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第3章
第85話:触れ合う体温
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「少し、染みるかもしれない。我慢してくれ」
ヨハンは、戦場での応急処置で培ったのであろう驚くほど手慣れた動きで薬の準備を始めた。彼は僕の傷口を覗き込むと、決して痛くないように、まるで薄氷に触れるような極限の優しさで、消毒薬を浸した布を当てていく。
「……あ、……っ」
不意に走った鋭い痛みに、僕の体がビクリと跳ねる。
「すまない。……痛いな、もう少しだ。すぐに終わるからな」
ヨハンは消え入るような声で小さく謝りながら、僕の肩を落ち着かせるように反対の手で優しく押さえた。彼が僕に向ける眼差しは、慈しみと、自分を責めるような後悔の念に満ちている。
それを見守る騎士――ライルの銀色の瞳が、驚愕に揺れていた。 ライルは、魔物討伐隊の中でも「冷徹な銀狼」と称されるほど規律に厳格な男だ。短く整えられた白金に近い髪と、一切の隙を感じさせない端正な顔立ち。彼が纏う銀の甲冑は、常に一点の曇りもなく磨き上げられている。その瞳は、これまで数多の魔物や罪人を冷酷に射抜いてきたが、今、その銀色の双眸には隠しきれない困惑が渦巻いていた。
(……何なのだ、この光景は。閣下がこれほどまでに執着し、心を砕く相手が、本当にこの国を揺るがしたあの大魔法使いだというのか?)
ライルにとって、レリルという存在は「いつ牙を剥くか分からない災厄の種」であり、迅速に排除するか、厳重に管理すべき対象でしかなかった。それなのに、目の前で繰り広げられているのは、傷ついた少年を慈しむ兄のような、あるいはそれ以上に深い情愛を感じさせる領主の姿だ。
僕の手足には、まだ縄が食い込んだ後の生々しい鬱血が、赤黒い痣となって残っている。暴力を振るわれた跡を一つひとつ確認するたびに、ヨハンの表情は苦悶に歪み、その逞しい掌は微かに震えていた。それを見たライルは、胃の奥が冷えるような感覚を覚えた。
(閣下が、震えている……? あの戦場でも不敵に笑っていた、ストルムベルクの猛獅子が、たかが一人の魔法使いのために?)
ライルが聞き及んでいた「大魔法使いレリル」は、冷酷無比に魔力を操り、人を人とも思わぬ超越者だったはずだ。しかし、目の前で呼吸さえ苦しそうに肩を震わせているのは、風が吹けば消えてしまいそうなほど儚く、折れそうな細い腕をした少年だ。
「……閣下。貴方は、なぜこれほどまでにこの者を……これほど、無防備なまでに……」
騎士ライルの呟きが、静かな部屋に落ちた。 僕を見る彼の冷たい銀色の瞳の中に、これまで信じてきた「正義」が揺らぎ、制御しきれない激しい困惑が色濃く混じり始めているのが分かった。
ヨハンは、戦場での応急処置で培ったのであろう驚くほど手慣れた動きで薬の準備を始めた。彼は僕の傷口を覗き込むと、決して痛くないように、まるで薄氷に触れるような極限の優しさで、消毒薬を浸した布を当てていく。
「……あ、……っ」
不意に走った鋭い痛みに、僕の体がビクリと跳ねる。
「すまない。……痛いな、もう少しだ。すぐに終わるからな」
ヨハンは消え入るような声で小さく謝りながら、僕の肩を落ち着かせるように反対の手で優しく押さえた。彼が僕に向ける眼差しは、慈しみと、自分を責めるような後悔の念に満ちている。
それを見守る騎士――ライルの銀色の瞳が、驚愕に揺れていた。 ライルは、魔物討伐隊の中でも「冷徹な銀狼」と称されるほど規律に厳格な男だ。短く整えられた白金に近い髪と、一切の隙を感じさせない端正な顔立ち。彼が纏う銀の甲冑は、常に一点の曇りもなく磨き上げられている。その瞳は、これまで数多の魔物や罪人を冷酷に射抜いてきたが、今、その銀色の双眸には隠しきれない困惑が渦巻いていた。
(……何なのだ、この光景は。閣下がこれほどまでに執着し、心を砕く相手が、本当にこの国を揺るがしたあの大魔法使いだというのか?)
ライルにとって、レリルという存在は「いつ牙を剥くか分からない災厄の種」であり、迅速に排除するか、厳重に管理すべき対象でしかなかった。それなのに、目の前で繰り広げられているのは、傷ついた少年を慈しむ兄のような、あるいはそれ以上に深い情愛を感じさせる領主の姿だ。
僕の手足には、まだ縄が食い込んだ後の生々しい鬱血が、赤黒い痣となって残っている。暴力を振るわれた跡を一つひとつ確認するたびに、ヨハンの表情は苦悶に歪み、その逞しい掌は微かに震えていた。それを見たライルは、胃の奥が冷えるような感覚を覚えた。
(閣下が、震えている……? あの戦場でも不敵に笑っていた、ストルムベルクの猛獅子が、たかが一人の魔法使いのために?)
ライルが聞き及んでいた「大魔法使いレリル」は、冷酷無比に魔力を操り、人を人とも思わぬ超越者だったはずだ。しかし、目の前で呼吸さえ苦しそうに肩を震わせているのは、風が吹けば消えてしまいそうなほど儚く、折れそうな細い腕をした少年だ。
「……閣下。貴方は、なぜこれほどまでにこの者を……これほど、無防備なまでに……」
騎士ライルの呟きが、静かな部屋に落ちた。 僕を見る彼の冷たい銀色の瞳の中に、これまで信じてきた「正義」が揺らぎ、制御しきれない激しい困惑が色濃く混じり始めているのが分かった。
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