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第3章
34.ラング子爵邸へ
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よそ行きの服に着替えたエイクは、予め仕立てていた馬車に乗り、使用人の1人のエミリオを従者として引き連れてラング子爵宅へ向かった。
アルターによると、貴族宅を訪問するならば、儀礼としてこの程度は必要であるとのことだった。
ちなみにアルターの薫陶を受けていたエミリオは、行儀作法についてはエイクよりもずっと詳しかった。
ラング子爵邸に着くと、執事がエイクを出迎えた。歓迎の準備はすっかり整えられていた。
そして、エミリオは控えの間で待たされ、ラング子爵の下へはエイクが1人で向かう事になった。
エイクが執事に案内されるままに応接室に入ると、ラング子爵は立ち上がってエイクを出迎えた。
「ようこそおいで下られた、エイク殿。無理にご足労いただいてしまい申し訳ない。せめて少しでも楽しんで行ってください」
そう語るラング子爵は、本当に嬉しそうに見える。
ラング子爵は、裁判の時と変わらない太った体形だったが、それは醜さや不快さを感じさせるものではなかった。むしろその姿は、温和な印象を与えるのに一役買っている。
ラング子爵はエイクに着座を勧めると、自らも向かい合う椅子に座り、使用人に食事の用意を命じて下がらせてから話し始めた。
「改めまして誠にありがとうございました。エイク殿。おかげで命拾いをいたしました。あの裁判の折にはエイク殿のお力になれればと思っていたのですが、何の役にも立てなかったばかりか、命を救っていただき、何と感謝すればよいか分かりません。
本来ならこちらから出かけて感謝を述べたかったのですが、立場上体面というものも気にしないわけにはいかず、心苦しくも呼びつける形になってしまいました。
しかし、今日お会いできたのは本当に喜ばしい。本当にありがとうございました」
そう言うとラング子爵はエイクに向かって頭を下げた。
子爵がエイク1人に応接室まで来させ、自らの使用人も下がらせたのは、一介の冒険者に頭を下げる姿を他の者に見せないようにするためだったのだろう。
エイクはラング子爵がこれほど丁重な態度でしっかりと謝意を示す事を意外に感じた。
「頭を上げてください子爵様。裁判での事は、こちらこそ感謝しております」
そして、そのように応じた。
エイクを裁く裁判の際に、ラング子爵がエイクに味方するつもりだったという事は、ラング子爵の使者から事前情報として伝えられていた。
実際ラング子爵は、デュナス伯爵ほどはっきりとではなかったが、フォルカスの発言に異議を唱えていた。
また、アルターが調べた限りでは、ラング子爵は自ら名乗り出て副裁判官の任を受けており、そこにフォルカス・ローリンゲンの意向は働いていなかったらしいとのことだ。
つまり、ラング子爵の主張を否定するような状況証拠はない。
しかし、それが事実だとすると、なぜ有力貴族だったフォルカスの意向に逆らってまでエイクに味方するつもりになっていたのか不思議である。別にラング子爵はフォルカスと敵対していたわけではないからだ。
エイクはその事を率直に聞いてみることにした。
「なぜそれほどのご配慮をしていただけるのか、伺ってもよろしいでしょうか」
「いえ、配慮どころではありません。むしろ私は今まで余りにも恩知らずでした」
ラング子爵は軽く顔を左右に振りつつ、そう応えた。その顔色は曇り、心底心苦しく思っているようだ。
ラング子爵はその事情を説明し始めた。
「実は、私は父君ガイゼイク殿にも命を救われたことがあるのです。
その命の恩人の名誉が不当に汚され、息子のあなたが虐げられていたのに、私は何ら行動を起こしておりませんでした。フォルカス・ローリンゲンと対立する事が恐ろしかったからです。
しかし、いかに言っても命の恩人の息子が冤罪で死罪にされようとするのを座視する事など出来ません。フォルカスがそのようなことを企んでいると知って、今こそは微力をつくす他ないと思ったのです。
まあ、ディナス伯爵殿のおかげで私は何もすることはありませんでしたし、そもそもエイク殿には私の助けなど必要なかったわけですが」
ラング子爵の説明は筋が通っているようではあった。
しかし、エイクにはまだ疑問があった。エイクはその疑問を口にした。
「子爵様と父が知己だったとは知りませんでした」
エイクは父がラング子爵を助けたという話を知らなかったのだ。
「ええ、助けられたといっても、戦場でその他大勢の中の1人として助けられただけですから。ガイゼイク殿は意識しておられなかったでしょう。
少し長くなりますが、その時の話しをさせてもらってもよろしいですかな」
「是非お願いします」
エイクは本心からそう答えた。戦場での父の話しを聞いてみたかった。
アルターによると、貴族宅を訪問するならば、儀礼としてこの程度は必要であるとのことだった。
ちなみにアルターの薫陶を受けていたエミリオは、行儀作法についてはエイクよりもずっと詳しかった。
ラング子爵邸に着くと、執事がエイクを出迎えた。歓迎の準備はすっかり整えられていた。
そして、エミリオは控えの間で待たされ、ラング子爵の下へはエイクが1人で向かう事になった。
エイクが執事に案内されるままに応接室に入ると、ラング子爵は立ち上がってエイクを出迎えた。
「ようこそおいで下られた、エイク殿。無理にご足労いただいてしまい申し訳ない。せめて少しでも楽しんで行ってください」
そう語るラング子爵は、本当に嬉しそうに見える。
ラング子爵は、裁判の時と変わらない太った体形だったが、それは醜さや不快さを感じさせるものではなかった。むしろその姿は、温和な印象を与えるのに一役買っている。
ラング子爵はエイクに着座を勧めると、自らも向かい合う椅子に座り、使用人に食事の用意を命じて下がらせてから話し始めた。
「改めまして誠にありがとうございました。エイク殿。おかげで命拾いをいたしました。あの裁判の折にはエイク殿のお力になれればと思っていたのですが、何の役にも立てなかったばかりか、命を救っていただき、何と感謝すればよいか分かりません。
本来ならこちらから出かけて感謝を述べたかったのですが、立場上体面というものも気にしないわけにはいかず、心苦しくも呼びつける形になってしまいました。
しかし、今日お会いできたのは本当に喜ばしい。本当にありがとうございました」
そう言うとラング子爵はエイクに向かって頭を下げた。
子爵がエイク1人に応接室まで来させ、自らの使用人も下がらせたのは、一介の冒険者に頭を下げる姿を他の者に見せないようにするためだったのだろう。
エイクはラング子爵がこれほど丁重な態度でしっかりと謝意を示す事を意外に感じた。
「頭を上げてください子爵様。裁判での事は、こちらこそ感謝しております」
そして、そのように応じた。
エイクを裁く裁判の際に、ラング子爵がエイクに味方するつもりだったという事は、ラング子爵の使者から事前情報として伝えられていた。
実際ラング子爵は、デュナス伯爵ほどはっきりとではなかったが、フォルカスの発言に異議を唱えていた。
また、アルターが調べた限りでは、ラング子爵は自ら名乗り出て副裁判官の任を受けており、そこにフォルカス・ローリンゲンの意向は働いていなかったらしいとのことだ。
つまり、ラング子爵の主張を否定するような状況証拠はない。
しかし、それが事実だとすると、なぜ有力貴族だったフォルカスの意向に逆らってまでエイクに味方するつもりになっていたのか不思議である。別にラング子爵はフォルカスと敵対していたわけではないからだ。
エイクはその事を率直に聞いてみることにした。
「なぜそれほどのご配慮をしていただけるのか、伺ってもよろしいでしょうか」
「いえ、配慮どころではありません。むしろ私は今まで余りにも恩知らずでした」
ラング子爵は軽く顔を左右に振りつつ、そう応えた。その顔色は曇り、心底心苦しく思っているようだ。
ラング子爵はその事情を説明し始めた。
「実は、私は父君ガイゼイク殿にも命を救われたことがあるのです。
その命の恩人の名誉が不当に汚され、息子のあなたが虐げられていたのに、私は何ら行動を起こしておりませんでした。フォルカス・ローリンゲンと対立する事が恐ろしかったからです。
しかし、いかに言っても命の恩人の息子が冤罪で死罪にされようとするのを座視する事など出来ません。フォルカスがそのようなことを企んでいると知って、今こそは微力をつくす他ないと思ったのです。
まあ、ディナス伯爵殿のおかげで私は何もすることはありませんでしたし、そもそもエイク殿には私の助けなど必要なかったわけですが」
ラング子爵の説明は筋が通っているようではあった。
しかし、エイクにはまだ疑問があった。エイクはその疑問を口にした。
「子爵様と父が知己だったとは知りませんでした」
エイクは父がラング子爵を助けたという話を知らなかったのだ。
「ええ、助けられたといっても、戦場でその他大勢の中の1人として助けられただけですから。ガイゼイク殿は意識しておられなかったでしょう。
少し長くなりますが、その時の話しをさせてもらってもよろしいですかな」
「是非お願いします」
エイクは本心からそう答えた。戦場での父の話しを聞いてみたかった。
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