虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨

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序章

第1話:白き空間の邂逅

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 死んだ、と直感した。 

 最後に鼓膜を劈いたのは、トラックの激しい金属的なブレーキ音だった。視界は不自然にぐにゃりと歪み、つい先ほどまで足元にあったはずのアスファルトの匂いが、急速に遠ざかっていく。肉体を襲った衝撃はあまりにも一瞬の出来事で、熱さも痛みも、それこそ恐怖を感じる暇さえ僕には与えられなかった。ただ、ぷつりと糸が切れるように、僕の世界はそこで一度、幕を閉じた。

 次に目を開けたとき、僕は底も天井も見えない、真っ白な虚無の空間に立ち尽くしていた。 

 視界の端から端までを埋め尽くす、無機質で圧倒的な白。ここが死後の世界というやつなのだろうか。自分自身の身体を見下ろしても、そこに生々しい傷跡は見当たらない。呆然と立ち尽くす僕の頭上から、静寂を切り裂くようにして、場違いなほど軽薄で高揚した声が降り注いだ。

「やあやあ、災難だったね! 君、本来ならあと60年は生きる天命を授かっていたはずなんだけどさ。あっちの手違い……おっと、不運な事故のせいで、予定よりずいぶん早く死んじゃったわけ。本来の寿命を全うできないまま、中途半端な状態で魂がこっちに来ちゃうなんて、管理側としては計算が狂って本当に困るんだよねぇ」

 声の主を探して視線をあちこちへ彷徨わせてみるが、どこまで行っても境界のない白があるばかりで、人影どころか遮るもの一つ見当たらない。ただ、傲慢なまでに四方八方から響き渡るその声が、自分を「神」に近い存在として定義していることだけは、本能的に理解できた。

「このままだと君、『命を全うできなかった罪』として、地獄……とまでは言わないけれど、結構重たいペナルティを受けなきゃいけないんだよね。理不尽に感じる? いやいや、これがこの世界の厳格なルールだからさ。でも、慈悲深い僕から一つだけ、君に特別な提案があるんだよ」

 僕の死という重大な事実を語る神の声は、まるでお得なキャンペーンでも紹介するかのような、軽々しい調子だった。

「今、神々の間で『異世界の断罪劇』っていう趣向が流行っててね。凶悪な悪役の魂を転生させて、その無惨な末路を眺めて楽しむ遊びなんだけど、これがまた後の処理が大変でさ。魂を抜き取った後の『空っぽになった身体』をそのまま放置しておくと、世界の理が狂って致命的なバグが起きちゃうんだよね。そこで、君の出番ってわけ!」

 神から突きつけられたその提案の内容は、あまりに一方的な「取引」だった。 

 他人の――それも、かつて一国を滅亡の危機に追い込もうとしたという大悪党の「抜け殻」の中に潜り込み、その天命が尽きるまで身代わりとして生き長らえろという。そうすれば、僕がこの先で受けるはずだった恐ろしい死後の罰を、すべて免除してやるというのだ。

「このまま死んだままの状態で重い罰を受けるか、それとも別人の身体を借りてもう一度だけ人生をやり直すか。……ね、君にとって断る理由なんて、最初からどこにもないでしょ?」

 逃げ場なんて、最初から用意されてはいなかった。どこまでも続く虚無の白さに、自分という存在が塗りつぶされて消えてしまいそうな猛烈な恐怖の中、僕はただ、震える声を絞り出して「わかりました」と頷くしかなかった。
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