このトリックの形跡だったのだ。
「でも待ってください。確かに家庭科室の中は床も机も水で濡れていましたけど、窓から人が落ちる程の水位ではありませんでしたよ。それにです、学校の教室に水がそんなに溜まる程の気密性があるとは思えません。ドアの隙間から、廊下に水が流れていってしまいますよ」
「当然、それくらい犯人も考えているさ。犯人は教室を水で満たす為に、外から液体窒素を使ってドアの隙間を凍らせていたのだ。これにより教室は完全に密閉され、文字通り水も漏らさなくなる。そして液体窒素や分厚い氷でドアの隙間や排水口に栓をしておくことで、時間が経てば教室を満たしていた水が自然に引いていく」
「…………」
小林が語る恐ろしい殺人計画に、ふみ香は言葉が出ない。
「このトリックの利点は、浜地の死亡推定時刻に国枝はアリバイを作ることができるということだ。浜地の死亡推定時刻は、午後11時から午前1時の三時間。恐らく国枝はこの時間のしっかりしたアリバイを用意していたのだろうが、私に午後8時から午後11時のアリバイを訊かれて慌てた。それでわかったのだ。国枝は浜地の死が自殺でないことを知っており、かつ実際の犯行時刻が午後11時より早い時間であることを知っているのだと」
小林が国枝を犯人だと見抜いたのはそういう理由だったのだ。
「……アイツが悪いんだ。アイツが余計なことをするから」
犯人である国枝がとつとつと動機を語り始める。
「浜地が僕とあさ美との関係に首を突っ込んできたから。あれから、あさ美は僕に構ってくれなくなった。だからアイツさえいなくなれば、あさ美はまた僕だけを見てくれると思って……」
「そんな、浜地先輩は貴方を助ける為に行動したのに……!!」
「誰が助けてくれなんて頼んだよ! 僕はあさ美の関心を独占することに生き甲斐を感じていたんだ! それをアイツは全部横取りしやがった!!」
「……ふん、外から見えている景色と当人の認識にズレがあったということだな。美里、これでわかっただろう。殺人者の動機など考えるだけ無駄だ」
小林が冷たく言い放つ。
「何にせよ、この男はただの人殺し。その事実に変わりはない」
〇 〇 〇
こうして小林声の活躍によって、事件は無事に解決した。
「小林先輩は毎日こんなことをしていて大変じゃないんですか?」
警察に連絡し、理科室で国枝を引き渡した後、ふみ香は小林に質問する。
「毎日ではない。探偵をするのは事件があったときだけだ。まァ何もないときは、大抵事件を探しているが」
「…………」
ふみ香には到底真似できない生き方だ。
「……私としては、うちの学校でもう二度とこんなことは起きて欲しくありませんけど」
「ああ、そう願いたいものだな」
小林は目を細めてそう言った。
「……え?」
ふみ香は小林の意外な発言に思わず目を丸くする。
「……何だその目は。さてはお前、私が殺人事件が大好きなサイコパスだとでも思ってるんじゃないか?」
「違うんですか?」
「……まァ否定はしないがな。だが身の回りで事件がなくても、毎日どこかで必ず殺人事件は起きているのだ。ならば何も自分の学校でなくてもいい。隣町くらいが丁度いいかもな」
何気にさらっととんでもないことを言う小林。
だが小林にとって、事件こそが日常なのだ。今回の殺人事件も小林にとっては、ありふれた日常に過ぎない。
やはり、小林声はふみ香とは住む世界が違う。
これからもふみ香は小林と同じ学校に通う。顔見知りになったのだから、顔を合わせれば挨拶くらいはするだろう。
しかし、これでもうふみ香の事件は終わったのだ。小林声と関わることはもうないだろう。
事件が終われば日常が戻ってくる。
――その筈だった。
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