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第3章
17.意外な結果
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エイクはその答えに落胆した。
気落ちしたエイクを慮るようにフィントリッドが補足説明を行った。
「だが、今更聞くまでもないと思うかも知れないが、父君を殺した魔物が通常森に居るものではないということは、はっきりと断言できる。
森には父君を殺せるほどの魔物が5体いるが、そのいずれもが父君を殺した魔物とは姿形が異なる。
そのもの達以外に、父君を殺せるほどの魔物が私に知られることなく森にいたなどいう事は、到底考えられない」
エイクはその言葉には興味を持った。
「その5体の魔物の住処を教えてもらえるだろうか」
「それを知ってどうするのかな」
「父よりも強い魔物が居るというならば戦ってみたい。自分の力を試してみたいからだ」
「そういう理由ならば断る。
私は彼らのことを良き隣人と思っている。彼らの迷惑になるようなことをさせるつもりはない。
だいたい、人と関わりなく暮らしている魔物、中でも動植物や幻獣や魔獣に分類される魔物に手を出すのは、禁じられているだろう。
彼らはいずれも動植物や幻獣や魔獣に分類されるもの達で、森の奥に居て何ら担い手たちに害を与えていない。彼らを攻撃する事は許されざる行為であるはずだ」
それは事実だった。
魔物の中には光の担い手らとほとんど接触せずに暮らしているものも少なくない。
そんな存在に手を出すことは、担い手達の社会全体で一般的に禁忌とされていた。怒り狂った魔物が無差別に周りを攻撃するようになり、多大な被害が出る可能性があるからだ。
極論を言ってしまえば、愚かな冒険者あたりが古竜を攻撃でもしてその怒りをかってしまった場合、その被害は一国の滅亡ですら済まされず複数の国を巻き込んだ危機となりかねない。
そのような危険性もある事から、人と関わらずに生活している魔物に手を出すことはかなり重大な禁忌と見なされていた。
もちろん、一言で魔物と言っても、デーモンやアンデッドなど存在そのものが害悪と見なされているものや、人と生活圏が重なる事が多く、存在すればほぼ確実に害をもたらす妖魔などを討つことは禁じられてはいないし、むしろ討ち取れば討ち取っただけ功績とされる。
仮に今は人と接触していなくても、いずれ害をもたらすのは時間の問題と考えられるからだ。
しかし、動植物や幻獣や魔獣に分類される魔物で担い手の社会と関わりなく暮らしているものは、放っておけばそのままずっと害にならないことの方が多い。
そのようなもの達をこちらから襲った場合、例え討ち取ってもその行為はなんら功績とはみなされず、それどころか犯罪行為、それもかなり悪質な犯罪行為として扱われてしまう。
「そのとおりだ。俺の誤りだった。今の発言は忘れて欲しい」
エイクも直ぐにそのことを思い出して発言を撤回した。
そしてまたエイクは、今のフィントリッドの発言から、以前から感じていた一つの疑念に対する答えを見いだせたと思っていた。
その疑念というのは、何故フィントリッドはエイクが父の仇を探すためにアストゥーリア王国国内で情報収集をすると確信し、それを前提に話を進めているのか?というものだった。
確かにユリアヌス大司教から提供された情報に従えば、ガイゼイクの死が陰謀の結果だったことは確実で、その犯人を捜すなら、まずはアストゥーリア王国内を調査することになるだろう。
実際エイクはそう判断して、王国内での情報収集を進めようとしている。
だが、ガイゼイクの死が陰謀の結果だったという事実は王国政府が秘密にしている。
なぜそれをフィントリッドが把握しているのか?
実は政府内の情報を知る術を持っているのだろうか?と、エイクは訝しんでいたのだ。
しかし、フィントリッドの言葉から、フィントリッドは双頭の虎が森にいる魔物ではないと知っていたからこそ、そのような態度をとっていたという事が察せられた。
ヤルミオンの森に熟知しているフィントリッドは、双頭の虎の姿をした魔物が森にはいないという事を当然の事として知っていた。よって、ガイゼイクの死が魔物との不慮の遭遇によるものではないという事も、彼にとっては明白だった。
必然的にそれは何らかの陰謀の結果だったのだと、深く考えるまでもなく分かるわけだ。
そう分かっていたからこそ、父の仇討ちを狙うだろうエイクが、生前の父の周辺、即ちアストゥーリア王国国内で情報収集をするはずだと確信していたのだろう。
そう思ってみれば、フィントリッドのこのような態度はとても自然なものに見えた。
エイクはこのような点でも、やはりフィントリッドは父の死には関わっていないのだろうと思ったのだった。
「そこまで強い者と戦いたいならば、私が手合わせしてやっても良いぞ。悪いが私はそなたよりも遥かに強い」
フィントリッドはそんなことを発言した。
エイクは少し考えてから返答した。
「それは、いずれはお願いしたいが、今は止めておこう。
今の俺では差がありすぎて、手合わせしてもらっても参考にもならないだろう」
「そうか。では武器や防具その他の魔道具を提供しようか?」
「戦士にとって武器や防具は命をかけるものだ。あなたから提供された武器や防具に命をかけるほどの信頼関係は、私達の間にはまだ存在しない」
「まあ、それももっともだな。だがそうなると、提供できるのは魔石などの単純な消耗品くらいか?
それすら信じられないと言われてしまうと、もう対価になるものは金くらいしか思いつかないが、そなたは金にも困ってはいないのだったな?」
「まあ、確かに……」
ロアンから約束の金が入ってくる限りは金には困らないだろう。そう思ったエイクは、そのロアンの経営に若干の不安点が生じていることを思い出した。
そして何の気なしにそれに関することを口に出した。
「腕のいい料理人に心当たりはないだろうか?」
その瞬間、周囲の雰囲気が劇的に変わった。
その場に圧倒的な存在感を放っていたフィントリッドの様子が、急激に軟化したからだ。
それは正しく、運命のかけらがきらめいた瞬間だった。
「ほう!腕のいい料理人を所望か!」
フィントリッドが今までよりも大きな声でそう言った。声の調子も高くなっている。
ふと見ると、フィントリッドの斜め後ろに立っているテティスが盛大に顔をゆがめていた。
「はぁー」
ずっとフィントリッドの足元に静かに座っていたフェンリルのストゥームヒルトも、大きなため息を漏らした。
「料理人にどんな用があるのだ?」
エイクのほうに身を乗り出してそう確認するフィントリッドの勢いに面食らいながらも、エイクは娼館の主人が料理人の後任を探している事を説明した。
「なるほど、なるほど。私は最高の料理人を知っているぞ。それはこの私だ!
この私の前に料理人を探している者が現れるとは、これぞ正しく運命のかけらが瞬いたというべきものだ。よし私が力を貸してやろう」
エイクは、フィントリッドが運命のかけらという言葉を使った事と、異常に料理の腕に自信があるらしい事から、かつて“伝道師”が語ったある事柄を連想した。
しかし、それについて言及することは避けた。
フィントリッドは興奮気味に話を続ける。
「この屋敷の隣にある娼館の事だな。そこで料理を作るなら住み込むのがいいな」
「なっ!お待ちください主様。まさかこの街にお住まいになるおつもりですか!?」
テティスが慌てた様子でそう確認する。
「そうとも。いかに言っても我城からここまで毎日通うのは面倒だ。
もともとエイクと協力関係を築けたならば、連絡役としてディディウスをこの街に置くつもりだった。
だが、冷静に考えれば担い手達の社会にあの者を住まわせるなど非常識極まりない話だ。私が住んだ方が遥かに穏当だ。逆に城の管理はディディウスが居れば問題はないからな」
「御身の安全が確保できません」
「安全は問題なかろう。わらわが付き従うのだ。そもそもそなたらは心配のし過ぎだ」
ストゥームヒルトがそう言って、テティスの言葉をさえぎった。
ストゥームヒルトは、フィントリッドがこの街に住むと言ったとたんに、急に機嫌を良くしていた。
そして、フィントリッドに向かって告げる。
「この街に住むなら。当然あの女は城に置いて来るしかあるまい?久しぶりに2人きりの生活になるな」
「まあ、そうなるな」
「うむ、うむ、それはよい」
嬉しそうにそう言うストゥームヒルトに、テティスは最早反論できなかった。
「待ってくれ。店の事は店長のロアンに一任している。勝手に決めるわけにはいかない」
いつの間にか勝手に話が決まってしまいそうな勢いをみて、エイクが慌ててそう告げた。
「分かった。ではその店長に私の調理の腕を見てもらおう。適う事なら今直ぐにでも!」
「……」
エイクはその要望を断る理由を思いつかなかった。
料理人の候補者が居ると言って、急にフィントリッドを紹介されたロアンは面食らっていた。だが、ともかく面接をすることに同意した。
ちなみにフィントリッドはロアンに対して「トロア」と名乗った。即席で考えた偽名のようだ。
フィントリッドとロアンはしばらく言葉を交わし、やがてフィントリッドが簡単な料理を作りロアンが試食する運びとなった。
エイクはフィントリッドとロアンが話し合っている間に、頭の中でフィントリッドとの会見の内容をまとめていた。
まず確実に証明されたことは、フィントリッドが今のエイクではとても勝てないほどの強大な力を持つ存在であるという事だ。
このことから必然的に、フィントリッドとは敵対すべきではなく、出来れば友好な関係を築くべきだという事が導き出される。
エイクが最強を目指している以上、フィントリッドはいずれは超えるべき目標だと言える。
しかしエイクにとって相手を超えるという事は、別に相手を殺すことや敵対することを意味してはいない。
友好な関係を築きつつ相手よりも強くなることを目指すというのは当然あり得る関係だ。
この点で、フィントリッドが実は父の仇だった、などという事にでもならない限りは敵対する理由はない。
そして、フィントリッドが父の仇である可能性は低いといえる。
また、エイクはフィントリッドが語った初代国王やオフィーリア女王との関係については、基本的に信じていいのではないかとの心証を持っていた。
これほど強大な力を持つ存在が、偽って他人を名乗るとは思えない。
また、今の今まで世を忍んで人に知られずに生きていたというよりも、歴史上の偉人だという方がむしろ自然なのではないかとも思えたからだ。
(だが、全てを信じられるわけではない)
エイクは自分にそう言い聞かせた。
エイクは自分がいつの間にか、フィントリッドが語ることを全て事実だと認識してしまっていた事に気が付いた。
それはこれほどの力を持つ者が小賢しい嘘をつくとは思えないという先入観が働いたからだろう。
だが強ければ嘘をつかないという法則などはない。
少なくともフィントリッドのいう事を全てそのまま信じ切るべきではないだろう。
この事について、エイクは思う事があった。
(もしも俺の想像が正しければ、伝道師さんと再会できればフィントリッドの言葉の信憑性を確かめる事ができるかもしれない)
そう思ったところで、エイクの思考が一旦途切れた。再会できればと考えてしまったことで、伝道師への追慕の情に囚われてしまったからだ。
エイクはその思いを抑えて、考えをまとめた。
(いずれにしても、フィントリッドがこの街に住むことを拒む理由はない。
強大な存在だからこそ、どこか知らないところいられるよりも、どこにいるか分かっていた方が都合がいい。それに身近にいてもらって頻繁に接触していた方が、その言葉の真偽も確かめやすくなるだろう)
彼はそのような結論を出していた。
やがて、フィントリッドが料理を完成させた。
試食したロアンはそれを絶賛し「トロアさん、是非うちで働いてください。是非お願いします」と告げた。
これで、フィントリッドの“精霊の泉”への就職が決まった。
そして、早速翌日からフィントリッドはロアンの屋敷の一室に住み込んで、料理人として働く事になった。
歴史上の偉人を名乗る強大な力を持つ魔法使いとの会談は、こうして思いもよらない結果を招く事となったのだった。
気落ちしたエイクを慮るようにフィントリッドが補足説明を行った。
「だが、今更聞くまでもないと思うかも知れないが、父君を殺した魔物が通常森に居るものではないということは、はっきりと断言できる。
森には父君を殺せるほどの魔物が5体いるが、そのいずれもが父君を殺した魔物とは姿形が異なる。
そのもの達以外に、父君を殺せるほどの魔物が私に知られることなく森にいたなどいう事は、到底考えられない」
エイクはその言葉には興味を持った。
「その5体の魔物の住処を教えてもらえるだろうか」
「それを知ってどうするのかな」
「父よりも強い魔物が居るというならば戦ってみたい。自分の力を試してみたいからだ」
「そういう理由ならば断る。
私は彼らのことを良き隣人と思っている。彼らの迷惑になるようなことをさせるつもりはない。
だいたい、人と関わりなく暮らしている魔物、中でも動植物や幻獣や魔獣に分類される魔物に手を出すのは、禁じられているだろう。
彼らはいずれも動植物や幻獣や魔獣に分類されるもの達で、森の奥に居て何ら担い手たちに害を与えていない。彼らを攻撃する事は許されざる行為であるはずだ」
それは事実だった。
魔物の中には光の担い手らとほとんど接触せずに暮らしているものも少なくない。
そんな存在に手を出すことは、担い手達の社会全体で一般的に禁忌とされていた。怒り狂った魔物が無差別に周りを攻撃するようになり、多大な被害が出る可能性があるからだ。
極論を言ってしまえば、愚かな冒険者あたりが古竜を攻撃でもしてその怒りをかってしまった場合、その被害は一国の滅亡ですら済まされず複数の国を巻き込んだ危機となりかねない。
そのような危険性もある事から、人と関わらずに生活している魔物に手を出すことはかなり重大な禁忌と見なされていた。
もちろん、一言で魔物と言っても、デーモンやアンデッドなど存在そのものが害悪と見なされているものや、人と生活圏が重なる事が多く、存在すればほぼ確実に害をもたらす妖魔などを討つことは禁じられてはいないし、むしろ討ち取れば討ち取っただけ功績とされる。
仮に今は人と接触していなくても、いずれ害をもたらすのは時間の問題と考えられるからだ。
しかし、動植物や幻獣や魔獣に分類される魔物で担い手の社会と関わりなく暮らしているものは、放っておけばそのままずっと害にならないことの方が多い。
そのようなもの達をこちらから襲った場合、例え討ち取ってもその行為はなんら功績とはみなされず、それどころか犯罪行為、それもかなり悪質な犯罪行為として扱われてしまう。
「そのとおりだ。俺の誤りだった。今の発言は忘れて欲しい」
エイクも直ぐにそのことを思い出して発言を撤回した。
そしてまたエイクは、今のフィントリッドの発言から、以前から感じていた一つの疑念に対する答えを見いだせたと思っていた。
その疑念というのは、何故フィントリッドはエイクが父の仇を探すためにアストゥーリア王国国内で情報収集をすると確信し、それを前提に話を進めているのか?というものだった。
確かにユリアヌス大司教から提供された情報に従えば、ガイゼイクの死が陰謀の結果だったことは確実で、その犯人を捜すなら、まずはアストゥーリア王国内を調査することになるだろう。
実際エイクはそう判断して、王国内での情報収集を進めようとしている。
だが、ガイゼイクの死が陰謀の結果だったという事実は王国政府が秘密にしている。
なぜそれをフィントリッドが把握しているのか?
実は政府内の情報を知る術を持っているのだろうか?と、エイクは訝しんでいたのだ。
しかし、フィントリッドの言葉から、フィントリッドは双頭の虎が森にいる魔物ではないと知っていたからこそ、そのような態度をとっていたという事が察せられた。
ヤルミオンの森に熟知しているフィントリッドは、双頭の虎の姿をした魔物が森にはいないという事を当然の事として知っていた。よって、ガイゼイクの死が魔物との不慮の遭遇によるものではないという事も、彼にとっては明白だった。
必然的にそれは何らかの陰謀の結果だったのだと、深く考えるまでもなく分かるわけだ。
そう分かっていたからこそ、父の仇討ちを狙うだろうエイクが、生前の父の周辺、即ちアストゥーリア王国国内で情報収集をするはずだと確信していたのだろう。
そう思ってみれば、フィントリッドのこのような態度はとても自然なものに見えた。
エイクはこのような点でも、やはりフィントリッドは父の死には関わっていないのだろうと思ったのだった。
「そこまで強い者と戦いたいならば、私が手合わせしてやっても良いぞ。悪いが私はそなたよりも遥かに強い」
フィントリッドはそんなことを発言した。
エイクは少し考えてから返答した。
「それは、いずれはお願いしたいが、今は止めておこう。
今の俺では差がありすぎて、手合わせしてもらっても参考にもならないだろう」
「そうか。では武器や防具その他の魔道具を提供しようか?」
「戦士にとって武器や防具は命をかけるものだ。あなたから提供された武器や防具に命をかけるほどの信頼関係は、私達の間にはまだ存在しない」
「まあ、それももっともだな。だがそうなると、提供できるのは魔石などの単純な消耗品くらいか?
それすら信じられないと言われてしまうと、もう対価になるものは金くらいしか思いつかないが、そなたは金にも困ってはいないのだったな?」
「まあ、確かに……」
ロアンから約束の金が入ってくる限りは金には困らないだろう。そう思ったエイクは、そのロアンの経営に若干の不安点が生じていることを思い出した。
そして何の気なしにそれに関することを口に出した。
「腕のいい料理人に心当たりはないだろうか?」
その瞬間、周囲の雰囲気が劇的に変わった。
その場に圧倒的な存在感を放っていたフィントリッドの様子が、急激に軟化したからだ。
それは正しく、運命のかけらがきらめいた瞬間だった。
「ほう!腕のいい料理人を所望か!」
フィントリッドが今までよりも大きな声でそう言った。声の調子も高くなっている。
ふと見ると、フィントリッドの斜め後ろに立っているテティスが盛大に顔をゆがめていた。
「はぁー」
ずっとフィントリッドの足元に静かに座っていたフェンリルのストゥームヒルトも、大きなため息を漏らした。
「料理人にどんな用があるのだ?」
エイクのほうに身を乗り出してそう確認するフィントリッドの勢いに面食らいながらも、エイクは娼館の主人が料理人の後任を探している事を説明した。
「なるほど、なるほど。私は最高の料理人を知っているぞ。それはこの私だ!
この私の前に料理人を探している者が現れるとは、これぞ正しく運命のかけらが瞬いたというべきものだ。よし私が力を貸してやろう」
エイクは、フィントリッドが運命のかけらという言葉を使った事と、異常に料理の腕に自信があるらしい事から、かつて“伝道師”が語ったある事柄を連想した。
しかし、それについて言及することは避けた。
フィントリッドは興奮気味に話を続ける。
「この屋敷の隣にある娼館の事だな。そこで料理を作るなら住み込むのがいいな」
「なっ!お待ちください主様。まさかこの街にお住まいになるおつもりですか!?」
テティスが慌てた様子でそう確認する。
「そうとも。いかに言っても我城からここまで毎日通うのは面倒だ。
もともとエイクと協力関係を築けたならば、連絡役としてディディウスをこの街に置くつもりだった。
だが、冷静に考えれば担い手達の社会にあの者を住まわせるなど非常識極まりない話だ。私が住んだ方が遥かに穏当だ。逆に城の管理はディディウスが居れば問題はないからな」
「御身の安全が確保できません」
「安全は問題なかろう。わらわが付き従うのだ。そもそもそなたらは心配のし過ぎだ」
ストゥームヒルトがそう言って、テティスの言葉をさえぎった。
ストゥームヒルトは、フィントリッドがこの街に住むと言ったとたんに、急に機嫌を良くしていた。
そして、フィントリッドに向かって告げる。
「この街に住むなら。当然あの女は城に置いて来るしかあるまい?久しぶりに2人きりの生活になるな」
「まあ、そうなるな」
「うむ、うむ、それはよい」
嬉しそうにそう言うストゥームヒルトに、テティスは最早反論できなかった。
「待ってくれ。店の事は店長のロアンに一任している。勝手に決めるわけにはいかない」
いつの間にか勝手に話が決まってしまいそうな勢いをみて、エイクが慌ててそう告げた。
「分かった。ではその店長に私の調理の腕を見てもらおう。適う事なら今直ぐにでも!」
「……」
エイクはその要望を断る理由を思いつかなかった。
料理人の候補者が居ると言って、急にフィントリッドを紹介されたロアンは面食らっていた。だが、ともかく面接をすることに同意した。
ちなみにフィントリッドはロアンに対して「トロア」と名乗った。即席で考えた偽名のようだ。
フィントリッドとロアンはしばらく言葉を交わし、やがてフィントリッドが簡単な料理を作りロアンが試食する運びとなった。
エイクはフィントリッドとロアンが話し合っている間に、頭の中でフィントリッドとの会見の内容をまとめていた。
まず確実に証明されたことは、フィントリッドが今のエイクではとても勝てないほどの強大な力を持つ存在であるという事だ。
このことから必然的に、フィントリッドとは敵対すべきではなく、出来れば友好な関係を築くべきだという事が導き出される。
エイクが最強を目指している以上、フィントリッドはいずれは超えるべき目標だと言える。
しかしエイクにとって相手を超えるという事は、別に相手を殺すことや敵対することを意味してはいない。
友好な関係を築きつつ相手よりも強くなることを目指すというのは当然あり得る関係だ。
この点で、フィントリッドが実は父の仇だった、などという事にでもならない限りは敵対する理由はない。
そして、フィントリッドが父の仇である可能性は低いといえる。
また、エイクはフィントリッドが語った初代国王やオフィーリア女王との関係については、基本的に信じていいのではないかとの心証を持っていた。
これほど強大な力を持つ存在が、偽って他人を名乗るとは思えない。
また、今の今まで世を忍んで人に知られずに生きていたというよりも、歴史上の偉人だという方がむしろ自然なのではないかとも思えたからだ。
(だが、全てを信じられるわけではない)
エイクは自分にそう言い聞かせた。
エイクは自分がいつの間にか、フィントリッドが語ることを全て事実だと認識してしまっていた事に気が付いた。
それはこれほどの力を持つ者が小賢しい嘘をつくとは思えないという先入観が働いたからだろう。
だが強ければ嘘をつかないという法則などはない。
少なくともフィントリッドのいう事を全てそのまま信じ切るべきではないだろう。
この事について、エイクは思う事があった。
(もしも俺の想像が正しければ、伝道師さんと再会できればフィントリッドの言葉の信憑性を確かめる事ができるかもしれない)
そう思ったところで、エイクの思考が一旦途切れた。再会できればと考えてしまったことで、伝道師への追慕の情に囚われてしまったからだ。
エイクはその思いを抑えて、考えをまとめた。
(いずれにしても、フィントリッドがこの街に住むことを拒む理由はない。
強大な存在だからこそ、どこか知らないところいられるよりも、どこにいるか分かっていた方が都合がいい。それに身近にいてもらって頻繁に接触していた方が、その言葉の真偽も確かめやすくなるだろう)
彼はそのような結論を出していた。
やがて、フィントリッドが料理を完成させた。
試食したロアンはそれを絶賛し「トロアさん、是非うちで働いてください。是非お願いします」と告げた。
これで、フィントリッドの“精霊の泉”への就職が決まった。
そして、早速翌日からフィントリッドはロアンの屋敷の一室に住み込んで、料理人として働く事になった。
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