虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨

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第4章

第116話:違う世界の住人

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「もう、僕に構わないでくれ。お前と僕は、もう違う世界の住人なんだ」

 レリルが放ったその無機質な、感情をあえて削ぎ落としたような言葉は、この世に存在するどんな高位の攻撃魔法よりも鋭く、深く、僕の胸の奥底を抉り抜いた。 

 あの日、彼の中で何かが壊れる音を聞いた。彼は自分を「人間」の輪から切り離し、「化け物」の側に身を置くことで、これ以上誰かに期待し、信じ、そして裏切られて魂を削られるという、終わりのない苦痛を拒絶したのだ。そうしなければ、彼の心は霧散して消えてしまうほど、限界まで追い詰められていた。

 僕は、遠ざかっていく彼の背中を追いかけることができなかった。 

 彼が身に纏う魔力は、近づく者すべてを無慈悲に拒絶するように荒れ狂い、以前よりもずっと強大で、触れれば魂まで凍てつかせるほど禍々しく研ぎ澄まされていた。その圧倒的な力の壁は、僕がどれだけ必死に手を伸ばしても、指先さえ届かない絶望的な距離を感じさせた。

(そんなの、悲しすぎるよ、レリル……。君は一人で、どこまで遠くへ、どこまで深い闇の底へ行ってしまうんだ……)

 僕は、彼が孤立すればするほど、周囲の大人たちが抱く「恐怖」という名の負の感情が、毒々しい「抹殺の意志」へと煮詰まっていくことを、肌を刺すような重苦しい空気から予感していた。 

 実際、屋敷の廊下ですれ違う魔導士たちの表情には、隠しきれない震えるほどの恐怖と共に、いつかこの制御不能な化け物を、寝首を掻いてでも始末しなければならないという、どす黒く淀んだ殺意が滲み始めていたんだ。彼らは、自分たちを遥かに凌駕するレリルの才能を、もはや「奇跡」ではなく「災厄」として定義し始めていた。

 僕は、彼を救うための、あるいは彼と対等に肩を並べるための「力」を求めて、寝食を忘れて魔法の研究に没頭した。 

 図書室の隅で古い文献を漁り、複雑な術式を解析し、彼が背負わされた重圧の正体を少しでも解明しようと足掻き続けた。けれど、僕が机に向かってインクで指を汚している間にも、レリルは驚異的な速度で魔道の深淵を極めていった。 

 彼は止まらない。誰の手も届かない、空気さえ凍りつくような孤独な頂へと、一人きりで登り詰めていく。その背中は、見上げれば見上げるほど遠く、脆く見えた。

「きっとレリルは、この国で一番の魔導士になるだろう。誰にも文句を言わせない、至高の座に。……それなら、僕は二番目でもいい。ただ、君の隣にいられるだけの理由があるなら……君がまた、僕の名前を呼んでくれる可能性があるのなら、僕はなんだってする。この魂を悪魔にだって売ってみせるよ」

 夜を徹して書き上げた研究ノートを抱きしめ、僕は暗い部屋で一人、独白のように誓った。 
 
 あの頃の僕のその決意は、あまりにも純粋で、それゆえに酷く歪んでいた。 
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