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第3章
40.調査対象②
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屋敷に戻ったエイクを、ラスコー伯爵家の使用人であるマルギットが待っていた。
彼女は随分恐縮している様子だ。
「申し訳ありません。お約束した対価の支払いですが、どうかもうしばらくお待ちください。必ずやご用意いたしますので」
マルギットはそんな事を口にした。
どうやら、ケルベロスやヘルハウンドに襲われたことを公にしない事に対する見返りの支払いを、ラスコー伯爵に掛け合ったもののよい返事を得られなかったらしい。
マルギットはわざわざその事を伝えに来たというわけだ。
(身体で払う。とでも言ってくれるなら、受け取るのはやぶさかではないがな)
エイクは、過剰と思えるほど責任を感じているらしいマルギットの様子を見て、そんな不埒な事を考えてしまっていた。
実際エイクの方からそのような提案をすれば、応じるのではないかと思わせるほどマルギットは思いつめているように見える。
だが、エイクはそのような無体な要求をする事はなかった。
エイクは特に怨みもない相手にそんな事をするつもりはなかったし、マルギットについては、むしろ巻き込んでしまって悪かったとすら思っていたからだ。
そのためエイクは「本当に気にしないでください。無理をする必要はありません」と伝えた。
マルギットは「誠に申し訳ありません」と答えて俯いてしまった。
本当に落ち込んでいるように見える。
(「何としてでも対価は払う」と言った自分の言葉に責任を感じているんだろうが、随分と律儀だな。
自分達が巻き込まれただけかも知れないという事くらい、思い当たっているだろうに)
エイクはそんな風に思った。だが同時に(俺のせいで巻き込まれたわけじゃあないかも知れないがな)とも思っていた。
ドラゴ・キマイラ討伐の依頼自体も、やはりケルベロスらアザービーストに変身する山賊を使ってエイクを襲う策略の一部だったのではないかと考えていたからだ。
エイクがそのように考えた理由は、自分がドラゴ・キマイラ討伐の依頼を受けることを事前に予想していなければ、あのようなタイミングでアザービーストに変身する山賊を用意するのは難しいと思い至ったからである。
まず最初にエイクは、アザービーストに変身する山賊たちの襲撃が、ドラゴ・キマイラ退治からの帰途に行われたことから、ドラゴ・キマイラ退治自体が襲撃計画の一部だったのではないかと考えて、依頼人であるラスコー伯爵を疑った。
だが、直ぐにそうは言い切れないと思い直した。
ラスコー伯爵はエイクにドラゴ・キマイラ討伐を依頼する予定であるということを、事前に政府に報告しており、この為エイクがドラゴ・キマイラ討伐の依頼を受ける可能性があることは、多くの者が知る事ができたからである。
しかし、更に詳しく考えると、ラスコー伯爵が政府に報告した後に襲撃を計画するのは日数的に難しいと思うようになっていた。
そう思うようになった理由は、山賊たちにアザービーストに変身する術をかけたのはこの襲撃の為だろうと考えられたからである。
実際もしもあの山賊たちが以前からアザービーストに変身する能力を得ていたならば、今迄それを使っていなかったのはおかしい。
ところが、ラスコー伯爵が政府に報告したのは9月3日のことであり、山賊たちが襲ってきたのは9月7日。この間僅か5日間しかない。
そんな短期間で、7人もの山賊にアザービーストに変身する術をかけるなどというのはかなり無茶な日程だ。
実際、エイクがフィントリッドに襲撃の事を報告した際に聞いたフィントリッドの見解も、エイクとほぼ同じだった。
フィントリッドは、人をデーモンやアザービーストと融合させて変身できるようにする魔術は、自分にも使えない相当高度なものであり、複数の術者がその魔術を使うとはとても思えない。
そして、たった1人の術者が5日間以下の期間で7人の人間にその術をかけるのも無理だろう、との意見を述べていた。
このフィントリッドの意見も参考にするならば、多くの者達がエイクがドラゴ・キマイラ討伐の依頼を受ける可能性があると知るようになるよりも前に、その術が使われていたという事になり、必然的にその術者は、それより前からエイク襲撃を準備していたという事になる。
という事になれば、やはりドラゴ・キマイラ討伐の依頼をエイクに持ち掛ける事を決めたラスコー伯爵が怪しい。
(せっかくそのラスコー伯爵の関係者が、向こうから来てくれたんだから。少しは情報収集をしてみるか)
エイクはそう考えて、努めて平静な声でマルギットに話しかけた。
「ところで、私が国の為になるような依頼なら安価で受ける事もあるという事をご存じだったようですが、そのような話は知れ渡っているのでしょうか」
「え?ええ、それは主が親しくしてもらっている貴族の方々には知っている方も多いようです。主も少し前にそのお話を耳にしており、エイク様にお声をかけさせていただこうと考えたのです」
「最近お知りになったのですね」
「はい、主はちょうどよかった、と言っていましたから」
「そうですか……。
いえ、私がそういう考えを持っているのは事実ですので、また何かあればお声かけください。流石に全て受けるとは言えませんが。
それから、対価の事は本当に気にしないでください」
エイクはそう言って、尚も恐縮しているマルギットを送り出した。
そうしてからエイクは考えを巡らせた。
(日数的に考えるなら、俺がドゥーカス近衛隊長に国の為になる依頼なら安価で受ける事もあると告げたよりも、更に前から襲撃が計画されていたと考えた方が自然だ。
「ちょうどいい」というのは、俺に依頼を持っていく為の自然な理由が手に入って都合がよかった。という意味なのかも知れない。
だが、本当にちょうどいいと思えるタイミングで俺の事を知ったから、俺に依頼することにしたというなら、ラスコー伯爵自身が襲撃計画の主なのではなくて、他の誰かに誘導された可能性もあるな。
どちらにしても、ラスコー伯爵が親しくしている者達、要するにルファス公爵派の中に何かがあるという事になるだろう)
エイクは余りしつこくいろいろな事を聞いて不審がらせてもいけないと思い、マルギットに多くを尋ねなかったのだが、もっと詳しい事情を知りたいと思っていた。
(ラスコー伯爵も調査対象だな)
エイクはそう思った。調査対象は増える一方のようだった。
彼女は随分恐縮している様子だ。
「申し訳ありません。お約束した対価の支払いですが、どうかもうしばらくお待ちください。必ずやご用意いたしますので」
マルギットはそんな事を口にした。
どうやら、ケルベロスやヘルハウンドに襲われたことを公にしない事に対する見返りの支払いを、ラスコー伯爵に掛け合ったもののよい返事を得られなかったらしい。
マルギットはわざわざその事を伝えに来たというわけだ。
(身体で払う。とでも言ってくれるなら、受け取るのはやぶさかではないがな)
エイクは、過剰と思えるほど責任を感じているらしいマルギットの様子を見て、そんな不埒な事を考えてしまっていた。
実際エイクの方からそのような提案をすれば、応じるのではないかと思わせるほどマルギットは思いつめているように見える。
だが、エイクはそのような無体な要求をする事はなかった。
エイクは特に怨みもない相手にそんな事をするつもりはなかったし、マルギットについては、むしろ巻き込んでしまって悪かったとすら思っていたからだ。
そのためエイクは「本当に気にしないでください。無理をする必要はありません」と伝えた。
マルギットは「誠に申し訳ありません」と答えて俯いてしまった。
本当に落ち込んでいるように見える。
(「何としてでも対価は払う」と言った自分の言葉に責任を感じているんだろうが、随分と律儀だな。
自分達が巻き込まれただけかも知れないという事くらい、思い当たっているだろうに)
エイクはそんな風に思った。だが同時に(俺のせいで巻き込まれたわけじゃあないかも知れないがな)とも思っていた。
ドラゴ・キマイラ討伐の依頼自体も、やはりケルベロスらアザービーストに変身する山賊を使ってエイクを襲う策略の一部だったのではないかと考えていたからだ。
エイクがそのように考えた理由は、自分がドラゴ・キマイラ討伐の依頼を受けることを事前に予想していなければ、あのようなタイミングでアザービーストに変身する山賊を用意するのは難しいと思い至ったからである。
まず最初にエイクは、アザービーストに変身する山賊たちの襲撃が、ドラゴ・キマイラ退治からの帰途に行われたことから、ドラゴ・キマイラ退治自体が襲撃計画の一部だったのではないかと考えて、依頼人であるラスコー伯爵を疑った。
だが、直ぐにそうは言い切れないと思い直した。
ラスコー伯爵はエイクにドラゴ・キマイラ討伐を依頼する予定であるということを、事前に政府に報告しており、この為エイクがドラゴ・キマイラ討伐の依頼を受ける可能性があることは、多くの者が知る事ができたからである。
しかし、更に詳しく考えると、ラスコー伯爵が政府に報告した後に襲撃を計画するのは日数的に難しいと思うようになっていた。
そう思うようになった理由は、山賊たちにアザービーストに変身する術をかけたのはこの襲撃の為だろうと考えられたからである。
実際もしもあの山賊たちが以前からアザービーストに変身する能力を得ていたならば、今迄それを使っていなかったのはおかしい。
ところが、ラスコー伯爵が政府に報告したのは9月3日のことであり、山賊たちが襲ってきたのは9月7日。この間僅か5日間しかない。
そんな短期間で、7人もの山賊にアザービーストに変身する術をかけるなどというのはかなり無茶な日程だ。
実際、エイクがフィントリッドに襲撃の事を報告した際に聞いたフィントリッドの見解も、エイクとほぼ同じだった。
フィントリッドは、人をデーモンやアザービーストと融合させて変身できるようにする魔術は、自分にも使えない相当高度なものであり、複数の術者がその魔術を使うとはとても思えない。
そして、たった1人の術者が5日間以下の期間で7人の人間にその術をかけるのも無理だろう、との意見を述べていた。
このフィントリッドの意見も参考にするならば、多くの者達がエイクがドラゴ・キマイラ討伐の依頼を受ける可能性があると知るようになるよりも前に、その術が使われていたという事になり、必然的にその術者は、それより前からエイク襲撃を準備していたという事になる。
という事になれば、やはりドラゴ・キマイラ討伐の依頼をエイクに持ち掛ける事を決めたラスコー伯爵が怪しい。
(せっかくそのラスコー伯爵の関係者が、向こうから来てくれたんだから。少しは情報収集をしてみるか)
エイクはそう考えて、努めて平静な声でマルギットに話しかけた。
「ところで、私が国の為になるような依頼なら安価で受ける事もあるという事をご存じだったようですが、そのような話は知れ渡っているのでしょうか」
「え?ええ、それは主が親しくしてもらっている貴族の方々には知っている方も多いようです。主も少し前にそのお話を耳にしており、エイク様にお声をかけさせていただこうと考えたのです」
「最近お知りになったのですね」
「はい、主はちょうどよかった、と言っていましたから」
「そうですか……。
いえ、私がそういう考えを持っているのは事実ですので、また何かあればお声かけください。流石に全て受けるとは言えませんが。
それから、対価の事は本当に気にしないでください」
エイクはそう言って、尚も恐縮しているマルギットを送り出した。
そうしてからエイクは考えを巡らせた。
(日数的に考えるなら、俺がドゥーカス近衛隊長に国の為になる依頼なら安価で受ける事もあると告げたよりも、更に前から襲撃が計画されていたと考えた方が自然だ。
「ちょうどいい」というのは、俺に依頼を持っていく為の自然な理由が手に入って都合がよかった。という意味なのかも知れない。
だが、本当にちょうどいいと思えるタイミングで俺の事を知ったから、俺に依頼することにしたというなら、ラスコー伯爵自身が襲撃計画の主なのではなくて、他の誰かに誘導された可能性もあるな。
どちらにしても、ラスコー伯爵が親しくしている者達、要するにルファス公爵派の中に何かがあるという事になるだろう)
エイクは余りしつこくいろいろな事を聞いて不審がらせてもいけないと思い、マルギットに多くを尋ねなかったのだが、もっと詳しい事情を知りたいと思っていた。
(ラスコー伯爵も調査対象だな)
エイクはそう思った。調査対象は増える一方のようだった。
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