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第1章:黄金の契約、深紅の契約
第11話:最初の亀裂
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カイル様が寝台から起き上がれるほどに回復した数日後、公爵邸の小食堂でささやかな祝いの晩餐が開かれた。
テーブルには彼が好むジビエのローストや、グレンツェ領で採れた新鮮な野菜が並んでいる。カイル様はまだ少し顔色が優れないものの、僕を見て愛しげに目を細めた。
「こうしてまた、お前と食卓を囲めるなんて夢のようだ。リアム、本当に心配をかけたな」
カイル様はそう言うと、傍らに座る僕の手を握ろうとした。
その瞬間、僕の胸元で何かが冷たく光った。
それは、二年前の僕の誕生日に、カイル様が「君の瞳の色によく似ている」と言って贈ってくれた、最高級のサファイアをあしらったブレスレットだった。僕が何よりも大切にし、寝る時以外はずっと身に着けていた宝物。
「……リアム? そのブレスレット、着けていてくれたんだな」
カイル様が嬉しそうに微笑んだ。
(そうだよ、カイル様。これは僕の宝物。君の愛の証なんだ。だから、お願い、その手を――)
だが、僕の体はカイル様の手をすり抜けるようにして立ち上がった。
そして、あろうことか、左手でそのブレスレットを乱暴に引きちぎったのだ。
「ああ、これですか。ずっと、重苦しくて邪魔だと思っていたんです」
(やめて! 何をしてるの!? ヴォルガス、やめろ!!)
僕の意識が内側で絶望に叫ぶ中、悪魔は僕の顔に「困ったような、愛らしい微笑み」を浮かべた。カイル様を傷つける時の声は、どこまでも優しく、鈴を転がすような僕自身の声だった。
「カイル様、貴方はご存知ないでしょうけれど。これを着けていると、周りから『公爵家の愛玩動物』だと笑われているような気がして……。貴方の愛は、僕にとってはこの石と同じように、ただ重くて冷たいだけの『お仕置き』だったんですよ」
「リアム……何を……冗談だろう? お前はあんなに喜んで……」
カイル様の声が震えている。信じられないという思いと、胸を抉られたような痛みが、その青い瞳に溢れ出していた。
悪魔はさらに追い打ちをかけるように、引きちぎったブレスレットを、給仕が控えるすぐ目の前の床に放り投げた。
ガシャン、と硬質な音が響き、サファイアが砕けて飛び散る。
「……あ」
カイル様が絶句する。
かつて彼が、僕の喜ぶ顔が見たくて、何ヶ月もかけて一流の職人に特注した品だ。それを、贈り主である彼の目の前で、使用人たちの見ている前で、ゴミのように捨てたのだ。
「これで、少しは身軽になれました。カイル様、お顔が怖いですよ? まさか、たかが石ころ一つで、僕を責めるおつもりですか? 僕は貴方の看病で、心身ともに疲れ果てているというのに」
悪魔はわざとらしく溜息をつき、悲しげに眉を下げてみせた。その姿は、わがままを言っているけれどどこか放っておけない「愛される婚約者」そのものに見えただろう。
「……いや。……すまない。お前を追い詰めていたんだな」
カイル様は力なく視線を落とし、砕け散った青い石を見つめた。
その背中が、あまりにも小さく見えて、僕は心の檻を拳で叩き続けた。
違う。僕はそんなこと思ってない。そのブレスレットは、僕の命よりも大切だった。捨てたくなんてなかった。
ごめんなさい、カイル様。ごめんなさい……。
「さあ、冷めないうちに召し上がってください。貴方の健康が、僕の『唯一の利益』なのですから」
悪魔はそう言って、優雅にカイル様の皿へ肉を取り分けた。
その手つきは、どこまでも献身的で、残酷なまでに完璧だった。
二人の間に、修復不可能な最初の亀裂が、はっきりと刻まれた夜だった。
テーブルには彼が好むジビエのローストや、グレンツェ領で採れた新鮮な野菜が並んでいる。カイル様はまだ少し顔色が優れないものの、僕を見て愛しげに目を細めた。
「こうしてまた、お前と食卓を囲めるなんて夢のようだ。リアム、本当に心配をかけたな」
カイル様はそう言うと、傍らに座る僕の手を握ろうとした。
その瞬間、僕の胸元で何かが冷たく光った。
それは、二年前の僕の誕生日に、カイル様が「君の瞳の色によく似ている」と言って贈ってくれた、最高級のサファイアをあしらったブレスレットだった。僕が何よりも大切にし、寝る時以外はずっと身に着けていた宝物。
「……リアム? そのブレスレット、着けていてくれたんだな」
カイル様が嬉しそうに微笑んだ。
(そうだよ、カイル様。これは僕の宝物。君の愛の証なんだ。だから、お願い、その手を――)
だが、僕の体はカイル様の手をすり抜けるようにして立ち上がった。
そして、あろうことか、左手でそのブレスレットを乱暴に引きちぎったのだ。
「ああ、これですか。ずっと、重苦しくて邪魔だと思っていたんです」
(やめて! 何をしてるの!? ヴォルガス、やめろ!!)
僕の意識が内側で絶望に叫ぶ中、悪魔は僕の顔に「困ったような、愛らしい微笑み」を浮かべた。カイル様を傷つける時の声は、どこまでも優しく、鈴を転がすような僕自身の声だった。
「カイル様、貴方はご存知ないでしょうけれど。これを着けていると、周りから『公爵家の愛玩動物』だと笑われているような気がして……。貴方の愛は、僕にとってはこの石と同じように、ただ重くて冷たいだけの『お仕置き』だったんですよ」
「リアム……何を……冗談だろう? お前はあんなに喜んで……」
カイル様の声が震えている。信じられないという思いと、胸を抉られたような痛みが、その青い瞳に溢れ出していた。
悪魔はさらに追い打ちをかけるように、引きちぎったブレスレットを、給仕が控えるすぐ目の前の床に放り投げた。
ガシャン、と硬質な音が響き、サファイアが砕けて飛び散る。
「……あ」
カイル様が絶句する。
かつて彼が、僕の喜ぶ顔が見たくて、何ヶ月もかけて一流の職人に特注した品だ。それを、贈り主である彼の目の前で、使用人たちの見ている前で、ゴミのように捨てたのだ。
「これで、少しは身軽になれました。カイル様、お顔が怖いですよ? まさか、たかが石ころ一つで、僕を責めるおつもりですか? 僕は貴方の看病で、心身ともに疲れ果てているというのに」
悪魔はわざとらしく溜息をつき、悲しげに眉を下げてみせた。その姿は、わがままを言っているけれどどこか放っておけない「愛される婚約者」そのものに見えただろう。
「……いや。……すまない。お前を追い詰めていたんだな」
カイル様は力なく視線を落とし、砕け散った青い石を見つめた。
その背中が、あまりにも小さく見えて、僕は心の檻を拳で叩き続けた。
違う。僕はそんなこと思ってない。そのブレスレットは、僕の命よりも大切だった。捨てたくなんてなかった。
ごめんなさい、カイル様。ごめんなさい……。
「さあ、冷めないうちに召し上がってください。貴方の健康が、僕の『唯一の利益』なのですから」
悪魔はそう言って、優雅にカイル様の皿へ肉を取り分けた。
その手つきは、どこまでも献身的で、残酷なまでに完璧だった。
二人の間に、修復不可能な最初の亀裂が、はっきりと刻まれた夜だった。
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