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第1章
39.法廷・闘争②
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エイクがユリアヌスの方を見ると、ユリアヌスと目があった。ユリアヌスは微笑み、微かに頷く。
エイクは、これまでの事を思い起こしていた。
エイクは、己の力を取り戻したその翌日から、ハイファ神殿に連絡を取っていた。
最初にリーリアから事情を聞いた時、エイクにはいかなる形であれ公に訴え出るという発想はなかった。
ただの冒険者見習いが、何の証拠もなく大貴族を告発しても相手にされるはずがない。そんなことは分かり切っていたからだ。
しかし、その日の内に状況は一変した。
ロドリゴら“吞み干すもの”の襲撃部隊を返り討ちにし、捕虜にした女闇司祭という動かぬ証拠を手にしたからだ。
そして、エイクにはその証拠を、内密かつ効果的に活用する術に心当たりがあった。
生前の父が秘密裏にユリアヌスと連絡を取っていた方法を試すのだ。
それは、ハイファ神殿に隣接して店を構える、ヨウス商会という中規模の商会を通してユリアヌスと連絡を取るという方法だった。
この方法は今も通用し、驚くべき事に、ユリアヌスはその夜の内にエイクと面会した。
彼は、かつてエイクが苦境に陥った時に手助け出来なかった事を悔いている。次に頼られた時こそは力になろうと心に誓っていた、と述べた。
エイクはリーリアと捕らえた女司祭をハイファ神殿に引き渡し、事情を説明した。
ユリアヌスは驚きつつも、自らもリーリアらに尋問し、その結果エイクを信じて全面的な協力を申し出た。
悪事をなす闇信仰信者を取り締まることは、ハイファ神殿の重大な使命であり、むしろ神殿の方からエイクに協力を依頼したい、とまで述べたほどだった。
そして、エイクとユリアヌスは相談の上、今後とるべき作戦を決めた。
それは、エイクがあえて目立つ行動を取って相手の気を引き、その間にユリアヌスが神殿に属する諜報員を用いて、フォルカスと“呑み干すもの”を断罪できるだけの証拠を探す。というものだった。
ユリアヌスは特に、ローリンゲン侯爵家内部にフォルカスに反感を持つ者がいると思うから、そういう者と接触が出来れば事態は一気に有利になるだろう、との見解を示した。
なぜ反感を持つ者がいると思うのか?とのエイクの問いに、ユリアヌスは「闇信仰を行うような者に、大きな貴族家を穏便で適正に治めるとことなど出来ません。必ず身勝手な行いをして反感を買っています」と断言した。
エイクは具体的な目立つ行動として、あえて“イフリートの宴亭”に顔を出し、挑発的な言動をとって、“夜明けの翼”をおびき出すこと。
そして、森へ誘い込んで、地形と罠を利用して戦おうと考えている事を告げた。
更に、その戦いに特別な支援をしてもらう必要はないとも申し出た。
神殿からの何らかの支援を得る事で、神殿が動いている事に感づかれる可能性が生じる方が問題だからと、その理由を説明した。
ユリアヌスは心配しつつもその意見も認めた。
そして、エイクが街を出て森へ向かった翌日の早朝には、エイクが根城にしているという猟師小屋へ人をやるので、何とか合流して互いに経過報告を行う事とした。
“夜明けの翼”を倒した後、エイクは予定通りに猟師小屋でユリアヌスの使者と合流し、ユリアヌス側の動きも予想以上に順調だとの報告を受けた。
既に、フォルカスに反感を持つ侯爵家の一族の者と、接触をとる算段がついたというのだ。
いくらなんでも早すぎると考えたエイクだったが、フォルカスが自分の護衛の為に息の掛かった者たちをかき集めた結果、その目は全く行き届かなくなり、何の支障もなく侯爵家の内部を調べる事ができたのだ、との説明をとりあえず信用した。
そして更に目立った行動を取って相手をかく乱する為に、その日の内に官憲に訴え出たのだった。
その後、間髪をいれずにエイクを捕らえるよう命令が出されたのは、エイクとユリアヌスにとっても想定外だった。
敵もただやられるだけではなく、エイクを犯罪者とするための事前準備を進めていたのだろうと思われた。
だが、この動きは衛兵隊に探りを入れていたユリアヌスの手の者によって察知され、間一髪エイクに連絡する事が出来た。
錬生術の奥義を駆使して、エイクは衛兵隊の詰所から脱出。ハイファ神殿に身を寄せた。
そして、エイクがお尋ね者とされてしまった以上、最早時間をかけず、グロチウスの根拠地を急襲し、グロチウスの身柄という最高の証拠を押さえる事とした。
敵の戦力を既にかなり削っており、“守護者”なるものの正体も察していたエイクは、この襲撃も単身で行う事を提案。
ユリアヌスは付近に自身の手の者を伏せる事を条件に、これを了承した。
結局、エイクは1人でグロチウスの捕縛に成功し、その後ユリアヌスの手の者たちと協力して、出来る限り迅速にグロチウスらの身柄と、確保できるだけの証拠をハイファ神殿に運んだ。
娼館の従業員や娼婦の一部に、この行動を見られてしまったが、無理に全員を捕らえようとすればむしろ騒ぎが大きくなってしまうと判断し、自分達はハイファ神官だと身分を明かし、適切な取締り行為を行っているだけだから、このことは公言しないように、と釘を刺すのに留めた。
さすがにその指示が全面的に守られるとは思っていなかったが、この段階では既に侯爵家内部の反フォルカス派の者とも接触が取れており、事情を知ると思われるフォルカスの側近を捕らえる算段も整っていて、ハイファ神殿が動いている事がばれたところで最早情勢は動かない、との判断もあった。
また、フォルカスの動きに不信感を持った炎獅子隊員や衛兵も現れ始め、そのような者と接触出来ていた事もエイクとユリアヌスに自信を与えていた。
そして、その夜の内にエイクが出頭し、法廷で勝負を決めることにしたのである。
グロチウスと連絡が取れなくなったフォルカスが、半ば正気を失って無茶な日程で裁判を開催したのも誤算ではあった。
しかし、これはむしろエイクたちに有利に働いた。
ユリアヌスはフォルカスの息が掛かっていた副裁判官予定の貴族に接触し、常軌を逸したフォルカスの様子を伝え、副裁判官から降りさせる事が出来たからだ。
その後任にフォルカスと敵対する有力貴族が就いたのはエイクにとって幸運だった。
しかし、それでも法廷で無茶な結審がなされてしまう可能性はあったので、出来る限りの証拠を集めたユリアヌスが、結審前に法廷の場に乗り込んで審問会を開廷し、フォルカスを糾弾することとした。
これらの事は、ハイファ神殿と気脈を通じるようになった衛兵を通じて、エイクにも伝えられていた。
そして、今まさに、闇信仰審問会の開廷となったのだった。
ユリアヌスは語り始めた。
「最初に申し上げますが、我々は先日そちらにおられるエイク殿の協力の下、王都に巣くって数々の悪行を成していた、“呑み干すもの”と称するおぞましいネメト教団を壊滅させ、その教主をはじめ多くの関係者を捕らえています。
そやつらの証言により、ローリンゲン侯爵が教団の一員で、多くの悪事に加担していた事は既に確認されています。
しかし、闇司祭をこの場に連れて出して証言させるわけには参りませんので、まずはこの場で証言できる者を連れてまいりましょう。証人をこれへ」
すると、神官に連れられて一人の男が審議室に入って来た。
「お前!」
フォルカスが思わず立ち上がって叫ぶ。
ユリアヌスは無視して続けた。
「この男は、ローリンゲン侯爵家に仕え、特に当主になる前から今のローリンゲン侯爵の側近を勤めていた者。侯爵の態度を見る限り間違いはないようですな。
さあ、先ほど私達に語った事を今一度話しなさい」
そう促され男は語り始めた。
「は、はい。もう12年も前から、フォルカス様はネメト教団に属していました。
私はフォルカス様に逆らえず、教団の幹部達との連絡役をしておりました。
フォルカス様は彼らに便宜を図ってその犯罪行為をもみ消し、見返りに神器を得たり、いかがわしい薬を手に入れたりしておりました。
私は嫌で仕方がなかったのですが、孤児院を回って、手下にする者や生贄にされる者たちを見繕った事もありました。
私は、何度もこのようなことは止めるようフォルカス様に諫言しましたが、聞き入れられず……」
「嘘を吐くな。貴様も喜んでやっておったことだろうが!!」
フォルカスが絶叫し、一瞬審議室が静寂に包まれた。
「語るに落ちるという言葉がありますが、正にこれですな……」
ユリアヌスが大きくため息を吐き、あきれ果てたという様子でそう告げた。
「いろいろと証拠を集めたのですが……。無駄でしたか。
ただいまの発言をもって自白と認め、ローリンゲン侯爵の身柄を神殿内に移します。
デュナス伯爵殿、ラング子爵殿、異議はありませんな?」
2人の貴族はそろって頷いた。
「ふざ、ふざけるな、貴様ら。貴様らみんな死刑だ、死刑!」
フォルカスが騒いでいたが、誰もその言葉に耳を傾ける事はなかった。
ユリアヌスは、ため息をまた一つついてから、フォルカスの身柄を確保しようと、護衛2人を先行させつつ、ゆっくり裁判官席に向かった。
侍祭の女は足早にエイクの近くに駆け寄り、左右の衛兵にエイクの拘束を解くように告げる。
一応エイクに無罪の判決が下ったわけではないし、そもそも侍祭にエイクの拘束を解かせる権限はないのだが、衛兵は素直に従いエイクの手枷を解いた。
「当然の末路ですね」
なおも何かわめいているフォルカスを見ながら、侍祭が呟いた。ひどく冷めた響きの一言だった。
「ええ」
そう答えながら、同じくフォルカスを見ていたエイクは異変を感じた。
(オドが増えている?)
何事か感じてユリアヌスの方をみると、フォルカスへと向かって歩くユリアヌスの直ぐ前の床に、微かな光が見えた。
エイクは躊躇わずユリアヌスに駆け寄った。
ユリアヌスが光の上に差し掛かると、光が急に大きく広がり、ユリアヌスを包む。ユリアヌスに先行して前を歩いていた2人の護衛は、その事に気付くのが遅れた。
「大司教!」
間一髪間に合ったエイクが、そう叫びながら、ユリアヌスの左腕を掴み思い切り引き寄せる。
次の瞬間、ユリアヌスがいた場所に異形の存在が現れていた。
狼と人間をかけ合わせたような容貌、青銅色の金属質の肌、鋭い鉤爪、蝙蝠のような大きな皮膜の翼。それは下位デーモンのガーゴイルだった。
一拍遅れて異変に気付いたユリアヌスの護衛達はすばやく動いた。
1人はユリアヌスの前に回りこんでその身を守り、もう1人が手にしていたメイスでガーゴイルに一撃を加える。
「キャー」「な、何事だ!」
我に返った傍聴人達から悲鳴や叫びが上がる。
そして、裁判官席からも絶叫が響き渡った。
「ぐあぁぁァァァ」
フォルカスだった。
その身の至るところから、魔方陣と思わしき複雑な文様を描く光があふれ出ると、その体に異常な変化が生じていく。
体が見る間に膨れ上がり服を破く、側頭部から角が、顔中に黒い毛が生える。
「何だ、何だこれは、なんなンダァァァアア、アァァァ、オオオゥ」
尚も絶叫するフォルカスだったが、その声からは人間らしさが失われ、その顔形すらも急激に変わっていく。
それは巨大な山羊の顔になろうとしているように思われた。
「まさか、バフォメット!!なぜアークデーモンが!?」
ユリアヌスが叫んだ。
それは、エイクの知識にもある魔物だった。
バフォメットは、将軍級とも称されるアークデーモンの中では、出現することも多く、比較的知名度が高い種族である。
しかし、無論侮ってよい相手ではない。その強さは成竜を超え、大竜でも上位の固体に匹敵すると言われる。
それはつまり、1体だけで一つの都市を滅ぼし、小国ならば存亡の危機に陥れるほどの力を有しているという事だ。
さらに続けてユリアヌスが驚愕の声を上げる。
「馬鹿な!!神聖魔法が使えない!」
何らかの神聖魔法を使おうとしたものの、発動しなかったようだ。
予期せぬ出来事の連続に、審議室内は大混乱に陥った。傍聴人たちは我先に逃げようと出口へ殺到し、転倒すれば踏み殺されかねない有様となる。
ユリアヌスは、迅速にガーゴイルを倒していた護衛の神官戦士達に、群集たちを誘導するように命じた。
「ユリアヌス様も後方に!」
エイクがそう声をかける。
「エイク殿。あなたは?」
「私はあれと戦います。誰かが止めなければならない」
変貌を続けるフォルカスをにらみながらエイクはそう告げた。そして息を飲むユリアヌスに向かって続けた。
「時間稼ぎくらいは出来ます。大司教様はお下がりください」
確かに、神聖魔法が使えないならば、ユリアヌスが前線にいても邪魔にしかならないだろう。
状況を理解したのか、ユリアヌスは一瞬躊躇ったものの、「御武運を」と告げ、侍祭に伴われ後ろに下がった。
その間に、フォルカスの変身は完成していた。
身の丈は2m半にも達し、上半身は異常なほど筋肉が発達し、破裂するのではないかと思われるほどに隆起している。
そして、下半身と頭部は完全に巨大な黒山羊のものになっていた。
それは紛れもないアークデーモン、バフォメットの姿だった。
エイクは、これまでの事を思い起こしていた。
エイクは、己の力を取り戻したその翌日から、ハイファ神殿に連絡を取っていた。
最初にリーリアから事情を聞いた時、エイクにはいかなる形であれ公に訴え出るという発想はなかった。
ただの冒険者見習いが、何の証拠もなく大貴族を告発しても相手にされるはずがない。そんなことは分かり切っていたからだ。
しかし、その日の内に状況は一変した。
ロドリゴら“吞み干すもの”の襲撃部隊を返り討ちにし、捕虜にした女闇司祭という動かぬ証拠を手にしたからだ。
そして、エイクにはその証拠を、内密かつ効果的に活用する術に心当たりがあった。
生前の父が秘密裏にユリアヌスと連絡を取っていた方法を試すのだ。
それは、ハイファ神殿に隣接して店を構える、ヨウス商会という中規模の商会を通してユリアヌスと連絡を取るという方法だった。
この方法は今も通用し、驚くべき事に、ユリアヌスはその夜の内にエイクと面会した。
彼は、かつてエイクが苦境に陥った時に手助け出来なかった事を悔いている。次に頼られた時こそは力になろうと心に誓っていた、と述べた。
エイクはリーリアと捕らえた女司祭をハイファ神殿に引き渡し、事情を説明した。
ユリアヌスは驚きつつも、自らもリーリアらに尋問し、その結果エイクを信じて全面的な協力を申し出た。
悪事をなす闇信仰信者を取り締まることは、ハイファ神殿の重大な使命であり、むしろ神殿の方からエイクに協力を依頼したい、とまで述べたほどだった。
そして、エイクとユリアヌスは相談の上、今後とるべき作戦を決めた。
それは、エイクがあえて目立つ行動を取って相手の気を引き、その間にユリアヌスが神殿に属する諜報員を用いて、フォルカスと“呑み干すもの”を断罪できるだけの証拠を探す。というものだった。
ユリアヌスは特に、ローリンゲン侯爵家内部にフォルカスに反感を持つ者がいると思うから、そういう者と接触が出来れば事態は一気に有利になるだろう、との見解を示した。
なぜ反感を持つ者がいると思うのか?とのエイクの問いに、ユリアヌスは「闇信仰を行うような者に、大きな貴族家を穏便で適正に治めるとことなど出来ません。必ず身勝手な行いをして反感を買っています」と断言した。
エイクは具体的な目立つ行動として、あえて“イフリートの宴亭”に顔を出し、挑発的な言動をとって、“夜明けの翼”をおびき出すこと。
そして、森へ誘い込んで、地形と罠を利用して戦おうと考えている事を告げた。
更に、その戦いに特別な支援をしてもらう必要はないとも申し出た。
神殿からの何らかの支援を得る事で、神殿が動いている事に感づかれる可能性が生じる方が問題だからと、その理由を説明した。
ユリアヌスは心配しつつもその意見も認めた。
そして、エイクが街を出て森へ向かった翌日の早朝には、エイクが根城にしているという猟師小屋へ人をやるので、何とか合流して互いに経過報告を行う事とした。
“夜明けの翼”を倒した後、エイクは予定通りに猟師小屋でユリアヌスの使者と合流し、ユリアヌス側の動きも予想以上に順調だとの報告を受けた。
既に、フォルカスに反感を持つ侯爵家の一族の者と、接触をとる算段がついたというのだ。
いくらなんでも早すぎると考えたエイクだったが、フォルカスが自分の護衛の為に息の掛かった者たちをかき集めた結果、その目は全く行き届かなくなり、何の支障もなく侯爵家の内部を調べる事ができたのだ、との説明をとりあえず信用した。
そして更に目立った行動を取って相手をかく乱する為に、その日の内に官憲に訴え出たのだった。
その後、間髪をいれずにエイクを捕らえるよう命令が出されたのは、エイクとユリアヌスにとっても想定外だった。
敵もただやられるだけではなく、エイクを犯罪者とするための事前準備を進めていたのだろうと思われた。
だが、この動きは衛兵隊に探りを入れていたユリアヌスの手の者によって察知され、間一髪エイクに連絡する事が出来た。
錬生術の奥義を駆使して、エイクは衛兵隊の詰所から脱出。ハイファ神殿に身を寄せた。
そして、エイクがお尋ね者とされてしまった以上、最早時間をかけず、グロチウスの根拠地を急襲し、グロチウスの身柄という最高の証拠を押さえる事とした。
敵の戦力を既にかなり削っており、“守護者”なるものの正体も察していたエイクは、この襲撃も単身で行う事を提案。
ユリアヌスは付近に自身の手の者を伏せる事を条件に、これを了承した。
結局、エイクは1人でグロチウスの捕縛に成功し、その後ユリアヌスの手の者たちと協力して、出来る限り迅速にグロチウスらの身柄と、確保できるだけの証拠をハイファ神殿に運んだ。
娼館の従業員や娼婦の一部に、この行動を見られてしまったが、無理に全員を捕らえようとすればむしろ騒ぎが大きくなってしまうと判断し、自分達はハイファ神官だと身分を明かし、適切な取締り行為を行っているだけだから、このことは公言しないように、と釘を刺すのに留めた。
さすがにその指示が全面的に守られるとは思っていなかったが、この段階では既に侯爵家内部の反フォルカス派の者とも接触が取れており、事情を知ると思われるフォルカスの側近を捕らえる算段も整っていて、ハイファ神殿が動いている事がばれたところで最早情勢は動かない、との判断もあった。
また、フォルカスの動きに不信感を持った炎獅子隊員や衛兵も現れ始め、そのような者と接触出来ていた事もエイクとユリアヌスに自信を与えていた。
そして、その夜の内にエイクが出頭し、法廷で勝負を決めることにしたのである。
グロチウスと連絡が取れなくなったフォルカスが、半ば正気を失って無茶な日程で裁判を開催したのも誤算ではあった。
しかし、これはむしろエイクたちに有利に働いた。
ユリアヌスはフォルカスの息が掛かっていた副裁判官予定の貴族に接触し、常軌を逸したフォルカスの様子を伝え、副裁判官から降りさせる事が出来たからだ。
その後任にフォルカスと敵対する有力貴族が就いたのはエイクにとって幸運だった。
しかし、それでも法廷で無茶な結審がなされてしまう可能性はあったので、出来る限りの証拠を集めたユリアヌスが、結審前に法廷の場に乗り込んで審問会を開廷し、フォルカスを糾弾することとした。
これらの事は、ハイファ神殿と気脈を通じるようになった衛兵を通じて、エイクにも伝えられていた。
そして、今まさに、闇信仰審問会の開廷となったのだった。
ユリアヌスは語り始めた。
「最初に申し上げますが、我々は先日そちらにおられるエイク殿の協力の下、王都に巣くって数々の悪行を成していた、“呑み干すもの”と称するおぞましいネメト教団を壊滅させ、その教主をはじめ多くの関係者を捕らえています。
そやつらの証言により、ローリンゲン侯爵が教団の一員で、多くの悪事に加担していた事は既に確認されています。
しかし、闇司祭をこの場に連れて出して証言させるわけには参りませんので、まずはこの場で証言できる者を連れてまいりましょう。証人をこれへ」
すると、神官に連れられて一人の男が審議室に入って来た。
「お前!」
フォルカスが思わず立ち上がって叫ぶ。
ユリアヌスは無視して続けた。
「この男は、ローリンゲン侯爵家に仕え、特に当主になる前から今のローリンゲン侯爵の側近を勤めていた者。侯爵の態度を見る限り間違いはないようですな。
さあ、先ほど私達に語った事を今一度話しなさい」
そう促され男は語り始めた。
「は、はい。もう12年も前から、フォルカス様はネメト教団に属していました。
私はフォルカス様に逆らえず、教団の幹部達との連絡役をしておりました。
フォルカス様は彼らに便宜を図ってその犯罪行為をもみ消し、見返りに神器を得たり、いかがわしい薬を手に入れたりしておりました。
私は嫌で仕方がなかったのですが、孤児院を回って、手下にする者や生贄にされる者たちを見繕った事もありました。
私は、何度もこのようなことは止めるようフォルカス様に諫言しましたが、聞き入れられず……」
「嘘を吐くな。貴様も喜んでやっておったことだろうが!!」
フォルカスが絶叫し、一瞬審議室が静寂に包まれた。
「語るに落ちるという言葉がありますが、正にこれですな……」
ユリアヌスが大きくため息を吐き、あきれ果てたという様子でそう告げた。
「いろいろと証拠を集めたのですが……。無駄でしたか。
ただいまの発言をもって自白と認め、ローリンゲン侯爵の身柄を神殿内に移します。
デュナス伯爵殿、ラング子爵殿、異議はありませんな?」
2人の貴族はそろって頷いた。
「ふざ、ふざけるな、貴様ら。貴様らみんな死刑だ、死刑!」
フォルカスが騒いでいたが、誰もその言葉に耳を傾ける事はなかった。
ユリアヌスは、ため息をまた一つついてから、フォルカスの身柄を確保しようと、護衛2人を先行させつつ、ゆっくり裁判官席に向かった。
侍祭の女は足早にエイクの近くに駆け寄り、左右の衛兵にエイクの拘束を解くように告げる。
一応エイクに無罪の判決が下ったわけではないし、そもそも侍祭にエイクの拘束を解かせる権限はないのだが、衛兵は素直に従いエイクの手枷を解いた。
「当然の末路ですね」
なおも何かわめいているフォルカスを見ながら、侍祭が呟いた。ひどく冷めた響きの一言だった。
「ええ」
そう答えながら、同じくフォルカスを見ていたエイクは異変を感じた。
(オドが増えている?)
何事か感じてユリアヌスの方をみると、フォルカスへと向かって歩くユリアヌスの直ぐ前の床に、微かな光が見えた。
エイクは躊躇わずユリアヌスに駆け寄った。
ユリアヌスが光の上に差し掛かると、光が急に大きく広がり、ユリアヌスを包む。ユリアヌスに先行して前を歩いていた2人の護衛は、その事に気付くのが遅れた。
「大司教!」
間一髪間に合ったエイクが、そう叫びながら、ユリアヌスの左腕を掴み思い切り引き寄せる。
次の瞬間、ユリアヌスがいた場所に異形の存在が現れていた。
狼と人間をかけ合わせたような容貌、青銅色の金属質の肌、鋭い鉤爪、蝙蝠のような大きな皮膜の翼。それは下位デーモンのガーゴイルだった。
一拍遅れて異変に気付いたユリアヌスの護衛達はすばやく動いた。
1人はユリアヌスの前に回りこんでその身を守り、もう1人が手にしていたメイスでガーゴイルに一撃を加える。
「キャー」「な、何事だ!」
我に返った傍聴人達から悲鳴や叫びが上がる。
そして、裁判官席からも絶叫が響き渡った。
「ぐあぁぁァァァ」
フォルカスだった。
その身の至るところから、魔方陣と思わしき複雑な文様を描く光があふれ出ると、その体に異常な変化が生じていく。
体が見る間に膨れ上がり服を破く、側頭部から角が、顔中に黒い毛が生える。
「何だ、何だこれは、なんなンダァァァアア、アァァァ、オオオゥ」
尚も絶叫するフォルカスだったが、その声からは人間らしさが失われ、その顔形すらも急激に変わっていく。
それは巨大な山羊の顔になろうとしているように思われた。
「まさか、バフォメット!!なぜアークデーモンが!?」
ユリアヌスが叫んだ。
それは、エイクの知識にもある魔物だった。
バフォメットは、将軍級とも称されるアークデーモンの中では、出現することも多く、比較的知名度が高い種族である。
しかし、無論侮ってよい相手ではない。その強さは成竜を超え、大竜でも上位の固体に匹敵すると言われる。
それはつまり、1体だけで一つの都市を滅ぼし、小国ならば存亡の危機に陥れるほどの力を有しているという事だ。
さらに続けてユリアヌスが驚愕の声を上げる。
「馬鹿な!!神聖魔法が使えない!」
何らかの神聖魔法を使おうとしたものの、発動しなかったようだ。
予期せぬ出来事の連続に、審議室内は大混乱に陥った。傍聴人たちは我先に逃げようと出口へ殺到し、転倒すれば踏み殺されかねない有様となる。
ユリアヌスは、迅速にガーゴイルを倒していた護衛の神官戦士達に、群集たちを誘導するように命じた。
「ユリアヌス様も後方に!」
エイクがそう声をかける。
「エイク殿。あなたは?」
「私はあれと戦います。誰かが止めなければならない」
変貌を続けるフォルカスをにらみながらエイクはそう告げた。そして息を飲むユリアヌスに向かって続けた。
「時間稼ぎくらいは出来ます。大司教様はお下がりください」
確かに、神聖魔法が使えないならば、ユリアヌスが前線にいても邪魔にしかならないだろう。
状況を理解したのか、ユリアヌスは一瞬躊躇ったものの、「御武運を」と告げ、侍祭に伴われ後ろに下がった。
その間に、フォルカスの変身は完成していた。
身の丈は2m半にも達し、上半身は異常なほど筋肉が発達し、破裂するのではないかと思われるほどに隆起している。
そして、下半身と頭部は完全に巨大な黒山羊のものになっていた。
それは紛れもないアークデーモン、バフォメットの姿だった。
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彼は失意を酩酊でごまかし、死を覚悟して禁断の樹海へ足を踏み入れる。そしてそこで彼を待ち受けていたのは、
「獲物、来ましたね……?」
下半身はグロテスクな植物だが、上半身は女神のように美しい危険度SSの魔物:【アルラウネ】
アルラウネとの出会いと、手にした"状態異常耐性"の力が、Eランク冒険者クルスを新しい人生へ導いて行く。
*前作DSS(*パーティーを追い出されたDランク冒険者、声を失ったSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される)と設定を共有する作品です。単体でも十分楽しめますが、前作をご覧いただくとより一層お楽しみいただけます。
また三章より、前作キャラクターが多数登場いたします!
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現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
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