虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨

文字の大きさ
113 / 208
第4章

第112話:崩れゆく少年

しおりを挟む
 そして、レリルの心は、僕たちが気づかないうちに、とうの昔に限界を迎えていた。 魔法の授業の後も一人で冷たい地下室に残され、薬物投与や魔術刻印の実験に近い過酷な訓練を強制されているという噂を耳にしたとき、僕は自分の無力さに吐き気がした。 

 読み書きを教えるために久しぶりに向き合ったレリルの瞳からは、かつての純粋な輝きが完全に失われ、その目元には消えない深い隈が、まるで死の影のように刻まれていた。

「レリル……今日はもう、読み書きはやめておこう。少しだけ、僕に寄りかかって目を閉じて休んだほうがいい」

 僕が心の底から心配して、震える彼の手をそっと握ろうとした、その瞬間だった。 

 レリルは弾かれたように僕の手を激しく振り払った。その瞳に宿っていたのは、僕が今まで一度も見たことのない、剥き出しの「拒絶」と、逃げ場を失った獣のような「恐怖」だった。

「……触るな! ……僕に、これ以上構わないでくれ!」

「レリル……? どうしたんだ、僕はただ……」

「ルクシオ、君はいいよな。……時間が来れば、温かい食事が待つ自分の家に帰れるんだから。僕みたいに、暗い部屋で死ぬまで魔力を搾り出せと、心臓を握り潰されるような思いをすることもない。……君にとっての魔法は、才能を褒めてもらうための『遊び』だろうけど、僕にとっては……僕を焼き尽くすだけの『呪い』なんだ!」

 その声は激しく震え、僕への憎しみと、どうしようもない自己嫌悪、そして悲しみが泥沼のように混ざり合っていた。 

 彼は気づいてしまった。自分に注がれる大人たちの熱い眼差しが、決して愛情などではなく、効率の良い「家畜」や「兵器」を値踏みするような、醜悪な欲望であることを。そして、その絶望を共有できない僕が、彼にとって一番残酷な存在になってしまったことを。

 それからのレリルは、壊れかけた自分を守るために、必死に鋭い「牙」を剥くようになった。 

 誰に対しても高圧的で、触れるものすべてを傷つけるような攻撃的な態度を取ることで、剥き出しになった内側の脆い心を隠そうとしているように見えた。 

 急速に孤立していく彼を、どうしても救い出したくて、僕は取り憑かれたように魔法工学の研究に没頭し始めた。

(僕が、僕がもっと魔法の研究をして、レリルに並ぶ魔力を生み出せるような、あるいは彼の力を危険じゃないことに利用する価値が見出されるような魔道具を作れば……。そうすれば、レリルはもう魔力を出さなくて済む。レリルが「兵器」として扱われることもなくなるはず。また、一緒に文字を書いて笑える日が来るかもしれない)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。 途中、長く中断致しましたが、完結できました。最後の部分を修正しております。よければ読み直してみて下さい。

【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

処理中です...