学院主席の僕は、暴力を振るってくる皇女様から訳あって逃げられません。ですが、そろそろ我慢も限界です

ギルマン

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 我が国には、帝都大学院という施設がある。
 元々は、多くの平民に学問を施し、優れた官吏や将兵を育成する事を目的に設立された施設だ。
 だが、その教育内容が優秀で、卒業生から帝国政府の高官や軍の幹部にまで出世する者が少なからず現れるようになったことから、立身出世を願う貴族の子弟も入学するようになった。
 中央集権化が進んでいる我が国では、高位の貴族に生まれても、自動的に政府や軍で権勢を振るえるわけではないからだ。

 高位貴族出身でも、実力を示して高位高官に任命されなければ政府での権力は握れない。
 実際、大学院を優秀な成績で卒業して出世した平民の方が、最高位の貴族よりも権勢を振るうようなことも起こる。
 この為、出世を望む貴族の多くが大学院に入学するようのなったのである。
 そしてついには、皇族の子弟すらも入学するようになった。

 今では18歳以下の皇族貴族子弟の多くがここで文武を学ぶほどになっている。
 そして、そのような成り立ちであるため、学院では皇族貴族の子弟も平民と机を並べて共に学んでいる。この開明性は我が国の誇りだ。

 下級貴族ハバージュ男爵家の嫡男である僕アーディル・ハバージュも、この学院に属し戦略部門と戦術部門を主に専攻している。
 そして、ここはその帝都大学院の馬術練習場。
 僕は馬術の授業は受けていないが、見学者としてこの場にいる。
 というか実際は、自分の学習を切り上げて少し前に着いたところだ。
 もう直ぐあの方の馬術の実技試験が終わる時間だからだ。

 僕の計算に間違いはなかった。
 僕が練習場についてしばらくしたところで、あの方、即ち我が国の第二皇女セスリーン殿下の試験が終わり、殿下が馬から下りた。

 セスリーン殿下は、見た目は完璧だ。
 薄く紫がかったプラチナブロンドの髪は、長く豊かに波うち、どんな貴金属よりも遥かに美しい。
 輝くような白い肌は最上級の白磁の美も到底及ばない。
 一際目を引く菫色の輝く瞳、美しく整った鼻筋、魅惑的な唇、などなどの最高のパーツが、最高のバランスで配置され、全体的に少し気が強そうな最高の美貌を形作っている。
 体のラインにあった騎乗服を着ている為に、窺い知ることが出来るプロポーションも完璧だ。
 基本的にスレンダーだけど出るところは出ている。
 至高の美と言ってもいいだろう。
 だが、彼女が完璧なのは見た目だけだ。

 馬から下りた殿下がこちらに向かって歩いて来る。
 その表情は不機嫌さを湛えていた。試験の結果が良くなかったからだろう。
 僕は最後の方しか見ていないが、その僕が見た場面だけでも失敗があった。
 これは相当荒れているな……。

 僕は非礼にならないように顔を伏せた。
 セスリーン殿下は僕の目の前まで歩いてくる。
 すると風を切る鋭い音が響いた。
 セスリーン殿下が手にした馬乗鞭を大きく振りかぶると、僕に向かって思い切り振り下ろしたのだ。
 僕にはその攻撃を避ける事ができなかった。

「うッ!!」
 右肩に鋭い痛みが走り、思わず声が漏れた。
 幸いダメージはさほどではない。セスリーン殿下は見た目どおり非力だからだ。
 世の中には、身に宿すオドの質と量によって、華奢な体格ながら驚くほど強力な攻撃を繰り出す者もいる。
 だが、セスリーン殿下はそんな存在ではない。お陰で僕は命拾いしている。
 セスリーン殿下には頻繁に打ち据えられてから、その攻撃が強力だったら、きっとどこかで死んでいるだろう。

 だが、死ななければいいという問題ではない。
(くそッ!)
 僕は思わず心中で悪態をついた。
 ダメージがそれほどでなくとも痛いものは痛いし、人前に叩かれる事自体が耐え難い屈辱だ。

 怒りを態度に出さないように必死に堪える僕に、セスリーン殿下が言い放った。
「ッ! なぜ避けないの!? 避けないお前が悪いのよ!」
 その言い草はないだろう。

「この後史学の自主勉強をします。付き合いなさい」
 僕を叩いて多少溜飲を下げたらしい殿下は、そう言って去っていった。
 僕は殿下の後に続いた。
 殿下の後について行くのは僕だけだった。



 僕、アーディル・ハバージュは、いわゆるセスリーン殿下の取り巻きだ。
 下級貴族の僕がそんな立場になれたのは、成績が優秀だったからだ。
 戦略と戦術の部門ではずっと首位を維持しているし、他の学問でも大体優秀な成績を修めている。学問の分野を総合すると僕が学院全体の主席だ。
 実際僕は、学問の面で殿下を助けている。
 自主勉強に付き合えといわれたのはそのことだ。

 そして、第二皇女という至高の身分も持つ生徒で、最高に美しく、しかし高慢で、直ぐに手が出るセスリーン殿下は、学院内の暴君だった。
 だが、今はもう違う。彼女の独裁政権は数ヶ月前に崩壊した。

 その日セスリーン殿下は、殿下に向かって苦言を呈した平民出の女生徒を平手打ちした。その場所は階段の踊り場だった。
 女生徒は階段から落ちて大怪我をした。
 流石に大事になり、このことはセスリーン殿下の両親、つまり皇帝・皇后両陛下の耳に入った。

 皇帝・皇后両陛下は、今のこの国における絶対的な権力者だ。何人もお2人に逆らう事はできない。そして、幸いな事に親馬鹿ではなかった。
 両陛下はセスリーン殿下の行動を問題視した。
 特に激しいご気性の皇后陛下は、娘の不祥事に激怒したといわれている。

 セスリーン殿下は謹慎を言い渡され、その後被害者である女生徒に公式に謝罪させられた。
 そして、セルリーン殿下からは皇帝位継承権が剥奪された。
 これは皇族にとって極めて重い罰だ。
 そして、エルナバータ公爵嫡子オストロス殿との婚約も解消となった。
 更に殿下への罰はそれで終わったわけですらなく、学院には復帰したものの、最終的な処分は今も皇后陛下の預かりになっているのだそうだ。

 この結果、セスリーン殿下の取り巻きだった者達のほとんどが殿下から離れた。
 個人的には離れがたく思っている者も何人かはいたようだが、実家がそれを許さなかった。
 皇帝・皇后両陛下という正真正銘の最高権力者から、不興を買ってしまった殿下に付き従っても何の利益にもならない。
 それどころか、皇后陛下のご気性を考えると、最終的な処分が下される時にセスリーン殿下の近くにいると、とばっちりで被害を受ける危険性すらあったからだ。

 結局残った取り巻きは僕だけだった。
 僕には殿下から逃げられない理由がある。
 そして、多分殿下もその理由に気がついている。
 だから、相手が僕なら何をしても問題ないと思っているんだろう。しかし、それにも限度というものがあると思う。
 まったく、何でこんな事になってしまったのか……。
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