復讐の鎖に繋がれた魔王は、光に囚われる。

篠雨

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第2章 勇者視点

第1話:怒りの暴走

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馬車の車輪が、雨でぬかるんだ森の道を激しく揺らす。その振動は、俺の身体だけでなく、心の中に渦巻く怒りと裏切りの感情を、容赦なくかき混ぜた。

俺の首には、ノアールがつけてくれた革の首輪だけが残っている。鎖はもうない。ノアールが握っていたはずの銀色の輝きは、今、俺を抱える騎士団長の腰のポーチの中で、まるで獲物のように冷たく収まっているのだろう。

ノアールは、本当に俺を手放した。あんなに「絶対に離さない」と誓ったのに、俺が少し苦しんだだけで、すぐに手を離した。その時の彼の瞳の虚ろな光景が、何度も俺の瞼の裏に焼き付く。俺が苦しむことへの絶望、そして、俺を裏切ったことへの静かな怒り。その二つの感情が、俺の胸で激しく渦巻いていた。

「……ッ、ノアール」

俺を抱える騎士団長は、俺の小さな抵抗を鼻で笑っていた。その男の冷酷な顔が、怒りの火に油を注いだ。馬車の中は、雨音と、騎士たちの甲冑が擦れる音だけが響いている。

「殿下は、あの言葉で抵抗をやめられたか……哀れなことだ」

騎士団長が、隣に座る別の騎士に冷ややかに囁いた。その声は小さかったが、馬車の密室の中では、俺の耳にはっきり届いた。

「魔王になるという予言の恐怖を利用するとは、王命とはいえ、酷いやり方ですな」

予言?魔王?

ノアールが、誰かに「魔王になる」と言われていた?

その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中に、ノアールが屋敷で発した不安な言葉のすべてが、一気に押し寄せてきた。

「俺が誰かと触れ合うことは、全部汚染なんだって」
「俺が、本当に魔王になっちゃったら?」

ノアールが抱えていたのは、単なる孤独ではなかった。彼は、生まれる前から世界を滅ぼす運命を背負わされ、その恐怖の中で、必死に善であろうと、人間であろうと足掻いていたのだ。

俺が鎖を引っ張られ、苦しんだあの瞬間、ノアールは自分が「魔王」になって俺を傷つけたのだと絶望したのだろう。そして、騎士団長の耳元の囁きは、きっとその恐怖を最大限に煽る、「お前が触れれば、この少年は死ぬ」というような、残酷な言葉だったに違いない。

ノアールが手放したのは、俺を裏切るためではなく、俺を傷つけないための、悲痛な自己犠牲だったのかもしれない。

この真実を理解した瞬間、俺の怒りの矛先は、ノアールへの失望から、彼を孤独に突き落とし、その恐怖を利用する騎士団長、そして、この世界全体へと向けられた。

「……お前たちが、ノアールをっ! 許さない!」

全身に、制御できない熱が沸騰するように湧き上がった。それは、血液が逆流するような、激しい感情の奔流だった。俺の瞳の奥で、金色が激しく輝いた。恐怖や悲しみとは違う、純粋な憤怒の光だった。

――ゴウウウッ!

幼い俺が制御できるはずのない、強力なエネルギーが、馬車の中に噴出した。それは、ただの熱や光ではなかった。それは力であり、周囲の空気を歪ませ、俺を抱える騎士団長の身体を、まるで巨大な拳で殴りつけたかのように弾き飛ばした。

「ぐっ!?これは……!馬鹿な!光魔法の発現か!これほどの力……!」

騎士団長は床に叩きつけられ、その驚愕に目を見開いた。顔面は蒼白になり、額には脂汗が滲んでいる。他の騎士たちも、光の勢いに怯え、剣を抜きかけるが、一歩も近づけない。

俺の身体から溢れ出る光は、夜の闇を貫き、馬車の窓から外へと漏れ出すほど強烈だった。それは、勇者しか持ち得ない純粋な光の魔力だった。

騎士団長は痛みで顔を歪ませながらも、すぐにその表情を嫌らしい笑みに変えた。その笑みには、もはや嫌悪はなかった。あるのは、巨大な利用価値を見出した、貪欲な光だった。

「は、ははは……やはり、勇者の証は本物。これほどの光魔法を持っているとは!噂は本当だった」

彼は興奮気味に立ち上がり、震える声で言った。

「この力があれば、あの森の魔王の子を討ち滅ぼすことも容易い!陛下に報告すれば、どれほど喜ばれるか!よくやった、よくぞ連れ帰った!」

その言葉で、俺の運命は確定した。

ノアールを孤独に幽閉し、俺を奪い、そして俺の力を利用して、ノアールを殺そうとしている。彼らの目的は、ノアールの排除であり、俺はそのための道具として選ばれたのだ。

俺は、あの優しいノアールを孤独に閉じ込め、さらに俺を利用して滅ぼそうとするこの世界の悪意に、深く、そして静かに燃える怒りを覚えた。

「お前たちの思い通りには、絶対にさせてやらない」

そう心に誓い、俺は光を放ち続ける瞳を強く閉じた。光の力が収まるにつれて、体力の消耗は激しく、俺は深い疲労と、ノアールへの憎しみにも似た執着を胸に、意識を手放した。ノアールを置き去りにしたことへの罪悪感も、その執着をさらに強める燃料となった。
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