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第6章
第160話:震える剣
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「……黙れと言ったはずだ、鴉。貴様の挑発には乗らない」
俺は声を絞り出した。だが、腰の剣を握る指先が、微かに、そして確実に震えているのを隠せなかった。
レリルの「ただ、悲しい」という言葉。そして鴉の「お前の正義はそれほどまでに脆いのか」という断罪。それらが、俺がこれまで信じて疑わなかった『完璧な王太子』という強固な殻を、内側から激しく突き破ろうとしている。
(俺の正義が、脆いだと……?)
そんなはずはない。俺はいつだって、この国のために、民の安寧のために最善を尽くしてきた。幼い頃から、俺の周囲には常に神の導きがあるかのように幸運が満ち、俺が手を伸ばせば望む結果が手に入った。レリルを追放したのも、それが最も合理的で被害の少ない選択肢だと、運命が示した「正解」だと信じたからだ。
だが、その「最善」が、もし一人の無実の者を「悪役」に仕立て上げることで成立していたのだとしたら。俺の歩んできた道が、神の祝福などではなく、ただの残酷な欺瞞の上に築かれていたのだとしたら。
「……殿下。あなたの目は、本当はもう気づいているのではありませんか」
ヨハンが静かに、しかし重みのある声を重ねた。
「目の前のレリルを見てください。以前の彼と、今の彼。どちらが『本当の彼』なのか。……それを判断するのを恐れているのは、あなた自身ではありませんか?」
「黙れと言っている……!」
俺は叫んだ。だが、その叫びは自分自身へ向けられたものだった。
目の前のレリルは、俺の怒号に肩を震わせながらも、逃げようとはしなかった。魔力を封じられ、力など何一つ持たないはずの男が、ただ真っ直ぐに、深い悲しみを湛えた瞳で俺を見つめ続けている。
その瞳の中に、かつて俺が憧れた「騎士の理想」が映っているような気がした。
弱きを助け、真実を尊ぶ。大人たちの汚い打算を嫌い、純粋な正義を貫こうとしていた幼き日の誓い。それが今の俺の醜いプライドを、内側から激しく責め立てていた。
認めれば、俺の世界は崩れる。俺が選んできた「正解」はすべて、ただの傲慢な勘違いだったことになる。
だが認めなければ、俺は一生、自分という偶像に仕える卑怯な統治者として生きることになる。それは、俺が最も嫌悪した「汚い大人たち」と何が違うというのだ。
俺の脳内で、これまでに積み上げてきた「正解」の積み木が、ガラガラと音を立てて崩落し始めていた。神の祝福に守られた完璧な王太子ではない、一人の未熟な人間としての俺が、今、瓦礫の中から這い出そうとしていた。
「黙れ……黙れと言っている……!」
俺の咆哮は、広間の冷たい空気の中に虚しく消えた。
剣を握る右手に、これまでにないほど力がこもる。これを抜いてしまえば、目の前の不確定要素をすべて消し去れる。そうすれば、俺の「正解」は守られる。
だが、俺の心は知っていた。ここで剣を抜くことは、王としての決断ではなく、ただの臆病な逃避であることを。
その時だ。
「……もうやめにしましょう、レオナルド様」
重厚な扉が開かれた音さえ気づかなかった。
背後から響いたのは、凛としていながらも、すべてを包み込むような柔らかな声。
「……セレスティア?」
振り返ると、そこには聖女セレスティアが立っていた。
俺は声を絞り出した。だが、腰の剣を握る指先が、微かに、そして確実に震えているのを隠せなかった。
レリルの「ただ、悲しい」という言葉。そして鴉の「お前の正義はそれほどまでに脆いのか」という断罪。それらが、俺がこれまで信じて疑わなかった『完璧な王太子』という強固な殻を、内側から激しく突き破ろうとしている。
(俺の正義が、脆いだと……?)
そんなはずはない。俺はいつだって、この国のために、民の安寧のために最善を尽くしてきた。幼い頃から、俺の周囲には常に神の導きがあるかのように幸運が満ち、俺が手を伸ばせば望む結果が手に入った。レリルを追放したのも、それが最も合理的で被害の少ない選択肢だと、運命が示した「正解」だと信じたからだ。
だが、その「最善」が、もし一人の無実の者を「悪役」に仕立て上げることで成立していたのだとしたら。俺の歩んできた道が、神の祝福などではなく、ただの残酷な欺瞞の上に築かれていたのだとしたら。
「……殿下。あなたの目は、本当はもう気づいているのではありませんか」
ヨハンが静かに、しかし重みのある声を重ねた。
「目の前のレリルを見てください。以前の彼と、今の彼。どちらが『本当の彼』なのか。……それを判断するのを恐れているのは、あなた自身ではありませんか?」
「黙れと言っている……!」
俺は叫んだ。だが、その叫びは自分自身へ向けられたものだった。
目の前のレリルは、俺の怒号に肩を震わせながらも、逃げようとはしなかった。魔力を封じられ、力など何一つ持たないはずの男が、ただ真っ直ぐに、深い悲しみを湛えた瞳で俺を見つめ続けている。
その瞳の中に、かつて俺が憧れた「騎士の理想」が映っているような気がした。
弱きを助け、真実を尊ぶ。大人たちの汚い打算を嫌い、純粋な正義を貫こうとしていた幼き日の誓い。それが今の俺の醜いプライドを、内側から激しく責め立てていた。
認めれば、俺の世界は崩れる。俺が選んできた「正解」はすべて、ただの傲慢な勘違いだったことになる。
だが認めなければ、俺は一生、自分という偶像に仕える卑怯な統治者として生きることになる。それは、俺が最も嫌悪した「汚い大人たち」と何が違うというのだ。
俺の脳内で、これまでに積み上げてきた「正解」の積み木が、ガラガラと音を立てて崩落し始めていた。神の祝福に守られた完璧な王太子ではない、一人の未熟な人間としての俺が、今、瓦礫の中から這い出そうとしていた。
「黙れ……黙れと言っている……!」
俺の咆哮は、広間の冷たい空気の中に虚しく消えた。
剣を握る右手に、これまでにないほど力がこもる。これを抜いてしまえば、目の前の不確定要素をすべて消し去れる。そうすれば、俺の「正解」は守られる。
だが、俺の心は知っていた。ここで剣を抜くことは、王としての決断ではなく、ただの臆病な逃避であることを。
その時だ。
「……もうやめにしましょう、レオナルド様」
重厚な扉が開かれた音さえ気づかなかった。
背後から響いたのは、凛としていながらも、すべてを包み込むような柔らかな声。
「……セレスティア?」
振り返ると、そこには聖女セレスティアが立っていた。
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