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第1章 勇者視点
第5話:壊れる日常
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ノアールの屋敷での日々は、まるで夢のように、満たされた3年間だった。彼は俺を溺愛し、俺の存在が彼にとってどれほどの救いであるかを、毎日行動で示してくれた。
俺が8歳になるまでの3年間、ノアールは俺に、この世界で得られるはずのない、純粋で独占的な愛情を注ぎ続けた。豪華な食事、上質な服、そして何よりも、ノアールからの尽きることのない愛情。それは、俺が森で死にかけていたことなど、すべて忘れさせてくれるほど強力なものだった
ノアールは、俺がいることで、明らかに活力を得ていた。毎日、俺に古い本を読んで聞かせ、庭園で剣術の練習を見せてくれた。彼は、「人を助ける剣士」になろうと必死に努力していた。
「セレ、君がいると、寂しくない。俺は魔王になんてならないよ。君を守りたいから」
ノアールはいつもそう言った。その言葉の裏には、彼自身が抱える深い恐怖と孤独があることを、俺は理解し始めていた。この屋敷と鎖は、彼を外界から隔離するものであり、同時に彼自身の不安から守るためのものだったのだ。俺は彼の不安を取り除くように、優しく彼の頬に触れた。
俺は、繋がれた鎖をノアールから受け取り、「俺がノアールを離さない」と返したこともあった。その時、ノアールがどれほど安堵した表情をしたか、俺は忘れない。彼の瞳の奥の孤独が、一瞬だけ和らぐのが見えた。
しかし、その穏やかな日々は、三年という期間を経ても、外の世界の暴力から守られなかった。幸福が完璧であればあるほど、崩壊は容赦ない。
雨の日の午後。屋敷の静寂を切り裂くように、重々しい玄関の扉が、何の許可もなく、乱暴に開け放たれた。その音は、これまでの森の静寂とはまったく違う、外の世界の暴力的な侵入を告げる音だった。
ノアールは一瞬で顔から表情を消し、恐怖に引きつらせた。彼は鎖を強く握りしめ、俺を自分の背中に庇った。
「……だ、誰だ? 出て行け!」
黒い騎士服を着た男たちが数人、ホールに踏み込んできた。その中心には、顎鬚を蓄えた、冷酷な目つきの中年男性が立っていた。彼らが、ノアールをこの屋敷に幽閉している大人たちなのだろう。
ノアールを庇う俺の胸に、騎士団長たちの冷たい視線が突き刺さった。俺は反射的にノアールの背中に隠れようとしたが、その時、極度の恐怖と動揺によって、俺の瞳の奥の金色が、抑えきれないほどに強く輝き始めた。
その輝きは、照明が薄暗いホールで、一瞬、強く閃光を放ったように見えた。
騎士団長は、ノアールを無視し、その瞳の光を見た瞬間、歩みを止めた。彼の冷酷な目つきの中に、明確な驚愕と、そして貪欲な計算が混じり合った。
「ノアール殿下。このような穢れた獣を屋敷に引き入れたとは、聞き捨てなりませんな。……しかし、その瞳の光は」
男は、俺の瞳を凝視しながら、口元を歪めた。
「その子は、勇者の証を持つ者。穢れた魔王の子に触れさせていい存在ではない。陛下の命により、王都へ連行する」
「嫌だ!セレは俺のだ!誰にも渡さない!」
ノアールは叫び、俺を抱きしめた。彼の身体は激しく震えていた。騎士団長は冷笑を浮かべ、容赦なく、ノアールが握る鎖を力任せに掴んだ。
「その鎖を放せ!魔王となる者が、光の勇者を私物化するなど許されん!」
ノアールは抵抗し、俺を庇おうと鎖を握りしめるが、男の力が圧倒的に勝る。
ググッ、と鎖が強く引っ張られた。首輪が食い込み、俺は息ができず、苦しそうな顔で咳き込んだ。俺の首の皮膚が、鎖の金具に擦れ、激しい痛みが走る。まるで、首から身体が引き裂かれるようだ。
「ごほっ……ノアール、苦し……!」
俺の苦しむ姿を見た瞬間、ノアールの瞳から、激しい光が失われた。彼は、俺を傷つけているという事実に、絶望したのだ。彼が最も恐れていたことが、今、現実になった。俺を救うどころか、鎖で俺を苦しめている。
その一瞬の隙を見逃さず、騎士団長はノアールの耳元で、冷酷に囁いた。その言葉は俺には聞き取れなかったが、ノアールは、それを聞いた途端、まるで魂を抜き取られたかのように身体を固めてしまった。彼の抵抗の意志は、完全に打ち砕かれた。
そして、ノアールが握っていた鎖から、抵抗の力が完全に抜けた。
チャラリ……。
鎖は、騎士団長の手の中に収まった。ノアールは、俺に視線すら向けず、ただ虚ろな瞳で地面を見つめている。彼の頬を、雨と涙が混ざったものが流れ落ちたように見えたが、彼は微動だにしなかった。
俺は、鎖を離されたこと、そしてノアールが抵抗をやめたことに、頭が真っ白になった。
「ノアール……離さないって、言ったのに?」
俺の静かな怒りと、裏切りの悲しみが込められたその言葉は、ノアールには届かなかった。彼は、ただ静かに、俺が連れ去られるのを見ているだけだった。彼の瞳には、もう俺の姿すら映っていなかった。
俺は、生まれて初めて優しさをくれたノアールに、強い裏切りを感じながら、大人の腕の中で屋敷から連れ出された。俺の首には、ノアールが付けてくれた首輪だけが、まるで敗北の証のように虚しく残っていた。
俺が8歳になるまでの3年間、ノアールは俺に、この世界で得られるはずのない、純粋で独占的な愛情を注ぎ続けた。豪華な食事、上質な服、そして何よりも、ノアールからの尽きることのない愛情。それは、俺が森で死にかけていたことなど、すべて忘れさせてくれるほど強力なものだった
ノアールは、俺がいることで、明らかに活力を得ていた。毎日、俺に古い本を読んで聞かせ、庭園で剣術の練習を見せてくれた。彼は、「人を助ける剣士」になろうと必死に努力していた。
「セレ、君がいると、寂しくない。俺は魔王になんてならないよ。君を守りたいから」
ノアールはいつもそう言った。その言葉の裏には、彼自身が抱える深い恐怖と孤独があることを、俺は理解し始めていた。この屋敷と鎖は、彼を外界から隔離するものであり、同時に彼自身の不安から守るためのものだったのだ。俺は彼の不安を取り除くように、優しく彼の頬に触れた。
俺は、繋がれた鎖をノアールから受け取り、「俺がノアールを離さない」と返したこともあった。その時、ノアールがどれほど安堵した表情をしたか、俺は忘れない。彼の瞳の奥の孤独が、一瞬だけ和らぐのが見えた。
しかし、その穏やかな日々は、三年という期間を経ても、外の世界の暴力から守られなかった。幸福が完璧であればあるほど、崩壊は容赦ない。
雨の日の午後。屋敷の静寂を切り裂くように、重々しい玄関の扉が、何の許可もなく、乱暴に開け放たれた。その音は、これまでの森の静寂とはまったく違う、外の世界の暴力的な侵入を告げる音だった。
ノアールは一瞬で顔から表情を消し、恐怖に引きつらせた。彼は鎖を強く握りしめ、俺を自分の背中に庇った。
「……だ、誰だ? 出て行け!」
黒い騎士服を着た男たちが数人、ホールに踏み込んできた。その中心には、顎鬚を蓄えた、冷酷な目つきの中年男性が立っていた。彼らが、ノアールをこの屋敷に幽閉している大人たちなのだろう。
ノアールを庇う俺の胸に、騎士団長たちの冷たい視線が突き刺さった。俺は反射的にノアールの背中に隠れようとしたが、その時、極度の恐怖と動揺によって、俺の瞳の奥の金色が、抑えきれないほどに強く輝き始めた。
その輝きは、照明が薄暗いホールで、一瞬、強く閃光を放ったように見えた。
騎士団長は、ノアールを無視し、その瞳の光を見た瞬間、歩みを止めた。彼の冷酷な目つきの中に、明確な驚愕と、そして貪欲な計算が混じり合った。
「ノアール殿下。このような穢れた獣を屋敷に引き入れたとは、聞き捨てなりませんな。……しかし、その瞳の光は」
男は、俺の瞳を凝視しながら、口元を歪めた。
「その子は、勇者の証を持つ者。穢れた魔王の子に触れさせていい存在ではない。陛下の命により、王都へ連行する」
「嫌だ!セレは俺のだ!誰にも渡さない!」
ノアールは叫び、俺を抱きしめた。彼の身体は激しく震えていた。騎士団長は冷笑を浮かべ、容赦なく、ノアールが握る鎖を力任せに掴んだ。
「その鎖を放せ!魔王となる者が、光の勇者を私物化するなど許されん!」
ノアールは抵抗し、俺を庇おうと鎖を握りしめるが、男の力が圧倒的に勝る。
ググッ、と鎖が強く引っ張られた。首輪が食い込み、俺は息ができず、苦しそうな顔で咳き込んだ。俺の首の皮膚が、鎖の金具に擦れ、激しい痛みが走る。まるで、首から身体が引き裂かれるようだ。
「ごほっ……ノアール、苦し……!」
俺の苦しむ姿を見た瞬間、ノアールの瞳から、激しい光が失われた。彼は、俺を傷つけているという事実に、絶望したのだ。彼が最も恐れていたことが、今、現実になった。俺を救うどころか、鎖で俺を苦しめている。
その一瞬の隙を見逃さず、騎士団長はノアールの耳元で、冷酷に囁いた。その言葉は俺には聞き取れなかったが、ノアールは、それを聞いた途端、まるで魂を抜き取られたかのように身体を固めてしまった。彼の抵抗の意志は、完全に打ち砕かれた。
そして、ノアールが握っていた鎖から、抵抗の力が完全に抜けた。
チャラリ……。
鎖は、騎士団長の手の中に収まった。ノアールは、俺に視線すら向けず、ただ虚ろな瞳で地面を見つめている。彼の頬を、雨と涙が混ざったものが流れ落ちたように見えたが、彼は微動だにしなかった。
俺は、鎖を離されたこと、そしてノアールが抵抗をやめたことに、頭が真っ白になった。
「ノアール……離さないって、言ったのに?」
俺の静かな怒りと、裏切りの悲しみが込められたその言葉は、ノアールには届かなかった。彼は、ただ静かに、俺が連れ去られるのを見ているだけだった。彼の瞳には、もう俺の姿すら映っていなかった。
俺は、生まれて初めて優しさをくれたノアールに、強い裏切りを感じながら、大人の腕の中で屋敷から連れ出された。俺の首には、ノアールが付けてくれた首輪だけが、まるで敗北の証のように虚しく残っていた。
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