虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨

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第2章

第51話:預けられた体

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「レリル……! レリル、しっかりしろ! 目を開けてくれ!」

 鼓膜を震わせるその悲痛な叫びは、深い奈落の底へと沈み込んでいく僕の意識を、無理やり光の射す場所へと引きずり戻した。重い瞼を必死に押し上げると、視界に映ったのは、今にも泣き出しそうなほど激しく顔を歪め、僕の肩を掴んで揺さぶるヨハンの姿だった。

「……あ……よ、はん……さま……」

 喉の奥から漏れ出たのは、自分でも驚くほどか細く、掠れた声だった。全身を焼くような魔力欠乏の熱がまだ引かない。意識の裏側には、さっきまで夢で見ていたあの冷たく無機質な石造りの独房と、背中の肉を裂く鞭の衝撃、そして絶望の果てに「力」という呪いにすがったあの少年――レリルの、昏く冷たい笑みの残像が、どろりとした澱(おり)のように胸の奥にこびりついて離れない。

(……あんなに、あんなに独りで辛かったんだね……)

 自分であって自分ではない、けれど確かに魂の根源で繋がっているあの少年の人生。そのあまりにも深い孤独と、愛を知らぬ痛み。それを思うと、今の僕の心臓は万力で締め付けられるように激しく軋んだ。

「気分はどうだ。息苦しくはないか? どこか、どこか酷く痛むところがあるなら言え!」

 ヨハンが僕の顔を覗き込み、自身の大きな震える手で、壊れものを確かめるように僕の頬に触れた。その掌から伝わってくる、熱いほどに真っ直ぐな温もり。それはさっきの夢に出てきた、自分を「兵器」として、あるいは「便利な道具」としてしか扱わなかった大人たちとは、決定的に、絶望的なまでに違っていた。  その温かさに触れた瞬間、僕の思考は白く染まり、もう何も、難しいことは考えられなくなった。

 今の僕を、この冷たい世界で繋ぎ止めてくれているのは、他でもない、この人なのだ。僕を「大罪人」ではなく一人の人間として名前で呼び、暗闇を照らす火を教え、滋味豊かな食事を運び、そして、僕が味わうべき苦痛さえも自分のことのように分かち合おうとしてくれる。

「……つかれ、ました……。少しだけ……いいですか……」

 僕はそれだけを呟くのが精一杯で、糸が切れた人形のように、そのままヨハンの広い胸へと崩れ落ちるように身を預けた。拒まれるはずがないという、根拠のない、けれど揺るぎない確信。すべてを預けてもいいのだという、天にも昇るような安心感。  レリルの凄惨な過去への深い同情と、魔力提供による魂の磨耗。それらが複雑に混ざり合い、僕の視界は急速に狭まり、意識の輪郭が溶けていく。

 ヨハンが何か、祈るような言葉を口にしながら、僕の細い体を力強く、まるで世界中の災厄から遠ざけるように抱きしめるのを感じた。

「……すまない、レリル……本当に、すまない……」

 耳元で震えるその悔恨に満ちた声を聞きながら、僕は泥のような、けれど不思議と安らかな深い眠りの中へと落ちていった。
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