剣魔神の記

ギルマン

文字の大きさ
89 / 373
第2章

45.身元引受

しおりを挟む
 全て思い通りにした後、エイクは身支度を整えつつ今後どうするかを考えた。
(ロドリゴ達と同じように男は皆殺しにして、ジュディアだけを捕らえてもいいが、やはり衛兵に届け出るべきだろうな)
 そうして、あえてエンリケらを裁く裁判を開くことで、エーミールに自分を懐柔するつもりがまだあるのかどうかを、確かめる事が出来るのではないかとエイクは思った。

 エイクを誘い出す為の手紙、バジリスク・ブラッドが浸み込んだソファー、エンリケ達の武器に塗られた毒、などの物証。
 エイクが彼ら全員をそろって呼び出す事など不可能であるという状況証拠。
 そして、この屋敷にエイクを案内した男に証言させる事も可能な事。
 更には、エンリケらは実家から見放された身で、政治力など何もないこと。
 これらを考え合わせれば、普通ならエンリケらが裁判で有罪にならないはずがない。

 それを前提に、それ以上にエイクにとって有利な裁定がなされるか、それとも、エイクに不利な裁定がなされるか、それによってエーミールの意思を推し量ることが出来るだろう。
(もし俺を切り捨てるつもりなら、本格的に反対派閥と接触する方法を探る必要があるな)
 エイクはそう考えていた。

(それはそうと、衛兵を呼んでくるまで、こいつらは無事でいられるかな?)
 エイクにはそんな懸念もあった。
 結局死んでいたのは4人で、エイクはエンリケらまだ息がある者達を、全て縛り上げていた。
 エイクが衛兵に届け出て、衛兵がこの場にやってくるまで彼らを放置する事になるわけだが、ここは治安の悪い南新市街だ。その間の彼らの安全は保障できない。

 特にジュディアは誰か男にでも見つかれば、恐らく連れ去られる事だろう。
 最後まで激しく抵抗していた彼女だったが、容赦なく続けられたエイクの行為によって、ついには精魂つき果て、涙も枯れたようで、今はあられもない姿で手足を縛られたまま、床に転がされて身動き一つしないでいた。
(まあ、出来るだけ早く衛兵が駆けつけるように働きかけよう。それで駄目だったなら仕方がない)
 そう割り切って、エイクはその場を後にし、最寄の衛兵詰所に向かったのだった。

 幸いな事に、衛兵が駆けつけるまでジュディアらは無事で、息があった者全員が最低限の治療を受けた上で捕らえられることになった。



 エンリケ達の攻撃を撃退した2日後、月が改まった9月1日。
 その日は、シャムロック商会から、父ガイゼイクの屋敷がエイクに引き渡される日だった。

 アルターをはじめ使用人たちは、朝から荷物の運び込みなどの作業をしていた。
 だがエイクは、それには参加せず、1人ハイファ神殿へと赴いた。
 エイクが捕らえたネメトの女神官ルイーザを引き取る為だ。
 以前、ユリアヌス大司教から言われていたとおり、ルイーザもエイクを身元引受人として釈放される事に決まっていた。そして、屋敷の引渡しに合わせて、本日釈放される事になったのだった。



 神殿を訪れたエイクは、またユリアヌスの私室に招かれ、ルイーザについて改めて説明を受けていた。
「あの娘も哀れと言うべきです。親も分からない孤児院育ちで、年端も行かないうちにグロチウスらに引き取られてしまった。
 それで、ものの善悪も分からぬうちに、ネメトの教義を教え込まれた。
 しかも、この場合は不幸にも、と言うべきなのでしょうが、彼女は天才だった。
 歳若くして、斥候として、軽戦士として、そしてネメトの神聖術師として、高い技量を習得し、“呑み干すもの”の中で重要な地位に就くまでになってしまっていたのです。
 闇教団の幹部となり、自ら犯罪行為に手を出してしまっていた以上、通常なら処刑は免れません。
 しかし彼女の境遇を考えると、それは余りにも忍びない。
 それで、処刑を避けるために、エイク様を利用させていただいたわけです」

 エイクを利用する。という話しは、既に説明され、エイクも了承している事だった。
 具体的には、エイクがルイーザの身柄を引き取る事を強く望んでいる。事件解決の最大の功労者であり、アークデーモンを倒して多数の人命を救ったエイクの頼みは無下に出来ない。という理屈で死一等を減じ、エイクを身元引受人として、その下で贖罪に励むということにして、釈放の運びになったのだという。

 ユリアヌスはエイクの悪評につながるかもしれないといって恐縮していたが、エイクは全く気にならなかった。
 悪評というのは、エイクが女好きだといった内容の事だろう。だがそれはただの事実であって、広まったところで今更悪評と言うには及ばない。
 実際エイクは、ルイーザという女司祭を自分のものにしたいという欲望を持っていた。
 確かに、エイクが何が何でも欲しいとまで主張したわけではないが、ユリアヌスが提示した筋書きと、事実との間にさほどの違いはない。

 エイクとしては、ルイーザを丁重に扱うつもりはなかったので、むしろ後でそのことを咎められたくないと思っているくらいだった。
(まあ、処刑されるよりはましだと思って納得してもらおう)
 エイクはそんな風に考えていた。



 エイクが改めて全く問題ないと告げると、ユリアヌスは納得し、別の話しへと話題を進めた。
「“呑み干すもの”や、ローリンゲン侯爵の件について、王国政府の調査は全く進んでいないようです。
 あの時裁判院の審議室に居た者達の中から、不審な者を見つけることも出来なかったとのことでした。
 調査能力はあちらが上と考えて証拠一式もお渡ししたというのに、全く何をしておられるのか……」
「……」

 ユリアヌスは政府の調査の状況に強い不満を持っているようだ。
 政府の調査が中々進まないという事実は、エイクにとっても、大いに気になるところだった。なぜならそれは、政府内部に調査を意図的に遅れさせている者が存在する可能性を示唆しているからである。

 エイクはその懸念は口にせず、ユリアヌスに答えた。
「元より政府任せにするつもりはありません。己自身で調べ、必ずや仇にたどり着いて見せます」
「左様ですな。もちろん我々もお力添えさせていただきます。
 ガイゼイク殿を害した者は、闇の神々に通じている可能性も高い、誰はばかることなく協力することが出来るでしょう」
「よろしくお願いします」

 ユリアヌスとそんな会話を交わした後、ルイーザの身柄がエイクに引き渡された。
 ルイーザはエイクに対して怯えきっていたが、少なくとも逃げようとしたりはせず、従順だった。
 エイクは彼女を伴って、改めて自分のものとなる、懐かしい父の屋敷へと向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます

neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。 松田は新しい世界で会社員となり働くこととなる。 ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。 PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。 ↓ PS.投稿を再開します。ゆっくりな投稿頻度になってしまうかもですがあたたかく見守ってください。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

処理中です...