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第6章
第161話:聖女
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深い夜の静寂が支配する王宮。聖女セレスティアは、祈りの間の祭壇の前で立ち尽くしていた。
本来ならば神への祈りに捧げられるべき彼女の心は、今、かつてないほどの激しい動揺に波立っている。
数刻前、静寂を切り裂いて走った近衛兵たちの足音。そして、その群れを率いる辺境伯の、見たこともないほど必死な横顔。 あれは確か魔導士レリルが追放された先の領主だ。ひょっとしてあの日のことで何かあったのだろうか。
何より彼女の心を乱したのは、窓辺に現れた一羽の鴉の存在だった。その鴉は、黄金の瞳で彼女をじっと見つめ、何かを促すように謁見の間の方角へと飛び去ったのだ。
(何かが……何かが起きようとしている)
彼女は重い脚を動かし、冷たい回廊を謁見の間へと向かった。
セレスティアは、自分の胸に去来する「恐れ」の正体を知っていた。
それは、自分が信じてきた『正義』が、根底から覆されることへの恐怖。
あの日、王太子レオナルドと共に下した、魔導士レリルの追放。それがもし「間違い」であったとしたら――。神の声を聞き、人々の導き手となるべき聖女としての彼女の存在意義は、その瞬間に崩れ去る。
自分自身に「私たちは正しかった」「あれは必要な決断だった」と言い聞かせながら。そうでなければ、足元の石畳が今にも底の抜けた闇に変わってしまいそうだったからだ。
たどり着いた謁見の間。重厚な扉の隙間から漏れ聞こえてきたのは、レオナルドの、低く、冷徹極まりない宣告だった。
『…お前が今ここで流しそうなその涙も、俺には計算された「武器」に見える』
セレスティアは意を決して、その扉を押し開いた。
視界に飛び込んできたのは、近衛兵の切っ先に囲まれ、小さく肩を震わせる少年の姿。
「演技でも、計算でもありません。……あなたが『完璧』であろうとすればするほど、そこから零れ落ちる僕たちは、あなたにとって消すべきノイズでしかなくなる。……僕は、一人の人間として、あなたと話がしたかっただけなんです」
瞬間、セレスティアの全身に衝撃が走った。
(……あぁ、なんてこと)
彼女の聖女としての感覚が、残酷なまでの真実を突きつけていた。
かつてのレリルから感じられた、あの澱んだ、他者を拒絶するような傲慢な魔力。それが、今の彼からは微塵も感じられない。
そこに漂っているのは、冬の朝の空気のように澄み渡り、それでいて、触れれば壊れてしまいそうなほどに繊細な「魂の輝き」だった。
(信じたくない……。でも、この輝きを、私は知らないはずがない……)
認めれば、自分のこれまでの歩みは否定される。
だが、この清らかさを「演技」だと切り捨てることは、彼女の魂そのものを汚すことに等しかった。
私たちが「悪」として切り捨てたはずの存在は、今、これほどまでに澄んだ光を放っている。
セレスティアは、自分の正しさを守ろうと必死に虚勢を張るレオナルドの背中を見つめた。
そして、自らの葛藤を断ち切るように、震える一歩を踏み出したのである。
「……もうやめにしましょう、レオナルド様」
その声は、広間の空気を優しく、しかし決定的に塗り替えていった。
本来ならば神への祈りに捧げられるべき彼女の心は、今、かつてないほどの激しい動揺に波立っている。
数刻前、静寂を切り裂いて走った近衛兵たちの足音。そして、その群れを率いる辺境伯の、見たこともないほど必死な横顔。 あれは確か魔導士レリルが追放された先の領主だ。ひょっとしてあの日のことで何かあったのだろうか。
何より彼女の心を乱したのは、窓辺に現れた一羽の鴉の存在だった。その鴉は、黄金の瞳で彼女をじっと見つめ、何かを促すように謁見の間の方角へと飛び去ったのだ。
(何かが……何かが起きようとしている)
彼女は重い脚を動かし、冷たい回廊を謁見の間へと向かった。
セレスティアは、自分の胸に去来する「恐れ」の正体を知っていた。
それは、自分が信じてきた『正義』が、根底から覆されることへの恐怖。
あの日、王太子レオナルドと共に下した、魔導士レリルの追放。それがもし「間違い」であったとしたら――。神の声を聞き、人々の導き手となるべき聖女としての彼女の存在意義は、その瞬間に崩れ去る。
自分自身に「私たちは正しかった」「あれは必要な決断だった」と言い聞かせながら。そうでなければ、足元の石畳が今にも底の抜けた闇に変わってしまいそうだったからだ。
たどり着いた謁見の間。重厚な扉の隙間から漏れ聞こえてきたのは、レオナルドの、低く、冷徹極まりない宣告だった。
『…お前が今ここで流しそうなその涙も、俺には計算された「武器」に見える』
セレスティアは意を決して、その扉を押し開いた。
視界に飛び込んできたのは、近衛兵の切っ先に囲まれ、小さく肩を震わせる少年の姿。
「演技でも、計算でもありません。……あなたが『完璧』であろうとすればするほど、そこから零れ落ちる僕たちは、あなたにとって消すべきノイズでしかなくなる。……僕は、一人の人間として、あなたと話がしたかっただけなんです」
瞬間、セレスティアの全身に衝撃が走った。
(……あぁ、なんてこと)
彼女の聖女としての感覚が、残酷なまでの真実を突きつけていた。
かつてのレリルから感じられた、あの澱んだ、他者を拒絶するような傲慢な魔力。それが、今の彼からは微塵も感じられない。
そこに漂っているのは、冬の朝の空気のように澄み渡り、それでいて、触れれば壊れてしまいそうなほどに繊細な「魂の輝き」だった。
(信じたくない……。でも、この輝きを、私は知らないはずがない……)
認めれば、自分のこれまでの歩みは否定される。
だが、この清らかさを「演技」だと切り捨てることは、彼女の魂そのものを汚すことに等しかった。
私たちが「悪」として切り捨てたはずの存在は、今、これほどまでに澄んだ光を放っている。
セレスティアは、自分の正しさを守ろうと必死に虚勢を張るレオナルドの背中を見つめた。
そして、自らの葛藤を断ち切るように、震える一歩を踏み出したのである。
「……もうやめにしましょう、レオナルド様」
その声は、広間の空気を優しく、しかし決定的に塗り替えていった。
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