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第1章:黄金の契約、深紅の契約
第9話:目覚めと豹変
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「……ん……りあ、む……?」
眩しい朝の光が、重厚なカーテンの隙間から差し込んでいた。
昨日まで死の気配に支配されていた病室は、今や嘘のように清浄な空気に満ちている。寝台に横たわっていたカイルが、ゆっくりと、だが確かな力を伴って瞼を持ち上げた。
その瞳には、かつての快活で鋭い「黄金の獅子」の輝きが完全に戻っている。肌を蝕んでいた紫色の呪印は、雪が解けるように跡形もなく消え去っていた。
「俺……どうしたんだ。そうだ、刺されて……。リアム、ずっと付いていてくれたのか?」
カイルは微かに掠れた声で笑い、傍らの椅子に腰掛けていたリアムに手を伸ばした。その大きな掌は、昨日までの氷のような冷たさが嘘のように、生命の熱に溢れている。
(カイル様……! ああ、本当によかった……っ! お願い、誰か彼の名前を呼んで、抱きしめてあげて!)
リアムの心は歓喜に震え、叫び出したいほどだった。だが、僕の体はぴくりとも動かない。
やがて、椅子に座っていた僕の体が、ゆっくりと、いつものようにカイルの手を包み込んだ。
「……ええ。お目覚めになられて、本当によかったです、カイル様」
(……え?)
声も、口調も、微笑み方も、僕そのものだった。
優しく、慈しむような、カイルが愛してやまない「リアム」の声。
だが、その言葉の裏には、僕の知らない冷え切った殺意が混じっていた。
「……リアム? どうした、そんなに震えて」
カイルが心配そうに僕の顔を覗き込む。僕の体は、愛おしそうにカイルの頬を撫でながら、潤んだ瞳で彼を見つめた。
「あまりに嬉しくて。……貴方が死ねば、ようやくこの窮屈な伯爵邸から解放されると思っていたのに。本当に、しぶとい方ですね」
「……え……?」
カイルの動きが止まる。今、聞き間違いでなければ、愛する婚約者は最悪な言葉を口にした。
だが、リアム(悪魔)は表情を一切崩さない。むしろ、より一層深く、献身的な愛を捧げるような眼差しで囁いた。
「冗談ですよ。……でも、貴方が眠っている間、エヴァンス家から届く督促状を整理するのは、本当に吐き気がしました。貴方の愛なんて、所詮はその程度の価値しかないんですもの」
「リアム……お前、何を……」
カイルの顔から血の気が引いていく。
悪魔は、リアムが抱えていた「実家への後ろめたさ」や「格差への劣等感」という心の傷を巧みに利用し、リアム本人が言いそうな、けれど決して口には出さない「毒」を、リアムの完璧な声色で紡いでいく。
(やめて! そんなこと思ってない! カイル様、信じないで、それは僕じゃないんだ!)
内側で必死に叫ぶ僕の意志を無視して、体はカイルの手を離し、優雅に立ち上がった。
「病み上がりですから、無理をなさらないでくださいね。……ああ、そういえば貴方の叔父様からお見舞いの品が届いていました。後で換金しておきますね。貴方の命より、そちらの方がよほど役に立ちますから」
そう言って、リアムの体はいつものように淑やかな一礼をして、部屋を出ようとする。
その足取りも、指先の動きも、カイルが知る「リアム」そのものだった。だからこそ、その口から溢れ出た悪意が、逃げようのない現実としてカイルの心に深く突き刺さる。
扉を閉める直前、鏡に映った僕の顔が、一瞬だけ、耳元まで裂けるような邪悪な笑みを浮かべたのを、檻の中の僕は見た。
カイルは呆然と、自分の手のひらを見つめている。
彼が守ろうとした愛は、いま、悪魔の舌によって少しずつ、毒液を注ぎ込まれ始めていた。
眩しい朝の光が、重厚なカーテンの隙間から差し込んでいた。
昨日まで死の気配に支配されていた病室は、今や嘘のように清浄な空気に満ちている。寝台に横たわっていたカイルが、ゆっくりと、だが確かな力を伴って瞼を持ち上げた。
その瞳には、かつての快活で鋭い「黄金の獅子」の輝きが完全に戻っている。肌を蝕んでいた紫色の呪印は、雪が解けるように跡形もなく消え去っていた。
「俺……どうしたんだ。そうだ、刺されて……。リアム、ずっと付いていてくれたのか?」
カイルは微かに掠れた声で笑い、傍らの椅子に腰掛けていたリアムに手を伸ばした。その大きな掌は、昨日までの氷のような冷たさが嘘のように、生命の熱に溢れている。
(カイル様……! ああ、本当によかった……っ! お願い、誰か彼の名前を呼んで、抱きしめてあげて!)
リアムの心は歓喜に震え、叫び出したいほどだった。だが、僕の体はぴくりとも動かない。
やがて、椅子に座っていた僕の体が、ゆっくりと、いつものようにカイルの手を包み込んだ。
「……ええ。お目覚めになられて、本当によかったです、カイル様」
(……え?)
声も、口調も、微笑み方も、僕そのものだった。
優しく、慈しむような、カイルが愛してやまない「リアム」の声。
だが、その言葉の裏には、僕の知らない冷え切った殺意が混じっていた。
「……リアム? どうした、そんなに震えて」
カイルが心配そうに僕の顔を覗き込む。僕の体は、愛おしそうにカイルの頬を撫でながら、潤んだ瞳で彼を見つめた。
「あまりに嬉しくて。……貴方が死ねば、ようやくこの窮屈な伯爵邸から解放されると思っていたのに。本当に、しぶとい方ですね」
「……え……?」
カイルの動きが止まる。今、聞き間違いでなければ、愛する婚約者は最悪な言葉を口にした。
だが、リアム(悪魔)は表情を一切崩さない。むしろ、より一層深く、献身的な愛を捧げるような眼差しで囁いた。
「冗談ですよ。……でも、貴方が眠っている間、エヴァンス家から届く督促状を整理するのは、本当に吐き気がしました。貴方の愛なんて、所詮はその程度の価値しかないんですもの」
「リアム……お前、何を……」
カイルの顔から血の気が引いていく。
悪魔は、リアムが抱えていた「実家への後ろめたさ」や「格差への劣等感」という心の傷を巧みに利用し、リアム本人が言いそうな、けれど決して口には出さない「毒」を、リアムの完璧な声色で紡いでいく。
(やめて! そんなこと思ってない! カイル様、信じないで、それは僕じゃないんだ!)
内側で必死に叫ぶ僕の意志を無視して、体はカイルの手を離し、優雅に立ち上がった。
「病み上がりですから、無理をなさらないでくださいね。……ああ、そういえば貴方の叔父様からお見舞いの品が届いていました。後で換金しておきますね。貴方の命より、そちらの方がよほど役に立ちますから」
そう言って、リアムの体はいつものように淑やかな一礼をして、部屋を出ようとする。
その足取りも、指先の動きも、カイルが知る「リアム」そのものだった。だからこそ、その口から溢れ出た悪意が、逃げようのない現実としてカイルの心に深く突き刺さる。
扉を閉める直前、鏡に映った僕の顔が、一瞬だけ、耳元まで裂けるような邪悪な笑みを浮かべたのを、檻の中の僕は見た。
カイルは呆然と、自分の手のひらを見つめている。
彼が守ろうとした愛は、いま、悪魔の舌によって少しずつ、毒液を注ぎ込まれ始めていた。
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