剣魔神の記

ギルマン

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第3章

1.遠方の炎

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 北方都市連合の中心的な都市である港湾都市ハリバダード。この街は、周辺の小規模な町や農村等を領土とする、ハリバダード公国の公都でもある。
 そして、今やアースマニス大陸西部諸国において経済的に最も繁栄している都市でもあった。

 その、本来なら活気に満ちた声が溢れているはずの、昼日中のハリバダードの街が、その日は時ならぬ喧騒に包まれていた。
 街の中心部にある公国軍の公都守備隊本部から、火の手が上がっているためだ。

 守備隊本部からは激しい剣戟の音が聞こえる。
 敵の襲撃を受けているのだ。

 守備隊本部の隊長室に兵士の1人が飛び込んで来て、公都守備隊長で軍全体の副将軍でもあるヨハンセンに大声で報告した。
「隊長!襲撃です。我々は襲撃を受けています」
「相手は」
 既に変事に気付いていたヨハンセンは冷静にそう問いかけた。
「ゴルブロ一味です!」
「なッ!」
 だが、その答えを聞いて絶句してしまう。

 ゴルブロ一味というのは、ハリバダードの街やその周辺を荒らしまわっている盗賊団だ。
 公都守備隊は平時には衛兵として街の犯罪の取り締まりにあたっている。
 本来ならば、盗賊団は取り締まられる存在であるはずだ。
 つまり、驚くべきことにその盗賊達が、逆に守備隊を襲っているというのだ。

 確かに今日は公都守備隊が手薄になる日だった。
 最近不穏な動きをみせる隣国ブルゴール帝国への牽制のために、北方都市連合合同の大規模な軍事演習が行われていたからだ。
 公都守備隊も大規模な戦となればその多くが前線に赴く事になる。このため、公都守備隊からも少なくない兵士が演習に参加していた。
 しかし、それでも本部には200を越える兵が残っている。盗賊ごときに襲われるほどの手薄さではなかったはずだ。

 ヨハンセンは動揺を抑えて聞いた。
「敵の数は、情勢はどうなっている」
「総数は恐らく50ほど、4・5人で一組になって我々を攪乱しています。1人1人が馬鹿にならい強さで、く、苦戦中です。特にゴルブロは、我々では手に負えません」
 兵士もそのような事実を認めがたいようで、苦渋をにじませながらそう報告した。

「……ッ」
 ヨハンセンは再び言葉をなくした、それは彼にも受け入れがたい報告だった。
 いくら平時よりも手薄とはいえ、4分の1以下の数の盗賊に公都守備隊が圧倒されるなど、あってよい事ではない。

 強敵から襲撃を受けて情勢が不利ならば、本来は早急に兵士を一箇所に集めて戦力を集中し、防衛体制を整えるべきだ。そして、守りを固め機を見て反撃に転ずる。それが基本だろう。
 しかし、ヨハンセンはそう命令する事を躊躇った。
 そのような作戦を採る事は、盗賊の一味相手に苦戦している事を認めることになってしまう。

「ゴルブロがどこら辺にいるか分かっているんだな」
 ヨハンセンはそう確認した。
「はい。およその場所は分かります」
「案内しろ、俺が自ら奴を倒して終わらせる」
 そして、そう兵士に命じた。

 

 ゴルブロがいると思われる方へと向かったヨハンセンは、あっけなくゴルブロと遭遇した。
 ゴルブロ自身も隊長室へ向かっていたからだ。ゴルブロもまた敵の大将たるヨハンセンと戦う事を望んでいたのだ。

 ゴルブロは190cm近い大男で、浅黒い肌に頭髪は剃り上げている。魔法を帯びた皮鎧を身につけ、コピスと呼ばれるS字型に湾曲した短剣を握っていた。その短剣も魔法の武器のようだ。
 そのゴルブロと、目論見どおりに相対したヨハンセンだったが、直ぐに己の判断の誤りを悟った。
 その立ち居振る舞いから、ゴルブロが自分よりも強いことを見て取ったからだ。
(馬鹿な!?盗賊ごときが)
 それはヨハンセンにとって、今日最大の衝撃だった。

 動揺を隠し切れないヨハンセンに対して、ゴルブロはその厳つい顔に凶悪な笑みを浮かべた。
 そしてヨハンセンに告げる。
「探す手間が省けて助かったぜ、隊長さん。いっちょう、一騎打ちとしゃれ込もうじゃねえか」
 そして、悠然とヨハンセンの前へと歩みを進めた。

 ヨハンセン配下の兵士達は、既にゴルブロの手下達と戦い始めている。一騎打ちにならざるを得ない状況だ。ヨハンセンも覚悟を決めて剣を構えた。

 ヨハンセンとの距離を詰めたゴルブロは、残り3mほどで急激に動き、一気にヨハンセンに切りかかった。
 ヨハンセンはゴルブロを格上と見定め、守りを固めていたが、それでもゴルブロの攻撃を避けることが出来ず、腹部を切りつけられ浅くない傷を受けてしまう。
 そして、ヨハンセンの反撃は簡単に避けられてしまった。
 一連の攻防はヨハンセンに更なる衝撃を与えていた。
(これほどとはッ!)
 ゴルブロの強さはヨハンセンの見込みを更に越えていたのだ。

 その後数回の攻防を経たが、ヨハンセンの攻撃は一度もゴルブロを捉えず、逆に何度も攻撃を受けてしまっていた。
 公国軍全体の中でも将軍につぐ実力を誇るヨハンセンが、完全に手玉に取られている。
 平時においても油断なく板金鎧を装備していた事が功を奏し、致命的な一撃は受けていなかったが、ヨハンセンは完全に追い込まれていた。

 配下の兵士もゴルブロの手下に圧倒されており、状況を打開する要素は見つけられない。
(一旦離脱して態勢を立て直すしかない)
 そう判断せざるを得ない状況だ。

 ゴルブロは自分よりも強く、配下の盗賊たちも並みの兵士よりも遥かに強い。だが、数はこちらの方が多い。兵をまとめて戦えば勝ち目はある。
 ヨハンセンはそう考え離脱の機会をうかがった。

 と、ゴルブロがヨハンセンの背後に向かって「よお、バルドス。間に合ったみてぇだな」と声をかけた。
 ヨハンセンも背後から近づいてくる者に気付く。明らかにゴルブロの一味だった。

(くそッ、この状況で新手とは)
 ヨハンセンは更なる状況の悪化に焦りを募らせた。
 そのバルトスと呼ばれた男は、自分よりは弱そうだったが、それでも侮れない実力者のように見える。
 その男とゴルブロによる挟み撃ち。状況はほとんど致命的だ。

「頭ぁ、遅くなりやした。その代わり土産はしっかりとって来ましたぜ」
 バルドスはそう言うと、ヨハンセンの足元目掛けて2つの塊を放り投げた。

 それをすばやく避けたヨハンセンだったが、その塊を見て絶叫した。
「アニータ!!ハンネス!!」
 それは家でヨハンセンの帰りを待っているはずの、妻と子の生首だった。

 愕然として動きを止めてしまったヨハンセンに、ゴルブロの哄笑が浴びせかけられた。
「ハッ、ガハハハハハハハァ。
 いい顔みせてくれるじゃあねえか、隊長さんよ。
 あんたが、驚いてくれるんじゃあねえかと思って、少し前にあんたの家に配下を送っておいたのよ。ギリギリの時間差だったから、間に合うか心配だったが、成功してよかったぜ!」

「き、貴様ぁぁあ」
 ヨハンセンは激昂して、極端な前のめりになるような無茶な体勢で、遮二無二ゴルブロに突っ込んだ。
 だが、その動きを予想していたゴルブロは容易くかわし、ヨハンセンの首筋にコピスの一撃を叩き込む。
 その攻撃は、板金鎧の隙間を縫ってヨハンセンの首を抉り、頚椎を砕いた。
 ヨハンセンが前のめりに倒れたとき、その命は既に失われていた。

「けッ、怒りで我を忘れる方かよ。
 つまらねえな。実力以上の力を捻り出したりしてくれた方が面白かったのによ」
 ゴルブロはヨハンセンの死体に向かってそう言い放った。
 そして、周りを見回して、更に宣言するようの大声で告げた。
「おい!雑魚もさっさと始末しちまうぞ!」

「おお!」
 ゴルブロの配下達は、その声に答えて気炎を上げた。
 逆に兵士達は余りの展開に士気を崩壊させてしまっている。何人かの兵士は既に逃げ出そうとしている。
 ここに至って、戦い全体の帰趨も決した。
 この場から逃げ出した兵士らによって、ヨハンセン戦死の報が広がり、更にヨハンセンの首級が掲げられて、まだ戦っていた兵士らの多くが逃げ出し、残った者は残らず討ち取られてしまった。

 こうして、この日ハリバダードの街に残留していた公都守備隊は壊滅したのだった。






 公都守備隊本部への襲撃を成功させたゴルブロ一味は、行きがけの駄賃に付近の商家などを襲い金品を奪い婦女子を浚って、悠々と根城に引き上げ早速酒宴を催していた。

 あたりには盗賊たちの笑い声が響き渡っている。

 そんな中、機嫌よく酒をあおっているゴルブロに、幹部の1人であるマンセルが声をかけた。
「頭、そういやあの娘、最近見かけませんが、どうしたんですか?」
 マンセルは、ゴルブロのお気に入りになっていた情婦の姿が見えないことを気にしていた。その情婦のことを秘かに気にかけていたからだ。
「ああ、あの女なら、ちょっと強めにヤッてやったらくたばっちまった。まあ、そろそろ飽きて来てたから丁度良かったな」
「は、はぁそうですか」
 事も無げに言い放つゴルブロに、マンセルはそう答えたが、内心不満だった。
(もったいねぇなぁ。殺しちまうくらいなら、こっちに回して欲しいもんだぜ)
 そう思い、黒髪に白い肌が印象的で、儚げな雰囲気だったその女の事を思い出していた。
(これでまた、むさ苦しい男所帯かよ。珍しく女の仲間が出来たかと思ったら、2・3日前から見かけなくなっちまったし……)
 そしてまた、少し前に一味に加わったが、最近姿が見えない女剣士の事を思い出し、そんな事も思った。

「頭ぁ、やりましたね!これで、連合の腑抜けどもも目が覚めるでしょう。次は、いよいよ大公と戦争だ!徹底的にやってやりましょうぜ」
 別の幹部が、大声でゴルブロにそう話しかけていた。
 それは、ヨハンセンの下に彼の妻子の生首を投げつけたバルドスだった。

 ゴルブロは、すばやくもう1人の幹部ザンサルスの方へ目をやると、彼がうなずくのを見てから、バルドスに答えた。
「それだがな、俺はもうこの街の腑抜けどもと付き合う気はねえ。所場を替える」
「へ?別の街に行くんですか」
「そうよ。西の果ての王国アストゥーリア、その王都アイラナが次の獲物だ。そして、あの国の裏社会全部を俺達のものにしてやる」
 ゴルブロはバルドスだけではなく、周りの配下達にも聞こえる大きな声でそう宣言した。
 そして、マンセルに向かって言った。

「おい、マンセル。女の事を気にしていたみたいだが、心配はいらねえぞ。
 街全部を支配すりゃあ、女なんざぁより取り見取りだ。アイラナの街には有名な娼館もある。
 最近その娼館を支配して、いい女を侍らしていきがってる餓鬼もいるらしい。
 その餓鬼もぶっ殺して、女は全部俺達のもんだ。今度は忘れずにお前にも回してやるよ」
「へへ、頼みますぜ、頭」

 ザンサルスが盗賊たち全体に向かって声を上げた。
「聞いたか野郎共。次もでかい仕事になるぞ!張り切って行こうや!!」
「おお!」

 歓声を上げる配下の盗賊たちを見ながら、ゴルブロは凶悪な笑みを浮かべた。

 ハリバダードの街を燃やした炎は、アストゥーリア王国へ向かって動き出そうとしていた。

 時に新暦1175年9月1日。
 エイク・ファインドが父の屋敷に住むようになったのと同じ日の出来事だった。
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