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襲撃
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その日、マリーベルたち4人は妖魔狩りの為に少し遠出をしていた。
未だに悪評の影響があって通常の仕事を受けることが難しい彼女達にとって、確実に金になる仕事は妖魔狩りだった。
すぐに増えて人々の害になる妖魔については、国が全ての冒険者の店に対して常時討伐依頼を出す形になっており、冒険者なら誰が討ち取っても金を得ることが出来る。
だが、マイラが言ったとおり、さすがに王都の周辺で頻繁に妖魔を見かけるなどということはなかった。
このため、妖魔がいそうな少し離れた森まで足を伸ばすことにしたのだ。
それに最初に気が付いたのはマイラだった。そして直ぐにマリーベルも気が付く。
それは巨大な羽から生じる羽音だ。だが、視界が悪い森の中では、直ぐにその姿を捉え正体を知ることが出来ない。
しかしそれは、間違いなく急速に接近して来ている。
「何か来る!気をつけろ!」
マイラがそう叫び、4人は身を寄せ合った。
バリバリバリ、いくつもの木の枝が断ち折られるそんな音が響き、その直後にドンッという大きな音を立てて、それは地面に降り立った。
巨大な獅子の体、蠍の尻尾、蝙蝠のような羽、そしてその顔は年老いた人間のものだ。
「マンティコア!」
マリーベルがその魔物の名を口にした。
その声が終わるか終わらないかのうちにマンティコアが突っ込んで来た。
標的はエイシアだ。
マイラが愛用の武器であるクレイモアを手に、すかさずその進路に入り込んで立ちはだかった。
マンティコアは異様に鋭い牙でマイラに噛み付こうとする。
その攻撃を避けたマイラだったが、まるで別の意思で動いているかのように、ほとんど同時に真上から襲ってきた蠍の尻尾を避けることは出来なかった。
「ぐッ!」
右肩を尻尾の針で穿たれたマイラから苦痛の声が漏れる。マンティコアの尻尾には本物の蠍を凌ぐ猛毒があるのだ。
エイシアが神聖魔法を唱え、マイラの傷を治そうとする。
ほとんど同時に、レミが果敢にもマンティコアの右側面に肉薄し、体ごとぶつかるようにして手にした小剣を突き立てた。彼女の持つ小ぶりな武器では、そうでもしなければ巨大な魔物にダメージを負わすことが出来ない。
こうして一瞬にして3人の女達と1頭の魔物の乱戦が始まった。
マイラ達は苦戦していた。
マンティコアは強力な魔物だ。成竜には及ばないが、それに準ずるほどの強さを誇る。
確実に倒せるのは、上級といわれるほどの冒険者くらいだ。
そしてマイラ達はまだその域には達していない。
マリーベルには何も出来なかった。
彼女は邪魔にならないように距離をとり、弓を構えて必死に魔物の動きを目で追っている。だが、3人と1頭が入り乱れて戦う中で的確にマンティコアだけを狙うことは出来なかった。彼女はまだそのような技術を会得していない。
彼女には3人の死闘を見ていることしか出来ない。
そして彼女の目には、マイラたちの不利は明らかだった。
マンティコアは、その牙で噛みつくか或いは爪で攻撃し、更にそれとほとんど同時に蠍の尻尾でも攻撃を繰り出している。
前線に立つマイラとレミは、2回に1回程度はそれらの攻撃を受けてしまう。そのダメージはどれも深刻なものだ。
特にレミは2回続けて攻撃を受ければ戦闘不能になるか、悪くすれば死んでしまうだろう。
エイシアは2人の傷を回復するのにやっとで、援護や攻撃の魔法をかける余裕はない。
マンティコアは巨体に似合わず驚くほど俊敏に動き、マイラとレミの攻撃は3回に1回程度しか当たらない。
その上、マンティコアは何れかの闇の神の信徒でもあるようで、自ら神聖魔法を唱えてその傷を治すことすら出来た。
どう考えても、エイシアのマナが尽きる方が先だ。
そして魔法による回復が出来なくなったなら、速やかにマイラとレミは殺されてしまうだろう。
「マリーベル! お前だけでも逃げろ!」
マイラがそう叫んだ。
―――お前だけでも逃げろ。
その言葉は、他の3人はこの場で死ぬということを意味している。
「嫌よ!」
マリーベルは叫んだ。
「私達は仲間でしょう! 私も戦う、最後まで戦う。皆が死ぬなら私もここで死ぬわ!」
それは身命をかけた心からの叫びだった。心ある者が聞いたならば、その心を動かさずにはおかなかっただろう。
実際その声は、3人の娘達を奮い立たせた。
だが、心を動かしたのは彼女達だけだった。
マンティコアにいたっては、まるで面白い芝居でも見たかのように顔を歪めて笑顔を作り、わざわざ「滑稽、滑稽」と声に出して嘲笑した。
マリーベルは悔しくて仕方がなかった。
マイラ達は苦戦していたが、全く歯が立たないというわけではない。後一手多ければ恐らく形成は逆転する。
2人から繰り出される攻撃を避けるよりも、3人から囲まれて攻撃されるのを避ける方が明らかに難しい。
もう1人、マイラやレミと同等くらいの技量の戦士がいれば、こちらの攻撃があたる率は大幅に高まり、その分マンティコアが自分自身を癒す回数は増える。
そうなればエイシアが援護魔法をかける余裕も生じ、更に情勢は有利になるはずだ。
つまり、マリーベルが彼女らと同等くらいに戦えれば勝てるのだ。
自分にその力がないことが、口惜しくてならなかった。
マリーベルは最近聞こえるようになっていた自然の声、恐らく精霊のものと思われるその声に向かって必死に語りかけた。
精霊を顕現させマンティコアを攻撃させることが出来れば、それもでも逆転できると考えたからだ。
その時、マンティコアの牙がマイラの右肩を捉え、噛みついた。
「くぅッ!」
マイラから苦痛の声が上がった。エイシアの神聖魔法でも簡単には癒せない大ダメージだ。
ほぼ同時に、レミも尻尾に打ち据えられ弾き飛ばされる。
更にマンティコアは右前足の爪をマイラの左腕に食い込ませてその動きを止め、マイラを噛む口に猛烈な力を籠め、深く噛み締めた。そのままマイラの右肩を食いちぎらんとする勢いだ。
「あぁ!」
マイラからいっそう悲痛な声が漏れる。
未だに悪評の影響があって通常の仕事を受けることが難しい彼女達にとって、確実に金になる仕事は妖魔狩りだった。
すぐに増えて人々の害になる妖魔については、国が全ての冒険者の店に対して常時討伐依頼を出す形になっており、冒険者なら誰が討ち取っても金を得ることが出来る。
だが、マイラが言ったとおり、さすがに王都の周辺で頻繁に妖魔を見かけるなどということはなかった。
このため、妖魔がいそうな少し離れた森まで足を伸ばすことにしたのだ。
それに最初に気が付いたのはマイラだった。そして直ぐにマリーベルも気が付く。
それは巨大な羽から生じる羽音だ。だが、視界が悪い森の中では、直ぐにその姿を捉え正体を知ることが出来ない。
しかしそれは、間違いなく急速に接近して来ている。
「何か来る!気をつけろ!」
マイラがそう叫び、4人は身を寄せ合った。
バリバリバリ、いくつもの木の枝が断ち折られるそんな音が響き、その直後にドンッという大きな音を立てて、それは地面に降り立った。
巨大な獅子の体、蠍の尻尾、蝙蝠のような羽、そしてその顔は年老いた人間のものだ。
「マンティコア!」
マリーベルがその魔物の名を口にした。
その声が終わるか終わらないかのうちにマンティコアが突っ込んで来た。
標的はエイシアだ。
マイラが愛用の武器であるクレイモアを手に、すかさずその進路に入り込んで立ちはだかった。
マンティコアは異様に鋭い牙でマイラに噛み付こうとする。
その攻撃を避けたマイラだったが、まるで別の意思で動いているかのように、ほとんど同時に真上から襲ってきた蠍の尻尾を避けることは出来なかった。
「ぐッ!」
右肩を尻尾の針で穿たれたマイラから苦痛の声が漏れる。マンティコアの尻尾には本物の蠍を凌ぐ猛毒があるのだ。
エイシアが神聖魔法を唱え、マイラの傷を治そうとする。
ほとんど同時に、レミが果敢にもマンティコアの右側面に肉薄し、体ごとぶつかるようにして手にした小剣を突き立てた。彼女の持つ小ぶりな武器では、そうでもしなければ巨大な魔物にダメージを負わすことが出来ない。
こうして一瞬にして3人の女達と1頭の魔物の乱戦が始まった。
マイラ達は苦戦していた。
マンティコアは強力な魔物だ。成竜には及ばないが、それに準ずるほどの強さを誇る。
確実に倒せるのは、上級といわれるほどの冒険者くらいだ。
そしてマイラ達はまだその域には達していない。
マリーベルには何も出来なかった。
彼女は邪魔にならないように距離をとり、弓を構えて必死に魔物の動きを目で追っている。だが、3人と1頭が入り乱れて戦う中で的確にマンティコアだけを狙うことは出来なかった。彼女はまだそのような技術を会得していない。
彼女には3人の死闘を見ていることしか出来ない。
そして彼女の目には、マイラたちの不利は明らかだった。
マンティコアは、その牙で噛みつくか或いは爪で攻撃し、更にそれとほとんど同時に蠍の尻尾でも攻撃を繰り出している。
前線に立つマイラとレミは、2回に1回程度はそれらの攻撃を受けてしまう。そのダメージはどれも深刻なものだ。
特にレミは2回続けて攻撃を受ければ戦闘不能になるか、悪くすれば死んでしまうだろう。
エイシアは2人の傷を回復するのにやっとで、援護や攻撃の魔法をかける余裕はない。
マンティコアは巨体に似合わず驚くほど俊敏に動き、マイラとレミの攻撃は3回に1回程度しか当たらない。
その上、マンティコアは何れかの闇の神の信徒でもあるようで、自ら神聖魔法を唱えてその傷を治すことすら出来た。
どう考えても、エイシアのマナが尽きる方が先だ。
そして魔法による回復が出来なくなったなら、速やかにマイラとレミは殺されてしまうだろう。
「マリーベル! お前だけでも逃げろ!」
マイラがそう叫んだ。
―――お前だけでも逃げろ。
その言葉は、他の3人はこの場で死ぬということを意味している。
「嫌よ!」
マリーベルは叫んだ。
「私達は仲間でしょう! 私も戦う、最後まで戦う。皆が死ぬなら私もここで死ぬわ!」
それは身命をかけた心からの叫びだった。心ある者が聞いたならば、その心を動かさずにはおかなかっただろう。
実際その声は、3人の娘達を奮い立たせた。
だが、心を動かしたのは彼女達だけだった。
マンティコアにいたっては、まるで面白い芝居でも見たかのように顔を歪めて笑顔を作り、わざわざ「滑稽、滑稽」と声に出して嘲笑した。
マリーベルは悔しくて仕方がなかった。
マイラ達は苦戦していたが、全く歯が立たないというわけではない。後一手多ければ恐らく形成は逆転する。
2人から繰り出される攻撃を避けるよりも、3人から囲まれて攻撃されるのを避ける方が明らかに難しい。
もう1人、マイラやレミと同等くらいの技量の戦士がいれば、こちらの攻撃があたる率は大幅に高まり、その分マンティコアが自分自身を癒す回数は増える。
そうなればエイシアが援護魔法をかける余裕も生じ、更に情勢は有利になるはずだ。
つまり、マリーベルが彼女らと同等くらいに戦えれば勝てるのだ。
自分にその力がないことが、口惜しくてならなかった。
マリーベルは最近聞こえるようになっていた自然の声、恐らく精霊のものと思われるその声に向かって必死に語りかけた。
精霊を顕現させマンティコアを攻撃させることが出来れば、それもでも逆転できると考えたからだ。
その時、マンティコアの牙がマイラの右肩を捉え、噛みついた。
「くぅッ!」
マイラから苦痛の声が上がった。エイシアの神聖魔法でも簡単には癒せない大ダメージだ。
ほぼ同時に、レミも尻尾に打ち据えられ弾き飛ばされる。
更にマンティコアは右前足の爪をマイラの左腕に食い込ませてその動きを止め、マイラを噛む口に猛烈な力を籠め、深く噛み締めた。そのままマイラの右肩を食いちぎらんとする勢いだ。
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マイラからいっそう悲痛な声が漏れる。
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