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それから、数刻が過ぎて、セスリーン様が僕に話しかけてくれた。
「ねえ、アーディル。あなたは忘れているだろうと言ったけれど、私は、剣の稽古をする男の子に頑張ってと言ったことを覚えているわ。
確かに、あの子があなただとは気付いていなかったけれど、そんな事があったことは忘れていなかった。だって、あれは私が始めて家族以外の男の子に好意を持った時の事だったから。
あの時私は、その子に、つまりあなたに好意を持っていたの」
「光栄です」
僕は心の底からそう思った。あの出来事が、セスリーン様にとっても大切な思い出だったとするなら、本当に嬉しい事だ。
「それから、あんな態度をとってしまっていて、信じてはもらえないでしょうけれど、私は、最近もあなたに好意を持っていたの」
「ありがとうございます」
僕はそう答えたが、さすがにすぐには信じられなかった。
好意を持つ相手にあの態度はさすがにありえない。というか、まさかと思うが、加虐趣味の懸念すら考えざるを得なくなってしまう。
「本当よ。最初は、あなただけが私の周りに残ってくれた事が嬉しかった。
それに、私が嫌な思いをしないように、あなたが凄く気を使ってくれている事も分かった。その心遣いが嬉しかった。私に寄り添ってくれているようで。
だから、もしかして、あなたは私の身分とか立場とかではなく、私自身に好意を持ってくれているのかも知れないとも思ったの。
そう想像すると、とても心が温かくなったわ。それで、それが私の願望なんだって気付いたの。私が、あなたに愛されたいと思っているんだって。
でも、私は、そんな気持ちになった事は今までなかったし、どうしていいかわからなくて。他人に気付かれるのも恥ずかしかったから、気取られないようにしようとも思ってしまって……。
それに、私、嫌な事があると直ぐに気が立って、つい乱暴な事をしてしまって……。
ごめんなさい、アーディル。
あなたに乱暴な事をしてしまった後、いつも後悔していたの。今度こそ嫌われてしまったらどうしようかって」
「私があなたを嫌うなどということは、未来永劫ありえません」
「ありがとう。
だから、私、あなたが私の為に戦うと言ってくれた時、本当はとても嬉しかったの。
それなのに、あんな言い方をしてしまって……、ごめんなさい」
「いえ、私の身を案じていただいていた事は分かっています」
「アーディル……、あなたは……、本当に、ありがとう。
あなたが私の事を思ってくれていると言ってくれた時も、本当に嬉しかった。
私も、あなたの気持ちに応えたい、あなたが求めてくれるなら、私の全てを捧げて、共に生きていきたいと、そう思ったわ。
だから、私も、お母様に言われたからこうしているのではないの。
さっきは、お母様の言葉を利用するような事を言ってしまったけれど、本当は、私自身があなたとこうなりたかったの。その事を覚えておいて」
胸が熱くなる。
セスリーン様が僕に好意を持ってくれた事は事実だと思ったけれど、それは僕がセスリーン様の為に戦った事による、一時のものだと思っていた。
前からセスリーン様が僕の事を好きだったなんて、そんなふうに思っていただいて、これほどの言葉をかけてもらえるなんて、本当に夢のようだ。
「身に余るお言葉です。そのように思っていただけるなんて……、これほど幸福なことはありません」
僕はどうにかそう答えた。
「私こそ、幸せよ。アーディル。
それからね、私はなぜか、アスランという冒険者の話が気にかかっていたの。
なぜか、その活躍を聞くと、ときめく様な気持ちになっていた。
あなたに好意を持っているのに、見た事もない冒険者の活躍に心をときめかせるなんて、私は心が多い女なのかと思って、気にしていたのだけれど、その冒険者のアスランもあなただったのね?」
「はい。隠し事をしてしまい申し訳ありません」
「そんな事はいいの。それよりも、きっと私は、冒険者のアスランがあなただったから気になっていたのよ。きっとそう。
つまり、私が家族以外で好意を持った異性は、全部あなただったの。
だから、私のあなたへの愛も、きっとあなたに負けていないわ。
あなたが、私のことをどれほど強く愛してくれていたかは、今教えてもらったけれど、私のあなたへの愛も、同じくらい強いわ。
愛しているわ、アーディル」
愛している。セスリーン様が僕に向かってそう言ってくれた。本当に、本当に嬉しい。
「ありがとうございます。セスリーン様、私も…」
「もう様付けはやめて」
「……セスリーン。愛しています」
「私もよ、アーディル」
そういうとセスリーンは目を閉じた。
なんて愛らしいんだろう。
誰だ、セスリーンが完璧なのは見た目だけだなんて言ったのは。セスリーンは、身も心も完璧に美しくて可愛らしい最高の女性だ。
僕は、目を閉じる彼女にもう一度口づけし、そしてまたその身体を抱き寄せた。
あの日から、1月余りが過ぎた。
信じがたい事に、僕とセスリーンは本当に結婚している。
法的にセスリーンは今、セスリーン・ハバージュだ。格式も何もあったものではない急な降嫁だ。
一応、式典だの、儀礼だのの、諸々はこれからいろいろ整えるらしい。
ただ、僕はもうセスリーンと一緒に暮らしている。
畏れ多い事に、我が家の小さな屋敷に来てもらっているのだ。
皇宮から比べれば、あばら家同然の我が家に、セスリーンが文句1つ言わず、僕と一緒にいられるならそれで良いと言ってくれたのは本当に嬉しかった。
オストロス殿と、エルナバータ公爵家には処分が降った。
西軍で戦う予定だった戦士達に働きかけて、欠席させた事が発覚したからだ。
そんな事をしていたとは信じがたかった。
あの皇后陛下の御不興を買うような事を意図的にするとは、正気の沙汰ではない。
どうも、オストロス殿は5人の戦士達にそれぞれ別個に働きかけていたらしい。
実際に欠席した連中も、その者達に対してオストロス殿の意を受けて工作していた者達も、全員が欠席するのは1人だけと思っていたようだ。
5人全員を欠席させる企みだと把握していたのは、オストロス殿1人だけだった。
だから、事態の深刻さに気付いてオストロス殿を止める者がいなかったわけである。
まあ、1人くらいなら大丈夫と思ってそんな行動をする時点でも、大分間違っているんだが……。
この処分について、皇后陛下は、徒党を組んで謀議の末、皇帝家の権威を貶めた、という理由で反逆罪を適用し、エルナバータ家を取り潰しの上族滅、欠席した戦士5名も全員縛り首にしようとしたそうだ。
しかし、皇帝陛下の裁定で、エルナバータ家は伯爵への降爵と、領地の削減、そして、当主を皇帝家に近しい者へ代える。
5人の戦士もそれぞれ蟄居、ということで決着した。
オストロス殿本人も命は助かった。
彼だけでも処刑という話しもあったそうだが、皇女セスリーンの婚姻という慶事を血で汚すべきではない、ということで、廃嫡の上終身幽閉となった。
そんな諸々があったが、僕達は学院生活を続けている。
「アーディル。直ぐに食事の手配と、午後の準備をなさい」
セスリーンがそう声をかけてくる。前と同じ強い口調だ。
「はい、畏まりました」
僕もそう答える。
僕達は相談の上、学院では前と同じような態度で生活する事にしていた。さすがに暴力を振るう事はもうないけれど、セスリーンの態度は前と変わらない。
いきなり態度を変えるのが、お互い恥ずかしいと思ったからだ。
そんな僕達の様子を見て、僕に哀れみの目を向ける者もいるし、あの様子では白い結婚なのだろう、などと言う者もいるが、そんなのは言わせておけばいい。
2人きりになった時に、きつい言葉を言ってしまった事を謝ってくるセスリーンが最高に可愛いとか、意外に少し強引な方が好みだったりする事とか、そんな事は、僕だけが知っていれば良いんだから。
――― 完 ―――
「ねえ、アーディル。あなたは忘れているだろうと言ったけれど、私は、剣の稽古をする男の子に頑張ってと言ったことを覚えているわ。
確かに、あの子があなただとは気付いていなかったけれど、そんな事があったことは忘れていなかった。だって、あれは私が始めて家族以外の男の子に好意を持った時の事だったから。
あの時私は、その子に、つまりあなたに好意を持っていたの」
「光栄です」
僕は心の底からそう思った。あの出来事が、セスリーン様にとっても大切な思い出だったとするなら、本当に嬉しい事だ。
「それから、あんな態度をとってしまっていて、信じてはもらえないでしょうけれど、私は、最近もあなたに好意を持っていたの」
「ありがとうございます」
僕はそう答えたが、さすがにすぐには信じられなかった。
好意を持つ相手にあの態度はさすがにありえない。というか、まさかと思うが、加虐趣味の懸念すら考えざるを得なくなってしまう。
「本当よ。最初は、あなただけが私の周りに残ってくれた事が嬉しかった。
それに、私が嫌な思いをしないように、あなたが凄く気を使ってくれている事も分かった。その心遣いが嬉しかった。私に寄り添ってくれているようで。
だから、もしかして、あなたは私の身分とか立場とかではなく、私自身に好意を持ってくれているのかも知れないとも思ったの。
そう想像すると、とても心が温かくなったわ。それで、それが私の願望なんだって気付いたの。私が、あなたに愛されたいと思っているんだって。
でも、私は、そんな気持ちになった事は今までなかったし、どうしていいかわからなくて。他人に気付かれるのも恥ずかしかったから、気取られないようにしようとも思ってしまって……。
それに、私、嫌な事があると直ぐに気が立って、つい乱暴な事をしてしまって……。
ごめんなさい、アーディル。
あなたに乱暴な事をしてしまった後、いつも後悔していたの。今度こそ嫌われてしまったらどうしようかって」
「私があなたを嫌うなどということは、未来永劫ありえません」
「ありがとう。
だから、私、あなたが私の為に戦うと言ってくれた時、本当はとても嬉しかったの。
それなのに、あんな言い方をしてしまって……、ごめんなさい」
「いえ、私の身を案じていただいていた事は分かっています」
「アーディル……、あなたは……、本当に、ありがとう。
あなたが私の事を思ってくれていると言ってくれた時も、本当に嬉しかった。
私も、あなたの気持ちに応えたい、あなたが求めてくれるなら、私の全てを捧げて、共に生きていきたいと、そう思ったわ。
だから、私も、お母様に言われたからこうしているのではないの。
さっきは、お母様の言葉を利用するような事を言ってしまったけれど、本当は、私自身があなたとこうなりたかったの。その事を覚えておいて」
胸が熱くなる。
セスリーン様が僕に好意を持ってくれた事は事実だと思ったけれど、それは僕がセスリーン様の為に戦った事による、一時のものだと思っていた。
前からセスリーン様が僕の事を好きだったなんて、そんなふうに思っていただいて、これほどの言葉をかけてもらえるなんて、本当に夢のようだ。
「身に余るお言葉です。そのように思っていただけるなんて……、これほど幸福なことはありません」
僕はどうにかそう答えた。
「私こそ、幸せよ。アーディル。
それからね、私はなぜか、アスランという冒険者の話が気にかかっていたの。
なぜか、その活躍を聞くと、ときめく様な気持ちになっていた。
あなたに好意を持っているのに、見た事もない冒険者の活躍に心をときめかせるなんて、私は心が多い女なのかと思って、気にしていたのだけれど、その冒険者のアスランもあなただったのね?」
「はい。隠し事をしてしまい申し訳ありません」
「そんな事はいいの。それよりも、きっと私は、冒険者のアスランがあなただったから気になっていたのよ。きっとそう。
つまり、私が家族以外で好意を持った異性は、全部あなただったの。
だから、私のあなたへの愛も、きっとあなたに負けていないわ。
あなたが、私のことをどれほど強く愛してくれていたかは、今教えてもらったけれど、私のあなたへの愛も、同じくらい強いわ。
愛しているわ、アーディル」
愛している。セスリーン様が僕に向かってそう言ってくれた。本当に、本当に嬉しい。
「ありがとうございます。セスリーン様、私も…」
「もう様付けはやめて」
「……セスリーン。愛しています」
「私もよ、アーディル」
そういうとセスリーンは目を閉じた。
なんて愛らしいんだろう。
誰だ、セスリーンが完璧なのは見た目だけだなんて言ったのは。セスリーンは、身も心も完璧に美しくて可愛らしい最高の女性だ。
僕は、目を閉じる彼女にもう一度口づけし、そしてまたその身体を抱き寄せた。
あの日から、1月余りが過ぎた。
信じがたい事に、僕とセスリーンは本当に結婚している。
法的にセスリーンは今、セスリーン・ハバージュだ。格式も何もあったものではない急な降嫁だ。
一応、式典だの、儀礼だのの、諸々はこれからいろいろ整えるらしい。
ただ、僕はもうセスリーンと一緒に暮らしている。
畏れ多い事に、我が家の小さな屋敷に来てもらっているのだ。
皇宮から比べれば、あばら家同然の我が家に、セスリーンが文句1つ言わず、僕と一緒にいられるならそれで良いと言ってくれたのは本当に嬉しかった。
オストロス殿と、エルナバータ公爵家には処分が降った。
西軍で戦う予定だった戦士達に働きかけて、欠席させた事が発覚したからだ。
そんな事をしていたとは信じがたかった。
あの皇后陛下の御不興を買うような事を意図的にするとは、正気の沙汰ではない。
どうも、オストロス殿は5人の戦士達にそれぞれ別個に働きかけていたらしい。
実際に欠席した連中も、その者達に対してオストロス殿の意を受けて工作していた者達も、全員が欠席するのは1人だけと思っていたようだ。
5人全員を欠席させる企みだと把握していたのは、オストロス殿1人だけだった。
だから、事態の深刻さに気付いてオストロス殿を止める者がいなかったわけである。
まあ、1人くらいなら大丈夫と思ってそんな行動をする時点でも、大分間違っているんだが……。
この処分について、皇后陛下は、徒党を組んで謀議の末、皇帝家の権威を貶めた、という理由で反逆罪を適用し、エルナバータ家を取り潰しの上族滅、欠席した戦士5名も全員縛り首にしようとしたそうだ。
しかし、皇帝陛下の裁定で、エルナバータ家は伯爵への降爵と、領地の削減、そして、当主を皇帝家に近しい者へ代える。
5人の戦士もそれぞれ蟄居、ということで決着した。
オストロス殿本人も命は助かった。
彼だけでも処刑という話しもあったそうだが、皇女セスリーンの婚姻という慶事を血で汚すべきではない、ということで、廃嫡の上終身幽閉となった。
そんな諸々があったが、僕達は学院生活を続けている。
「アーディル。直ぐに食事の手配と、午後の準備をなさい」
セスリーンがそう声をかけてくる。前と同じ強い口調だ。
「はい、畏まりました」
僕もそう答える。
僕達は相談の上、学院では前と同じような態度で生活する事にしていた。さすがに暴力を振るう事はもうないけれど、セスリーンの態度は前と変わらない。
いきなり態度を変えるのが、お互い恥ずかしいと思ったからだ。
そんな僕達の様子を見て、僕に哀れみの目を向ける者もいるし、あの様子では白い結婚なのだろう、などと言う者もいるが、そんなのは言わせておけばいい。
2人きりになった時に、きつい言葉を言ってしまった事を謝ってくるセスリーンが最高に可愛いとか、意外に少し強引な方が好みだったりする事とか、そんな事は、僕だけが知っていれば良いんだから。
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