虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨

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第4章

第115話:遠ざかる背中

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 あの日を境に、屋敷の空気は一変した。 これまでレリルを「家畜」や「道具」としてなめ腐っていた魔導士たちは、彼が廊下の向こうに見えるだけで顔を引きつらせて怯え、まるで毒性の強い腫れ物に触れるような態度を取るようになった。

 レリルもまた、もはやかつての震えていた少年ではなかった。 彼は自分を傷つける者を排除し、沈黙させる術を完全に知ってしまったのだ。自分を侮辱した者に、感情を殺した冷酷な視線を返し、時には言葉を尽くすよりも先に、肺を圧迫するような威圧的な魔力を叩きつける。

 その傲慢で人を寄せ付けない振る舞いは、自分自身の内側にある「脆くて泣きじゃくる子供」を隠し通すための、分厚くて鋭い鎧のように見えた。

「レリル……、新しい読み書きの教本を持ってきたよ。……あの日から止まっていた、続きをやろう」

 ある日、僕は震える勇気を振り絞って彼に声をかけた。 以前のように、埃の舞う図書室の片隅で、二人で肩を並べて一文字ずつ文字をなぞれば……あの温かな陽だまりのような時間が戻ってくるのではないかと、そんな馬鹿げた、浅はかな期待を抱いていたんだ。

 けれど、ゆっくりと振り返ったレリルの瞳を見て、僕はその場で指先まで凍りついた。 そこには、僕が欲していた親愛の欠片もなく、ただ底知れない深い虚無と、全てを突き放すような冷たい拒絶だけが宿っていた。

「……ルクシオ。もう俺と関わるな。しつこいぞ」

「え……? でも、レリル。君は、自分の名前を書くのがあんなに嬉しそうだったじゃないか」

「文字を書いて、一体何になる。そんなもの、僕を騙し、縛り付ける大人たちが作り上げた戯言だ。力さえあれば、言葉など何の意味も持たない。跪かせれば済む話だ」

 彼は僕が差し出した、手垢のついた教本を、一瞥もせずに魔法の青い火で一瞬にして焼き捨てた。 パチパチと乾いた音を立て、僕たちの唯一の繋がりだった思い出が、一握りの灰になって崩れ落ちていく。レリルはそれを、ただ無感動に、冷え切った瞳で眺めていた。

「帰れ。次、僕の視界にその顔を晒したら……敵と見なす」

 氷の刃を突きつけられるような言葉。 

 僕は灰になった教本の残骸を見つめながら、理解してしまった。僕がただの「ルクシオ」として彼を救える時期は、もう過ぎ去ってしまったのだと。
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