剣魔神の記

ギルマン

文字の大きさ
110 / 373
第3章

20.奴隷の務め

しおりを挟む
 9月5日早朝。

 ジュディア・ラフラナンは、エイクの部屋の寝台の上に一糸まとわぬ姿で座っていた。
 昨夜犯罪奴隷としてエイクの家に引き取られた彼女は、早速エイクに体を求められた。
 エイクの行いは初めてのときよりも一層執拗で屈辱的だった。

 だがジュディアは、自分は今の境遇を甘んじて受け入れなければならないのだと、懸命に自分に言い聞かせていた。
(戦う者として生きると決めたならば、敗北の結果は受け入れるべきだ。
 騙まし討ちにあったというならともかく、騙し討ちにしたのはこちらの方だったのだから、尚更だ)

 ジュディアは徒党を組み、偽の情報でエイクを誘き寄せ、毒まで使って彼を殺そうとした。
 そこまでしておきながら、完膚なきまでに敗れたのだから、何をされようが文句を言える筋合いではない。
 そう思ったからこそ、裁判を受ける権利を放棄して速やかに犯罪奴隷となった。
 犯罪奴隷として送られる先が、エイクの屋敷だと聞かされた時も納得すべき決定だと思った。

(それに、あのまま家に居たなら、結局は堪え難い目にあっていたのだ……)
 ジュディアの実家であるラフラナン子爵家において、父の後妻とジュディアの関係はきわめて険悪だった。
 そして、世継の男子を産んで発言力を増した後妻の主導で、ジュディアをある貴族に嫁がせる話が進められていた。

 元々騎士として国に使える事を望んでいたジュディアは、政略結婚自体を受け入れ難く思っていた。
 その上、相手のザンクロフト伯爵は、嫌がらせの為に選んだのではないかと思われるような酷い人物だった。

 容姿がオークのようだといわれるのはまだ良い。だが、性格もオークのようだというのは流石に問題だろう。
 ザンクロフト伯爵は何人もの侍女に手をつけ、しかもただ犯すだけではなく、酷く惨たらしい暴力を振るい、何人もの侍女を不具にしてしまっているとまで噂されていた。

 ジュディアがフォルカス・ローリンゲンの取り巻きとなったのは、フォルカスの権力でこの縁談を止めさせたいとの考えもあったからだ。
 この考えは成功していたといえる。ジュディアがフォルカスの取り巻きになると、縁談話は進まなくなっていた。

 フォルカスにとっては、炎獅子隊でも若手の有望株と目されていたジュディアが自分の取り巻きとなっているのは意義のあることだった。
 そして、ザンクロフト伯爵もそれなりの貴族だが、その力はローリンゲン侯爵家には遠く及ばない。ザンクロフト伯爵にもあえてローリンゲン侯爵家と無用の波風を立ててまでジュディアを望む気持ちはなかったのだろう。

 だが、フォルカスがあのような形で死ぬと、当然事態は悪化した。
 ジュディアはただの侍女としてザンクロフト伯爵家に送られる事になった。政略結婚の道具ですらなく、ただの貢物にされてしまったという事だ。
 こうなってしまえば、本当にどんな扱いを受けるか知れたものではない。
 そのような事をとても受け入れることが出来なかったジュディアは、家を出奔した。

 そのジュディアにエンリケ・デアーロが声をかけてきた。
 ジュディアは、実家やザンクロフト伯爵家から追っ手がかかって、迷惑をかけることになるかも知れないと説明したが、エンリケはどうせ国を見限るつもりだから気にしないと告げ、彼女を仲間に迎え入れた。

 エンリケが盗賊の力を借りてエイクを討とうとすることにも、ジュディアは反対しなかった。むしろ、今度こそ決着をつけてやると意気込んだ。
 そしてその結果として、彼女は犯罪奴隷としてこの屋敷につれてこられ、このような有様となっているのだった。

(どうせこの身を弄ばれるなら、家の都合で訳の分からぬ貴族の相手をするよりも、全力で戦って敗れた相手にされる方が納得できるというものだ。そう思わなくてはならない)
 ジュディアはそう考えるが、身の震えを止めることは出来なかったし、自身の哀れな境遇を嘆く気持ちを抑える事も出来なかった。

 ジュディアは右手を己の左肩にあてた。
 そこには犯罪奴隷であることを示す焼印が刻まれている。
 昨夜その傷跡をエイクに口で吸われ声を上げてしまった時、ジュディアは自分が征服され屈服したのだと実感した。
 ジュディアは顔を上に向けた。涙が零れ落ちそうになったからだ。

 その時、ノックもなく扉が開きエイクが入って来た。
 ジュディアは思わずシーツを手繰り寄せ胸元を隠したが、己の行いを滑稽に思った。
 あのような事をされた相手に対して体を隠すことに、今更どんな意味があるというのだろうか?

 エイクはジュディアの様子になど構わずに彼女に近づき冷淡な声で告げた。
「お前は奴隷としてここに来ている。当然働いてもらうぞ」
「分かって……、承知しました」
 ジュディアは言い方を変え、服従の意思を示す。
 彼女はエイクが娼館の主と親しくしているという事を知っていた。
 女奴隷の働き先に困る事はないはずだ。
 彼女は己の運命を悟った。
(全て受け入れなければならない)
 そして、もう一度そう自分に言い聞かせた。

 だが、エイクの口から告げられたのは、ジュディアが想像していたものとは別の命令だった。
「お前には冒険者になってもらう」
「は?」
 ジュディアは思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。



 エイクは、自分のものにした女達を、ただ屋敷に置いておくのはもったいないと考えていた。
 カテリーナとテティスは王都でも有数の冒険者パーティ“夜明けの翼”の一員だった。
 先ごろハイファ神殿から引き取った元闇司祭のルイーザは、既に神聖魔法は使えなくなっているものの、ユリアヌス大司教が「不幸にも天才」と称し、幼くして闇教団の幹部となりおおせてしまった才能は確かで、斥候と軽戦士としての腕だけでも中々のものだった。
 そして、ジュディアは王国最精鋭部隊といわれる炎獅子隊において若手の有望株と一目置かれていた人物だ。

 4人でパーティを組めばバランスも悪くはない。
 “夜明けの翼”が消滅して腕利きの冒険者が不足している“イフリートの宴亭”に属させれば、上手い事仕事もまわせて好都合なように思われる。

(まあ、前衛が薄いから、直ぐに“夜明けの翼”の後釜は務まらないだろうが、将来は有望だ)
 エイクはそう考えていた。

 リーリアも戦士として冒険者をしていたが、残念ながら他の面々に比べるとその実力は数段下で、パーティを組んでも足手まといになるので、メンバーに加えることは出来ない。
 このため、現時点では前衛の数が“夜明けの翼”よりも1人少ない。

 その上、ジュディアの戦士としての実力は、テオドリックはおろかガルバにも劣る。ルイーザの斥候や軽戦士としての腕もジャックよりも下だ。
 テオドリックらは腐っても10年以上の経験を積み王都でも有数と言われていた冒険者だった。歳若いジュディアやルイーサはまだまだ彼らには及ばない。

 だが、その才能は恐らくテオドリックらを超えている。
 適切な経験を積めば“夜明けの翼”を超えるのにそれほど時間を要さないだろう。
 エイクはそう判断し、4人を冒険者として働かせる事にしたのだった。

 ちなみに、パーティのリーダーはテティスに任せるつもりだ。
 彼女なら本来の主であるフィントリッドとエイクの関係がこじれない限り、エイクを裏切ることは考えにくい。
 少なくともエイクを憎んでいる事が確実な他の者達に任せるよりは遥かにましだろう。

 またエイクはテティスの冒険者としての実力を高く評価していた。
 かつてエイクは“夜明けの翼”の事を仮想敵と考え、その能力を観察していた。
 そのエイクが見るところでは、テティスの加入を切っ掛けに“夜明けの翼”の冒険者活動は一段と効率の良いものになっていたのである。
 エイクは“夜明けの翼”の中で冒険者としての総合的な能力が最も高いのはテティスであり、リーダーとしての資質もテオドリックより上だと思っていた。
 そして、テティスには事前にこの話を通し承諾を得ていた。



 ジュディアに身支度を整えさせたエイクは、4人を集めて自身の意思を伝えた。
 ルイーザが即座に「すべて命令に従います」と答えた。
 幼少の頃から、ひたすらグロチウスらに従う事で生き抜いてきた彼女は、今はエイクに従う事で生き残ろうと考えているようで、全てにおいて従順そのものだった。

「は、はい。私も従います」
 一拍遅れてカテリーナはそう答えた。
 カテリーナは困惑しているようだったが、このことに不満を感じる事はないだろうと、エイクは思っていた。
 何しろ彼女は堅苦しいのを嫌って実家を飛び出し、自ら冒険者になったという経歴の持ち主だ。
 また冒険者稼業が出来るなら、この家で毎日汲々と暮らしているよりも、よほどましだと思うことだろう。

「承知しました」
 ジュディアも再度了承の意を述べた。
(ジュディアも元々騎士志望だったのだから、戦いを生業とすることにさほど不満はないはずだ。むしろよい鬱憤晴らしになるんじゃあないかな。
 今後は俺のせいで鬱憤がたまる生活をさせることになるから、それを晴らす手段を用意してやってもいいだろう)
 エイクはそんなことを考えていた。

「リーダーはテティスに任せる。構わないな」
 エイクの確認に対して3人が口々に了承の言葉を口にする。

 その言葉を受け、テティスは自分が指揮することになる女達を改めて見回した。
(やっぱり、揃いも揃って抵抗する意思をなくした者の目をしている。こうなってしまうと、いうことを聞かせるのも簡単なのよね)
 テティスはそう考えた。
 彼女はこのような有様になってしまった者達のことを良く知っていた。
 それは奴隷として生きる事を受け入れてしまった者達だ。

「それでは私がリーダーを勤めさせてもらいます」
 そしてテティスはエイクにそう告げた。
 エイクは満足気に頷く。
 こうしてこの日、王都アイラナの街に新たな冒険者パーティが誕生したのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます

neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。 松田は新しい世界で会社員となり働くこととなる。 ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。 PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。 ↓ PS.投稿を再開します。ゆっくりな投稿頻度になってしまうかもですがあたたかく見守ってください。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

処理中です...