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余章
第6話:解けた境界線
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「今日はまだ初日だ。無理をして魔導回路を焼き切ったり、魔力暴走を引き起こしたりしたら元も子もない。今日のところはここまでにしよう」
その日の特訓は、僕に比類なき防御壁の才能があることが判明したところで幕を閉じた。
初めてまともに膨大な魔力を練り上げ、外界へと放出した代償だろうか。ルクシオと共に屋敷に戻る頃には、一歩踏み出すごとに足元が覚束ず、意識を保って立っているのが不思議なほど体が鉛のように重かった。
その日の夜。
温かい夕食を終え、ふかふかのベッドに潜り込んだ後も、昼間に掌から溢れ出したあの純白の光の感覚が指先に残り続けていた。昂ぶった神経は容易に眠りを許さず、暗闇の中で天井を見つめていると、かえって頭が冴え渡っていく。僕は気分転換に冷たい水でも飲もうと思い、厚手のガウンを羽織って静まり返った廊下をキッチンへと向かった。その途中で、ちょうど執務を終えたばかりのようなヨハンと鉢合わせた。
「レリル、まだ起きていたのか。顔が少し赤いようだが、知恵熱でも出したか?」
「ヨハンもまだ起きていたんですね。特訓のあとは、なんだか体の中がずっと熱くて、不思議な感覚でなかなか眠れなくて」
「そうか。慣れない魔力の行使で、精神が昂ぶっているんだろうな。……なら、少し話さないか。ちょうど、領地で採れた果実で作った軽い酒を冷やしてあるんだ。寝酒にはちょうどいい」
ヨハンに誘われるまま、僕たちは暖炉の火が静かに爆ぜるラウンジで向かい合った。差し出されたクリスタルグラスを一口飲むと、芳醇な甘酸っぱい香りが鼻腔を抜け、特訓の緊張で強張っていた芯の部分がゆっくりと解けていくのを感じる。気づけば、数口のアルコールで視界がふわふわと心地よい色に染まり、普段なら胸の奥に仕舞い込んでいる想いが、堰を切ったように溢れ出した。
「……ヨハンはさ、本当にこの領地が好きなんだね。朝から晩まで、いつも領民のみんなのことばかり考えてる。僕から見れば、本当にすごくて、かっこいいよ」
「……レリル? 酔ったのか、突然どうしたんだ」
「……僕ね、今日魔法が使えて本当に嬉しかったんだ。……僕、この場所を護りたい。ヨハンが一生懸命守ろうとしているこの大切な領地を、僕も一緒に護れるようになりたいんだ。雪崩が起きても、恐ろしい魔物が来ても、僕が全部弾き飛ばしてさ……。みんなが安心して冬を越せる、そんな場所を。ヨハンは何も持っていなかった僕のことを、本当の家族みたいに大切にしてくれた。だから、僕はそのお礼がしたい。君の盾になりたいんだ……」
普段の僕なら気恥ずかしくて口に出せないはずの、青臭くも真摯な「夢」。それが酒の力も相まって、飾らない言葉となって溢れ出す。ヨハンは驚いたように金色の目を見開いたあと、静かにグラスを置き、心底愛おしそうに目を細めて僕を見つめた。
「……そうか。君がそう言ってくれるなら、これほど心強いことはないな。俺の背中を預けるのは、他の誰でもない君がいい」
翌朝。
窓から差し込む眩しい朝日と、小鳥の囀りで目を覚ました僕は、昨夜の断片的な記憶を反芻した瞬間にシーツを被って顔を覆った。
(言っちゃった……。あんなに熱く語った挙句、敬語まで忘れて……!)
羞恥心で顔が爆発しそうなまま、恐る恐る食堂へ向かうと、そこには既に朝食を済ませようとしているヨハンと、朝から不敵な笑みを浮かべて元気そうなルクシオがいた。
「おはよう、レリル。清々しい朝だ。昨夜の続きを、続きの『口調』で話そうか」
「お、おはよう……ヨハン。昨夜は、その、あんなに馴れ馴れしく、生意気な口を……! 本当に、ごめんなさい!」
顔を真っ赤にして深く頭を下げる僕に、ヨハンは声を立てて笑い、静かに、けれど断固とした口調で言った。
「謝る必要などどこにもない。むしろ……これからは、昨日の夜のように話してほしい。君との間に、もう壁を感じたくないんだ。もし引け目を感じるというのなら、それが昨日聞かせてもらった『お礼』だと思ってくれないか」
「え……? でも、そんな……」
「呼び捨てで構わない。一介の居候ではなく、志を共にする友人として、これからは俺の隣にいてくれ。レリル」
ヨハンの真っ直ぐで真摯な願いに、僕はさらに顔を赤くしながらも、躊躇いがちに「……わかった、ヨハン」と小さく頷いた。そのやり取りを横で見ていたルクシオが、トーストを片手にひらひらと手を振って、わざとらしく茶化してくる。
「……おはようさん。君たち、まだそんな距離感だったのか。昨日の反応でもしやと思ってたけど、初々しすぎて見てるこっちが恥ずかしくなるね」
ルクシオはあきれたように肩を竦め、表情を和らげていた。だが、すぐに視線に鋭い知性を宿し、魔法の専門家としての顔を覗かせる。
「でもレリル、昨日の魔法、手放しで喜ぶのはまだ早いよ。君の防御壁、強度は現役の魔導師を凌駕するほど凄まじいけれど、現状じゃ実戦向きとは言えない。致命的な欠陥があるんだ。今のところ君の魔法は、害があるものもないものも『一切合切』を完全に遮断しちゃっている」
「……一切合切? どういうことですか、ルクシオさん」
「言葉通りだよ。今のままだと、君が壁の中に閉じこもったら、外から新しい酸素すら入ってこなくなる。光も水も風も通さない、ただの完璧な『絶望の密閉空間』だ。これじゃあ自分や味方を守るどころか、中で自滅して窒息しちゃうよ。君の次の課題は『透過と選別』だね」
空気を通し、敵の攻撃だけを的確に弾く。さらにはもっと広範囲に、もっと長時間維持する――。ルクシオが突きつけた高度な技術的要求に、僕は表情をキリリと引き締めた。
「……わかりました。ヨハンの役に立ちたいから、もっと完璧に、誰にも壊せない魔法を使いこなせるようになりたい。ヨハン、今日も特訓に行ってくるよ」
「ああ、期待している。……ただ、夕食までには必ず戻るように。」
新しい目標を見つけた僕は、ヨハンの温かな激励を背中に受けて、再び白銀の訓練場へと向かった。
その日の特訓は、僕に比類なき防御壁の才能があることが判明したところで幕を閉じた。
初めてまともに膨大な魔力を練り上げ、外界へと放出した代償だろうか。ルクシオと共に屋敷に戻る頃には、一歩踏み出すごとに足元が覚束ず、意識を保って立っているのが不思議なほど体が鉛のように重かった。
その日の夜。
温かい夕食を終え、ふかふかのベッドに潜り込んだ後も、昼間に掌から溢れ出したあの純白の光の感覚が指先に残り続けていた。昂ぶった神経は容易に眠りを許さず、暗闇の中で天井を見つめていると、かえって頭が冴え渡っていく。僕は気分転換に冷たい水でも飲もうと思い、厚手のガウンを羽織って静まり返った廊下をキッチンへと向かった。その途中で、ちょうど執務を終えたばかりのようなヨハンと鉢合わせた。
「レリル、まだ起きていたのか。顔が少し赤いようだが、知恵熱でも出したか?」
「ヨハンもまだ起きていたんですね。特訓のあとは、なんだか体の中がずっと熱くて、不思議な感覚でなかなか眠れなくて」
「そうか。慣れない魔力の行使で、精神が昂ぶっているんだろうな。……なら、少し話さないか。ちょうど、領地で採れた果実で作った軽い酒を冷やしてあるんだ。寝酒にはちょうどいい」
ヨハンに誘われるまま、僕たちは暖炉の火が静かに爆ぜるラウンジで向かい合った。差し出されたクリスタルグラスを一口飲むと、芳醇な甘酸っぱい香りが鼻腔を抜け、特訓の緊張で強張っていた芯の部分がゆっくりと解けていくのを感じる。気づけば、数口のアルコールで視界がふわふわと心地よい色に染まり、普段なら胸の奥に仕舞い込んでいる想いが、堰を切ったように溢れ出した。
「……ヨハンはさ、本当にこの領地が好きなんだね。朝から晩まで、いつも領民のみんなのことばかり考えてる。僕から見れば、本当にすごくて、かっこいいよ」
「……レリル? 酔ったのか、突然どうしたんだ」
「……僕ね、今日魔法が使えて本当に嬉しかったんだ。……僕、この場所を護りたい。ヨハンが一生懸命守ろうとしているこの大切な領地を、僕も一緒に護れるようになりたいんだ。雪崩が起きても、恐ろしい魔物が来ても、僕が全部弾き飛ばしてさ……。みんなが安心して冬を越せる、そんな場所を。ヨハンは何も持っていなかった僕のことを、本当の家族みたいに大切にしてくれた。だから、僕はそのお礼がしたい。君の盾になりたいんだ……」
普段の僕なら気恥ずかしくて口に出せないはずの、青臭くも真摯な「夢」。それが酒の力も相まって、飾らない言葉となって溢れ出す。ヨハンは驚いたように金色の目を見開いたあと、静かにグラスを置き、心底愛おしそうに目を細めて僕を見つめた。
「……そうか。君がそう言ってくれるなら、これほど心強いことはないな。俺の背中を預けるのは、他の誰でもない君がいい」
翌朝。
窓から差し込む眩しい朝日と、小鳥の囀りで目を覚ました僕は、昨夜の断片的な記憶を反芻した瞬間にシーツを被って顔を覆った。
(言っちゃった……。あんなに熱く語った挙句、敬語まで忘れて……!)
羞恥心で顔が爆発しそうなまま、恐る恐る食堂へ向かうと、そこには既に朝食を済ませようとしているヨハンと、朝から不敵な笑みを浮かべて元気そうなルクシオがいた。
「おはよう、レリル。清々しい朝だ。昨夜の続きを、続きの『口調』で話そうか」
「お、おはよう……ヨハン。昨夜は、その、あんなに馴れ馴れしく、生意気な口を……! 本当に、ごめんなさい!」
顔を真っ赤にして深く頭を下げる僕に、ヨハンは声を立てて笑い、静かに、けれど断固とした口調で言った。
「謝る必要などどこにもない。むしろ……これからは、昨日の夜のように話してほしい。君との間に、もう壁を感じたくないんだ。もし引け目を感じるというのなら、それが昨日聞かせてもらった『お礼』だと思ってくれないか」
「え……? でも、そんな……」
「呼び捨てで構わない。一介の居候ではなく、志を共にする友人として、これからは俺の隣にいてくれ。レリル」
ヨハンの真っ直ぐで真摯な願いに、僕はさらに顔を赤くしながらも、躊躇いがちに「……わかった、ヨハン」と小さく頷いた。そのやり取りを横で見ていたルクシオが、トーストを片手にひらひらと手を振って、わざとらしく茶化してくる。
「……おはようさん。君たち、まだそんな距離感だったのか。昨日の反応でもしやと思ってたけど、初々しすぎて見てるこっちが恥ずかしくなるね」
ルクシオはあきれたように肩を竦め、表情を和らげていた。だが、すぐに視線に鋭い知性を宿し、魔法の専門家としての顔を覗かせる。
「でもレリル、昨日の魔法、手放しで喜ぶのはまだ早いよ。君の防御壁、強度は現役の魔導師を凌駕するほど凄まじいけれど、現状じゃ実戦向きとは言えない。致命的な欠陥があるんだ。今のところ君の魔法は、害があるものもないものも『一切合切』を完全に遮断しちゃっている」
「……一切合切? どういうことですか、ルクシオさん」
「言葉通りだよ。今のままだと、君が壁の中に閉じこもったら、外から新しい酸素すら入ってこなくなる。光も水も風も通さない、ただの完璧な『絶望の密閉空間』だ。これじゃあ自分や味方を守るどころか、中で自滅して窒息しちゃうよ。君の次の課題は『透過と選別』だね」
空気を通し、敵の攻撃だけを的確に弾く。さらにはもっと広範囲に、もっと長時間維持する――。ルクシオが突きつけた高度な技術的要求に、僕は表情をキリリと引き締めた。
「……わかりました。ヨハンの役に立ちたいから、もっと完璧に、誰にも壊せない魔法を使いこなせるようになりたい。ヨハン、今日も特訓に行ってくるよ」
「ああ、期待している。……ただ、夕食までには必ず戻るように。」
新しい目標を見つけた僕は、ヨハンの温かな激励を背中に受けて、再び白銀の訓練場へと向かった。
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