剣魔神の記

ギルマン

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第3章

84.新しい権力者

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 9月20日の昼前には、17日にゴルブロ一味が王都にやって来て以降の一連の騒ぎが、どのように決着したのかが誰の目にも明らかになっていた。
 ゴルブロはじめ死亡した状態で届け出られたゴルブロ一味の者達の首が、早速城門の外に晒されたのだ。

 その横には立札が掲げられ、そこにはゴルブロ一味がハリバダードの街に大きな被害をもたらしていた凶悪な盗賊であることが書き出された。
 そしてその凶悪な賊を迅速に壊滅させた、王都の官憲や冒険者の手腕が高らかに称えられてもいた。
 速やかにそんな措置がとられたのには、他国で恐れられていた盗賊団を瞬く間に潰した事を大々的に広めて、国威を発揚させようという意図が働いているのは間違いないだろう。

 その掲示文では、特段エイクの名が特筆されたわけではなかった。
 しかし、凶悪な盗賊団を滅ぼした最大の功労者がエイクだったことは少し調べればわかる事だ。

 また、ゴルブロ一味が流した、エイクが共に迷宮に入った冒険者を騙し討ちにしたという話が嘘だという情報も出回り始めていた。

 その情報を流したのはシャムロック商会だった。
 シャムロック商会の会長ルーベン・シャムロックは、9月17日にゴルブロ一味がエイクの悪評を言い立て始めると、サルゴサの街の支店に伝書鳩を飛ばして速やかに真偽を確かめさせることにした。
 サルゴサも重要拠点としているシャムロック商会は、常に伝書鳩の準備をしていた。

 指令を受けた支店の者達は状況を確認。確かにエイクと共に迷宮に入った“叡智への光”が未帰還である事が分かった。
 更にシャムロック商会の者達は、迷宮内における冒険者殺害に関わる重大な事件だとサルゴサの街の官憲に申し立てて、半ば強引に“叡智への光”の拠点などを捜査させた。
 その結果“叡智への光”のリーダーだったロウダーが、賢神イスマイムの神聖術師ではなく、実際には冒涜神ゼーイムの闇司祭だった事が発覚した。
 そして、迷宮内における冒険者殺害事件のいくつかの犯人が彼らだった事も判明したのだった。

 これらの事の概要はやはり伝書鳩によって、更に詳細は早馬によって速やかに王都のシャムロック商会に伝えられた。
 その情報が早速流布された訳である。
 シャムロック商会は、エイクの行いは20年以上に渡って有力冒険者の身分を隠れ蓑にして多くの被害を出していた凶悪な犯罪者を討ち取った行為だった。
 犯罪どころか、むしろ偉業であると喧伝していた。



 盗賊ギルド“黒翼鳥”のギルド長であるドロシーは、王都の今の状況に対して複雑な思いを抱いていた。
(一応表面上はあたしの計画は成功とはいえるだろうね)
 ドロシーはそう思った。
 彼女の計画は、エイクの武力を利用して他の街からちょっかいをかけて来る盗賊どもを撃退し、王都における“黒翼鳥”の地位を確固たるものにする、ということだった。
 確かにこれは成功したと言える。
 実際ゴルブロという他所からの侵入者を見事に撃退したのだから。

(もうこの街にちょっかいをかけて来る盗賊は現れないだろうよ。現れるとしたらそいつは頭がおかしいね)
 ドロシーのその考えも正しい。

 今回のゴルブロ一味の一件を客観的に評価するならば、王都アイラナに乗り込んでエイクに喧嘩を吹っかけたゴルブロ一味が3日で全滅した。ということになる。
 ハリバダード最強と呼ばれ、西方諸国全体でも有数の実力者だった盗賊のこの末路を見れば、あえて王都アイラナに進出を図る盗賊はもういないだろう。
 王都アイラナが盗賊にとってさほど魅力的ではない事を踏まえればなおさらだ。
 “黒翼鳥”の立場もこれで安泰というものだった。

 それでもドロシーが手放しで喜べない理由は、南新市街のスラムに晒された5体の死体。
 というよりも、その残骸の為だった。
 それはレイダーとその幹部たちのものだ。

 その無残な有様は、残忍な行いには慣れているはずの盗賊たちすら震え上がらせるものだった。
 そしてその行いは、かつて精強を誇った頃の“猟犬の牙”のやり口と同じものだ。
 この事は、猟犬の正統な後継者が健在であることを示している。
 そして、エイクと敵対しゴルブロと連携していたレイダーがそのような有様で晒されたということは、その猟犬の後継者がエイクと組んでいる事を証明してもいる。

(セレナなんだろうね)
 ドロシーにはそう判断するしかなかった。
 ドロシーはセレナが生きていたという事は当然把握していた。しかし、ドロシーもセレナの事を重視していなかった。
 やはり、セレナは“猟犬の牙”の情報収集の長だった時に何の成果上げていなかったからだ。
 そしてドロシーは、他の理由でもセレナはもう使い物にならないだろうと思っていた。

 セレナが消息を絶った状況と、活動を再開した時期を考えれば、セレナは“呑み干すもの”に囚われていたとしか思えない。
 そして、敵に囚われた女がどんな目に合うか、誰にでも想像がつくというものだ。
 いや、セレナを捕らえたのが淫猥な教義を掲げる闇教団だった事を考えれば、長く犯罪組織に身をおいているドロシーにすら想像もできないほどの目にあわされたと考えるべきだろう。
 そんな目にあった女が、危険な裏社会で再びまともに働けるとは思えない。
 ドロシーはそう思っていたのだ。

 だが、ドロシーの考えは間違っていた。
 セレナの牙は折れず、むしろより強く禍々しい物へと成長していた。
 そのセレナと組んでいるということは、エイクは有力な情報収集の手段を得ているといえる。
 そうなると、エイクにとっての“黒翼鳥”は、もはやさほど重要な存在ではない。
 気に食わなければ協力関係を破棄することは十分にあるえるし、場合によっては敵対する可能性すらないとはいえない。
 そうなった時、“黒翼鳥”にそれを阻む事は出来ないだろう。
 このことが、ドロシーを複雑な思いにさせていたのだ。

(あたしらからの情報に依存して動くようにして、実質的にエイクを操るつもりもあったんだけどね。今となっちゃあ全く不可能だね。
 こうなっちまったら、せいぜいエイクに嫌われないように気を使って生き抜くしかない。
 まあ、それが分相応ってもんかも知れないね)
 ドロシーはそんな結論を出していた。

 実際、今“黒翼鳥”は、エイクと敵対することはほぼ不可能になっている。
 メンバーのほとんどがエイクの事を酷く恐れてしまっているからだ。

 レイダー達の無残な死骸は、王都の盗賊たちの多くに恐れを抱かせるほどのものだったが、“黒翼鳥”のメンバーにはそのような傾向が顕著だった。
 まず彼らは、このような行いをした者がエイクと組んでいるという事をよく理解している。
 そして、エイクの恐るべき強さもよく理解している。
 何しろ、自分たちはゴルブロ一味の下っ端にすら大苦戦したのに、エイクはその恐るべきゴルブロ一味の首領ゴルブロを討ち取ってしまい、一味の主だったメンバーもエイクの手の者が討ち取っているのだから。
 結果、“黒翼鳥”のメンバーはエイクに対して相当の畏怖を抱くようになっていた。

 また“黒翼鳥”の幹部連中は、エイクとゴルブロの争いにおいて、自分たちがほとんどエイクの役に立っていなかったと自覚していた。
 にもかかわらず、エイクは情報戦も制してゴルブロとレイダーに完勝した。
 つまり、エイクと組んでいる猟犬の後継者は、密偵として自分たちよりも遥かに優れているのだ。
 そんな密偵役を抱えているエイクと争っても勝ち目はない。
 彼らはそう理解していた。

 仮にドロシーがエイクと敵対すると決断しても、“黒翼鳥”の中にそれに従う者はほとんどいないだろう。
 むしろ、エイクに何か要求されても、よほど理不尽なもの以外は受け入れるべきだと、多くのメンバーは考えるはずだ。
 実際、ドロシーがゴルブロ一味の下っ端に攻撃を仕掛けたのは、実質的にエイクの恫喝に応じたからだったが、その事に不満を持っているメンバーはいない。
 むしろあの行為は、エイクの要求に従うという事の既成事実となってしまいそうだった。

 そして仮に敵対したとしても、セレナと連携したエイクに“黒翼鳥”が勝てるとは、ドロシーにも到底思えなかった。

 要するに現在エイクは実質的に“黒翼鳥”の上に立っているのだ。
 レイダーとその幹部たちが全滅した今、王都最強の盗賊ギルドは間違いなく“黒翼鳥”だ。
 しかし、エイクはその上にいる。
 これはつまり、今やエイク・ファインドという僅か17歳の若者が、実質的にこの街の裏社会における最大の権力者になってしまったということを意味している。

(エイクは若すぎる。だから危なっかしさはある。今後どう転ぶかは分かったもんじゃあない。
 それにあたしらが最強と言ったって、対抗しているギルドは複数あるんだから、王都の裏社会の形勢も定まったとはとても言えない。
 だが、このままエイクが順調に成長したなら……)
 ドロシーはエイクについてそんな事を思った。

 もしもエイクがこのまま順調に成長していったなら、やがて彼は、王都の裏社会の支配者と呼ばれるようになるだろう。
 ドロシーはそう思っていたのだ。
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