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「お前、その格好はどうにかならないの?」
 自習室に移り、自主勉強が始まって暫くたったところで、セスリーン殿下が僕に向かってそう言った。
 僕が着ている服は学院の制服で、特に汚してもいないので服装の事ではないだろう。
 それ以外の見た目が気に食わないのだと思われる。

 実際、僕は正直に言って見たところがよくない。
 身長は平均的な男子よりも少しだけ低いくらいだが、体格は痩せ気味といわざるを得ないだろう。
 顔は自分では平均的だと思っているが、野暮せったい眼鏡をかけているのは、きっと減点だ。
 そして、特にきれいでもない黒髪をぼさぼさにして、前髪もたらしている。
 眼鏡と前髪は実のところわざとだ。余り顔をはっきり見られたくないと思ってそんな風にしている。
 でも、殿下に歯向かうほどの理由があってのことではない。
 体格を変えるのは無理だが、髪型くらいは変えてもいいだろう。
 そう思って殿下に答えた。

「ご不快であれば、髪形くらいは直ぐにでも変えますが、どのような髪型がお好みですか?」
「……。お、お前の姿形などに興味はありません。何をどう変えてもお前のような屑は屑のままなのだから無駄な事はおよしなさい」
 いや、あなたがどうにかならないかと言って来たんですが?
 そう思ったが、結局「申し訳ありません」と答えた。
(はぁ)
 思わず心中でため息をもらしてしまう。真っ向から屑呼ばわりは中々きつい。

 
 
 僕の事を屑呼ばわりした事など気にも留めずに、殿下の言葉は続いた。
「ところで、先月大規模な魔物の討伐があったことを知っている?」
「存じております」
 殿下は唐突に話題を変え、僕はそれに答える。
「それに参加した冒険者が、随分な活躍をしたそうね」
「そのような話もあるようです」
「その冒険者がいなければ、軍に相当の被害が出ただろうと噂されているようね。
 情けない話だわ。我が国はもっと軍備に力を入れるべきなのよ」

 この殿下の意見には対しては異議があった。
 確かに我が国では往時に比べて兵力を縮小している。
 しかしそれは軍事を軽んじている事を意味しない。効率化と適材適所を徹底しているだけだ。
 実際魔物退治なら、騎士や兵士よりも慣れている冒険者を活用するのは合理的な判断といえる。腕利きの冒険者を雇って、軍に被害が出るのを防いだ上で魔物も討伐できたなら、それは作戦成功というべきであり、何の問題もない。
 だが、殿下に口答えをするのは止めておいた。

「その活躍したという冒険者、何という名だったかしら」
「アスラン、と聞いております」
「烈風のアスランというのよね」
 ……知っているんじゃないか。

「変幻自在の剣を扱う若くて優秀な冒険者だそうね。
 貴族の子女の中にも入れあげている者もいると聞いているわ。きっと見てくれも良いのでしょうね」
「私には分かりかねます」
「その者の戦う姿を見ることは出来ないかしら」
「それは……、今の殿下のお立場では難しいかと……」
 かつての自由気ままに振舞えていた頃のセスリーン殿下なら、市井の冒険者を身近に見る方法も何かあったかも知れない。だが、実質的に両陛下の監視下にある今の殿下には不可能だ。

「……そうね。自分で見て確認したかったのだけれど、本当にそれほど優秀ならば軍に登用すべきだと思うのよ」
「お言葉ですが、人には向き不向きというものがあります。強ければ必ず軍で活躍できるとは限りません」
「お黙りなさい。お前のような屑の意見は聞いていません」
「……」
 殿下に意見を言うと、大概こんな感じになる。
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