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あの団体闘技試合のあと、何やら訳が分からないうちに時間が過ぎて、今はもう夜になっている。
そして、僕は今、またセスリーン殿下の前で跪き、頭を下げていた。
あの試合が終わった後、皇后陛下の命を受けたという人たちが僕のところにやって来て、ついてくるように告げた。
僕は素直にそれに従った。
連れて行かれたのは、皇宮だった。そして、いろいろと身支度を整えさせられる。
この間に、セスリーン殿下と顔を合わせる事はなかった。僕は安堵していた。どんな顔で殿下にお会いすればいいかわからなかったからだ。
そして最後に、皇宮内のある部屋に案内された。
その部屋に入るなり、僕は跪いて頭を下げた。室内にセスリーン殿下がいらっしゃったからだ。
そうして、今に至っているというわけである。
部屋に入った時に垣間見てしまった殿下は、とても簡素な、そして、目のやり場に困る衣服を身に付けていた。露出が多いわけではない。足元までを緩やかに覆うワンピース状の服だった。
ただ、その服にはほとんど装飾がなく、布がとても薄かった。少し見ただけでも、その下にはもう下着しか身に付けていない事が察せられるほどだ。
いや、高貴な方にとっては、この服装そのものが、既に下着姿も同然なのではないだろうか。
その上この部屋には、随分と豪奢な寝台が置かれている。
僕をこの部屋に案内した人たちはすぐさま退出して、扉を閉めてしまった。
今この部屋には、殿下と僕の二人しかいない。寝台が置かれているこの部屋に、だ。
これは、この状況は……。
もし仮に、闘技場で皇后陛下が言った事が本気だったとしても、いくら何でもこれは……。
僕はとりあえず、セスリーン殿下の姿を見ないようにひたすら床に顔を向けた。
あんな姿の殿下を見てしまったら、いろいろと我慢が出来なくなってしまいそうだったからだ。
そして、何もしゃべる事が出来ずにいる。一体どんなことを語ればいいのかまるで分からない。
沈黙する僕に向かって、セスリーン殿下が口を開いた。
「何を畏まっているの、アーディル。
お母様の言葉を聞いていたでしょう。私はあなたへの褒美の品よ。
あなたは、もう私に気を使う必要はない。私の事をどうとでも好きなようにしていいのだから。私は、もう、あなたに逆らうことは出来ない。
あなたも、私の日頃の行いに思うところがあったでしょう? 思い切りやり返していいのよ」
この言葉には腹が立った。
僕の殿下への気持ちを甘く見ないで欲しい。
「畏れながら申し上げます。私は、皇后陛下の如何なるお言葉があったとしても、殿下の意に沿わない事は決して行いません」
僕はそう告げた。
この僕が、殿下を傷つけるようなことをするはずがない。そんな事をすると思われていたなら、とても悲しい事だ。
殿下から、小さな声で返答があった。
「……意に沿わないわけではありません」
(え!? 今なんて言ったんだ?)
「何と言われましたか?」
しまった。思った事が、ほとんどそのまま口から出ている。
「こんな事を、何度も言わさないで……」
セスリーン殿下はそう返す。
何度も言いたくないってことは、恥ずかしいことだから、だよな。それって、それは、ひょっとして、今の言葉の意味は……。
やばい、変な事を想像してしまって、我慢が効かなくなりそうだ。我慢、我慢をしないと。でも、我慢って、何のためにするんだったけ?
混乱する僕の近くに殿下が歩いてくる。
そして、僕の目の前で両膝をついた。
否応もなく、殿下の太腿が僕の視界に入った。
何というか、布が、本当に薄い。
「こちらを見て、アーディル」
僕は殿下の声に従って、顔を上げた。相変わらず最高に美しい顔が目に入る。
「アーディル、私の事をどう思ってくれているか、もう一度教えて」
「愛しています」
自然にそう答えた。
「嬉しく思います」
殿下はそう返してくれる。そして、言葉を続けた。
「今、お母様の言葉があっても、私が嫌がる事はしないと言ってくれたけれど。
私を愛しているなら、あなた自身は、私をどうしたいと思っているの?
私とどうなりたいのか、それを、教えて」
その言葉には、何かを訴えているような、真剣な響きがある。
僕も本当の気持ちを、その望みを返さない訳にはいかない。
そう思ったが、僕には上手く言葉を紡ぐことが出来なかった。
「わ、私は……、その、殿下と……」
「もう、殿下ではないわ」
そう告げる静かな声を聞いて、僕は少しだけ落ち着く事ができた。そして、改めて口を開いた。
「セ、セスリーン様。
私の望みを申し上げます。叶うことならば、この私と、結婚してください。
愛するあなたに共に生きる事、それが私の望みです」
「あなたの気持ちを受け入れます。私を、あなたの妻にしてください」
セスリーン様はそう言って、目を閉じた。
僕も、その意味が分からないほど鈍くはないつもりだ。
「よろしいのですか?」
それでも、僕はそう確認した。
セスリーン様は目を閉じたまま小さく頷く。
僕はセスリーン様の顔に自分の顔を近づけ、その唇に口づけをした。
セスリーン様の手が、僕の背中にまわる。そして、身を寄せてきてくれる。
僕もセスリーン様の背中に両手を回し、強く抱きしめた。
「ん!」
セスリーン様の口から、そんなかすかな声が漏れた。
僕はもう、これ以上我慢する事が出来なかった。
そして、僕は今、またセスリーン殿下の前で跪き、頭を下げていた。
あの試合が終わった後、皇后陛下の命を受けたという人たちが僕のところにやって来て、ついてくるように告げた。
僕は素直にそれに従った。
連れて行かれたのは、皇宮だった。そして、いろいろと身支度を整えさせられる。
この間に、セスリーン殿下と顔を合わせる事はなかった。僕は安堵していた。どんな顔で殿下にお会いすればいいかわからなかったからだ。
そして最後に、皇宮内のある部屋に案内された。
その部屋に入るなり、僕は跪いて頭を下げた。室内にセスリーン殿下がいらっしゃったからだ。
そうして、今に至っているというわけである。
部屋に入った時に垣間見てしまった殿下は、とても簡素な、そして、目のやり場に困る衣服を身に付けていた。露出が多いわけではない。足元までを緩やかに覆うワンピース状の服だった。
ただ、その服にはほとんど装飾がなく、布がとても薄かった。少し見ただけでも、その下にはもう下着しか身に付けていない事が察せられるほどだ。
いや、高貴な方にとっては、この服装そのものが、既に下着姿も同然なのではないだろうか。
その上この部屋には、随分と豪奢な寝台が置かれている。
僕をこの部屋に案内した人たちはすぐさま退出して、扉を閉めてしまった。
今この部屋には、殿下と僕の二人しかいない。寝台が置かれているこの部屋に、だ。
これは、この状況は……。
もし仮に、闘技場で皇后陛下が言った事が本気だったとしても、いくら何でもこれは……。
僕はとりあえず、セスリーン殿下の姿を見ないようにひたすら床に顔を向けた。
あんな姿の殿下を見てしまったら、いろいろと我慢が出来なくなってしまいそうだったからだ。
そして、何もしゃべる事が出来ずにいる。一体どんなことを語ればいいのかまるで分からない。
沈黙する僕に向かって、セスリーン殿下が口を開いた。
「何を畏まっているの、アーディル。
お母様の言葉を聞いていたでしょう。私はあなたへの褒美の品よ。
あなたは、もう私に気を使う必要はない。私の事をどうとでも好きなようにしていいのだから。私は、もう、あなたに逆らうことは出来ない。
あなたも、私の日頃の行いに思うところがあったでしょう? 思い切りやり返していいのよ」
この言葉には腹が立った。
僕の殿下への気持ちを甘く見ないで欲しい。
「畏れながら申し上げます。私は、皇后陛下の如何なるお言葉があったとしても、殿下の意に沿わない事は決して行いません」
僕はそう告げた。
この僕が、殿下を傷つけるようなことをするはずがない。そんな事をすると思われていたなら、とても悲しい事だ。
殿下から、小さな声で返答があった。
「……意に沿わないわけではありません」
(え!? 今なんて言ったんだ?)
「何と言われましたか?」
しまった。思った事が、ほとんどそのまま口から出ている。
「こんな事を、何度も言わさないで……」
セスリーン殿下はそう返す。
何度も言いたくないってことは、恥ずかしいことだから、だよな。それって、それは、ひょっとして、今の言葉の意味は……。
やばい、変な事を想像してしまって、我慢が効かなくなりそうだ。我慢、我慢をしないと。でも、我慢って、何のためにするんだったけ?
混乱する僕の近くに殿下が歩いてくる。
そして、僕の目の前で両膝をついた。
否応もなく、殿下の太腿が僕の視界に入った。
何というか、布が、本当に薄い。
「こちらを見て、アーディル」
僕は殿下の声に従って、顔を上げた。相変わらず最高に美しい顔が目に入る。
「アーディル、私の事をどう思ってくれているか、もう一度教えて」
「愛しています」
自然にそう答えた。
「嬉しく思います」
殿下はそう返してくれる。そして、言葉を続けた。
「今、お母様の言葉があっても、私が嫌がる事はしないと言ってくれたけれど。
私を愛しているなら、あなた自身は、私をどうしたいと思っているの?
私とどうなりたいのか、それを、教えて」
その言葉には、何かを訴えているような、真剣な響きがある。
僕も本当の気持ちを、その望みを返さない訳にはいかない。
そう思ったが、僕には上手く言葉を紡ぐことが出来なかった。
「わ、私は……、その、殿下と……」
「もう、殿下ではないわ」
そう告げる静かな声を聞いて、僕は少しだけ落ち着く事ができた。そして、改めて口を開いた。
「セ、セスリーン様。
私の望みを申し上げます。叶うことならば、この私と、結婚してください。
愛するあなたに共に生きる事、それが私の望みです」
「あなたの気持ちを受け入れます。私を、あなたの妻にしてください」
セスリーン様はそう言って、目を閉じた。
僕も、その意味が分からないほど鈍くはないつもりだ。
「よろしいのですか?」
それでも、僕はそう確認した。
セスリーン様は目を閉じたまま小さく頷く。
僕はセスリーン様の顔に自分の顔を近づけ、その唇に口づけをした。
セスリーン様の手が、僕の背中にまわる。そして、身を寄せてきてくれる。
僕もセスリーン様の背中に両手を回し、強く抱きしめた。
「ん!」
セスリーン様の口から、そんなかすかな声が漏れた。
僕はもう、これ以上我慢する事が出来なかった。
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