剣魔神の記

ギルマン

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第3章

11.噂話

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 ドミトリと別れたエイクは、“イフリートの宴亭”に赴いた。
 店に出されている依頼の状況を確認しようと思ったからだ。

(都合のいい依頼はないな)
 そう判断せざるを得なかった。内容的には受けてもいいと思えるものもあったが、どれも拘束時間が長いのが気になった。
 エイクは今、長期間王都をあけるつもりにはなれなかったのだ。
 また、他にも気になることがある。
 エイクはその事を確認する為にカウンターに向かった。

 カウンターに立っていたのはマーニャだった。
「エ、エイク様。どういった御用でしょうか?」
 そう言ったマーニャは、ぎこちない笑顔を作ることにどうにか成功していた。

「前まで出ていた依頼のいくつかがなくなっているが、誰が受けたんだ?」
「いえ、それは取り下げになりました」
 エイクの問いに対する回答は予想通りのものだった。

 いつまでも受け手が見つからない依頼は当然取り下げられる。
 また、受ける冒険者はいないようならば、依頼人へ余り迷惑をかけないように、店の方から依頼人に返す事もあった。

 エイクが見た限り、そのなくなっていた依頼を受けそうな冒険者は“イフリートの宴亭”にはいないように思えていたのだ。
 最有力冒険者パーティだった“夜明けの翼”が消滅した影響はやはり大きい。

(このままだと確実にこの店は落ちぶれていくな。最悪潰れないでくれればいいが、その保証もない。それに、店が有力であるにこした事はない。何か手を考えるべきか・・・)
 エイクはそう考えた。
 対魔物の戦力として冒険者も重視しているこのアストゥーリア王国では、有力な冒険者を抱える有力な冒険者の店にはそれなりの優遇がなされている。
 今まで“夜明けの翼”を擁した“イフリートの宴亭”は有力店扱いだったが、今のままではその地位を確保する事は無理だろう。

 それは、“イフリートの宴亭”に属するエイクも恩恵が受けられなくなることを意味していた。
 また、店の収益が上がらなければ、エイクの下にもいつまでも配当金が入ってこない事になる。
 金銭的な利益を得るために出資者という立場になったわけではなかったが、まるで利益にならないというのもつまらない話だ。

(ドミトリさんに対して、何かの支援が出来るかも知れない、などと偉そうな事を考えている場合じゃあなかったな。むしろこの店に属してもらうようにお願いすべきだった。といっても、今更無理も言えない。
 本当は俺が冒険者稼業に力を入れればいいんだが、少なくとも父さんの仇を討つまではそちらが優先だ。何か他の方法を考えよう)

「上手く依頼をまわせるようになる方法を俺も考えておく」
 エイクはマーニャにそう伝えた。
「ありがとうございます」
 そう答えるマーニャを背にして、エイクは“イフリートの宴亭”を後にした。





 次にエイクは“大樹の学舎”に赴いてアルマンドからの報告を受けた。

「すみません。言われていた、エンリケって奴の事は特に何も掴めませんでした。
 盗賊ギルドの動向としては、“悦楽の園”がなりふり構わず資金集めをしているみたいです。街では、随分安い値で麻薬が出回っているんですが、それを売っているのが“悦楽の園”らしいです。
 それから、“猟犬の牙”の連中がやたらとピリピリしていますね。いつでも戦えるように準備しているみたいです」
 アルマンドはそう報告した。

「すまん。エンリケの件はもう片がついている」
 エイクは、気まずそうにそう言って詫びた。
 エンリケについては、セレナの報告の裏が取れればと思って、アルマンドにも可能なら調べるように指示していたのだが、報告を受ける前にあっけなく終わってしまっていた。

 他の報告内容については、“悦楽の園”が麻薬を叩き売っているという事は、既に“黒翼鳥”から伝えられていた。
 だが、“猟犬の牙”の話は初耳だった。“黒翼鳥”が気付いていないとも思えないが、恐らくエイクの耳に入れる必要はないと考えたのだろう。
(セレナが動いているからだろうな)
 エイクはそう思った。

 セレナはあえて素顔や本名を隠さずに活動しているとのことだった。
 その目的はレイダーをあぶりだす事だが、当然セレナの古巣である“猟犬の牙”にもセレナが生きていた事は知られているはずだ。
 セレナの口ぶりでは、“猟犬の牙”の今の長と、セレナの関係はかなり険悪なようだ。“猟犬の牙”が警戒するのも当然だろう。

(一応、何かのついでに伝えておくか)
 セレナとしても、自分の行動が“猟犬の牙”を刺激するくらいの事は予想しているだろうし、“猟犬の牙”の動きにも気が付いているはずだ。
 わざわざ緊急に連絡をとって注意する必要まではないだろう。だが、念のため伝えておくにこした事はない。

「他に気になる噂話なんかはなかったか?」
 エイクはそう聞いた。

「幾つかありますけど、本当にただの噂話ですよ?」
「ああ、そういうのも何かの情報にはなるんじゃあないかと思っているんだ。掻い摘んでいろいろ教えてくれ」
「それじゃあ。そうですね、東新市街で鍛冶屋をしているドワーフのガンド親方が、8月23日の夜中に、羽が生えた女が空を飛んでいるのを見たって言っています。きっとデーモンの一種に違いないって。他には……」

 アルマンドが語った話は、確かにどれも噂話程度のものだったが、何時何処で誰がという点は特定されていた。
 一通り話を聞いたエイクは、その中で気になった話しについて確認した。
「ヨウス商会の使用人が、昼間からうなり声みたいな音を聞いたのは、8月25日だったか?」
「そうです。丁度昨日、ヨウス商会の隊商が竜に襲われたと言っているって噂を聞いたんで、直接話しを聞きに行ってみたんです。
 この話については今お伝えしたとおり、魔物に襲われたのは夜中だったそうで、はっきり姿を見たわけじゃあなくて、本当に竜なのかは分かりませんでした。
 ただ、その話しを聞いた時に、うちの店は呪われているって言っている使用人が居たんで詳しく聞いてみました。
 そいつが言うには、今年に入ってから山賊に襲われることが明らかに増えたし、その上先月には店にいるときに地の底から響いて来るような呻き声が聞こえたというんです。いろいろ確認してみたので、日付も間違いないはずです」
「なるほど……。
 ありがとう。参考になった。これかもよろしく頼む」
 エイクはそう言って、アルマンドをねぎらった。

 ドミトリとの会話も、アルマンドの報告も、どちらも大いに有意義なものになった。エイクはそう思っていた。
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