剣魔神の記

ギルマン

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第3章

13.大精霊使い①

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 エイクは驚きのあまりしばし言葉もなかった。
 相手がオフィーリア女王を助けた大精霊使いと名乗ることは予想していたが、まさか古代魔法帝国の末裔とまで名乗り、さらに話しが王国建国の物語に及ぶとは思っていなかったのだ。
「……それはつまり、初代国王が打ち倒した竜というのがあなただと?」
 エイクはどうにかそう問い返した。

「そういうことだ。
 言っておくが私が名乗ったわけではない。マキシムスの奴が勝手に私のことを魔物扱いし、しかも自分で倒したなどと称したのだ。奴は他にも私の怒りを買うようなことを行った。
 だからこそ奴は、その後一歩もこの街を出ず、子孫にもけして遷都をしてはならず、王族は出来るだけ王都から出てはならないという遺命を残したのだろう。
 契約魔術によって私はこの地に立ち入る事は出来ないから、この地に居る限り報復を受ける事はないと、そう考えたのだと思う。
 まあ、私にはもともと奴に報復などするつもりはなかったがね。そのつもりがあったなら、直接立ち入らなくても、幾らでもやりようはあった。
 いずれにしても、王都を動かしてはならない、そして西の森を切り開いてはならないというこの国の法が出来たのは、そういう理由からだ」
 そう語るフィントリッドは、すっかり上機嫌という様子だった。
 やはりエイクを驚かせたいと思っていたようだ

 エイクはフィントリッドのそんな様子に若干気分を害しつつも問いを続けた。
「初代国王に娘が居たという話は聞いたことがありませんでした」
「それはそうだろう。マキシムスは彼女の存在を歴史から抹消した。
 私に懇願して土地を譲り渡してもらったという歴史を残したくなかったのだろう。
 彼女の名前はアイラ。今のこの王都の名前は彼女に由来する。
 なぜマキシムスが都市の名前にだけは娘の名を残したのか、その理由は分からないな」
 フィントリッドは過去に思いを馳せたのか、しばし遠くを見るような目をしていたが、エイクの方に向き直って更に話を続けた。

「私とこの国のかかわりの第二幕についても教えてやろう。
 事の始まりは、オフィーリアが西の森に逃げ込んできたところからだな。
 あれは、私がこの地を譲り渡してから既に260年近くが経っていた頃のことだったが、実のところ私はずっとこの国に注目していた。なので、とりあえず彼女を助けた。
 そして話しを聞いて、交渉の結果彼女を支援する事にした。

 はっきり言ってしまえば暇つぶしがその主な目的だった。当時の彼女の境遇に興味をひかれたのだ。
 私のような悠久の時を生きる者にとっては、暇つぶしのネタになるような興味を持てる存在というのは貴重だ。
 それに、実害はないとはいえ、立ち入り禁止の土地があるというのも面倒だったので、彼女を王にして古の契約を破棄させようという目論みもあった。
 ただし、私の助けで首尾よく国を取り戻したならば、その代償として己の身を私に捧げろとも要求した。
 国一つの対価としては安いものだろうし、私はあの小憎らしいマキシムスの末裔が私に身を捧げるという状況に仄暗い喜びを見出していた。
 で、まあ、私たちは国を取り戻し、私の目論みも果たされた。
 私を縛っていた契約魔術はなくなり、この通り自由にこの地に立ち入る事もできるようになった。
 そして、身を捧げるという彼女との約束も果たされた。

 だた、それで終わりにはならなかった。近隣諸国の介入があり、さすがの私もその状況で彼女を見捨てる気にはなれなかった。
 もともと彼女との約束には国を安定させるまでは力を貸す、という内容も含まれていたから、それに従って私は侵略者たちとも戦った。
 そうこうしているうちに、私と彼女の間に肉体関係があることを周りに察せられていまい、後に引けなくなった。
 私も王国中興の英雄という事になっていたし、遊びで女王を抱きましたとはさすがに言えない。
 それに、この国の王族に私の血が混じるというのも面白いように思った。だから彼女との間に子を成し、次代の王とした。
 その子にマキシムスと名づけたのは趣味が悪すぎだったかもしれないがな。

 そんな馴れ初めだったから、私は彼女とも息子とも良い関係ではなかった。
 だから愛し合うオフィーリア女王と精霊使いの話は虚飾だ。しかし、彼女は私にある意味で依存するようにはなっていたと思う。
 国を取り戻したのも敵国に打ち勝ったのも、私のおかげだったのは間違いなかったわけだしな。
 私としても彼女に頼られることに悪い気はしなかった。だから、当時知られていなかった地下大図書館の存在を教えてこれを提供するなど彼女の国づくりにも協力した。
 そして彼女が死ぬまでこの地にとどまり、その死を切っ掛けに森に帰った。
 その後もこの国のことを気にはしていたが、介入は一切しなかった。
 この国が栄えてくれても一行に構わないし、滅びるならそれまでの事と考えていたからな。今語れるのはこのくらいかな」
 そう言って、フィントリッドは長い話を終えた。



 エイクはどう反応すればよいのか分からなかった。真実だとすれば、それは王国の隠された歴史そのものだ。
 でまかせの嘘にしては話しが壮大すぎるとも思える。しかし、真実であるとする証拠も何もない。
 沈黙するエイクに、フィントリッドがまた語りかけた。その声は、どこか自慢気だ。

「直ぐに信じろといっても難しいだろう。だが、私も無闇に疑われるのは面白くない。今の話の中でこの場で証明できるのは、私が強大な力を持つ精霊術師であるという事だけだ。
 オフィーリアに仕えた大精霊使いは、精霊王すら自在に操るほどの精霊魔法の使い手だったと知っているだろう?
 もし許されるならば、今この場で私にもその力があると証明したいのだが、良いかな?」
「つまり、精霊王をこの場に顕現させると?」
「そうだ」
 フィントリッドは事も無げにそう述べた。



 顕現というのは、精霊が誰にでも見える実体のある存在として姿を現すことをさしている。
「光」「闇」「炎」「風」「氷水」「岩土」の6種に分かれ、世界に自然の恩恵を行き渡らせている精霊達は、普段は世界全体に溶け込むようにして存在し、無機的にただその役割を果たしている。
 しかし、特別に精霊力が強い場所や特定の条件が揃った場合には、肉体と自意識を持つ存在として多種多様な姿を現す。その現象が顕現と呼ばれるものだ。

 そして、精霊術師たちは意図的に精霊を顕現させ、己の意に従わせることが出来た。
 ただし、顕現させる精霊の強さは精霊術師の技量によって異なる。
 精霊王とまで呼ばれる存在を顕現させることが出来る精霊術師は非常に稀だ。

「危険がないならお願いしたい」
 エイクはそう答えた。
「よし」
 そう言うと、フィントリットは目を閉じ小さく何事か呟いた。変化は急激だった。

 部屋の気温が一気に痛みを感じるほどに下がり、一瞬氷の結晶が宙を舞った。
 次の瞬間、フィントリッドの傍らに体長3mにはなろうかという白銀の狼が座っていた。

 エイクは一目見てその存在の格が違う事に気付いた。先に戦ったアークデーモンなどよりも、遥かに格上の存在感だった。
(勝てない)
 ほとんど本能的にそう思った。
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