剣魔神の記

ギルマン

文字の大きさ
142 / 373
第3章

52.追跡とその結果

しおりを挟む
(そっちが本命か!)
 エイクはそんな思いと共に歯噛みしてミカゲをにらみ付けた。
 その目には猛烈な怒気と殺気が込めている。
 不敵な台詞を吐いたミカゲだったが、そのエイクの気迫には押されたようで「うッ!」と、声を漏らし、微かに怯えたような表情を見せて身を退く。
 そして、慌てて身を翻して駆け出した。

 即座にエイクも後を追った。
(逃がしてたまるか!)
 エイクは心中でそう叫んだ。
 この襲撃の背後関係について知るためにも、そして己の感情に従っても、絶対にミカゲを逃がすつもりはなかった。



 普通の状態で走ったならば、エイクの方が速かっただろう。
 しかし、ミカゲはまだ“加速”の影響を受けている。エイクは引き離されそうだった。
(だが、そろそろ“加速”の効果時間が切れるはずだ)
 エイクはそう思い、全速力でミカゲを追った。

 エイクの予想通り、間もなくミカゲが走る速度が落ちた。
 しかし、エイクは己の失敗を悟っていた。
 ミカゲが走っていく方向に、何十ものオドがまとまって存在している場所がある事に気付いたからだ。
 それは、エイクが随分前から気にしていた場所の一つだった。
 待ち伏せの罠としか思えない。

(しかし、相手の速度が落ちて来てもう直ぐ捕らえらそうなこのタイミングで、急に追いかけるのを止めるのも不自然だ。
 どうして罠に気付いたのか疑われれば、オド感知の能力がばれる切っ掛けになりかねない)
 エイクはそう思い、追跡を止めることを躊躇した。

 エイクが躊躇いつつも追跡を止めないでいるうちに、ミカゲは人2人が並んで歩くのがやっと程度の幅で、天井もさほど高くない細い通路に入っていく。
 その先には扉があり、その奥が多くのオドが存在する場所だ。

 オドの数は約50に及び、扉から入って来た者を取り囲めるように広く分散した位置についている。
 更に多くのオドが数段高い場所にある。
 扉の先にあるのは、かなり起伏に富んだ構造の、相当広い部屋なのだと思われた。

 そしてミカゲは、案の定躊躇う事もなく扉を開けてその先へと逃げ込む。
 部屋に存在していたオドが、ミカゲに反応して動く事はなかった。
 そればかりか、ミカゲのオドも高いところへと動く。
 部屋の中にいる存在たちが、ミカゲの仲間である事はもはや疑いようがなかった。

(一瞬だけ扉を開けて、状況を目で見よう。
 一瞬だけ見てダメなら逃げればいい。
 逃げるくらいならその後からでも出来るはずだ。扉が自動的に締まる可能性があるから、扉から手は放さないようにしないといけない。
 そして、もしも対処可能な程度の罠なら、そのまま打ち破ってしまえばいいんだ)
 エイクはそう判断して、ミカゲを追い続けた。

 そして通路を走り抜けて扉を開け、その先の様子を見た。
 罠は確かに用意されていた。
 そしてそれは、エイクの想像を超えるものだった。



(最悪だ!!)
 その光景を見たエイクは心中でそう叫んだ。

 扉の奥は、円形闘技場になっていた。
 エイクが今通ってきたのは剣闘士用の通路だったのだ。
 そして、観客席部分に50人近い男達がおり、そのほとんどが弓矢や弩、そして投げナイフなどを構えている。

 戦闘場所と観客席の間には透明の膜が張られていた。
 それは古代魔法帝国時代に作られた闘技場の標準的な設備で、高度な魔法装置によって形作られ、戦闘場所から観客席への侵入や攻撃を阻むが、逆は可能なつくりになっている。
 つまり、エイクの攻撃は敵には届かないが、敵の攻撃はエイクに届く。

 古代魔法帝国時代の闘技場がこれほど完全な形で機能しているのは、大陸全土を探しても稀である。
 サルゴサの迷宮内にそんなこんな闘技場があるとはエイクは聞いたことがなく、全く想定していなかった。

 ミカゲは何からの魔法の効果なのだろう。空中に浮かび、今迄以上に高慢な蔑みの笑みを浮かべてエイクを見下ろしていた。

(逃げるしかない)
 エイクは即座にそう判断した。
 これは完全に対処不可能な罠だった。この場に居れば一方的に射殺されてしまう。

 エイクは予め考えていた通りに、扉が閉まらないように手を離さずにいた。今なら直ぐに引き返せる。
 だが、通路に戻ろうとした瞬間、エイクの勘が危険を察知した。
 そして、エイクが一瞬逡巡するうちに、エイクが今しがた入って来た通路の入り口部分の天井で、激しい爆発が起こった。

 更にその爆発は通路内で連鎖して次々と起こり、こちらに向かって来る。

(爆裂の魔石を使った罠!!)
 そう見て取ったエイクは戦闘場所の方に出て、即座に扉を閉めた。
 直ぐ近くでも爆発が起こるだろうと予想し、その威力を少しでも和らげようとしたのだ。
 実際扉が閉まった次の瞬間に激しい爆発が起こり、扉と共にエイクを数m吹き飛ばした。

 受け身をとって、即座に片膝立ちになったエイクだったが、状況は正に最悪と言えるものになっている。
 彼が入って来た通路は完全に瓦礫に埋まっており、最早そこを通ることは出来ない。
 戦闘場所には隠れるような障害物は何もない。

 観客席からの飛び道具による攻撃を防ぐ手段は、全く存在しなかった。
 これは、どんな強者であっても絶対に避けなければならない状態だ。



「英雄が10本の矢を避けるなら100本の矢を放てばいい。100本の矢でも避けるなら1000本の矢を放てばいい」
 かつて伝説的な英雄と戦う事になった男はそう述べたという。

 それは単純な真実だ。
 矢を当てるだけなら100本も必要ない。
 40・50ほどの矢を一度に放たれれば、どんな武術の達人でもその全てを避ける事は物理的に不可能だ。
 それを何十回と繰り返せば、相手がいかに英雄・勇者と呼ばれるほどの強者でも殺せる。
 もっとも、そんな図式が成り立つのは、相手を一方的に遠距離から攻撃する事が出来て、しかも相手が逃げる事が出来ない場合に限られる。
 普通ならそんな状況はそう簡単に作れるものではない。

 ところが今エイクは、これ以上ないといえるほど完全な形で、そのような状況に追い込まれていたのだ。

 飛び道具による攻撃は直ぐには来なかった。
 エイクはともかく立ち上がると、出来る限りの防御を固めつつ状況を確認した。
 今闘技場の内にいる敵はミカゲも含めて47人。
 ミカゲ以外の全員が防御膜の外にいてエイクからは攻撃できない。
 ミカゲに対して投げナイフを投ずる事はできるが、それで状況が変わるとは思えない。
 逃げる以外の選択肢はない。

 そして唯一の脱出路は、エイクが入って来た扉の反対側にあるもう一つの扉だ。
 その扉の先の通路が潰されていたなら、エイクはもうこの場で死ぬしかない。
 だが、エイクはその通路は潰されていないと判断していた。
 扉の直ぐ向こう側にも一つのオドを感知していたからだ。

 しかし、闘技場の扉は剣闘士が逃げないように、一度閉まれば合言葉を言わなければ開かないよう魔術がかけられている。
 観客席を守る防護膜がここまで完璧に機能している以上、扉の魔術も動いているだろう。

 それでもどうにかして扉を開けるしかない。
 エイクがそう思っていると、その扉がゆっくりと開き始めた。

 開いた扉の先には1人の男が立っていた。
 その男は190cm近い大男で、浅黒い肌に禿頭、魔法を帯びた皮鎧を身につけ、右手にS字型に湾曲した奇妙な形の短剣を握り、左手には前腕部に備え付ける形で小ぶりな盾を装備している。

 そしてその男は、エイクを見ると獰猛な笑みを見せた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます

neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。 松田は新しい世界で会社員となり働くこととなる。 ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。 PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。 ↓ PS.投稿を再開します。ゆっくりな投稿頻度になってしまうかもですがあたたかく見守ってください。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

処理中です...