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第3章
第58話:孤独な怪物と、救いの笑顔
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ストルムベルク領を吹き抜ける風が、短すぎる夏の終わりを告げるように、乾いた音を立てて石造りの塔を鳴らしていた。窓の外では黄金色に色づき始めた草木が激しく揺れ、季節の変わり目のざわめきを伝えている。 そして、ついにその日がやってきた。4回目となる魔力提供の日。
今回も、ヨハンは迷うことなく僕の細く震える手を、その逞しく厚みのある掌で包み込むように力強く握りしめてくれた。彼の肌から伝わってくる確かな鼓動と、僕をこの世界に繋ぎ止めてくれるような強い圧力があるだけで、魔力を無理やり引き剥がされる凄まじい肉体的苦痛にも、なんとか耐えられるような気がした。 けれど、魔力搾取の激痛の後に必ず訪れる、あの「レリルの記憶」という名の深淵――それこそが、今の僕にはどんな拷問よりも恐ろしかった。
(……それでも、行かなくちゃ。僕の苦痛を自分のことのように受け止め、不安そうに揺れるヨハンの瞳を、少しでも安心させるために)
僕は意を決して奥歯を噛み締め、ゆっくりと目を閉じて、意識を昏い闇の底へと手放した。
『……つまらない。何もかもが、反吐が出るほどに気に食わない』
次に視界が開けた時、僕は豪奢な彫刻が施された硬い椅子に座っていた。 視点はかつてより高くなり、そこにいたのは、魔導師として完成されつつある「青年期」のレリルだった。 僕がただ無言で指先を一つ動かすだけで、周囲にいた人間たちは皆、顔を紙のように青ざめさせ、地を這うようにして必死に許しを乞う。強大な魔力という力で、誰をも支配し、ひれ伏させることができる。なのに、どうしてこんなにも――胸に風穴が空いたように、一滴の温もりも感じられず、満たされないんだろう。
『誰か……、助け……て……。ぐっ……!』
広間の隅から、掠れたか細い悲鳴が聞こえた。 目を向けると、運搬中の重い資材棚が崩れ、一人の若い使用人が下敷きになって苦しんでいた。僕は考えるよりも先に、無意識に指を弾いて魔法を放ち、その重厚な棚をふわりと浮かせ、彼を救い出した。
『……あ、ありがとうございま……っ! ひ、ひぃぃいいい!! だい、大魔法使い様っ!? すみません、すみません! 殺さないでください! お許しを!』
感謝の言葉を紡ごうとしたはずの男は、僕の顔を正視した途端、腰を抜かして失禁せんばかりに震え上がった。そして、折れた足を引きずり、泥を啜るようにして僕から逃げ惑っていく。
『…………』
自分を守るために、誰にも踏みにじられないために、僕は魔力を唯一の武器にした。それは生き抜くために、決して間違っていたとは思えない。 でも、俺と目が合った奴はみんな、化け物を見るような怯えた顔をして逃げていってしまう。 そして、気づけばその日の出来事は、悪意を持って歪められた噂となって、王都中に広まっていた。
「レリルがわざと棚を操作して人を下敷きにし、死の恐怖の中で許しを乞うまで、愉悦の表情で助けようとしなかった」と。
みんなが俺を化け物だと言う。 救ったはずの者さえも、俺の背中に向けて呪詛を吐く。 心が乾き、荒んでいく絶望の毎日。誰からも愛されず、誰にも触れられない漆黒の孤独の中――。
『やあ、いらっしゃい! 今日も、僕のところに来てくれたんだね』
目の前に、周囲の冷気さえも溶かすような、弾けるほど明るいひまわりのような笑顔が現れた。 そのあまりの眩しさに僕が手を伸ばそうとした瞬間、夢は、唐突に幕を下ろした。
「……っ、目が覚めたか!? レリル! 聞こえるか!」
心底、安堵に震えるヨハンの掠れた声が鼓膜を叩いた。 僕は弾かれたように起き上がると、なりふり構わず、縋り付くようにヨハンの逞しい胸へと飛び込み、彼を強く抱きしめた。 夢の中のレリルが感じていた、焼けつくような苛立ち、胸を掻きむしるような孤独、そして行き場のない悲しみ。それらが今、本当の自分の感情であるかのように生々しく心臓に突き刺さっていて、震えを止めることができなかった。
「……よかった、側に、いてくれて……。あなたが、僕を見てくれていて……」
ヨハンの心配そうに細められた金色の瞳を見て、僕はようやく、今いる場所が石造りの独房ではなく、温かなスープの香りがする「僕たちの塔」であることを思い出し、自分を繋ぎ止めることができた。
その夜も、僕たちは肩を並べて静かにご飯を食べ、互いの体温を感じながら、寄り添って深い眠りについた。 けれど、そんな微かな幸福を噛みしめる穏やかな日々に、逃れようのない破滅の足音が、静かに、けれど着実に近づいていたのだ。
今回も、ヨハンは迷うことなく僕の細く震える手を、その逞しく厚みのある掌で包み込むように力強く握りしめてくれた。彼の肌から伝わってくる確かな鼓動と、僕をこの世界に繋ぎ止めてくれるような強い圧力があるだけで、魔力を無理やり引き剥がされる凄まじい肉体的苦痛にも、なんとか耐えられるような気がした。 けれど、魔力搾取の激痛の後に必ず訪れる、あの「レリルの記憶」という名の深淵――それこそが、今の僕にはどんな拷問よりも恐ろしかった。
(……それでも、行かなくちゃ。僕の苦痛を自分のことのように受け止め、不安そうに揺れるヨハンの瞳を、少しでも安心させるために)
僕は意を決して奥歯を噛み締め、ゆっくりと目を閉じて、意識を昏い闇の底へと手放した。
『……つまらない。何もかもが、反吐が出るほどに気に食わない』
次に視界が開けた時、僕は豪奢な彫刻が施された硬い椅子に座っていた。 視点はかつてより高くなり、そこにいたのは、魔導師として完成されつつある「青年期」のレリルだった。 僕がただ無言で指先を一つ動かすだけで、周囲にいた人間たちは皆、顔を紙のように青ざめさせ、地を這うようにして必死に許しを乞う。強大な魔力という力で、誰をも支配し、ひれ伏させることができる。なのに、どうしてこんなにも――胸に風穴が空いたように、一滴の温もりも感じられず、満たされないんだろう。
『誰か……、助け……て……。ぐっ……!』
広間の隅から、掠れたか細い悲鳴が聞こえた。 目を向けると、運搬中の重い資材棚が崩れ、一人の若い使用人が下敷きになって苦しんでいた。僕は考えるよりも先に、無意識に指を弾いて魔法を放ち、その重厚な棚をふわりと浮かせ、彼を救い出した。
『……あ、ありがとうございま……っ! ひ、ひぃぃいいい!! だい、大魔法使い様っ!? すみません、すみません! 殺さないでください! お許しを!』
感謝の言葉を紡ごうとしたはずの男は、僕の顔を正視した途端、腰を抜かして失禁せんばかりに震え上がった。そして、折れた足を引きずり、泥を啜るようにして僕から逃げ惑っていく。
『…………』
自分を守るために、誰にも踏みにじられないために、僕は魔力を唯一の武器にした。それは生き抜くために、決して間違っていたとは思えない。 でも、俺と目が合った奴はみんな、化け物を見るような怯えた顔をして逃げていってしまう。 そして、気づけばその日の出来事は、悪意を持って歪められた噂となって、王都中に広まっていた。
「レリルがわざと棚を操作して人を下敷きにし、死の恐怖の中で許しを乞うまで、愉悦の表情で助けようとしなかった」と。
みんなが俺を化け物だと言う。 救ったはずの者さえも、俺の背中に向けて呪詛を吐く。 心が乾き、荒んでいく絶望の毎日。誰からも愛されず、誰にも触れられない漆黒の孤独の中――。
『やあ、いらっしゃい! 今日も、僕のところに来てくれたんだね』
目の前に、周囲の冷気さえも溶かすような、弾けるほど明るいひまわりのような笑顔が現れた。 そのあまりの眩しさに僕が手を伸ばそうとした瞬間、夢は、唐突に幕を下ろした。
「……っ、目が覚めたか!? レリル! 聞こえるか!」
心底、安堵に震えるヨハンの掠れた声が鼓膜を叩いた。 僕は弾かれたように起き上がると、なりふり構わず、縋り付くようにヨハンの逞しい胸へと飛び込み、彼を強く抱きしめた。 夢の中のレリルが感じていた、焼けつくような苛立ち、胸を掻きむしるような孤独、そして行き場のない悲しみ。それらが今、本当の自分の感情であるかのように生々しく心臓に突き刺さっていて、震えを止めることができなかった。
「……よかった、側に、いてくれて……。あなたが、僕を見てくれていて……」
ヨハンの心配そうに細められた金色の瞳を見て、僕はようやく、今いる場所が石造りの独房ではなく、温かなスープの香りがする「僕たちの塔」であることを思い出し、自分を繋ぎ止めることができた。
その夜も、僕たちは肩を並べて静かにご飯を食べ、互いの体温を感じながら、寄り添って深い眠りについた。 けれど、そんな微かな幸福を噛みしめる穏やかな日々に、逃れようのない破滅の足音が、静かに、けれど着実に近づいていたのだ。
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