虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨

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第3章

第73話:黒い凶報

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 異変が起きたのは、その翌日のことだった。

 執務室で山積みにされた書類と格闘していた俺の耳に、突如として異様な音が届いた。硬い石壁と厚いガラスを、何か鋭利なものが激しく、執拗に叩きつける音。 

「……何事だ。誰かいるのか」

 苛立ちを込めて顔を上げた俺の視界に飛び込んできたのは、レリルの使い魔である黒鴉、レイブンの姿だった。 

 だが、その様子はいつもとあまりに違いすぎていた。賢いはずの彼が、自分の体など壊れても構わないと言わんばかりの勢いで、狂ったように羽ばたき、何度も、何度も、硝子窓に体当たりを繰り返している。

「レイブン! どうした。…レリルに何かあったのか!?」

 慌てて窓の鍵を開けると、レイブンは隙間から部屋に雪崩れ込むなり、喉が裂けんばかりの悲痛な叫びを上げた。その黒い羽は激しい羽ばたきで乱れ、瞳には今まで見たこともないような、剥き出しの焦燥と恐怖が宿っている。 

 俺の肩に止まることすら忘れ、レイブンは俺の顔の周りを円を描くように飛び回り、必死に嘴で俺の袖を掴んでは、窓の外へと引っ張ろうとする。その足元は微かに震え、あの大切な主人を置いてきた不安を吐き出すように、けたたましく鳴き喚き続けていた。

「落ち着け……! レリルの身に、何かが起きているんだな!?」

 俺の問いに、レイブンは答えるように一度、魂を削るような鋭い声で強く鳴いた。そして、俺が動き出すのを確信すると、そのまま塔のある方角へと、一直線に、弾丸のような速さで飛んで行った。迷いのないその飛翔が、事態の深刻さを物語っていた。

「……レリル!!」

 心臓が嫌な音を立てて早鐘を打つ。背中には、毒のように冷たい汗が伝っていった。 一刻の猶予もない。俺が衝動に突き動かされるまま部屋を飛び出し、階段を駆け下りて塔へ向かおうとした、その時だ。

「……ッ、何だ、お前たち」

 廊下の向こうから、館の使用人、そして本来俺の命に従うはずの騎士たちが、一糸乱れぬ動きで壁を作るようにして立ちふさがったのだ。

「閣下、どちらへ行かれるおつもりですか。今は外へ出られるのは危険です」

「どけ! 塔へ行くと言っている! レリルの身に、何か、取り返しのつかないことが起きているんだ!」

 俺の悲痛な叫びに対し、先頭に立っていた初老の執事が、仮面を張り付けたような冷徹な声で告げた。

「あの塔の化け物の所へ行くというのなら、たとえ主人であっても、ここを通すことはできません。閣下、今こそ目を覚ましていただきたいのです。あれは、我ら領民を救うための『石』になるべき存在なのですから」

 その淀んだ瞳には、自分たちこそが正しいのだと信じて疑わない、狂気に似た歪んだ「正義」の光が、どす黒く宿っていた。
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