剣魔神の記

ギルマン

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第3章

3.枢密会議②

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「デュナス伯、口を慎め」
 外務大臣のバーミオン侯爵がデュナス伯爵を嗜めた。
 その口調から察するに、部下の言動を快くは思っていないようだ。

「口が過ぎました。お許しください。しかし、お答えは是非お聞かせください」
 速やかに謝罪したデュナス伯爵だったが、舌鋒を緩める事はなかった。

 エーミールは険しい表情でデュナス伯爵をにらみつけながら語り始めた。
「何も伝統というだけで北方侵攻を避けていたわけではない。
 都市連合は侮りがたい相手だ。かつて圧倒的に優勢なブルゴール帝国の侵攻を退けたこともある。不用意に侵攻すれば泥沼の戦いとなった可能性は高い。
 たとえブルゴール帝国と共同で事に当たったとしてもだ」

 エーミールの言葉に、すかさず財務大臣のハルテア伯爵が賛意を示した。
「その通りですぞ、それでは停戦をした意味がない。
 実際この5年間の安定のおかげで、わが国の財政はだいぶ持ち直し、民の暮らしも上向いた。
 これは紛れもなくルファス公爵の功績」

 それにもデュナス伯爵は反論する。
「その持ち直した財力で、軍備を増強し外交交渉を成功させ、国を安らかに出来たならば私も文句は言いません。
 しかし現実にはそうはならなかった。
 軍の士気も国の権威も大きく失墜してしまった。
 ローリンゲン侯爵の一件だけではない。
 レシア王国が二重王国への支配を強めたことに対しても、ブルゴール帝国が北方都市連合を狙い始めた事についても、我が国は有効な対策を取れておりません。
 こんな状態のまま停戦期間が終われば、状況は悪化する一方というもの。
 私とて、この時期の北進が危険な賭けだという事は理解しています。
 しかし、現状は賭けに出なければならないほど追い込まれている。そう言っているのです」

「現状での北進など賭けにすらならん!」
「ならば軍務から対案をお示しください」
 再度発言した軍務副大臣にデュナス伯爵が即座に返す。
 軍務副大臣は答えることが出来なかった。

「まあ、まあ、落ち着かれよ、デュナス伯爵殿」
 内務大臣キルケイト子爵がそう声をかけた。
「貴殿が現状を深く憂いておられるのは良く分かる。私も同じ気持ちです。
 しかし、この時期に新たな軍事行動を起こすのが無謀だという、軍務の皆様のご意見も尤もなものだ。そこでですが、とりあえずは軍の士気と国威が回復されればよいわけでしょう?デュナス伯爵殿」
「いかにも。問題は多いですが、ともかく最優先すべきはそれでしょう」

「ならば、そのための提案があります。実は私の下の多くの者から嘆願が上がって来ております。
 嘆願の内容はトラストリア公爵家公子アルストール殿を、軍の然るべき役職に就けて欲しいというもの。
 多くの者が求める人事を行えば士気は高まるでしょう。
 そしてアルストール公子は王位継承権も有する王族の一員とも呼べるお方だ。そのような方が先頭に立てば、国威も高まろうというもの。
 やはり高貴な立場の方には、目に見える場所で活躍していただきたいと思うのが人情というものですからな。いかがですかな?宰相閣下」

「……軍務のご意見はいかがですかな」
 話しを向けられた宰相ナサヌエル公爵は、エーミールに声をかけた。彼がエーミールの意思を尊重するのはいつもの事だが、その声はいつも以上に気遣わしげだった。

(それが狙いか!)
 エーミールは激しい憤りと共に心中でそう叫んでいた。
 アルストール公子こそ、彼の最大の政敵だったからだ。

 デュナス伯爵が余りにも無茶な要求を行いつつエーミールの非をあげつらったのは、最終的にこの要求を通す為の複線だったのだろう。
 また「高貴な立場の方には、目に見える場所で活躍していただきたい」との言葉も、エーミールに対する皮肉といえるものだった。

 エーミールは憤りをどうにか隠して、内務大臣キルケイト子爵に告げた。
「その嘆願というのは、どのような者から寄せられたのか教えていただきたい」
「写しが用意してあります。皆様もどうぞご確認ください」
 その言葉を受け、内務副大臣が書類を配る。

 その書類に書かれた名を見たエーミールの表情は、一段と険しさを増した。
 そこには、相応の人物の名が幾つも書き連ねてあり、中には軍の要職に就く者の名も少なくなかったからだ。
 これは、エーミールの牙城たるべき軍に、彼の意に沿わぬ者がいることを示している。
(足元を疎かにしすぎたか……)
 エーミールに悔恨の念が襲った。

 フォルカスを厚遇した者として、またフォルカスが属した派閥の領袖として、フォルカスの一件についてエーミールに一定の責任があることは否定できない。
 その上で更にこれらの者の嘆願を無視する事は、エーミールにも出来なかった。

「承った。相応の役職を用意すること、約束しよう」
「これは重畳。軍の士気と国威を回復させるためには、公子の着任は大げさすぎるほどの慶事として大々的に祝うべきでしょう。それに相応しい役職をお願いします。
 公子は一小隊長でしかないにも関わらず、多くの功績を挙げておられる。不足はありますまい」
「……」
 エーミールはその言葉には最早答えなかった。



 他の案件については、全てエーミールの意図の通りの結論となった。
 国の大まかな方針は、北方都市連合との友好関係を続け、ブルゴール帝国の北方都市連合への野心を何とか宥めたうえで、レシア王国及びその影響下にあるクミル・ヴィント二重王国に備える事と決まった。
 要するに現状維持である。

 反対派も王の信任厚いエーミールの権力を一気に覆すことは不可能と考え、今回はアルストール公子に役職を与える事に集中していたのだろう。
 だが、それを認めてしまった事はエーミールにとって大きな敗北だった。
 トラストリア公爵家の者には要職を与えない。それはルファス公爵家累代の使命ともいえることだったからだ。

 アストゥーリア王国においては、どれほどの高位の貴族でも王国政府における文武の要職に就いていない限り、国政に口を出すことは許されていない。
 それはオフィーリア女王によって定められた、貴族勢力抑制の為の政策の一つだった。
 そしてルファス公爵家は常にトラストリア公爵家の者が要職に就かず、国政にも参与できないように立ち回っていた。

 現在もエーミールの意向により、当代トラストリア公爵は無役であり、公子アルストールも小隊長、それも特に能力が低いとされていたあぶれ者部隊があてがわれていた。
 しかし、それがついに覆されてしまったのだ。

 エーミールは1人会議室に残り、怒りに打ち震えていた。
(あのような屑部隊を率いて功を上げたのだから、アルストールには能力はあるのだろう。だが、こればかりは能力など関係ない。
 謀反人共は絶対に許されてはならぬ。謀反人共は皆殺しにしなければならんのだ)
 エーミールはそう考え、更に小さく声を漏らした。
「急がねばならん……」
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