復讐の鎖に繋がれた魔王は、光に囚われる。

篠雨

文字の大きさ
5 / 45
第1章 勇者視点

第5話:壊れる日常

しおりを挟む
ノアールの屋敷での日々は、まるで夢のように、満たされた3年間だった。彼は俺を溺愛し、俺の存在が彼にとってどれほどの救いであるかを、毎日行動で示してくれた。

俺が8歳になるまでの3年間、ノアールは俺に、この世界で得られるはずのない、純粋で独占的な愛情を注ぎ続けた。豪華な食事、上質な服、そして何よりも、ノアールからの尽きることのない愛情。それは、俺が森で死にかけていたことなど、すべて忘れさせてくれるほど強力なものだった

ノアールは、俺がいることで、明らかに活力を得ていた。毎日、俺に古い本を読んで聞かせ、庭園で剣術の練習を見せてくれた。彼は、「人を助ける剣士」になろうと必死に努力していた。

「セレ、君がいると、寂しくない。俺は魔王になんてならないよ。君を守りたいから」

ノアールはいつもそう言った。その言葉の裏には、彼自身が抱える深い恐怖と孤独があることを、俺は理解し始めていた。この屋敷と鎖は、彼を外界から隔離するものであり、同時に彼自身の不安から守るためのものだったのだ。俺は彼の不安を取り除くように、優しく彼の頬に触れた。

俺は、繋がれた鎖をノアールから受け取り、「俺がノアールを離さない」と返したこともあった。その時、ノアールがどれほど安堵した表情をしたか、俺は忘れない。彼の瞳の奥の孤独が、一瞬だけ和らぐのが見えた。

しかし、その穏やかな日々は、三年という期間を経ても、外の世界の暴力から守られなかった。幸福が完璧であればあるほど、崩壊は容赦ない。

雨の日の午後。屋敷の静寂を切り裂くように、重々しい玄関の扉が、何の許可もなく、乱暴に開け放たれた。その音は、これまでの森の静寂とはまったく違う、外の世界の暴力的な侵入を告げる音だった。

ノアールは一瞬で顔から表情を消し、恐怖に引きつらせた。彼は鎖を強く握りしめ、俺を自分の背中に庇った。

「……だ、誰だ? 出て行け!」

黒い騎士服を着た男たちが数人、ホールに踏み込んできた。その中心には、顎鬚を蓄えた、冷酷な目つきの中年男性が立っていた。彼らが、ノアールをこの屋敷に幽閉している大人たちなのだろう。

ノアールを庇う俺の胸に、騎士団長たちの冷たい視線が突き刺さった。俺は反射的にノアールの背中に隠れようとしたが、その時、極度の恐怖と動揺によって、俺の瞳の奥の金色が、抑えきれないほどに強く輝き始めた。

その輝きは、照明が薄暗いホールで、一瞬、強く閃光を放ったように見えた。

騎士団長は、ノアールを無視し、その瞳の光を見た瞬間、歩みを止めた。彼の冷酷な目つきの中に、明確な驚愕と、そして貪欲な計算が混じり合った。

「ノアール殿下。このような穢れた獣を屋敷に引き入れたとは、聞き捨てなりませんな。……しかし、その瞳の光は」

男は、俺の瞳を凝視しながら、口元を歪めた。

「その子は、勇者の証を持つ者。穢れた魔王の子に触れさせていい存在ではない。陛下の命により、王都へ連行する」

「嫌だ!セレは俺のだ!誰にも渡さない!」

ノアールは叫び、俺を抱きしめた。彼の身体は激しく震えていた。騎士団長は冷笑を浮かべ、容赦なく、ノアールが握る鎖を力任せに掴んだ。

「その鎖を放せ!魔王となる者が、光の勇者を私物化するなど許されん!」

ノアールは抵抗し、俺を庇おうと鎖を握りしめるが、男の力が圧倒的に勝る。

ググッ、と鎖が強く引っ張られた。首輪が食い込み、俺は息ができず、苦しそうな顔で咳き込んだ。俺の首の皮膚が、鎖の金具に擦れ、激しい痛みが走る。まるで、首から身体が引き裂かれるようだ。

「ごほっ……ノアール、苦し……!」

俺の苦しむ姿を見た瞬間、ノアールの瞳から、激しい光が失われた。彼は、俺を傷つけているという事実に、絶望したのだ。彼が最も恐れていたことが、今、現実になった。俺を救うどころか、鎖で俺を苦しめている。

その一瞬の隙を見逃さず、騎士団長はノアールの耳元で、冷酷に囁いた。その言葉は俺には聞き取れなかったが、ノアールは、それを聞いた途端、まるで魂を抜き取られたかのように身体を固めてしまった。彼の抵抗の意志は、完全に打ち砕かれた。

そして、ノアールが握っていた鎖から、抵抗の力が完全に抜けた。

チャラリ……。

鎖は、騎士団長の手の中に収まった。ノアールは、俺に視線すら向けず、ただ虚ろな瞳で地面を見つめている。彼の頬を、雨と涙が混ざったものが流れ落ちたように見えたが、彼は微動だにしなかった。

俺は、鎖を離されたこと、そしてノアールが抵抗をやめたことに、頭が真っ白になった。

「ノアール……離さないって、言ったのに?」

俺の静かな怒りと、裏切りの悲しみが込められたその言葉は、ノアールには届かなかった。彼は、ただ静かに、俺が連れ去られるのを見ているだけだった。彼の瞳には、もう俺の姿すら映っていなかった。

俺は、生まれて初めて優しさをくれたノアールに、強い裏切りを感じながら、大人の腕の中で屋敷から連れ出された。俺の首には、ノアールが付けてくれた首輪だけが、まるで敗北の証のように虚しく残っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために

ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話 ※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。

追放された『呪物鑑定』持ちの公爵令息、魔王の呪いを解いたら執着溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
「お前のそのスキルは不吉だ」 身に覚えのない罪を着せられ、聖女リリアンナによって国を追放された公爵令息カイル。 死を覚悟して彷徨い込んだ魔の森で、彼は呪いに蝕まれ孤独に生きる魔王レイルと出会う。 カイルの持つ『呪物鑑定』スキル――それは、魔王を救う唯一の鍵だった。 「カイル、お前は我の光だ。もう二度と離さない」 献身的に尽くすカイルに、冷徹だった魔王の心は溶かされ、やがて執着にも似た溺愛へと変わっていく。 これは、全てを奪われた青年が魔王を救い、世界一幸せになる逆転と愛の物語。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています

八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。 そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

処理中です...