虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨

文字の大きさ
112 / 208
第4章

第111話:閉ざされた鳥籠

しおりを挟む
 レリルの圧倒的な才能が白日の下に晒されるにつれ、周囲の大人たちの態度は、もはや隠そうともしない露骨なものへと変貌していった。彼を導くべき教師も、身の回りを世話するはずの使用人も、もはや彼を「心を持つ一人の少年」としては見ていなかった。

 レリルは、国が厳重に管理し、有事の際に引き金を引きさえすればいい「強力な兵器」として、この屋敷の奥深くに監禁されるようになった。

「レリル、今日は読み書きの練習が終わったら、中庭で少し話さないか? ほら、君が好きだと言っていた青い花が、あんなに綺麗に咲いていたんだよ」

 授業のわずかな合間を見計らって、僕は精一杯の努めて明るい声で彼に語りかけた。閉ざされた彼の心に、少しでも外の空気を届けたかった。 

 けれど、レリルが顔を上げることはなかった。僕が日没と共に授業を終え、温かい夕食と家族が待つ自分の家へ帰る準備をする横で、レリルは冷徹な無表情を張り付かせた大人たちに囲まれ、逃げ場のない、窓一つない屋敷の最奥にある特製の実習室へと連行されていく。

「……ごめん、ルクシオ。僕は……この部屋を出ることを、もう、許されていない。」

 ぼそりと、幽霊が囁くようなか細い声で呟き、僕に背中を向けるレリルの肩は、出会った頃よりもずっと痩せ細り、小さく見えた。 

 彼は、莫大な金で「売られてきた」身分だ。名門貴族である僕の師匠にとって、彼はもはや慈しむべき弟子ではなく、大金を払って手に入れた「高価で便利な道具」に過ぎない。

 僕が重厚な正門を出て、自由な夜の空気を吸いながら家路につくとき、レリルは光さえ遮断された冷たい石壁の中で、倒れるまで魔力を搾り取られる過酷な訓練を強制され続けていた。

 僕は、ある日の深夜、忘れ物を取りに戻った際に、師匠の執務室の扉越しに漏れ聞こえてくる、身の毛もよだつような会話を盗み聞きしてしまったことがある。

『あの平民のガキ、いつまで怯えたふりをさせておく。限界まで追い込め。精神を粉々に砕き、恐怖で完全に支配しなければ、いつかあの強大な力がこちらの手に負えなくなるぞ。壊れる寸前が一番扱いやすいのだ』

 教育という名の皮を被った師匠の期待は、いつしか、レリルという魂を縛り上げる「調教」という名の太い鎖へと変わっていた。 

 僕がどれだけ彼に手を伸ばし、一瞬でも外の世界へ、光のある場所へ連れ出そうとしても、屋敷の使用人たちが鋼のような無言の壁となって僕を遮る。

 レリルは、僕の目の届かない暗闇の底で、たった一人きりで、大人たちの醜悪な欲望と底なしの悪意に曝され続けていた。

 そして、その孤独が彼を「最強の魔導師」へと変えていく一方で、彼の中から「人間としての心」を少しずつ、削り取っていくのを、僕はただ無力に見ていることしかできなかったんだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。 途中、長く中断致しましたが、完結できました。最後の部分を修正しております。よければ読み直してみて下さい。

【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

処理中です...