剣魔神の記

ギルマン

文字の大きさ
130 / 373
第3章

40.調査対象②

しおりを挟む
 屋敷に戻ったエイクを、ラスコー伯爵家の使用人であるマルギットが待っていた。
 彼女は随分恐縮している様子だ。

「申し訳ありません。お約束した対価の支払いですが、どうかもうしばらくお待ちください。必ずやご用意いたしますので」
 マルギットはそんな事を口にした。
 どうやら、ケルベロスやヘルハウンドに襲われたことを公にしない事に対する見返りの支払いを、ラスコー伯爵に掛け合ったもののよい返事を得られなかったらしい。
 マルギットはわざわざその事を伝えに来たというわけだ。

(身体で払う。とでも言ってくれるなら、受け取るのはやぶさかではないがな)
 エイクは、過剰と思えるほど責任を感じているらしいマルギットの様子を見て、そんな不埒な事を考えてしまっていた。
 実際エイクの方からそのような提案をすれば、応じるのではないかと思わせるほどマルギットは思いつめているように見える。

 だが、エイクはそのような無体な要求をする事はなかった。
 エイクは特に怨みもない相手にそんな事をするつもりはなかったし、マルギットについては、むしろ巻き込んでしまって悪かったとすら思っていたからだ。
 そのためエイクは「本当に気にしないでください。無理をする必要はありません」と伝えた。
 マルギットは「誠に申し訳ありません」と答えて俯いてしまった。
 本当に落ち込んでいるように見える。

(「何としてでも対価は払う」と言った自分の言葉に責任を感じているんだろうが、随分と律儀だな。
 自分達が巻き込まれただけかも知れないという事くらい、思い当たっているだろうに)
 エイクはそんな風に思った。だが同時に(俺のせいで巻き込まれたわけじゃあないかも知れないがな)とも思っていた。
 ドラゴ・キマイラ討伐の依頼自体も、やはりケルベロスらアザービーストに変身する山賊を使ってエイクを襲う策略の一部だったのではないかと考えていたからだ。

 エイクがそのように考えた理由は、自分がドラゴ・キマイラ討伐の依頼を受けることを事前に予想していなければ、あのようなタイミングでアザービーストに変身する山賊を用意するのは難しいと思い至ったからである。

 まず最初にエイクは、アザービーストに変身する山賊たちの襲撃が、ドラゴ・キマイラ退治からの帰途に行われたことから、ドラゴ・キマイラ退治自体が襲撃計画の一部だったのではないかと考えて、依頼人であるラスコー伯爵を疑った。

 だが、直ぐにそうは言い切れないと思い直した。
 ラスコー伯爵はエイクにドラゴ・キマイラ討伐を依頼する予定であるということを、事前に政府に報告しており、この為エイクがドラゴ・キマイラ討伐の依頼を受ける可能性があることは、多くの者が知る事ができたからである。

 しかし、更に詳しく考えると、ラスコー伯爵が政府に報告した後に襲撃を計画するのは日数的に難しいと思うようになっていた。
 そう思うようになった理由は、山賊たちにアザービーストに変身する術をかけたのはこの襲撃の為だろうと考えられたからである。
 実際もしもあの山賊たちが以前からアザービーストに変身する能力を得ていたならば、今迄それを使っていなかったのはおかしい。

 ところが、ラスコー伯爵が政府に報告したのは9月3日のことであり、山賊たちが襲ってきたのは9月7日。この間僅か5日間しかない。
 そんな短期間で、7人もの山賊にアザービーストに変身する術をかけるなどというのはかなり無茶な日程だ。

 実際、エイクがフィントリッドに襲撃の事を報告した際に聞いたフィントリッドの見解も、エイクとほぼ同じだった。

 フィントリッドは、人をデーモンやアザービーストと融合させて変身できるようにする魔術は、自分にも使えない相当高度なものであり、複数の術者がその魔術を使うとはとても思えない。
 そして、たった1人の術者が5日間以下の期間で7人の人間にその術をかけるのも無理だろう、との意見を述べていた。

 このフィントリッドの意見も参考にするならば、多くの者達がエイクがドラゴ・キマイラ討伐の依頼を受ける可能性があると知るようになるよりも前に、その術が使われていたという事になり、必然的にその術者は、それより前からエイク襲撃を準備していたという事になる。

 という事になれば、やはりドラゴ・キマイラ討伐の依頼をエイクに持ち掛ける事を決めたラスコー伯爵が怪しい。

(せっかくそのラスコー伯爵の関係者が、向こうから来てくれたんだから。少しは情報収集をしてみるか)
 エイクはそう考えて、努めて平静な声でマルギットに話しかけた。

「ところで、私が国の為になるような依頼なら安価で受ける事もあるという事をご存じだったようですが、そのような話は知れ渡っているのでしょうか」
「え?ええ、それは主が親しくしてもらっている貴族の方々には知っている方も多いようです。主も少し前にそのお話を耳にしており、エイク様にお声をかけさせていただこうと考えたのです」
「最近お知りになったのですね」
「はい、主はちょうどよかった、と言っていましたから」
「そうですか……。
 いえ、私がそういう考えを持っているのは事実ですので、また何かあればお声かけください。流石に全て受けるとは言えませんが。
 それから、対価の事は本当に気にしないでください」
 エイクはそう言って、尚も恐縮しているマルギットを送り出した。

 そうしてからエイクは考えを巡らせた。
(日数的に考えるなら、俺がドゥーカス近衛隊長に国の為になる依頼なら安価で受ける事もあると告げたよりも、更に前から襲撃が計画されていたと考えた方が自然だ。
 「ちょうどいい」というのは、俺に依頼を持っていく為の自然な理由が手に入って都合がよかった。という意味なのかも知れない。
 だが、本当にちょうどいいと思えるタイミングで俺の事を知ったから、俺に依頼することにしたというなら、ラスコー伯爵自身が襲撃計画の主なのではなくて、他の誰かに誘導された可能性もあるな。
 どちらにしても、ラスコー伯爵が親しくしている者達、要するにルファス公爵派の中に何かがあるという事になるだろう)

 エイクは余りしつこくいろいろな事を聞いて不審がらせてもいけないと思い、マルギットに多くを尋ねなかったのだが、もっと詳しい事情を知りたいと思っていた。
(ラスコー伯爵も調査対象だな)
 エイクはそう思った。調査対象は増える一方のようだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます

neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。 松田は新しい世界で会社員となり働くこととなる。 ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。 PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。 ↓ PS.投稿を再開します。ゆっくりな投稿頻度になってしまうかもですがあたたかく見守ってください。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

処理中です...