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【番外編】時計ヶ丘高校・文化祭
第62話
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二年二組の教室の中は整然と机と椅子が並べられているだけで、人の気配はなかった。
「……何や、誰もおらんやないか」
白旗が落胆したように呟く。
――もしかして、小林の推理が外れたのだろうか?
「……いえ、違います!!」
ふみ香は教室の中へズカズカ入っていくと、掃除用具の入ったロッカーの扉を勢いよく開けた。
「……六角部長、こんなところで何をしているんですか?」
「ふッふッふッ、よくぞここまで辿り着いたな、ふみ香よ!! お前が来たということは、実際にアレを解読したのは小林声ということかな?」
ロッカーの中の六角計介は、センター分けの髪を揺らして何故か嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「……あの、一体何時からそこに入ってたんです?」
「わッはッは、それは訊いてはいけないお約束だ!!」
「…………」
ふみ香は早々に二年二組に来たことを後悔していた。やはり小林の言うように、あんな妙な暗号は相手にしなければよかったのかもしれない。
「……オホン。では質問を変えます。部長は何の為にこんな馬鹿げたことを?」
「ふむ、いいだろう。ここまで辿り着いた褒美に教えてやろう。一つは将棋部のPRの為。正直、私とふみ香で桂太の将棋AIに勝つのは難しいと考えていた。将棋部としてはパソコン部との交流戦でいいところを見せることが部員を増やす最大のチャンスだというのに、そこで勝てないとなれば他で存在感を出すしかないだろう。まァ結果はふみ香、お前の大勝利だったわけだがな」
「……あんな勝ち方じゃ将棋部のPRに繋がるとは思えませんけどね」
むしろ、パソコン部との間に本来はなかった筈の禍根を残す結果になったかもしれない。
「いや、そんなことはない。もはや人類には太刀打ちできない将棋AIに対して、人間はいかにしてその弱点を突いて倒すのか。それもAI将棋の醍醐味だと私は考える。実に見事な卑怯さだった」
「……はァ」
卑怯さを褒められても困ってしまう。これを聞いて、小林はどう思うだろうか?
「そしてもう一つは、桂太にもう一度将棋の楽しさを思い出して貰う為だ」
「……兄に?」
「確かに将棋は勝負という側面が強い。残酷なようだが、努力だけで勝てる世界ではない。上に行けば行く程、才能が物をいう世界だ。かく言う私も上には上がいることを知り、多くの挫折を経験した。だが、それでも将棋を嫌いにはならなかった。何故なら、勝負以外にも将棋に楽しみを見いだしたからだ。たとえば詰め将棋には遊び心が溢れた作品が多く存在する。将棋の面白さは勝ち負けだけではない。そのことを、今一度思い出して欲しかった」
「……それなら多分大丈夫ですよ」
「ん?」
「確かに兄は部長に勝つことに固執しすぎていましたが、将棋部を辞めたのは将棋が楽しくなくなったからではないと思います。六角部長を倒す為、兄は放課後毎日、過去の部長の棋譜を研究した筈です。むしろ、AIと向き合っている間の兄は誰よりも将棋を楽しんでいたのではないでしょうか?」
「……ふッ、確かにふみ香、お前の言うとおりかもな」
六角は遠い目をして、そっと呟いた。
掃除用具ロッカーの中で。
「……えーと、綺麗に話を締めようとしてるところ悪いんやけどお二人さん、何か一つ大事なことを忘れてへんか?」
そこで白旗が頭をかきながら言う。
「確かに美里と美里兄の兄妹対決は将棋部の勝ちやったけど、その後最新のノートパソコンを賭けて六角さんが戦うっちゅう話やったんやないか?」
「……あ」
ふみ香たちは大急ぎで体育館へ戻るも、時既に遅し。将棋部側の持ち時間の30分はとうに過ぎていた。
――こうして、今年のパソコン部との交流戦は一勝一敗の引き分けという結果に終わったのだった。
「……何や、誰もおらんやないか」
白旗が落胆したように呟く。
――もしかして、小林の推理が外れたのだろうか?
「……いえ、違います!!」
ふみ香は教室の中へズカズカ入っていくと、掃除用具の入ったロッカーの扉を勢いよく開けた。
「……六角部長、こんなところで何をしているんですか?」
「ふッふッふッ、よくぞここまで辿り着いたな、ふみ香よ!! お前が来たということは、実際にアレを解読したのは小林声ということかな?」
ロッカーの中の六角計介は、センター分けの髪を揺らして何故か嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「……あの、一体何時からそこに入ってたんです?」
「わッはッは、それは訊いてはいけないお約束だ!!」
「…………」
ふみ香は早々に二年二組に来たことを後悔していた。やはり小林の言うように、あんな妙な暗号は相手にしなければよかったのかもしれない。
「……オホン。では質問を変えます。部長は何の為にこんな馬鹿げたことを?」
「ふむ、いいだろう。ここまで辿り着いた褒美に教えてやろう。一つは将棋部のPRの為。正直、私とふみ香で桂太の将棋AIに勝つのは難しいと考えていた。将棋部としてはパソコン部との交流戦でいいところを見せることが部員を増やす最大のチャンスだというのに、そこで勝てないとなれば他で存在感を出すしかないだろう。まァ結果はふみ香、お前の大勝利だったわけだがな」
「……あんな勝ち方じゃ将棋部のPRに繋がるとは思えませんけどね」
むしろ、パソコン部との間に本来はなかった筈の禍根を残す結果になったかもしれない。
「いや、そんなことはない。もはや人類には太刀打ちできない将棋AIに対して、人間はいかにしてその弱点を突いて倒すのか。それもAI将棋の醍醐味だと私は考える。実に見事な卑怯さだった」
「……はァ」
卑怯さを褒められても困ってしまう。これを聞いて、小林はどう思うだろうか?
「そしてもう一つは、桂太にもう一度将棋の楽しさを思い出して貰う為だ」
「……兄に?」
「確かに将棋は勝負という側面が強い。残酷なようだが、努力だけで勝てる世界ではない。上に行けば行く程、才能が物をいう世界だ。かく言う私も上には上がいることを知り、多くの挫折を経験した。だが、それでも将棋を嫌いにはならなかった。何故なら、勝負以外にも将棋に楽しみを見いだしたからだ。たとえば詰め将棋には遊び心が溢れた作品が多く存在する。将棋の面白さは勝ち負けだけではない。そのことを、今一度思い出して欲しかった」
「……それなら多分大丈夫ですよ」
「ん?」
「確かに兄は部長に勝つことに固執しすぎていましたが、将棋部を辞めたのは将棋が楽しくなくなったからではないと思います。六角部長を倒す為、兄は放課後毎日、過去の部長の棋譜を研究した筈です。むしろ、AIと向き合っている間の兄は誰よりも将棋を楽しんでいたのではないでしょうか?」
「……ふッ、確かにふみ香、お前の言うとおりかもな」
六角は遠い目をして、そっと呟いた。
掃除用具ロッカーの中で。
「……えーと、綺麗に話を締めようとしてるところ悪いんやけどお二人さん、何か一つ大事なことを忘れてへんか?」
そこで白旗が頭をかきながら言う。
「確かに美里と美里兄の兄妹対決は将棋部の勝ちやったけど、その後最新のノートパソコンを賭けて六角さんが戦うっちゅう話やったんやないか?」
「……あ」
ふみ香たちは大急ぎで体育館へ戻るも、時既に遅し。将棋部側の持ち時間の30分はとうに過ぎていた。
――こうして、今年のパソコン部との交流戦は一勝一敗の引き分けという結果に終わったのだった。
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