116 / 208
第4章
第115話:遠ざかる背中
しおりを挟む
あの日を境に、屋敷の空気は一変した。 これまでレリルを「家畜」や「道具」としてなめ腐っていた魔導士たちは、彼が廊下の向こうに見えるだけで顔を引きつらせて怯え、まるで毒性の強い腫れ物に触れるような態度を取るようになった。
レリルもまた、もはやかつての震えていた少年ではなかった。 彼は自分を傷つける者を排除し、沈黙させる術を完全に知ってしまったのだ。自分を侮辱した者に、感情を殺した冷酷な視線を返し、時には言葉を尽くすよりも先に、肺を圧迫するような威圧的な魔力を叩きつける。
その傲慢で人を寄せ付けない振る舞いは、自分自身の内側にある「脆くて泣きじゃくる子供」を隠し通すための、分厚くて鋭い鎧のように見えた。
「レリル……、新しい読み書きの教本を持ってきたよ。……あの日から止まっていた、続きをやろう」
ある日、僕は震える勇気を振り絞って彼に声をかけた。 以前のように、埃の舞う図書室の片隅で、二人で肩を並べて一文字ずつ文字をなぞれば……あの温かな陽だまりのような時間が戻ってくるのではないかと、そんな馬鹿げた、浅はかな期待を抱いていたんだ。
けれど、ゆっくりと振り返ったレリルの瞳を見て、僕はその場で指先まで凍りついた。 そこには、僕が欲していた親愛の欠片もなく、ただ底知れない深い虚無と、全てを突き放すような冷たい拒絶だけが宿っていた。
「……ルクシオ。もう俺と関わるな。しつこいぞ」
「え……? でも、レリル。君は、自分の名前を書くのがあんなに嬉しそうだったじゃないか」
「文字を書いて、一体何になる。そんなもの、僕を騙し、縛り付ける大人たちが作り上げた戯言だ。力さえあれば、言葉など何の意味も持たない。跪かせれば済む話だ」
彼は僕が差し出した、手垢のついた教本を、一瞥もせずに魔法の青い火で一瞬にして焼き捨てた。 パチパチと乾いた音を立て、僕たちの唯一の繋がりだった思い出が、一握りの灰になって崩れ落ちていく。レリルはそれを、ただ無感動に、冷え切った瞳で眺めていた。
「帰れ。次、僕の視界にその顔を晒したら……敵と見なす」
氷の刃を突きつけられるような言葉。
僕は灰になった教本の残骸を見つめながら、理解してしまった。僕がただの「ルクシオ」として彼を救える時期は、もう過ぎ去ってしまったのだと。
レリルもまた、もはやかつての震えていた少年ではなかった。 彼は自分を傷つける者を排除し、沈黙させる術を完全に知ってしまったのだ。自分を侮辱した者に、感情を殺した冷酷な視線を返し、時には言葉を尽くすよりも先に、肺を圧迫するような威圧的な魔力を叩きつける。
その傲慢で人を寄せ付けない振る舞いは、自分自身の内側にある「脆くて泣きじゃくる子供」を隠し通すための、分厚くて鋭い鎧のように見えた。
「レリル……、新しい読み書きの教本を持ってきたよ。……あの日から止まっていた、続きをやろう」
ある日、僕は震える勇気を振り絞って彼に声をかけた。 以前のように、埃の舞う図書室の片隅で、二人で肩を並べて一文字ずつ文字をなぞれば……あの温かな陽だまりのような時間が戻ってくるのではないかと、そんな馬鹿げた、浅はかな期待を抱いていたんだ。
けれど、ゆっくりと振り返ったレリルの瞳を見て、僕はその場で指先まで凍りついた。 そこには、僕が欲していた親愛の欠片もなく、ただ底知れない深い虚無と、全てを突き放すような冷たい拒絶だけが宿っていた。
「……ルクシオ。もう俺と関わるな。しつこいぞ」
「え……? でも、レリル。君は、自分の名前を書くのがあんなに嬉しそうだったじゃないか」
「文字を書いて、一体何になる。そんなもの、僕を騙し、縛り付ける大人たちが作り上げた戯言だ。力さえあれば、言葉など何の意味も持たない。跪かせれば済む話だ」
彼は僕が差し出した、手垢のついた教本を、一瞥もせずに魔法の青い火で一瞬にして焼き捨てた。 パチパチと乾いた音を立て、僕たちの唯一の繋がりだった思い出が、一握りの灰になって崩れ落ちていく。レリルはそれを、ただ無感動に、冷え切った瞳で眺めていた。
「帰れ。次、僕の視界にその顔を晒したら……敵と見なす」
氷の刃を突きつけられるような言葉。
僕は灰になった教本の残骸を見つめながら、理解してしまった。僕がただの「ルクシオ」として彼を救える時期は、もう過ぎ去ってしまったのだと。
118
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
神子の余分
朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。
おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。
途中、長く中断致しましたが、完結できました。最後の部分を修正しております。よければ読み直してみて下さい。
【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる