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第2章
44.訓練の終了②
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「それは嬉しい限りだ」
訓練は終わりだと告げるエンリケにそう返しながら、エイクは失望の念が薄れ、復讐への期待がこみ上げてくるのを感じていた。
そして、自分を囲む6人の男達を改めて確認する。
敵を囲んで攻撃すれば有利に戦えるが、1人の敵を囲むのは5人か6人が限度だ。そして、ある程度の訓練を積まなければ、互いが邪魔になってしまい効果的に連携出来ない。
今、6人の男達は、上手く連携して攻撃出来るように、エイクの正面と真後ろそして左右の斜め前と斜め後ろに1人ずつと、バランスよく位置を取っている。
6人の技量はまちまちだが、中でも最も腕利き者がエイクの真後ろに位置していた。
それは炎獅子隊員たちが強敵を囲んで戦う時に使う陣形だ。
彼らならば連携攻撃を上手くこなす。それはエイクにも分かっていた。
(だが、これだけなら恐れるに足りない)
エイクはそう思った。
この者達には“特別訓練”で、何度も囲まれて散々に打ち据えられていた。
しかし、その時エイクは彼らの動きを全て見切っていた。
エイクがその攻撃を避けられなかったのは、当時のエイクは直ぐに体力が尽きてしまい、満足に体を動かす事が出来なくなっていたからに過ぎない。
今のエイクならば、例え囲まれても、この者達の攻撃の大半を避ける自信があった。また、多少の攻撃を受けても、命の危険を感じるほどのダメージを被る事はないとも確信していた。
問題は、自分が把握していない何らかの策が用意されているのかどうか、という点だけだ。
それだけは警戒しなければならない。
「やれ!」
エンリケが、そう号令をかけ、男達は攻撃を開始した。
その全員が基礎的な錬生術を使用している。
エイクも必要と思われる錬生術を発動して迎え撃った。
エイクは先制して攻撃する事も出来たが、あえて相手が先に攻撃してくるのを待った。
それは、エイクが彼らに対して行った最後の配慮だった。
エイクがそのような配慮をしたのは、彼らに対して本当に情け容赦なく戦う為だ。
エイクに向かって次々と攻撃が繰り出される。
だがエイクも、6人全員が攻撃してくるのを律儀に待つつもりまではなかった。
敵の2撃目をかわしたところで機会を捉えたエイクは、クレイモアを右から左に大きく振りまわし、敵を薙ぎ払った。
それはエイクが実戦で初めて試す戦い方だった。
力を取り戻す前のエイクには、そもそも大きな武器を振り回す事自体が不可能だった。
だが、力を取り戻し、多くの敵に回りを囲まれる戦いを何度も経験したエイクは、周囲の敵を一撃で薙ぎ払う戦い方の訓練を始めていた。
それは、かつてガイゼイクが得意とした戦い方の一つだった。
エイクは、父が訓練で、自分を囲む者達全員を大剣の一振りで薙ぎ払うのを、何度も目にしていた。
エイクの攻撃は父のそれにはまだまだ及ばず、右斜め後方から正面までに位置する3人を対象とするに留まった。
だが、それは猛烈な一撃だった。
3人全員が一瞬で重傷を負い、「うッ」「ぐわぁ」「ぐッ」などと、それぞれ苦痛の声をもらして、たじろいだ。
その隙に真後ろからの攻撃が放たれが、エイクはそれすらも回避した。
エンリケの横に控えていた皮鎧の男が、エイクの右斜め前に立つ男と交代して包囲に加わる。
引き続き周囲から繰り出される攻撃も次々と避けるエイクだったが、真後ろの男からの二撃目を避け損ね背中に傷を負ってしまった。
受けた傷はかすり傷に過ぎなかったが、エイクは違和感を覚えた。
(また毒。痺れ毒か?だか、この程度ならどうという事はない)
エイクはそう判断した。
敵の武器には毒が塗られていたのだ。バジリスク・ブラッドとは別の、もっと即効性のある毒だろう。
しかし、エイクは錬生術を使うまでもなく毒に抵抗し、その効果を無効化出来たと感じていた。
さすがに詳しい毒の種類までは分からなかったが、少なくともバフォメットやカーストソイルの、魔力を帯びた猛毒にすら耐え切るエイクに、効果を与えるほどの毒ではなかったようだ。
エイクは委細構わず、今度は左斜め後ろから正面までクレイモアを振り回し、これも3人を薙ぎ払った。
今度の攻撃も確実に3人に深い傷を負わせた。
特にエイクの真正面に位置していた男は、エイクの2回の攻撃の両方を受けることになった。
2回目の攻撃は彼の腹部を深く切り裂き、そのまま弾き飛ばした。
倒れた男は「かはッ」という声と共に一瞬痙攣したかと思うと、それきりピクリとも動かなくなる。
誰の目から見ても絶命しているのは明らかだ。
「な!」エイクの背後に立つ男がそんな声を上げ絶句した。その男は武器を振るう事を忘れてしまっていた。
他の者達も、攻撃の手を止めてしまっている。
彼らが、目の前で仲間が死ぬのを見るのはこれが初めての事だった。
彼らは、そもそも死の危険を実感するような実戦を未だに経験していなかったのだ。
苦しい戦を繰り返していたアストゥーリア王国も、和平協定によって直近では約5年間に渡って戦を免れている。
その間に炎獅子隊が戦っていたのは、妖魔狩りや山賊の討伐であり、それらの戦いの相手の大半は一般的な炎獅子隊員よりも遥かに弱かった。
その上そういった戦闘ですら、フォルカスの計らいで、比較的安全で且つ手柄を上げやすい場所に配置してもらっていたこの若い隊員達には、敵を殺した経験はあっても、仲間の死を身近に感じる機会はなかったのだ。
だが、今や仲間の1人は死に、4人が重傷を負っている。
エイクのたった二振りの攻撃で、彼らは半壊状態に陥りつつあった。
その恐るべき事実に、彼らは息を飲み、手を止めてしまったのだ。
「あ、あのもやし野郎が、こんな……」
エイクの背後に立つ男が更にそんな声を漏らす。
エイクが油断なく周囲を窺いつつエンリケの様子を見ると、彼もまた驚愕の表情を浮かべていた。
エイクは、エンリケらの余りにも不甲斐ない有様に不快感すら感じた。
(まさか、作戦は毒と囲んで攻撃する事だけか?舐めすぎだろうが!
それとも、やはり他に本命がいる?)
そう思って、エイクは改めて回りのオドに意識を集中したが、少なくとも気になるオドは存在しない。むしろ状況はエイク有利になっていた。
(ゴーレムでも隠しているって訳でもなさそうだな。こいつら本気でこれだけで俺を倒せるとでも思ったのか)
相手がエンリケ達なら、それほど手の込んだ策は用いないだろう。アルターはそう予想し、エイクも同意見だった。だからこそ、誘いにも乗る気になったのだが、これは流石に拍子抜けというものだった。
結局、彼らの意識の中では、エイクは自分達にいたぶられるだけの“もやし野郎”に過ぎず、例え今では自分達よりも格上だと感じてはいても、これほどの差があるとまでは想定できなかったのだろう。
自分たちよりも強くなったにしても、囲んで攻撃すれば勝てるだろう。それが彼らの認識だったのだ。
「おい、この程度で動きを止めてどうする。こんな有様で、本当に精鋭炎獅子隊の一員のつもりだったのか」
エイクは、呆れ果てたと言わんばかりの口調でそう告げ、侮蔑しきった目で一同を睥睨した。
エンリケは歯噛みして怒りに身を震わせた。
他の者達も皆、怒りに打ち震えているようだ。「くそッ」そんな声を漏らす者もいた。
しかし、それでもエイクに切り込む事は出来ない。
侮辱されてもなお動けないエンリケらを、エイクは嘲笑した。
そして更に言葉を続ける。
「怖くなったならさっさと逃げたらどうだ?全員でコボルドのように逃げ回れば、1人や2人は逃げ切れるんじゃあないか?
それとも這いつくばって許しを請うか?お前らの態度次第じゃあ許してやってもいいぞ」
エイクはそう挑発した。
彼が動きを止めてしまった男達に追撃を加えず、このような挑発行為を行ったのは、畳み掛けて攻撃すると、逃げ出す者が現れるかも知れないと思ったからだ。
逃げられるのは面倒だ。そして、降伏を申し出られるのも煩わしい。そう思ったエイクは、あえて「逃げるか降伏しろ」と告げて、挑発したのだった。
エイクは、どうせなら全員をこの場で打ち倒してしまいたいと思っていた。
「舐めるな!!」
エイクの挑発に反応してそう叫んだのはジュディアだった。
「誰が逃げたりするものか!我らの誇りにかけて、貴様を倒す!我らの鋼の意思とその力を思い知れ!!」
彼女はそう叫ぶと、果敢にも死んだ男の代わりにエイクの真正面に駆け入り、渾身の力を込めて上段から右袈裟切りの一撃を放った。無論錬生術も最大限に発動させている。
その攻撃はエイクに軽くかわされてしまった。
しかし、強敵に臆することなく挑みかかる若く美しい女騎士の姿は、男達の闘志を奮い立たせる効果はあった。
「おおッ」「続け!」
男達も口々にそんな気合の声をあげ攻撃を再開した。
(願ったりだな)
望みどおりの展開になったことを受け、エイクはそう思った。
そして攻撃を避けつつ、器用に体の向きを変え、次は真後ろに位置していた男を中心に、その左右を合わせた3人を標的にして、右からクレイモアを振りぬいた。
この攻撃を最初に受けた男は鎧ごと胸を切り裂かれ即座に絶命。
真後ろに位置していた男も重傷を負った。
最後に標的にされた男は大きく後退して、どうにか攻撃を避けた。
だがエイクは、クレイモアの勢いを止めず、むしろ更に力を込めて振り抜き、その隣に位置していた皮鎧の男に攻撃を当てた。
皮鎧の男はロングソードでエイクのクレイモアを受けたが、全く押し留めることが出来ず、そのまま胸部を切り裂かれ、「ぐわぁ」と叫びを上げながら、弾き飛ばされてしまった。
そしてそのまま倒れこみ、動かなくなった。
「怯むな!奴は毒の刃を受けている。直ぐに動きが鈍る。勝利は目前だ!」
ジュディアがそう叫んで男達を鼓舞する。男達もその声に応え、士気を保っていた。
「陣形を組みなおせ!」
その声はエンリケだった。エンリケも闘志を取り戻したようで、護衛していた大盾を持った男を引き連れて、手薄になったエイクの包囲に加わった。
エンリケの技量は、流石に他の仲間達に勝っており扱える錬生術も豊富で高度なものだった。
彼はその全ての能力を使って、周り中から繰り出される攻撃を避けて僅かに体勢を崩したエイクの隙を捉え、その左脇をコスセスカで突いた。
避けきれぬと見たエイクは、わずかに体を動かし、鎧を補強していた竜燐でその攻撃を受けて直撃を避けた。
竜鱗を貫けなかったコルセスカは、エイクの背中の方に逸れる。その時、その穂の横から伸びた刃がエイクを切り裂いたが、それも軽傷に過ぎない。その刃に塗られた毒にも抵抗している。
(錬生術で癒すほどの傷じゃあない)
冷静にそう判断したエイクは、反撃とばかりにエンリケと大盾を持った男を目標に、クレイモアを振り回した。
この攻撃は2人に確実に重傷を与え、そのまま振り抜かれたクレイモアは、もう1人の男を切り裂いた。それは最初にエイクの真後ろに立って、エイクにかすり傷を与えた腕利きの男だった。その男もこの一撃で倒れた。
「右に回りこめ。隙をつくるな!」
エンリケが指示を飛ばし、最初に重傷を負って交代していた男も再び包囲に加わる。
この結果エイクを囲む人数は未だ6人を維持していた。
しかし、その6人の大半は重傷を負い、予備戦力もなくなっている。
エイクを囲む者達は次々と攻撃を繰り出し、エンリケは再びエイクの動きに隙を見出して、その左肩をコルセスカで打ち据えた。だが、それでもエイクの動きはいささかも鈍らない。
そして、エイクは、またエンリケ中心にクレイモアを振り回した。
エンリケはこの攻撃を避けたものの、代わりに大盾を持った男を含む3人が攻撃を喰らって吹き飛ばされ、3人ともそのまま動かなくなった。
これが、実質的に勝負を決める一撃だった。
残るは相手は、3人だけになってしまったからだ。
(だいぶコツがつかめたな)
エイクは、実戦で初めて試した、一撃で周りの敵をなぎ払う戦い方について、そんな事を考えていた。
敵を3人にまで減らしたエイクには、それほどの余裕が生じていた。
「怯むな!」
ジュディアが再度そう叫びつつ攻撃してきたが、流石にその声は、最早空しいものでしかない。
エイクは容易くジュディアの攻撃を避けた。
エイクはこの段階で、錬生術の効果を切っていた。それでも余裕をもって3人の攻撃を避けることが出来た。
エイクは、エンリケとジュディア以外で残っていた男の頭部に攻撃を当てた。
その攻撃は傍目にも力を抜いたものだった。それでもその男は兜越しに受けた衝撃によって気を失った。
「貴様!ふざけるな!!」
エイクの態度に手を抜かれたと感じたエンリケは、激昂して渾身の力を込めてコルセスカを刺突する。
だが、エイクの態度はふざけているわけではなく、体力とマナを無駄に消費しない為の適切な行動に過ぎなかった。
現にエンリケの攻撃は最早エイクをかすりもしない。
彼がエイクに攻撃を当てることが出来たのは、エイクを囲む他の5人と連携したからこそであり、彼の技量では最早エイクには全く太刀打ち出来ないのだ。
(だが、あんたには全力で応えてやる!)
そう考えてエイクも、渾身の力を込めた突きをエンリケに放った。それは、この集団の頭だったエンリケに対する、礼儀ともいうべき行為だった。
エイクのクレイモアは、攻撃をかわされて崩れた体勢を直そうとしていたエンリケの、板金鎧を正面から穿ち、その胸を深く抉った。
「がはッ」
そんな声を漏らし、この一撃でエンリケも倒れ伏した。
オドが抜け出ていかないところを見るとまだ息はあるようだ。
流石は炎獅子隊の小隊長と言うべきだろう。
だが、その意識は失われている。
「最後までいい訓練をさせてもらったよ」
エイクは倒れるエンリケにそう声をかけた。
そして、その隙に加えられたジュディアの攻撃を軽く避ける。
今や立っているのは、エイクとジュディアだけになっていた。
ジュディアだけが全くの無傷だった。
ジュディアが全く攻撃を受けていないのは、もちろんエイクが意図した結果だ。
彼は最初から、ジュディアに対しては別の方法で復讐を遂げようと思っていたのだ。
エイクはジュディアを見やると軽く笑みを浮かべた。
「くッ」
ジュディアはエイクのその態度に悔しげな声を漏らした。
状況は絶望的だったが、彼女は戦う事を諦めない。
改めて鋭く踏み込み、ツヴァイハンダーを横薙ぎに振るう。
エイクは余裕を持ってその攻撃を避け、ジュディアの背後に素早く回りこんで、その背中を蹴りつけた。彼女に屈辱感を味あわせるためだ。
かろうじて踏み留まり転倒を免れた彼女は、エイクが意図したとおりに怒りをあらわにした。
「おのれ!」
そう叫んでジュディアは更に攻撃を重ねた。
しかしその動きは今までに比べて精彩を欠いている。
彼女の錬生術は既に効果を失い、戦いの中で何度か発動を繰り返していた為に、マナも既に尽き果てていたのだった。
エイクは6回連続して、ジュディアの攻撃を余裕をもってかわした。
その間にもう一度彼女を蹴りつけている。
そして更にもう一度、強く蹴りをくわえて彼女を押しやった。
ジュディアは今度も踏みとどまったが、その呼吸は荒くなっている。
常に全力の攻撃を繰り返していた彼女には相応の疲れが溜まっていた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
彼女の荒い呼吸音があたりに響く。
だが、まだまだ体力の限界に達するというほどではない。
エイクはジュディアの体力が尽きるまで、その攻撃を避け続ける事もできた。
だが、何度も攻撃を避けているうちには、自分が足を滑らせたりする可能性もあるし、まぐれ当たりのような形で攻撃を当てられてしまうことも考えられる。
それも馬鹿馬鹿しい話だ。
それに、攻撃を繰り返すだけで身動き出来なくなるほど疲れられても面白くない。
そう思ったエイクは、そろそろ方を付けることにした。
エイクは戦いながら少しずつ移動しており、今2人が戦っているのは、エンリケらが転がっている所から、大分離れた場所になっていた。
ジュディアの次の攻撃を、エイクはクレイモアで受け止め、鍔競り合いに持ち込んだ。
エイクの剣技はジュディアを遥かに超えていたが、単純な力比べではその差は更に広がった。
ジュディアはたちまち押し込まれてしまった。
「くッ」
ジュディアが苦しげな声を漏らす。
彼女が渾身の力を込めて押し返そうとしても、エイクは全くビクともしなかった。両者の力の差はそれほど隔絶していた。
エイクの顔には余裕の笑みが浮かんだ。
更にエイクはクレイモアの柄から左手を放す。
片手になってもなお、エイクはジュディアを圧倒していた。
エイクは自由になった左手でジュディアの右腕を掴んで思い切り横に引いた。
強引に体勢を崩されたジュディアは溜まらず仰向けに倒れてしまう。
その拍子に兜がはずれ、まとめていた髪も解けてしまった。
すかさず立ちあがろうとしたジュディアが、右手を床についた瞬間に、左手で持つだけにったツヴァイハンダーをエイクのクレイモアが激しく打ち据え、弾き飛ばした。
「あッ!」
そんな声をあげ、ジュディアは再び倒れこんでしまう。
そのジュディアのみぞおち部分をエイクが踏みつけ、ジュディアの動きを封じた。
鎧で守られているため、エイクの踏みつけはジュディアに直接的なダメージを与えなかった。しかし、その動きは完全に封じられた。
「くそッ!貴様!」
そう叫びつつ、ジュディアは何度もエイクの足を殴りつけたが、堅いブーツを身に着けたエイクには何の痛痒も与えない。
そうしておいてエイクは、再度オドの感知に集中して周りの状況をしっかりと伺った。
エンリケたちと入れ違いで逃げた男、そして、その他に隣の部屋からのぞき穴を使ってエイク達の戦いを観察する者もいたのだが、その両者ともにセレナとその配下に拘束され、この場から連れ去られている。このことは既にオドの感知によって把握していた。
セレナの使いから、エンリケらが戦いの準備をしている事を聞いたエイクは、セレナに指示を与えていた。
一つ目の指示は、エンリケらの監視を続けて、もしも致命的な罠が仕掛けられている事に気付いたならば、何としてでもそれを自分に伝えること。
もう一つは、致命的と言えるほどの罠が無く、自分とエンリケ達が戦う事になったならば、その周辺で様子を見ている者がいないかを確認し、もしもそのような者がいたならば、速やかに拘束して、そのままその場から離れて、とりあえず“精霊の泉”の奥の建物に連れ込んでおくように、という事だった。
そして、セレナとその配下の者たちはエイクの指示を守り、首尾よくエイクの戦いを観察していた、恐らくレイダーの配下と思われる者を捕らえる事に成功したのだ。
捕らえた者達は、良い情報源になるはずだ。
改めて回りのオドを注意深く伺い周辺に人がいないことを確認したエイクは、気兼ねなく行動できると考え、ジュディアに声をかけた。
「あんたも物好きだな。この程度の人数や毒で、俺には勝てない事くらい少し考えれば分かるだろう。
そして負ければ自分がどんな目にあるか、予想はついたはずだ。それとも、それを期待していたのか?」
「馬鹿なことをほざくな!」
ジュディアはそう叫んで、両手を組んでエイクの足を激しく打ち据えた。
両足にも満身の力を込めて立ち上がろうとする。しかし、それでもエイクはビクともしなかった。
「そうか?まあ、本当のところがどうなのか、ゆっくり確かめてみよう」
そう言うとエイクは、クレイモアを床に突き立て、ジュディアにのし掛かっていった。
そこからは中々の難事になった。
エイクがジュディアを己の望みどおりにする為には、彼女が身に着けた板金鎧を脱がさなければならなかったからだ。
その間、ジュディアは懸命に抵抗を続けた。
だがその抵抗も結局は無駄に終わる。
エイクは、ついにはジュディアの鎧を剥ぎ取り、その鎧に窮屈に押し込められていた豊かな胸のふくらみ露にした。エイクは満足げな笑みを深めた。
そして「随分手間をかけさせてくれたな」と呟くと、なおも「やめろ!」と訴えるジュディアの、その身体を蹂躙し始めたのだった。
訓練は終わりだと告げるエンリケにそう返しながら、エイクは失望の念が薄れ、復讐への期待がこみ上げてくるのを感じていた。
そして、自分を囲む6人の男達を改めて確認する。
敵を囲んで攻撃すれば有利に戦えるが、1人の敵を囲むのは5人か6人が限度だ。そして、ある程度の訓練を積まなければ、互いが邪魔になってしまい効果的に連携出来ない。
今、6人の男達は、上手く連携して攻撃出来るように、エイクの正面と真後ろそして左右の斜め前と斜め後ろに1人ずつと、バランスよく位置を取っている。
6人の技量はまちまちだが、中でも最も腕利き者がエイクの真後ろに位置していた。
それは炎獅子隊員たちが強敵を囲んで戦う時に使う陣形だ。
彼らならば連携攻撃を上手くこなす。それはエイクにも分かっていた。
(だが、これだけなら恐れるに足りない)
エイクはそう思った。
この者達には“特別訓練”で、何度も囲まれて散々に打ち据えられていた。
しかし、その時エイクは彼らの動きを全て見切っていた。
エイクがその攻撃を避けられなかったのは、当時のエイクは直ぐに体力が尽きてしまい、満足に体を動かす事が出来なくなっていたからに過ぎない。
今のエイクならば、例え囲まれても、この者達の攻撃の大半を避ける自信があった。また、多少の攻撃を受けても、命の危険を感じるほどのダメージを被る事はないとも確信していた。
問題は、自分が把握していない何らかの策が用意されているのかどうか、という点だけだ。
それだけは警戒しなければならない。
「やれ!」
エンリケが、そう号令をかけ、男達は攻撃を開始した。
その全員が基礎的な錬生術を使用している。
エイクも必要と思われる錬生術を発動して迎え撃った。
エイクは先制して攻撃する事も出来たが、あえて相手が先に攻撃してくるのを待った。
それは、エイクが彼らに対して行った最後の配慮だった。
エイクがそのような配慮をしたのは、彼らに対して本当に情け容赦なく戦う為だ。
エイクに向かって次々と攻撃が繰り出される。
だがエイクも、6人全員が攻撃してくるのを律儀に待つつもりまではなかった。
敵の2撃目をかわしたところで機会を捉えたエイクは、クレイモアを右から左に大きく振りまわし、敵を薙ぎ払った。
それはエイクが実戦で初めて試す戦い方だった。
力を取り戻す前のエイクには、そもそも大きな武器を振り回す事自体が不可能だった。
だが、力を取り戻し、多くの敵に回りを囲まれる戦いを何度も経験したエイクは、周囲の敵を一撃で薙ぎ払う戦い方の訓練を始めていた。
それは、かつてガイゼイクが得意とした戦い方の一つだった。
エイクは、父が訓練で、自分を囲む者達全員を大剣の一振りで薙ぎ払うのを、何度も目にしていた。
エイクの攻撃は父のそれにはまだまだ及ばず、右斜め後方から正面までに位置する3人を対象とするに留まった。
だが、それは猛烈な一撃だった。
3人全員が一瞬で重傷を負い、「うッ」「ぐわぁ」「ぐッ」などと、それぞれ苦痛の声をもらして、たじろいだ。
その隙に真後ろからの攻撃が放たれが、エイクはそれすらも回避した。
エンリケの横に控えていた皮鎧の男が、エイクの右斜め前に立つ男と交代して包囲に加わる。
引き続き周囲から繰り出される攻撃も次々と避けるエイクだったが、真後ろの男からの二撃目を避け損ね背中に傷を負ってしまった。
受けた傷はかすり傷に過ぎなかったが、エイクは違和感を覚えた。
(また毒。痺れ毒か?だか、この程度ならどうという事はない)
エイクはそう判断した。
敵の武器には毒が塗られていたのだ。バジリスク・ブラッドとは別の、もっと即効性のある毒だろう。
しかし、エイクは錬生術を使うまでもなく毒に抵抗し、その効果を無効化出来たと感じていた。
さすがに詳しい毒の種類までは分からなかったが、少なくともバフォメットやカーストソイルの、魔力を帯びた猛毒にすら耐え切るエイクに、効果を与えるほどの毒ではなかったようだ。
エイクは委細構わず、今度は左斜め後ろから正面までクレイモアを振り回し、これも3人を薙ぎ払った。
今度の攻撃も確実に3人に深い傷を負わせた。
特にエイクの真正面に位置していた男は、エイクの2回の攻撃の両方を受けることになった。
2回目の攻撃は彼の腹部を深く切り裂き、そのまま弾き飛ばした。
倒れた男は「かはッ」という声と共に一瞬痙攣したかと思うと、それきりピクリとも動かなくなる。
誰の目から見ても絶命しているのは明らかだ。
「な!」エイクの背後に立つ男がそんな声を上げ絶句した。その男は武器を振るう事を忘れてしまっていた。
他の者達も、攻撃の手を止めてしまっている。
彼らが、目の前で仲間が死ぬのを見るのはこれが初めての事だった。
彼らは、そもそも死の危険を実感するような実戦を未だに経験していなかったのだ。
苦しい戦を繰り返していたアストゥーリア王国も、和平協定によって直近では約5年間に渡って戦を免れている。
その間に炎獅子隊が戦っていたのは、妖魔狩りや山賊の討伐であり、それらの戦いの相手の大半は一般的な炎獅子隊員よりも遥かに弱かった。
その上そういった戦闘ですら、フォルカスの計らいで、比較的安全で且つ手柄を上げやすい場所に配置してもらっていたこの若い隊員達には、敵を殺した経験はあっても、仲間の死を身近に感じる機会はなかったのだ。
だが、今や仲間の1人は死に、4人が重傷を負っている。
エイクのたった二振りの攻撃で、彼らは半壊状態に陥りつつあった。
その恐るべき事実に、彼らは息を飲み、手を止めてしまったのだ。
「あ、あのもやし野郎が、こんな……」
エイクの背後に立つ男が更にそんな声を漏らす。
エイクが油断なく周囲を窺いつつエンリケの様子を見ると、彼もまた驚愕の表情を浮かべていた。
エイクは、エンリケらの余りにも不甲斐ない有様に不快感すら感じた。
(まさか、作戦は毒と囲んで攻撃する事だけか?舐めすぎだろうが!
それとも、やはり他に本命がいる?)
そう思って、エイクは改めて回りのオドに意識を集中したが、少なくとも気になるオドは存在しない。むしろ状況はエイク有利になっていた。
(ゴーレムでも隠しているって訳でもなさそうだな。こいつら本気でこれだけで俺を倒せるとでも思ったのか)
相手がエンリケ達なら、それほど手の込んだ策は用いないだろう。アルターはそう予想し、エイクも同意見だった。だからこそ、誘いにも乗る気になったのだが、これは流石に拍子抜けというものだった。
結局、彼らの意識の中では、エイクは自分達にいたぶられるだけの“もやし野郎”に過ぎず、例え今では自分達よりも格上だと感じてはいても、これほどの差があるとまでは想定できなかったのだろう。
自分たちよりも強くなったにしても、囲んで攻撃すれば勝てるだろう。それが彼らの認識だったのだ。
「おい、この程度で動きを止めてどうする。こんな有様で、本当に精鋭炎獅子隊の一員のつもりだったのか」
エイクは、呆れ果てたと言わんばかりの口調でそう告げ、侮蔑しきった目で一同を睥睨した。
エンリケは歯噛みして怒りに身を震わせた。
他の者達も皆、怒りに打ち震えているようだ。「くそッ」そんな声を漏らす者もいた。
しかし、それでもエイクに切り込む事は出来ない。
侮辱されてもなお動けないエンリケらを、エイクは嘲笑した。
そして更に言葉を続ける。
「怖くなったならさっさと逃げたらどうだ?全員でコボルドのように逃げ回れば、1人や2人は逃げ切れるんじゃあないか?
それとも這いつくばって許しを請うか?お前らの態度次第じゃあ許してやってもいいぞ」
エイクはそう挑発した。
彼が動きを止めてしまった男達に追撃を加えず、このような挑発行為を行ったのは、畳み掛けて攻撃すると、逃げ出す者が現れるかも知れないと思ったからだ。
逃げられるのは面倒だ。そして、降伏を申し出られるのも煩わしい。そう思ったエイクは、あえて「逃げるか降伏しろ」と告げて、挑発したのだった。
エイクは、どうせなら全員をこの場で打ち倒してしまいたいと思っていた。
「舐めるな!!」
エイクの挑発に反応してそう叫んだのはジュディアだった。
「誰が逃げたりするものか!我らの誇りにかけて、貴様を倒す!我らの鋼の意思とその力を思い知れ!!」
彼女はそう叫ぶと、果敢にも死んだ男の代わりにエイクの真正面に駆け入り、渾身の力を込めて上段から右袈裟切りの一撃を放った。無論錬生術も最大限に発動させている。
その攻撃はエイクに軽くかわされてしまった。
しかし、強敵に臆することなく挑みかかる若く美しい女騎士の姿は、男達の闘志を奮い立たせる効果はあった。
「おおッ」「続け!」
男達も口々にそんな気合の声をあげ攻撃を再開した。
(願ったりだな)
望みどおりの展開になったことを受け、エイクはそう思った。
そして攻撃を避けつつ、器用に体の向きを変え、次は真後ろに位置していた男を中心に、その左右を合わせた3人を標的にして、右からクレイモアを振りぬいた。
この攻撃を最初に受けた男は鎧ごと胸を切り裂かれ即座に絶命。
真後ろに位置していた男も重傷を負った。
最後に標的にされた男は大きく後退して、どうにか攻撃を避けた。
だがエイクは、クレイモアの勢いを止めず、むしろ更に力を込めて振り抜き、その隣に位置していた皮鎧の男に攻撃を当てた。
皮鎧の男はロングソードでエイクのクレイモアを受けたが、全く押し留めることが出来ず、そのまま胸部を切り裂かれ、「ぐわぁ」と叫びを上げながら、弾き飛ばされてしまった。
そしてそのまま倒れこみ、動かなくなった。
「怯むな!奴は毒の刃を受けている。直ぐに動きが鈍る。勝利は目前だ!」
ジュディアがそう叫んで男達を鼓舞する。男達もその声に応え、士気を保っていた。
「陣形を組みなおせ!」
その声はエンリケだった。エンリケも闘志を取り戻したようで、護衛していた大盾を持った男を引き連れて、手薄になったエイクの包囲に加わった。
エンリケの技量は、流石に他の仲間達に勝っており扱える錬生術も豊富で高度なものだった。
彼はその全ての能力を使って、周り中から繰り出される攻撃を避けて僅かに体勢を崩したエイクの隙を捉え、その左脇をコスセスカで突いた。
避けきれぬと見たエイクは、わずかに体を動かし、鎧を補強していた竜燐でその攻撃を受けて直撃を避けた。
竜鱗を貫けなかったコルセスカは、エイクの背中の方に逸れる。その時、その穂の横から伸びた刃がエイクを切り裂いたが、それも軽傷に過ぎない。その刃に塗られた毒にも抵抗している。
(錬生術で癒すほどの傷じゃあない)
冷静にそう判断したエイクは、反撃とばかりにエンリケと大盾を持った男を目標に、クレイモアを振り回した。
この攻撃は2人に確実に重傷を与え、そのまま振り抜かれたクレイモアは、もう1人の男を切り裂いた。それは最初にエイクの真後ろに立って、エイクにかすり傷を与えた腕利きの男だった。その男もこの一撃で倒れた。
「右に回りこめ。隙をつくるな!」
エンリケが指示を飛ばし、最初に重傷を負って交代していた男も再び包囲に加わる。
この結果エイクを囲む人数は未だ6人を維持していた。
しかし、その6人の大半は重傷を負い、予備戦力もなくなっている。
エイクを囲む者達は次々と攻撃を繰り出し、エンリケは再びエイクの動きに隙を見出して、その左肩をコルセスカで打ち据えた。だが、それでもエイクの動きはいささかも鈍らない。
そして、エイクは、またエンリケ中心にクレイモアを振り回した。
エンリケはこの攻撃を避けたものの、代わりに大盾を持った男を含む3人が攻撃を喰らって吹き飛ばされ、3人ともそのまま動かなくなった。
これが、実質的に勝負を決める一撃だった。
残るは相手は、3人だけになってしまったからだ。
(だいぶコツがつかめたな)
エイクは、実戦で初めて試した、一撃で周りの敵をなぎ払う戦い方について、そんな事を考えていた。
敵を3人にまで減らしたエイクには、それほどの余裕が生じていた。
「怯むな!」
ジュディアが再度そう叫びつつ攻撃してきたが、流石にその声は、最早空しいものでしかない。
エイクは容易くジュディアの攻撃を避けた。
エイクはこの段階で、錬生術の効果を切っていた。それでも余裕をもって3人の攻撃を避けることが出来た。
エイクは、エンリケとジュディア以外で残っていた男の頭部に攻撃を当てた。
その攻撃は傍目にも力を抜いたものだった。それでもその男は兜越しに受けた衝撃によって気を失った。
「貴様!ふざけるな!!」
エイクの態度に手を抜かれたと感じたエンリケは、激昂して渾身の力を込めてコルセスカを刺突する。
だが、エイクの態度はふざけているわけではなく、体力とマナを無駄に消費しない為の適切な行動に過ぎなかった。
現にエンリケの攻撃は最早エイクをかすりもしない。
彼がエイクに攻撃を当てることが出来たのは、エイクを囲む他の5人と連携したからこそであり、彼の技量では最早エイクには全く太刀打ち出来ないのだ。
(だが、あんたには全力で応えてやる!)
そう考えてエイクも、渾身の力を込めた突きをエンリケに放った。それは、この集団の頭だったエンリケに対する、礼儀ともいうべき行為だった。
エイクのクレイモアは、攻撃をかわされて崩れた体勢を直そうとしていたエンリケの、板金鎧を正面から穿ち、その胸を深く抉った。
「がはッ」
そんな声を漏らし、この一撃でエンリケも倒れ伏した。
オドが抜け出ていかないところを見るとまだ息はあるようだ。
流石は炎獅子隊の小隊長と言うべきだろう。
だが、その意識は失われている。
「最後までいい訓練をさせてもらったよ」
エイクは倒れるエンリケにそう声をかけた。
そして、その隙に加えられたジュディアの攻撃を軽く避ける。
今や立っているのは、エイクとジュディアだけになっていた。
ジュディアだけが全くの無傷だった。
ジュディアが全く攻撃を受けていないのは、もちろんエイクが意図した結果だ。
彼は最初から、ジュディアに対しては別の方法で復讐を遂げようと思っていたのだ。
エイクはジュディアを見やると軽く笑みを浮かべた。
「くッ」
ジュディアはエイクのその態度に悔しげな声を漏らした。
状況は絶望的だったが、彼女は戦う事を諦めない。
改めて鋭く踏み込み、ツヴァイハンダーを横薙ぎに振るう。
エイクは余裕を持ってその攻撃を避け、ジュディアの背後に素早く回りこんで、その背中を蹴りつけた。彼女に屈辱感を味あわせるためだ。
かろうじて踏み留まり転倒を免れた彼女は、エイクが意図したとおりに怒りをあらわにした。
「おのれ!」
そう叫んでジュディアは更に攻撃を重ねた。
しかしその動きは今までに比べて精彩を欠いている。
彼女の錬生術は既に効果を失い、戦いの中で何度か発動を繰り返していた為に、マナも既に尽き果てていたのだった。
エイクは6回連続して、ジュディアの攻撃を余裕をもってかわした。
その間にもう一度彼女を蹴りつけている。
そして更にもう一度、強く蹴りをくわえて彼女を押しやった。
ジュディアは今度も踏みとどまったが、その呼吸は荒くなっている。
常に全力の攻撃を繰り返していた彼女には相応の疲れが溜まっていた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
彼女の荒い呼吸音があたりに響く。
だが、まだまだ体力の限界に達するというほどではない。
エイクはジュディアの体力が尽きるまで、その攻撃を避け続ける事もできた。
だが、何度も攻撃を避けているうちには、自分が足を滑らせたりする可能性もあるし、まぐれ当たりのような形で攻撃を当てられてしまうことも考えられる。
それも馬鹿馬鹿しい話だ。
それに、攻撃を繰り返すだけで身動き出来なくなるほど疲れられても面白くない。
そう思ったエイクは、そろそろ方を付けることにした。
エイクは戦いながら少しずつ移動しており、今2人が戦っているのは、エンリケらが転がっている所から、大分離れた場所になっていた。
ジュディアの次の攻撃を、エイクはクレイモアで受け止め、鍔競り合いに持ち込んだ。
エイクの剣技はジュディアを遥かに超えていたが、単純な力比べではその差は更に広がった。
ジュディアはたちまち押し込まれてしまった。
「くッ」
ジュディアが苦しげな声を漏らす。
彼女が渾身の力を込めて押し返そうとしても、エイクは全くビクともしなかった。両者の力の差はそれほど隔絶していた。
エイクの顔には余裕の笑みが浮かんだ。
更にエイクはクレイモアの柄から左手を放す。
片手になってもなお、エイクはジュディアを圧倒していた。
エイクは自由になった左手でジュディアの右腕を掴んで思い切り横に引いた。
強引に体勢を崩されたジュディアは溜まらず仰向けに倒れてしまう。
その拍子に兜がはずれ、まとめていた髪も解けてしまった。
すかさず立ちあがろうとしたジュディアが、右手を床についた瞬間に、左手で持つだけにったツヴァイハンダーをエイクのクレイモアが激しく打ち据え、弾き飛ばした。
「あッ!」
そんな声をあげ、ジュディアは再び倒れこんでしまう。
そのジュディアのみぞおち部分をエイクが踏みつけ、ジュディアの動きを封じた。
鎧で守られているため、エイクの踏みつけはジュディアに直接的なダメージを与えなかった。しかし、その動きは完全に封じられた。
「くそッ!貴様!」
そう叫びつつ、ジュディアは何度もエイクの足を殴りつけたが、堅いブーツを身に着けたエイクには何の痛痒も与えない。
そうしておいてエイクは、再度オドの感知に集中して周りの状況をしっかりと伺った。
エンリケたちと入れ違いで逃げた男、そして、その他に隣の部屋からのぞき穴を使ってエイク達の戦いを観察する者もいたのだが、その両者ともにセレナとその配下に拘束され、この場から連れ去られている。このことは既にオドの感知によって把握していた。
セレナの使いから、エンリケらが戦いの準備をしている事を聞いたエイクは、セレナに指示を与えていた。
一つ目の指示は、エンリケらの監視を続けて、もしも致命的な罠が仕掛けられている事に気付いたならば、何としてでもそれを自分に伝えること。
もう一つは、致命的と言えるほどの罠が無く、自分とエンリケ達が戦う事になったならば、その周辺で様子を見ている者がいないかを確認し、もしもそのような者がいたならば、速やかに拘束して、そのままその場から離れて、とりあえず“精霊の泉”の奥の建物に連れ込んでおくように、という事だった。
そして、セレナとその配下の者たちはエイクの指示を守り、首尾よくエイクの戦いを観察していた、恐らくレイダーの配下と思われる者を捕らえる事に成功したのだ。
捕らえた者達は、良い情報源になるはずだ。
改めて回りのオドを注意深く伺い周辺に人がいないことを確認したエイクは、気兼ねなく行動できると考え、ジュディアに声をかけた。
「あんたも物好きだな。この程度の人数や毒で、俺には勝てない事くらい少し考えれば分かるだろう。
そして負ければ自分がどんな目にあるか、予想はついたはずだ。それとも、それを期待していたのか?」
「馬鹿なことをほざくな!」
ジュディアはそう叫んで、両手を組んでエイクの足を激しく打ち据えた。
両足にも満身の力を込めて立ち上がろうとする。しかし、それでもエイクはビクともしなかった。
「そうか?まあ、本当のところがどうなのか、ゆっくり確かめてみよう」
そう言うとエイクは、クレイモアを床に突き立て、ジュディアにのし掛かっていった。
そこからは中々の難事になった。
エイクがジュディアを己の望みどおりにする為には、彼女が身に着けた板金鎧を脱がさなければならなかったからだ。
その間、ジュディアは懸命に抵抗を続けた。
だがその抵抗も結局は無駄に終わる。
エイクは、ついにはジュディアの鎧を剥ぎ取り、その鎧に窮屈に押し込められていた豊かな胸のふくらみ露にした。エイクは満足げな笑みを深めた。
そして「随分手間をかけさせてくれたな」と呟くと、なおも「やめろ!」と訴えるジュディアの、その身体を蹂躙し始めたのだった。
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